文化祭2日目の朝
ぼくとミリーは寮内の事務室に案内され、話をすることになっていた。
「それで、夜中にトイレにいったら巻き込まれた……と」
「そういうこと」
事情聴取と言っても簡単なもの。
賊はどうやら寮の臨時使用人として雇われていた人間のようで、兵士たちは大慌てで身元引受け人を調べている。
簡単に忍び込まれてんなぁと思うけど……容疑者が自国の貴族とかの場合、完全に防ぐのは難しいのか。
すこし離れた場所で話を聞かれていたミリーがこっちに来る。
「巻き込んでごめん……」
「むしろアリ寄りのアリ」
おかげでわざわざ準備してきた武装を使う機会が出来た。
実験は成功したけど、同時に実戦では使い物にならないこともわかった。
発動は早いけど、術の有効射程と速度が遅すぎる。
情報だけで知っていると気絶させるのに便利そうだったんだけどなぁ。
基本的には制圧済の相手の意識を奪うくらいにしか使えない。
「…………」
「ていうかそろそろ戻らないと、もし家族が起きたら心配される」
アリではありませんと言いたげなヴィータの視線を受け流し、現実的な危機に思いを募らせる。
心配されて、ハグされて、肋骨を折られる。
「賊の狙いはミリーさんのようだ、そっちは帰してもいいのではないか」
「私が部屋まで送りましょう」
隊長格らしき短髪の女兵士が言うと、真っ先にヴィータが名乗り出た。
「よろしく頼む」
「お任せください」
扉を開けるヴィータに促され、椅子から降りた。
真のトラブル発生源から一刻も早く引き離したいんだろう、態度に出ている。
とはいえここぞのチャンスで失敗した時点で今日は引くんじゃなかろうか。
「じゃあミリー、また明日」
「う、うん……気をつけて」
結局その日はそれ以上なにも起こらず、スフィたちも気付かずに眠り続けていた。
セーフ……!
■
翌日、文化祭2日目。
展示そのものは前日とほとんど変わらず、1日目よりも見る場所は少ない。
「そんなのあったなんて、全然きづかなかった」
「すぐ捕まったからね」
むすっとしているスフィの頭をなでながら、出店で買ったカステラ菓子をかじる。
自由に出入り出来ないとは言え、関係者だけでも結構な数になる。
人の数に押され、ぼくたちは殆ど人の来ない本館2階の一角でのんびりとだらけていた。
「つーかさ、あれだけ警備がいるのに、簡単に中に入れるんだにゃ」
「うーん」
ノーチェの疑問も、たしかにそのとおりなんだけど……。
「どうも手引きしてるのがいるみたいだね」
キャンプの時もそうだけど、内部に潜り込まれてしまうと仕方ない部分はある。
確かローディアスの母親がミリーを疎んでいて、何とか排除しようと画策してる。
昨夜の襲撃もその一環だったんだろう。
昨日は弄ったけど、ミリーの性格的に他の女子生徒に混じってトイレを使おうとはしないだろう。
もっと人がいない時間やタイミングを狙って犯行をするはずだ。
行動パターンを見抜かれているなら、夜中にトイレを使うよう仕向けるのは難しくない。
そこを狙えば捕らえるのは簡単だろう。
ミリーも多少鍛えているようだけど、一般的な人間の男児の範囲から外れていない。
あの女もチンピラよりは圧倒的にマシはレベルだったし、後の証言から察するにトイレの中に押し込んでから拘束する算段だったようだ。
ぼくというイレギュラーがいなかったら成功していただろう。
「手引って、またあいつ関連にゃ?」
「なかなか口を割らなくて大変みたい」
逃走ルートと手引した人間については現在調査中のようだ。
さすがに昨日の今日ではわかっていないし、情報も降りてこない。
パソコンぽちぽちで顔写真照合したり、データを引っ張り出せる訳じゃないから仕方ないんだけど。
「まぁ、流石に今回ばかりは詰みでしょ」
今の状況でぼくを巻き込んだのがまずかった。
奇跡的なタイミングで学院内に留まっていた、"絶対に怒らせてはいけない属性の人"を怒らせてしまった。
今朝ヴィータと交代したジルオから聞いたところ、早朝に「絶対に犯人を捕らえよ」と王子様からの厳命が下されたそうだ。
「これで決着つくでしょ……ミリーの周囲も落ち着くんじゃないかな?」
「へ!?」
近くで隠れているミリーに聞こえるように、最後の部分は声を張った。
驚いた声のあとに出てきたミリーが、一度ぼくを見てから顔を伏せる。
「こそこそしてないで出てきたらいいのに」
「い、いや……この間から何度も助けられてばっかりだから、ちょっと声をかけづらくて」
個人的には貴重な被験者を引っ張り出してくれたし、半分くらいはこっちにも因縁があった話なので気にしてないんだけど。
