お泊り決定

はてさて、まさかの王族とのバッティングなのだけど……。

 状況は見事に混迷を極めていた。


 突然現れた王子様にキラキラとした視線を向ける女生徒たち。

 気もそぞろで護衛たちの問いかけに生返事をしながら、ぼくたちをちらちら見てくる王子様。

 様子がおかしい王子に何があったのかと周囲を警戒する護衛の騎士たち。

 遠巻きにしながら見守っている生徒たちと、視界の端に映るいつも顔色の悪いマレーン。


 そのうち王子の護衛まで、ぼくたちに怪訝とした視線を向けてくるようになった。


 困ってしまい、気配を消しながら給仕に混じっているジルオのほうを見る。

 少し焦った様子で首を横に振られた。

 この状況はあまり良くないらしい。王子様の立場がわからないのが痛いな。


「お前たち、殿下に何をした!?」


 そんな中、沈黙を破ったのは王子様の近くに居た制服の青年。

 王子様の御学友ってやつなのか、様子のおかしい主を見て気が逸ったようだ。


 視界の端で事態の動きに注目していたマレーンが、震える両手で顔を覆った。

 わかるよ。


「こちらのお方をどなたと――」

「やめろ!」


 騎士を制止したのは王子様だった。


「殿下、しかし」

「狼人は珍しいからつい見てしまったんだ。不躾な視線を投げかけた上に怖がらせるなど不本意だ、やめてくれ」

「……ハッ」


 なんかこう、全体的に似たようなやり取りになるんだなぁ。

 謎の感慨深さがある。


「皆も私のことは気にしないでくれ。最近は騒動も多く不安もあるだろう、しかし我々王族は君たち民とこの地を護るためにいる。それを示すため、王家の盾たる近衛とともに見回りをしているのだ。何かあった際は遠慮なく我々を頼ってほしい」

「殿下……」

「なんと勿体無い」


 どうやら近衛を連れて警備隊の陣頭指揮みたいなものをやっているらしい。

 第二王子なら将来の要職は確定だし、それ自体は不自然ってほどじゃないけど……。


「では、文化祭を楽しんでくれ」

「ありがとうございます、殿下」


 本当に用事はそれだけだったのか、王子様はマントを翻してラウンジを立ち去った。

 さすがのぼくもちょっと肝が冷えた。


 ここで騒ぎになったら、みんなと学院にいられなくなるし……。



 王子様が立ち去ったあと、落ち着かないので中央近くから端っこのほうの、できるだけ人目につかない位置に移動した。


「申し訳ありません、完全に想定外でした」

「陣頭指揮って普通のことじゃないの?」

「指揮自体は不思議ではないのですが、王子殿下が自ら見回ることはありません」


 すぐにやってきたジルオに聞いてみるものの、案の定といった返答だった。

 そりゃ基本的には本部で全体の指揮を担当するよね、引き連れて現場の見回りなんてまずやらない。

 何らかの意図があってのことだろうけど、ぼくたちの存在は想定外みたいな感じか。


「スフィね、王子様に見覚えあるんだけど」

「気づかれてる可能性、あるかな?」


 ぼくの方は残念ながらピンときていないけど、スフィはあるようだ。


「……エルヴィーノ殿下は"おふたりの母君"と親交があり、おふたりが赤児の頃にもお会いしております」


 遠回りな言い方だけど、要するに事情を知ってる……確実に気付かれたってことでいいんだろうか。


「ぼくはいまいちピンときてないけど」

「アリス様はお体が弱かったですから、面会も制限されていましたので……」


 7年前なら王子様も10歳前後か、病弱でいつ死ぬかもしれない赤ん坊を会わせるのは厳しいか。

 ってあれ、それならスフィが今の王子様に見覚えあるのちょっとおかしくないか?


「当時って王子様もまだ子供だったんじゃ」

「王太子殿下もご一緒だったと思われますので、印象が混ざっているのかと」

「あぁ~~~、だからちょっと違うなっておもったんだ」


 ジルオの推測にスフィが納得したように手を叩いた。

 まぁ赤ん坊の頃の記憶なんてそんなものか。

 取り敢えず事情はわかった。問題は王子様が味方かどうかってことだ。


「率直に聞くけど、味方?」

「少なくとも御本人は味方です。あの御様子ならば事態を把握した上で動かれることでしょう、思慮深い方ですから心配ありません。……後ほど状況をギルダスに確認しますが、本日は予定通りお過ごしください」


 不自然でない程度にゆっくり給仕できる限界がきて、ジルオが席を離れる。

 心配ないってことだけど……タイミング的になんらかの意図が挟まってそうだ。


「……それでね、このあとどうするの?」

「演奏会でも見に行こうか」


 考えていても仕方ないので、音楽ホールでやるらしい演奏会でも見に行こう。



 本館の中にある音楽ホールでは演奏会や演劇が行われている。

 高等部の生徒たちの演奏は並のプロと遜色ないレベルで、授業レベルの高さが伺えるものだった。


 扱う楽器は弦楽器が多いみたいで、文化が垣間見える。

 アルヴェリアだと竪琴、縦笛なんかが主流みたいだ。

 必然的にメロディもゆったりとしたものが中心となって、レベルの高い演奏を聞いていると、こう……。


「アリス、だいじょうぶ? つかれちゃった?」

「…………」


 意識がなくなりそうなぼくをスフィが支えてくれた。

 薄暗い空間と、演奏レベルの高さが合わさってとても眠い。


「もしかして、たいくつだった?」

「…………」


 小声の質問に首を横に振る。

 普段から眠気を我慢しているぼくにとって、この環境は睡眠導入剤そのものだった。

 決して演目が退屈だとかそういう話じゃない。


 だけども……!


