学生寮

 本館から少し離れた位置にある左右対称の建物が王立学院の学生寮だった。

 中央にある渡り廊下を使って奥に進むと、建物の入口に立つ警備兵の姿が見えてくる。


 というか結構歩くな。

 敷地が広いぶん建物も大きい。

 

「こちらは初等部用の第一棟、奥には高等部用の第二棟があります。使用人や兵士のための館を改築したものだそうです」

「へえ」


 どこか懐かしそうに言いながらジルオが内部に足を踏み入れる。

 巨大な玄関ホールをまっすぐ進むと寮のラウンジ、左側に行くと女子寮、右側に行くと男子寮のようだ。

 建築様式はアクアルーンの建物と似ている、やっぱり関連のある建物なんだろうか。


 ラウンジに入ると、何人かの生徒がテーブルを使って勉強しているのが見えた。

 みんな勉強熱心だ。


「あら,アリスちゃんじゃない」

「ゴンザ」


 一箇所に集まっていた生徒たちの中で、クラスメイトの子たちがぼくに気づいて立ち上がった。

 Dクラスの子はぼく以外の全員が寮生活だった気がする。

 そうか、全員居るのか。


「どうしたの?」

「今日は遅いからお泊りになった」

「あらら」

「なんか寮の中にアリスがいるの、新鮮だな」


 わいわいと話していると、そこから更に離れた位置にあるテーブルからスフィたちの名前を呼ぶ声が届いた。

 小さく手を振る集団の中には見たことのある顔もいる、Aクラスの子たちだ。


「スフィたち、行ってきていいよ。あとで合流しようよ」

「だいじょーぶなの?」


 スフィの視線は案内中のジルオに向けられている。

 確かにまだ移動の途中だった。


「荷物もほとんどないし、少しラウンジでゆっくりしたいんだけど」

「申し訳ありません、部屋までの案内を任されておりますので」


 申し訳無さそうなジルオの目がダメと告げている。

 仕方ない、先に部屋に行くか。


「先に部屋にいって荷物置いてくる」

「ふふ、また後でお話しましょう」

「スフィたちもあとでくるねー!」

「あとでにゃー」


 ぼくがゴンザに告げるのと同じタイミングで、スフィたちも奥にいるAクラスの子たちに手を振った。

 ジルオに続いてラウンジの奥まで移動して、出たところから左に曲がる。

 建物の入口からちらほらと武装した兵士の姿が見えるのが気になった。


「随分とものものしいね」

「王子殿下の指示です。どうやら聖王陛下の提案で文化祭の間は寮に滞在し、学院の警備の指揮を取ることになられたようです」

「なんでまた……」

「自然な形で確認を取るため……ではないでしょうか。殿下の側近からそれとなく接触がありましたので」


 どんどん事情を知っている人間が増えていくなぁ。

 

「ようやく、お嬢様たちを翼の下へお帰しすることが出来そうです」

「…………」


 無言のまま少し歩くと、女子寮の入口が見えてきた。

 女性の兵士が2人立っており、こちらを見て姿勢を正す。


「ここから先、男性の立ち入りはご遠慮願う」

「伝達があったと思いますが、急遽宿泊することになった生徒を連れて参りました」

「話は伺っています、獣人ライカンの女児5名ですね? 名前の確認をしても?」

「スフィです!」

「ノーチェにゃ」

「シャオリンなのじゃ」


 兵士の誰何に元気よく答える3人に、厳しい表情をしていた女性兵士の表情が一瞬緩みかける。

 

