ハートランド伯爵
仮親リストが持ち込まれてから数日後、ハートランド伯爵との面会日が決まった。
伯爵邸は
そんなわけで当日がやってきた。
「じゃあ行ってくる、家のことはお願いね」
「おねがいねー」
「任せとくにゃ」
馬車乗り場で待つ人たちを横目に見ながら、ノーチェたちと一旦分かれる。
流石にパーティメンバーと一緒に行くことはできなかったので、ここから先はぼくとスフィだけだ。
いや、正確には護衛としてカインも居た。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
もろもろの準備を終えて、いざ向かうは待機中の伯爵の馬車。
馬車の近くで待っている執事風の男性のところへ行くと、その人は慇懃に頭を下げてきた。
ただし発する音からは感情が感じられない。
ものすごく事務的というか、機械的ですらある。
「……よろしく」
「おねがいします」
揃ってエスコートされながら馬車に入ると、外で執事風の男性が御者台に回る気配がした。
小さく聞こえる「旦那様にも困ったものだ……」ってつぶやきは聞かなかったことにしておきたい。
少しして、馬車が動き出した。
「そんなわけで、"知っている"のはハートランド伯爵本人だけです」
今回のカインは"ぼくたちの事をハートランド伯爵に教えた知己"として同行することになっている。
「シナリオは覚えていますか」
「うん」
沈黙が続きそうになったところでカインが口を開いた。
事前に相談されたカバーストーリーの話だ。
8年前、ハートランド伯爵と関係を持っていた旅一座の踊り子だった砂狼の女性が西へ帰国後に出産。
その時の子供たちが何らかの事情によってラウド王国の辺境で老錬金術師に拾われ、病で錬金術師が身罷ったのちに旅を経てアルヴェリアに辿り着いた。
錬金術師ギルドの庇護を受けつつ学院に通っている最中、フォレス先生がぼくたちが持っている飾箱に気づき、近衛時代の伝手を使ってハートランド伯爵に教えた。
その伝手というのがカインである。
以上。
「それで通じるんだ」
「まぁ疑ったところで確かめようがありませんから」
この手の問題の真に難しいところは親当人が納得するかどうかにある。
そして本人と直に結託している以上、プライベートな話題に外野が首を突っ込むことは出来ない。
立場が家督争いに関わるなら血の繋がりを確かめる魔術具なりの出番になるけど、今回は完全に非嫡出子、私生児の話なのでお役御免だ。
そのうえぼくたちは女児で更に獣人。
跡目を継ぐ候補にすらあがらないので安全性は十分となる。
けっ。
「これで落ち着くといいんだけどね」
「流石に近衛騎士の娘ってことになればあっちも引き下がると思いますが」
「だといいなぁー」
つまらなそうに足をぷらぷらさせて、スフィが唇をとがらせる。
復讐者っていうのは厄介なものなのだ。
例えペットを失ったのが原因で、それが逆恨みであったとしても……。
何とも言えない気持ちになって馬車の窓から町並みを見る。
揺れがないのは道が平らで馬車の性能がいいだけじゃなく、動きが遅いせいもあるようだ。
「町並みは綺麗だけど、馬車多くない?」
中央5区は整えられた綺麗な町並みだ、しかし今回はやたらと馬車が多くて軽い渋滞になっている。
住民は貴族階級か上位の富裕層だから徒歩で歩く人間が居ないせいもあるんだろうけど……。
それにしたって馬車が多いし、デザインも統一感がない。
「今はどこもこんな感じですよ、外国から貴族が押し寄せてますから」
「うへぇ」
「陛下や大臣の方々への面会だけじゃなく、賓客同士の茶会や晩餐会もありますから」
話に聞いていても、実際に見るとその数の多さに辟易とする。
これは確かに諜報も人手が足りなくなるし、迂闊な動きもできないだろう。
外国の監視の目が普段の10倍以上になっているようなものだ。
「去年の今頃ならすぐにでもお父君の元にお送りできたのですがね」
「ま、タイミングだね」
「ぶぅー」
話しているうちに馬車が動きを止めた。
件の伯爵様の家についたらしい。
そろそろ酔いはじめたところだったので、門から近い場所で助かった。
大きなお屋敷の門をくぐり、降車用スペースと思わしき場所で止まる。