「……無理かも」

「うん、保健室で休ませてもらおうね。スフィちょっといってくる」

「ふたりで大丈夫にゃ?」

「うん、またあとでね」

「おう」

「気をつけるのじゃぞー」


 夢うつつでやり取りを聞きながら、スフィに背負われて退場する。

 あれ、音楽ホールから出たところでまばたきしたら、もう保健室の近くにいる。


「無理しないで寝ちゃってていいよ?」

「…………」


 再び瞬きしたところで背中に軽い衝撃を受けた。

 目を開けると保健室の天井が見える、ここも随分見慣れたなぁ。


「ごめん」

「いいよ、色々みてまわってつかれちゃったよね」


 額にそっと手のひらが乗せられる。

 息を吐きながら目を閉じる。

 暖かいものが隣にやってきて手を握られた。


 そんなことをやっているうちに、窓の外が薄暗くなっていた。

 こっちでも冬は日が落ちるのは早いようだ……じゃなくて。


「いま何時?」


 とっさに出た言葉に反応して、ベッド脇の椅子に座っていたブラウニーが首を傾げた。


「…………」

「…………」


 ……時報機能ないもんね。

 寝入ってしまったのが午後だし、ほんとに何時だろう。


「んー……ふあぁ?」


 無言でブラウニーと見つめ合っていると、隣で寝ていたスフィがあくびをしながら身体を起こした。


「……あ、スフィも寝ちゃってた!?」


 どうやら添い寝しているうちに自分も寝てしまったらしい。


「わあ! おそと暗いよ!?」

「さすがに帰らないと」


 流石に文化祭も終わっているのか外は静かだ。

 今から帰ると道中が完全に夜になっちゃうなぁ。

 結局トラブルもなく終わったのか。


 焦るスフィを宥めているところで、声を聞きつけたのか保健室の扉が開いた。

 ノーチェとフィリアがひょこりと顔を覗かせる。


「ふたりとも起きたにゃ?」

「ノーチェ! なんで起こしてくれなかったの!?」

「近づこうとしたらブラウに阻止されたにゃ」

「ふたりともいっしょに寝てるから、大きな声でスフィちゃんだけ起こすって出来なかったの」

「何かの間違いでブラウに攻撃されたくないにゃ」

「ええー!」


 スフィは『ぼくが疲労により安全地帯で寝てる』判定の巻き添えを受けたみたいだ。

 安全確保スイッチが入るとブラウニーも融通が利かなくなるのか。


 だけど普段はもうちょっとスフィたちのコミュニケーションも取れていたような……ん?

 …………いや、まさかね。


 ぼくが武装テロリストの襲撃を想定してたから、精霊衆のデフコンのレベルが下がったなんてことはないよね。


「とりあえずそろそろ帰らなきゃ」

「あー、それがにゃ」

「門、もう閉まっちゃって……」

「え」


 早めに出ないと帰る頃には真っ暗だと思っていたら、フィリアがとんでもないことを言った。


「閉門にはだいぶ早くない?」

「あの王子様の指示らしいにゃ」

「今は治安が良くないから閉門は早い方がいいって。ちょっとだけ開けてほしいってお願いしにいったんだけど、女の子たちだけで夜道を帰らせるわけにはいかないって……」

「ぐぬぅ、正論」


 してやられた気持ちはあるけど、理屈としては正論だ。

 自宅通学してる人たちは馬車でとっくに帰宅済だろうし。


「それで、今日は学生寮に泊まって帰るのは明日にしなさいって言われたにゃ」

「仕方ないか」


 契約してる精霊たちは一部非実体化状態だけど全員同行してるし、404アパートの鍵は回収済み。

 雪の精霊たちもお留守番してくれているから、1日くらい家をあけても問題ない。


「おーい、案内がきたのじゃぞー」

「はいはい、眠り姫さまたちはやっとお目覚めかい」


 シャオの声が聞こえて、続いて知らない男性の声とともに壁がノックされる。


「先生何しているのじゃ?」

「眠っている女性の部屋に許可なく入れないって」

「どうぞー」


 スフィの声を受けて部屋に入ってきたのは、たしかAクラスの担任の男だったはずだ。


「ラゼオン先生?」

「部屋の用意ができたってお知らせだよ、本来は2人部屋だから狭いけど1日だけ勘弁してくれ」

「部屋までご案内します」


 ラゼオンに続いて部屋に入ってきた用務員姿のジルオが慇懃に頭を下げる。

 護衛側でも把握して動いてるってことか……じゃあ大丈夫かな。


 かくしてぼくたちは、王立学院の学生寮にはじめて足を踏み入れることとなった。

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