誤解……?

「ア……アァ……ア……」

「ロ…シテ……コロ……」

「ナ……ダマサ……レルナ……」


 窓際に並ぶ恐ろしいオブジェは、近くで見れば作り物感があった。

 ぼくは眼があまりよくないし、遠くからだとリアルに見えてただけだな。


「近くでみるとハッキリ人形に見える」

「それでも怖いよこれ」


 近くでオブジェを眺めていた高校生くらいのお兄さんが怯えた声を出す。

 いやまぁ怖いことは怖いけど、ホラー映画の小物的な怖さだ。


「台詞も周期的に同じの繰り返してるだけっぽい」

「なんで不穏な言葉に聞こえるものばかりなのよ……」


 今度は別の高校生くらいのお姉さんが嫌そうな声を出す。

 今回の授業は高等部の人間しか取っていないのか、年上の人ばかりだ。


「絶対カワイイですって! ねえ!」

「だからダメだって、こんなの発表したら魔道具学科が変人の集まりみたいに思われちゃうよ!?」


 ホラーオブジェにカワイイを見出す助教授と、ホッケーマスクの教授か。


「冶金学科もそうだけど、錬金術師ってこんなのばっかりなの……?」


 言動から錬金術師志望っぽいお姉さんの発言を受けて生徒たちに絶望感が広がる。

 錬金術師に対する風評被害も甚だしい、ちゃんと言わなきゃ。


「こういうのは上の方だけ、第4階梯以下はほぼまとも」

「はいはーい、私も第3階梯だからまともですねぇ!」

「自分も第4階梯だけど……」


 ふざけんなもっと上げとけ!


「とりあえず、そのマッドなオブジェは教授権限で阻止すればいいでしょ」

「そんなんでナレハテくんのカワイサを広める計画は諦めませんよぉ! この日のために少しずつ育ててきたんですからぁ!」

「もう準備室の3分の1がナレハテくんで占拠されてるんだよ!? いい加減にしてよ!」


 完全にホラーゲームのやばいエリアが出来上がっているらしい。


「かえります」

「俺も」

「私も」

「いやいやいやいや、授業は聞いていってよ! 折角だから!」


 帰ろうとするぼくたちを阻むように、ホッケーマスクの怪人が素早く講義室のドアを閉めて立ちはだかった。

 ぼくたちはもうだめかも知れない。


「今日は特別にぃ、みんなにナレハテくんの作り方を教えちゃいますからねぇ!」


 たすけておねえちゃん。



「はい、今回の講義は魔道具の基礎中の基礎! 基本的な呪符の作り方です!」

「むぅー! むぐぅー!」


 やべえ助教授を素早く縛り上げ、猿轡を噛ませて封じたやべえ教授。

 彼が背後の黒板に書いた本日の授業は至って普通の内容だった。


「魔力を通しやすい素材に、同じく魔力を通せるインクを使って術式を書き込んだものだね。魔力を流すだけで簡易な魔術を発動できるっていう、魔道具の中でも特にポピュラーなものだ」


 呪符という魔道具は一般的に一番広く知られている魔道具かもしれない。

 魔術師でない人間が魔術を簡単に使えるメリットがある一方、複雑な魔術は使えないしコントロールも難しいという欠点もある。

 あと消耗品なので気軽に使うにはちょっと高い。


「使われるのはマンドレイクの樹皮から作られた紙と、ライトスクイッドの墨を加工したインクが一般的だね。そもそも呪符というものは……」


 はじまった講義は呪符の作り方からはじまり、成り立ちや考え方の基本を説くもの。

 途中で内容に絡めたエピソードトークを挟んだり、緩急をつけたり。

 ホッケーマスクの教授は見た目に反して話が上手い。


 周囲の生徒は割と熱心に聞いていたけど、ぼくからすると基礎知識の復習なので寝るところだった。

 話の上手さがなかったら危なかった。


「以上、よかったら今後も授業を受けてくれると嬉しいね」

「むぐぅー」


 授業が終わり、締めの挨拶を受けて助教授が暴れ出す。

 当然生徒はドン引きなのでホッケーマスク教授の希望は叶いそうにないな。


 講義が終わるなり、他の生徒達は素早く机を片付けはじめた。

 

「ほら、あなたも」

「急いで」

「あ、うん」


 どうするか考えていると声をかけられる。

 なんだか心配されている感じだったので、断らずに年上の生徒に囲まれながら講義室を出ることになった。



「あなたも災難だったわね」

「初等部の子だよね? かわいいなぁ」

「見た感じ……下限年齢だよな、すげえな」


 講義室から出たところで何人かの生徒たちに引き続き話しかけられてしまった。

 どうやら小さい生徒がいたのが珍しかったらしい。

 まぁ錬金術関係の授業は初等部で受けてる生徒ほとんどいないしなぁ。

 授業のレベルも違うし、高等部の生徒と被ることはまずない。


「そうだアリスちゃん!」

「キャアアアアア!?」


 和やかな雰囲気で話している途中、勢いよく扉が開いてホッケーマスクが顔を覗かせた。

 女子生徒から盛大な悲鳴があがって耳が痛い。


「あぁごめんごめん、自分の外見が怖いらしくてよくびっくりさせちゃうんだよね」

「び、びっくりした……」

「心臓が止まるかと……」

「クレスタ教授とどっこいの怖さだから気を付けて」

「それは言いすぎだよ!?」


 言いすぎじゃない、ホラー系列の仲間だ。

 クレスタ教授は長髪で幽鬼みたいな雰囲気の半巨人デミギガントの女性である。

 中身も見た目通りだ。


「で、なに?」

「ハリードくんからの伝言で授業後に君をひとりにしないようにって言われてたんだよ、お迎えが来るらしいから教室に居てね!」

「……了解」

「大丈夫なの……?」


 ぼくからすればある意味で納得できる伝言の内容だったけど、事情を知らない他の生徒たちからすると疑惑の提案に見えるようだ。


「身を守る術はあるから大丈夫、心配してくれてありがとう」

「うーん、そういうことなら……いいのかな」

「気をつけてね、何かあったら大きな声出すのよ」

「わかってる」


 こっちを気にしてくれる高等部の生徒たちと分かれて、ホッケーマスク教授といっしょに講義室に戻る。


「いやぁ、みんな心配しすぎだよね。自分はこうみえても元戦闘錬金術師だし、頼りになると思うんだけどなぁ」

「見た目通りだったんだ」


 少なくとも弱そうには見えなかったけど、やっぱ強かったらしい。

 やべえ助教授を制圧するのも手際よかったしなぁ。


「ハリードくん程じゃないけどね、彼は腕利きだし」

「ハリード錬師もだいぶ上澄みだよね」


 声の質と言うか気配と言うか、教授が悪人じゃないことはわかってるので普通に会話をしながら椅子に腰掛ける。


「失礼しま……」


 雑談しているうちに、清掃員の格好をしたジルオが講義室に入ってきた。

 今日のお迎えはそっちか。


「じっ」

「…………」


 声を掛けるより早く、凄いなめらかな動きで教室内に入ってきたジルオが、瞬きの間にぼくと教授たちの間に立ちはだかった。

 鋭い視線は窓際のナレハテくんと縛られた助教授へと向かっている。

 ホッケーマスクの怪人、縛られた女性、窓際のナレハテくんたち。

 なるほど、事件だね。


 いつの間にか"あれら"に違和感を感じないくらいに慣れてきている自分が怖い。


「そのふたりは錬金術師、悪人じゃないから平気」

「ほらぁ、やっぱりそれ不審がられるってぇ!」

「むぐぅー!」

「………………」


 うわ、ジルオが凄い怪訝そう。


「あれはもちろん本物じゃないからね!?」

「作り物なのはわかっていますが」


 ホッケーマスクの怪人の言い訳を聞きながら、ジルオは警戒を強める。


「この距離でわかるんだ」

「……あれほどの状態のものが複数あっても"匂い"がしませんので」

「あぁー」


 ナレハテくんは非常にウェッティな見た目なのに、言われてみれば血肉の匂いはまったくしない。

 獣人なのに普人に負けてる我が嗅覚よ。


「ここの錬金術師は変わってるだけで悪い人たちじゃないから、大丈夫」

「…………」

「そうそう、自分は普通の錬金術師だよ」

「むぐぅー!」

「アリスさん」


 暫く無言で殺気を放っていたジルオだったが、ひとまず切り替えたのか相手から視線をそらさずぼくに声をかけてきた。


「ご家族の元へエスコートするよう私が頼まれました、ついてきていただけますか?」

「うん、そういうことだから帰るね」

「あぁ……うん、気をつけてね」


 あくまで雑用を頼まれた用務員という体は崩さないけど、護衛としての任務の方を優先しているようだった。

 ホッケーマスクの怪人から全力で庇うジルオの背に隠れるように再び講義室を出ると、すぐさま抱き上げられて運ばれることになってしまった。


「アリスお嬢様」

「うん?」

「気を許す相手は選ぶべきです」


 誤解が解けるまで魔道具学科への出入りはやめるように言われそうだなぁ。

 …………いや、そもそも誤解なのか?


 どっちなのか、ぼくにはわからなかった。

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