襲来
時間は少し流れる。
夜梟の団長が聖王への定期報告のために向かったのは、暦で12月に入ってすぐのことだった。
うまく伝えられたなら前夜祭の時期には動きがあるそうだ。
近衛の団長の方が面会頻度は多いようだけど、立ち会う人間の数も多い。
逆に夜梟からの報告は密談が前提となるので比較的知る人間を限定しやすいとか。
何はともあれ、うまくいってくれることを祈るしかない。
因みに例の貴族の甥はペットのことなんてすっかり忘れているようだ。
表現は限りなく濁されたけど、酒場で見つけた女にちょっかいかけたところ、外国貴族の愛人だったそうで現在揉めまくっているらしい。
むしろ諦めずに主張しているのはあの時の役人と領主の方だ。
時間はかかっているものの、こっちにまで火の粉が来ないようにガードされている状態。
護衛たちのがんばりのおかげで特にトラブルも起きないまま、文化祭の日がやってきた。
■
一般的にアルヴェリアの学業文化祭は12月1日から10日までの間行われる。
その日程の範囲内で区域の範囲内で開催日を調整し、それぞれの学校で2日間にわたって開催されるのだ。
文化祭をできる規模の学校がそんなに多くないからやれるんだろうな。
私塾みたいな小規模の学校が大半らしいし。
そんなわけで、最大規模に近い王立学院の文化祭は結構派手なものになる。
「おかしい……トラブルが起きない」
「良いことじゃにゃいか?」
思った以上に警備が厳重で、敷地に入ることができるのは招待された人だけ。
それを徹底しているためか今のところトラブルがまったく起きない。
このままでは何事も起こらないまま午前中が終わってしまう。
「せっかく武装テロリスト対策をしてきたのに」
「昨日からごそごそしてると思ったら、何を持ち込んだにゃ」
「武装一式」
ポケットの中に持ち込めそうな武器の類を詰め込んできた。
ここだと荷物チェックをスルーできるのだ。
「そのポケット反則だよにゃ」
「404アパートの鍵とこのポケットは存在を認知されたくないね」
利便性とか危険性とかもろもろ全部含めてバレたらまずいアイテムの筆頭かもしれない。
「平和すぎる」
「平和でいいじゃん」
「なにもないのが一番でしょ」
「それより腹が減ったのじゃ」
怪訝に思っているぼくをよそに、スフィたちは揃って正論を口にする。
「平和がいちばんなのはそうだけどさ……」
「食堂いこうよ、今日はふんぱつしちゃおう!」
「お前らの"父ちゃん"からたんまりと金をもらったしにゃ」
「やっぱりわしも姉様に金子を無心したほうがいいのじゃろうか」
「別にいいって」
結局ハートランド伯爵から届けられた支援金は、節約すれば数年は慎ましく暮らせる額だった。
それを口にしたら護衛から「遠慮なさらず使ってください」「それは1ヶ月分です」とツッコミを受けることになってしまった。
「お姉さんたちのぬいぐるみかわいかったね」
「ね……私も欲しくなってきちゃった。おこづかい貯めようかなぁ」
スフィたちは午前中に見た、上級生のぬいぐるみ展示が気に入ったようだ。
芸術系に力を入れているようで、ストーリー仕立てにぬいぐるみが飾られていた。
かなりクオリティが高くて、普通に見応えのある展示物だった。
「ん?」
随伴してくれていたブラウニーがぼくの服の裾をひっぱる。
ブラウニーは細かい感情が読み取りづらいんだよな。
大まかな喜怒哀楽はわかるんだけど……うーん。
たぶん……『ぬいぐるみなら自分が作るから、裁縫道具が欲しい』みたいなことを主張してると見た。
「裁縫道具ほしいの? ブラウがぬいぐるみ作る?」
「…………」
こくこくとブラウニーが頷いてみせる。
家にあるのは簡単なやつだし、色々足りていなかったんだろう。
「わかった、しっかりしたやつを用意しておく。それと」
「…………?」
「必要なものや欲しいものがあったら遠慮なく言って、ブラウも大事な友達なんだから」
「…………!」
今の家で一番働いてくれてるのはブラウニーなんだから、変に遠慮されると困る。
家事や世話を頼ることはあっても、召使いみたいに思ったことはないのだ。
何度も頷くブラウニーにぼくもひとつ頷いて見せて、スフィたちを追いかける。
「ブラウニーがぬいぐるみ作ってくれるって、道具を用意してからだけど」
「え、ほんと? ブラウニーちゃんいいの?」
「…………!」
「でも、精霊さんになったりしない? また家の精霊が増えるんじゃ……」
「多少増えたところでもう大差ないし」
「確かに、にゃ」
既に家の敷地内は雪の精霊たちのテリトリー、増えたところで今更である。
仮にぬいぐるみが精霊になったとしても、シラタマとブラウニーの眷属がひどい喧嘩をするとは思えないし。
「あとで裁縫系の道具見せて貰わなきゃ」
「アリスが作るの?」
「作れるやつは」
難しいやつは発注してもいい、というかそっちのほうがいいかもしれない。
そういった道具作りが得意そうな錬金術師を紹介してもらおうかな。
なんか楽しくなってきた。
やっぱりぼくは、他人のための道具を作るのが好きなのかもしれない。
■
「ナレハテ廊下行ったか?」
「あぁ、マジで怖かった……もう行きたくない」
「途中で名前を呼ばれることがあるんだって、そこで振り返ると……」
「キャアアア!」
「ちょっと、やめてよ!」
お昼を食べに行った食堂ではナレハテくんの話題で持ち切りだった。
講義棟の古い廊下のひとつで、改築増築を繰り返された結果使われなくなっている場所に設置された。
もともとは裏庭に続く廊下だったみたいで、もともと薄暗くて不気味なうえに遠回りになるため使われない。
ナレハテくんが左右の壁際に設置されているだけなのに、その廊下を通ること自体がホラーハウス的な人気を確立しつつあるようだ。
魔道具学科の助教授も草葉の陰でさぞ喜んでいることだろう。
「ここまで話題になると心配かも」
「にゃにが?」
「やっぱりアレってやばいの?」
ぼくのつぶやきにノーチェとスフィが反応した。
何がやっぱりなのかはわからない。
「ええと……怪異化……精霊化? なんていうんだろう」
説明が難しいな。
パンドラ機関では
『特定のエネルギーが生物の思念の影響を受けて形を得たものである』と。
人が精霊を生み出している説もあったけど、人類の誕生のずっと以前から精霊は存在してるらしいのでこれはない。
しかし人の思念の影響を受けて精霊の能力や性質が変質することはある。
そこから出された仮説が、『特異具象群(通称アンノウン)とは、謎のエネルギー『X』が、生物から観測されることにより特定の形で具象化したもの』だった。
精霊たちの反応を見る限り、大きく間違っているわけではないと思う。
「ええと、都市伝説とか怖い話とか。そういう怖いイメージが集まると現実化しちゃったり、そういうモンスターみたいなのが生まれちゃうことがあるって仮説があって」
「じゃあナレハテくんが動きだしたりするにゃ?」
「そんな簡単な話ではないんだけど……」
たどたどしくなってしまいながら説明を続ける。
「精霊の力の源みたいなのがあって、そういうのが集まっている場所に怖いイメージみたいなのが集中すると、そのイメージが現実のものになっちゃうみたいな」
「おお、亜精霊というやつか。竜宮ではアヤカシと呼ばれているそうじゃな」
「あぁうん、妖怪もその類だったっけ」
「ヨーカイ?」
さすがは精霊の国の姫だけあって、シャオはすぐに理解したみたいだ。
「精霊と亜精霊って違うにゃ?」
「うむ、ぜんぜん違うのじゃ」
「例えばシラタマたちは雪っていう概念が意思を持った存在だけど……」
「逆に雪の像に精霊の力が宿って動き出したものが亜精霊なのじゃ」
理解者がいると話がスムーズで助かる。