「フィリアです」

「ぼくはアリス」

「通達の名前と合っていますね、ゲストルームへ案内します」

「お願いします」


 兵士のひとりが表情を緩めて一歩下がる。

 ジルオとはここで一旦お別れか。


「雑用のため館内に居ますので、何かあれば遠慮なくお伝えください」

「うん、ありがとう」


 この感じだと護衛の実働員は全員こっちに来ている感じだろう。

 フォレス先生はそもそも教員だし、ヴィータやカインも紛れ込んでるのかな。


「こっちだ」

「はーい」


 スフィに引っ張ってもらいながら兵士について1階の奥へ進むと、ネームプレートに『ゲスト』と書かれた部屋まで案内された。


「門限は夜の鐘6つ、就寝時間は夜の鐘8つだ。以降は原則部屋から出ないように。食事は鐘4つの頃に食堂に行けば出してもらえる」

「はーい!」


 ええっと、確か夜の鐘は昼の鐘から数えて、鐘4つが16時、鐘6つが18時、鐘8つが……就寝時間20時なのか。

 いやまぁ、その時間になったら外は真っ暗だけど。


「鍵は……ええと、これだな。では、何かあれば詰め所に」

「わかりました」


 必要事項を伝えたあと、鍵をスフィに渡して兵士は足早に戻っていった。

 全員で顔を見合わせてから、扉を開けて中に入る。


 中身は掃除の行き届いているシンプルな部屋だった。

 シングルベッドがふたつ、ソファがひとつ。

 荷物を置くためのテーブルや棚、タンスがあるくらいで特に目を引くものはない。


 窓からは中庭を挟んで向かい側に第二棟が見える。

 だいぶ暗くなってきているが、庭には見回りしている兵士の姿もあった。


「なんか、アクアルーンの部屋に似てるにゃ?」

「あ、ノーチェもそう思う?」

「そっくりは言い過ぎだけど、確かになんか似てるね」


 部屋を見た感想としてはアクアルーンの部屋と雰囲気が近いらしい。

 内装は違うだろうけど、同じ国の建築でかつ関連のある建物をベースにしてるからだろうか。


「間取りが似てるのかもね……で、ベッドどうする?」


 置くべき荷物も各自のカバンくらいで、決めるべきことはベッドを誰が使うかくらいだ。

 1泊だけだし、404アパートは今回は使わない。


「ひとつはアリスちゃんで確定でしょ?」

「ぼくはソファでも床でも構わないけど」

「あたしらにもプライドってもんがあるにゃ」


 マジなトーンで言われてしまった。

 ノーチェの言葉に他の3人も一斉に頷く。

 ぼくを床で寝かせることはそこまでプライドに関わる出来事なのか……。


「王子殿下のときは焦ってわすれてたけど、そもそもお姫様のふたりを床でソファで寝かせるなんて出来ないし……」

「わしもお姫様なのじゃが?」

「スフィはアリスと一緒でいいよ」

「ぼくも異議なし。あとお姫様ではない」


 非常に不服ながら体格が小さいぼくとスフィは、シングルベッドをふたりで使っても余裕である。

 遠慮なんてせず、さっさと決めておいたほうがみんなも楽だろう。


「ふたりがベッド、ひとりがソファだにゃ」

「私はソファでいいけど……」

「かくなる上は実力でうばいとってくれるわ!」

「ハッ、やってみるにゃ」

「あ、あれ? 私がソファならこれなんの争い……?」


 唐突にテーブルではじまった腕相撲、意外といい勝負をするシャオとノーチェを見て、フィリアが困惑しつつレフェリーをやらされている。


 画面の向こうにしかなかった友達の旅行って感じで、なんかいいなぁこういうの。


「アリス、しっぽ動いてるよ。いいことあった?」

「……こういうの、アクアルーンでは出来なかったから」

「たしかに」


 404アパートで雑魚寝の方が絵面的には旅行っぽいんだけど、自分たちの家っていう感覚のほうが強い。

 最初はどうかと思ったけど、結果的には良かったかもしれない。


「ふしゃあああああ!」

「のじゃああああ!」

「わ、意外といい勝負!」



 結局勝負はノーチェが勝ったものの、シャオがごねてあっちは3人でベッドを使うことになった。

 ちょっとしたドタバタはありつつも部屋にカバンを置き、みんなでラウンジに向かう。

 スフィたちはAクラスの子たちのテーブルへ向かい、ぼくは見慣れたメンツのいるテーブルに混ざることにした。


「じゃあ夕飯までいつも勉強会してるんだ」

「そうよ、ついていくのも結構大変だし。アリスちゃんは家ではどんなお勉強してるの?」


 勉強かぁ。

 最近家でやってることといえば……。

 取り寄せてる新しい論文読んだり、送られてきた設計図通りにパーツ作って送り返したり、こっちのほうが良いんじゃねって意見書送ったり。

 研究レポート読んだり、書いた論文をウェンデルババアに見てもらって鼻で笑われてヴァーグ導師に八つ当たりしたり。

 資料集めて論文書こうとしてるうちにアイデアが浮かんで別の魔道具作ったり。


 ……勉強、してないなぁ。


「なんかずっとろくに勉強してないかも」

「はい?」

「何のために王立学院きたんだよ、まぁ口挟むことじゃないけどさ」

「学校生活のため……?」


 最終的にそんな感じだった気がする、個人的には楽しんでいるけど。

 とはいえクラスメイトに呆れられてしまったので、嘘くらいはつくべきだったか。


「そういやブラッドたちの姿が見えないけど」

「獣人の男のコたちなら訓練場じゃないかしら?」

「そんなところあるんだ」

「小さいトレーニングルームがあるのよ、簡単な運動用だけど」


 トレーニングルーム、ラウンジ、図書館、シャワールーム、食堂……至れり尽くせりだなこの寮。

 普通に自宅じゃなくて寮生活でも良かった気がする。

 警備もしっかりしているわけだし。


 話しているうちに食事の時間がきて、みんなといっしょに食堂に移動する。

 そこではブラッドたちの姿もあり、どこかの映画で見たような長机で夕食を取った。


 このキッチリ決まってる感じは、たまにならともかく日常だとぼくには厳しいなと思った。

 因みに食事の味は学院本館のものとまったく同じだった。

 調理担当が同じ一門なら当たり前か。

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