あと、ミリーと一緒にいると自分が「かよわいお姫様」枠ではないことを実感できる。
ぼく自身が夢の世界でパワーアップしてなお、スフィたちを前にするとポテンシャルの差を見せつけられるし……。
「自分でやり返せたらカッコ良かったんだけど」
「まぁ仕方ないにゃ、おまえ細くて弱そうだし、得意分野ってあるにゃ」
この中では一番細いノーチェがミリーの線の細さを見て励ますように言う。
当の本人は年下の女児に細くて弱そうと言われて盛大に頬を引きつらせた。
「ノーチェ、Aクラスで浮いてたりしない?」
「言うだけのことはあるもん」
「悪気があるわけじゃないしね」
ノーチェはまだ穏当な語彙を身に着けていない。
あまりの歯に衣着せぬ物言いに心配すると、実力で認められているようだ。
そういや普通に仲良さそうだったな。
「こ、これでも結構鍛えてるんだけど!」
「そのセリフは少しでもやり返してから言ってほしかった」
「うぐ……」
なけなしのプライドを振り絞るミリーだけど、それを発揮すべきタイミングはたぶん今じゃない。
本人も自覚があるのか涙目でうなだれてしまった。
「アリスちゃんって、強いよね」
「ぼくは狩る側だから」
狩られる側に甘んじていると悲惨な目にしか合わない。
積極的に狩る必要はないけど、狩る側に立っていることが重要なのだ。
「私も、強くなりたいな」
「なら特訓ですわね!!」
「うわああ!?」
窓側から聞こえた大きな声にミリーが悲鳴をあげる。
ぼくもビクっとなった。
何故か窓の外にマリークレアがいる。
ここ2階なんだが。
「な、なんで窓の外に!? ここ2階だよ!」
「だからなんですの?」
「どうやって登ったの、そこ」
よく見るとマリークレアは窓際にある落下防止の縁みたいな部分に立っていた。
「ミリーさんがこそこそしていらっしゃったので、追跡していましたのよ!」
「そこから!?」
確かにその位置なら誰も気付かない。
ぼくだっていつも集中している訳じゃないし、普通に猫でもいるのかと思ってた。
意外とお転婆なんだよな、このお嬢様。
「マリークレアさんも危ないことしちゃダメだよ! 今日は窓ガラス開けられないから、落ちそうになっても助けられないし!」
「でも派手ですわ!」
「ならばヨシ」
「よくないよ!?」
王立学院では錬金術ギルド謹製の強化ガラスがふんだんに使われている。
不審者対策で開けられないようになっている鍵を錬成で外し、窓を開けてマリークレアを中に招き入れた。
危ないからね。
「あら、ありがとうアリスさん」
「ん」
「え、あれ!? ここの窓ガラスって鍵ついてないの?」
「鍵ついてるに決まってるじゃん」
今日は不審者対策で全部の窓がロックされるって言われてたじゃん、何言ってるんだ。
やれやれと首を振りながら窓を閉め、錬成で鍵を元通りに直す。
この鍵も下手に錬成かけると、一部分だけ砕け散って大きな音が鳴るように細工されていたので、それも元通りに。
本来の鍵の役割を果たすパーツと、壊れて警報代わりになる外殻パーツの2層構造。
加減を間違えると周囲に丸い破片が飛び散り、牽制している隙に警備が駆けつける仕組みか。
今までは魔力の流れを反らしたり、表層を固めたりと錬成を通りにくくする仕組みだったのにがらりと変わってる。
ここの防犯システムは日々進化しているなぁ。
「というわけで強くなりたいのなら特訓ですわ! ミリーさん!」
「マリークレアさん、何か変な物語でも読んだ!?」
熱血スポ根の話でも読んだのだろうか、マリークレアが妙に特訓にこだわっている。
「頑張って強くなってね」
「アリスちゃんも止めてよ!?」
非常にめんどくさいので嫌だなぁと思いながら壁にもたれかかる。
シラタマが人混み嫌がって出てきてくれないから、自分の足で動くしかなくて疲れているのだ。
半分くらいはホバー状態でスフィに引っ張ってもらってるけど。
「にゃんというか、個性的っていうにゃ、こういうの」
「うちのクラスメイト、変わってるでしょ」
「うん」
呆れながら見守っていたノーチェに同意すると、スフィも遅れて頷いた。
「アリスのおともだち、変わってる子多いね」
「ほんとDクラスのやつらって変わってるよにゃ」
「Dクラスは変わり者だらけって噂なのじゃ」
「…………えっと」
しみじみとうなづくしっぽ同盟の3人。
唯一フィリアだけが何とも言えない顔で視線をそらした。
ところで。
変なのはあっちなのに、何故ぼくを見ながら頷くのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます