魔道具学科

 裏で揉めているとしても、法律が存在する以上は無茶はできない。

 裁判所とのやり取りは護衛がしてくれているため、ぼくたちは平和に過ごすことができていた。

 そうこうしているうちに暦も12月に入り、街なかに前夜祭の雰囲気が漂いはじめる。


 街と同じく浮ついた空気の教室にはいって挨拶を終え、席に座ると同時にゴンザが話しかけてきた。


「そういえばアリスちゃん、文化祭の予定はある?」

「ははぁん……?」

「あら、また聞いてないの?」


 また知らない情報だ。

 いい加減この流れにも慣れてきたのか、ゴンザは片眉をあげるだけだった。


「ぼく、クラスでいじめられてる訳じゃないよね?」


 流石にDクラス内でいじめなんてされたら、ぼくの砂細工より繊細な心が大変なことになってしまう。

 そして、ぼくたちの会話が聞こえていた獣人グループがにわかにざわつきはじめた。


「ポキアちゃん、言ってなかったの?」

「ぶ、ブラッドくんが伝えるって言ってたから!」


 こういう連絡網は同じ種族、同じ性別で形成されがちだ。

 学院生徒は基本的には寮に入るし、ぼくはDクラスでは唯一と言っていい自宅通学なので齟齬が発生しやすいのだ。

 ひそひそ話の内容からして、おそらく最初はポキアが伝える役割で、次に託された中継点が「やべっ」って顔をしたブラッドなのだろう。


「よかった、いじめられてる訳じゃなかった。安心した」

「安心していいのかしら……?」


 突進ハスキー系男児に細やかな気配りを期待してはいけない。

 謎が解けたところで隣の席のゴンザに向き直る。


「文化祭って何するの?」

「学校ごとにやる前夜祭の行事よ、出し物は3年生以上だから私たちは見て回って楽しむだけね」

「今年呼ぶのは学内の生徒と招待された関係者だけって話だけどね」


 ゴンザに続いて他の男子生徒、眼鏡のマグナスが補足してくれる。

 物言いからして普段は外部の人間も気軽にはいれるようになっているんだろう。


「まぁあれだよね」

「仕方ないよ……文化祭やるだけでもありがたいし」

「…………フゥン」


 実際にはいろんな事情が絡んでいるんだろうけど、トラブルの連続っぷりがカモフラージュになってるくさい。

 内部にも面倒なのはいそうだけど、誰がくるかわからないのよりはマシってことか。


「あっちの予定次第だけど、ぼくは家族と回るかも」

「そうなの、それがいいわね」


 どうせ何か起きるだろうし、身内で固まっていたほうが対処しやすい。

 アクアルーンの一件もあんな素人集団がスムーズに準備できたとは思えないし、何者かの介入か援助があったのは明白だ。


「今年はあちこちトラブルが多いみたいだし、無事に終わるといいんだけど」


 誰かがぼやく。

 どうもぼくたちの周囲でだけトラブルが多発しているって訳でもないらしい。

 街中でいろんなトラブルが起きているみたいで、その中でも大きめのやつにぼくたちが巻き込まれたっていうのが正解のようだ。

 学院の権力と事情が合わさって致命的な事態として扱われていない……って感じか。



 午前の共通授業が終わって本館の廊下を歩いていると、正面から歩いてくるローディアスと目があった。

 近くにもBクラスの生徒が居て、微妙に気まずい空気が流れる。

 和解しているし争うつもりもないので、軽く会釈をしながら廊下の脇に寄って通り抜けよう。

 何故かローディアス以外に驚かれているような気配がするけど、無視だ無視。


「レヴァンという男に気をつけろ」


 すれ違う瞬間、ローディアスの潜めたような声が聞こえた。

 思わず足を止めて背後の気配を探るものの、「行くぞ」という声とともに足音が遠ざかっていくだけだった。


 レヴァン、Dクラスの臨時教員として一時期関わったことがある嫌味な錬金術師。

 たしかローディアスの実家にも関係があるんだったっけ?