シャオの言う通り、元々あった物体や生物、都市伝説なんかに精霊の力が宿ったものが亜精霊とか妖怪とか呼ばれているものだ。
フォーリンゲンで遭遇した神兵と蛇シスター、パナディアのキャプテンシャーク、玩具の街で戦った朱い怪鳥。
それからサーカスで襲ってきたクソピエロ。
生物としての枠を飛び越えてたし、ノーチェたちとの出会いで戦った化物鼬もその類だろう。
前世の地球でも居たし、ぼくを攻撃してくるのは主にこのタイプのアンノウンだった。
元となった生物の性格や思考、エピソードが色濃く反映されているせいだろう。
友好的な例でいうならマイクの眷属だった玩具の精霊たちかな。
「つまりナレハテくんが亜精霊? になる可能性があるにゃ?」
「文化祭が終わったら片付けるだろうし、流石に数日でってことはないだろうけど」
総合的に「こえー!」「やべー!」程度だから危険な精霊化を起こすことはないだろうけど。
問題はこの建物には玩具の精霊神であるマイクの未踏破領域があるってことだ。
発生条件の中で一番むずかしい「エネルギー『X』が発生に十分なほど滞留してる」が既に成立してしまっているのだ。
「怖いのはあの助教授が、文化祭終わっても抵抗し続けないかってことで……」
「あの姉ちゃん、警備員相手に大立ち回りしようとして、変なマスクの怪人に殴り倒されたって聞いたにゃ」
「私は突然白いマスクの怪人が現れて、女の人を縛り上げていったって聞いたよ」
「スフィも聞いた」
「わしもじゃ」
「専攻変えよっかな」
同じ魔道具学の専門家とか、知り合いとか思われたら恥ずかしいし。
取り敢えず
あの廊下にも近づかなければいいのだ。
「まあ!」
「う、うそ!」
「キャア!」
「どうしてこちらに……!?」
そして食事を終えてラウンジでお茶がてら小休止している時、入口の方から小さい悲鳴が上がった。
「――来たか」
「え? え?」
「にゃんだ?」
今日のために用意しておいた呪符を懐から取り出し、構えながら悲鳴の聞こえた方を向く。
白みがかった金髪に紫の瞳の、絵に描いたような王子様然とした青年が護衛を引き連れてラウンジに入ってくるところだった。
……武装テロリスト、じゃない。
「…………」
「アリス? どしたの?」
「なんで急に落ち込んだにゃ」
はああとため息を吐きながらお茶をすすると、フィリアが顔を真っ青にしながら腕を掴んできた。
「アリスちゃんだめ!」
「ん?」
「今日は、今だけは本当にだめっ!」
「?」
何故かと周囲を見回すと、全員静まって姿勢を正している。
座っていた人間も全員が立っていた、ぼくたち以外。
「良い、私も同じ学生の身だ。気にせず楽にせよ」
青年の一言で、緊張が緩むのがわかる。
「えらそう」
「アリスちゃん! 洒落にならない! 本当にだめっ!」
小声で凄むという器用なことをしているフィリアの反応を見るに、偉い人なのかもしれない。
今回は流石にチキンレースをやめとこうと思ってお茶を置き、フィリアを見返す。
「フィリアはあの兄ちゃん、誰か知ってるにゃ?」
残念ながら無礼なのはぼくだけではない、恐る恐る聞いたノーチェに矛先が向いた。
「あのお方は聖王国の王子殿下! 第二王子のエルヴィーノ様!」
「王子様だったにゃ?」
「どうして一般生徒もいるラウンジに来られたのかわからないけど、絶対に粗相はダメッ!」
「わ、わかったにゃ、気をつけるにゃ」
必死なフィリアには申し訳ないけど、ぼくは首を傾げてしまった。
いやまぁ王族に対する対応としては正しいんだろうけども。
肝心の王子様は、並んでいるぼくとスフィの顔を凝視していた。
遠いから詳細な表情はわからないけど、護衛らしき騎士に声をかけられても取り繕えないくらいに驚いているようだ。
「色んな意味で手遅れな気がする」
「へ?」
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