 顔は覚えていないけど。


 わざわざ警告してくるってことは何かしら妙な動きをしているのかもしれない。

 錬金術師……か。


 どう対処したものか考えているうちに、選択授業をやっている講義室に辿り着いた。

 錬金術関係の授業には色々顔を出しているけど、今回は魔道具学の授業だ。

 今まで他の学科の研究室に行っていたけど、魔道具学の授業は受けたことがないのに気づいて受けてみることにしたのだった。

 はじめての教室に入るのは緊張して恐る恐るになってしまう。


「たのもう」


 勢いよく扉を開けると、真っ先に長机の上に並べられたものが目に入った。


「ア……アァ」

「シテ……ロシテ」


 皮膚を失った人間の腰から上の胸像が5体。

 なんらかの実験によって身体が溶けて爛れてしまったような外観。

 哀れな姿の犠牲者が規則正しく窓際に並べられ、苦しそうに呻いている。


「まちがえました」


 ぼくは即座に扉をしめた。

 どうやら間違えてバイオ系マッドサイエンティストの研究室にでも入ってしまったらしい。

 古くて時空間が歪んでそうな建物ではよくあることである。


 気を取り直して別の教室に向かおうと踵を返したところで、背後から扉の開く音がする。

 振り返ると、ホッケーマスクを被った白衣の人間が講義室から出てくるところだった。


「待って待って待って、間違ってないよ! アリスちゃん!」

「ちがいます」


 強いて言うならぼくの名前以外の全部が間違ってる。


「それ以上近づいたら大きな声ださせるぞ」

「出させる側なんだ!?」


 これでも前世では怪異を狩る側だったんだ。

 そう簡単にやられたりしない。


「そうじゃなくて、魔道具科の講義室はここであってるよ!」

「……あんな哀れな犠牲者をならべているのに?」

「あれは魔術生物だよ! 今は魔術生物の研究に力を入れてるんだ! スライムに近いんだけど、うちの助教授が成長させると何故か全部ああなっちゃうんだ。声に聞こえるのは空気が出入りする時の振動だよ」

「こわい」

「自分たちも常々そう思ってる」


 前世でもギリギリアンノウン側だろって特性を持つ研究者や職員は稀にいたけど、その類だろうか。

 それであんなホラー映画のオブジェみたいなのが誕生したのか。


「よくわかったので帰ります」

「まぁまぁまぁまぁ」


 逃げようとしたところでそっと肩を掴まれた。

 優しい力加減で押されるように教室に連れ込まれてしまう。


 シラタマには危険がない限り手を出さないようにお願いしているのだ。

 この程度のマッドなら危険判定されないし、相手も力加減はわかっているようだ。


 まずい、ぼくの取り扱い方が、対処法が確立されつつある……!


「あ、教授戻ってきた、どうしたんですかぁ?」


 ホッケーマスクによって講義室に連行されると、オブジェの近くにいた目の下にクマのあるゆるふわカールの女性が真っ先に反応した。


「だからその魔術生物のインパクトが強すぎるんだよ、生徒が来る度に連れ戻す自分の苦労も考えて! 倉庫にしまってきて!」

「ええええー、ナレハテくんカワイイじゃないですか! 教授のマスクが原因ですよ!」


 言われてみればこの人もなんでホッケーマスクみたいなのを被っているんだろう。


「そもそもなんで今日に限ってそんな場所に並べてるんだい! 普段はちゃんとしまってるじゃないか!」

「だいぶ数が揃ってきたので、文化祭の出し物でナレハテくんをずらーっと並べようと思ってるんですよぉ!」

「やめてくれない!? 魔道具科が誤解されちゃうよ!」


 魔道具科の教授と助教授が言い争っている間に、部屋の片隅に集まって震えている生徒たちの中に加わる。

 的は多いほうが安全率が高まる。


「ねぇ、アロスちゃんもナレハテくんカワイイと思いますよね!?」

「アリスちゃん、この子に合わせなくていいからね!?」


 強いて言うならぼくの名前含めて全部が間違ってる。

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