カインにエスコートされながら馬車を降りると……わぁ、出迎えの視線が冷たい。
揃った使用人たちから総出で「調子に乗るな」と釘を差されているみたいだ。
スフィがしっぽの毛を少し逆立てながらぼくの手を握りしめる。
「俺が来てよかった……」
集まる視線にカインも頭を抱えている。
他のメンバーだと何かまずいらしい。
ぼくは慣れてるからさほど気にならないんだけどな。
「旦那様がお待ちです」
「うん」
冷たい視線の筆頭である執事さんに案内されて館に入る。
お嬢様扱いされてないし、歓迎されてる訳でもないな。
とてもいい感じだ。
玄関で靴の泥を落とし、眉を顰められながら高級そうな内装の廊下を歩いて行く。
辿り着いた応接室らしき場所のドアを執事さんがノックすると、すぐに中から返事がきた。
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
「ああ、入ってもらってくれ」
お嬢様に強めのイントネーションがかかっており、内心は主人の遊びに辟易してるだろうことが受け取れる。
といっても見て取れるほど不機嫌ってわけじゃない、普通の子なら感じ取れないだろうレベルだ。
しかしこちらのメンバーはぼくを筆頭にして、聴覚嗅覚経験と相手の感情や反応を読み取るのに長けていた。
悲しいミスマッチでポーカーフェイスが無意味になっている。
そんな執事さんに開けてもらった扉から中に入る。
入ったぼくたちを見るなりソファから立ち上がったのは、金髪の長い髪の、甘いマスクを絵に描いたような男性。
流石に年齢が顔に出てきているけど、それでも女性に騒がれてそうな見た目だ。
そして部屋の中にはもうひとり、頬が痩けた長身痩躯の男がいた。
小さな眼鏡で目元が伺えず、気配が恐ろしく静かな普人。
本能で強者を嗅ぎ取ったらしいスフィの警戒度がマックスまで引き上げられるのを感じた。
「ジエルド、ここから先は下がっていてくれ。用があったら呼ぶよ」
「……畏まりました」
伯爵様の言葉に従って使用人たちが部屋を後にする。
部屋の扉が完全に閉められてから数十秒ほどしたのち、痩せぎすの男が「失礼します」と言いながら魔術を使った。
風の結界で部屋の中を覆って音を遮断する魔術だ。
しっかりめの防音がされたところで、目の前の男ふたりが優雅な動作で膝をついた。
「お嬢様。ご無事での帰還、我ら一同喜びの念に堪えません」
「う、うん……」
伯爵の流暢な挨拶の言葉にちょっと押されつつ、スフィが抱きついてくる。
黙ったままでも、色の付いたグラス越しに向けられる痩せぎすの男の視線が強い。
向けられる熱量が何故か軽いトラウマを刺激する。
「我が家を止まり木に選んでくださったこと、ハートランド伯爵家にとって末代までの栄誉と……」
「ゴホン」
挨拶の後から続く少し芝居がかった伯爵様の口上が、痩せぎすの男の咳払いで止められる。
「まずは御着席頂くべきであろう。このようなやり取りに慣れておられぬのだ、我らが配慮しないでどうする。アウルシェリス様はご幼少時よりお身体が弱いことを忘れたか」
「ああ、私としたことが……お許し願います。まずはご着席くださいませ」
伯爵様のテンションに気圧されたまま、勧められてソファに腰掛ける。
たぶんいつものようにどーんっと座っちゃって良かったんだろうけど……正直、痩せぎすの男の視線に緊張して動けなかった。
「あなたも落ち着いて下さいよ団長、お嬢様がたが怯えてます」
「ム……」
後ろで立っていたカインの呆れたような声をうけて、痩せぎすの男の気配が少し緩んだ。
カインはたしか、今の所属は夜梟騎士団って言ってたから……。
じゃあこの人が夜梟の長かい。
「申し訳ございません」
「う、ううん……」
頭を下げた痩せぎすの男に、スフィがちょっと怯えた様子を見せる。
なんというか気配が鋭いんだよねこの人、犬猫からめっちゃ警戒されるタイプだ。
「ご安心下さい、この方はうちの上司の上司みたいな人で、お嬢様たちの最大の味方のひとりですから」
「貴様はお嬢様に気安くしすぎだ、馬鹿者」
「気張って警戒されちゃ元も子もありませんって」
突然はじまったこのやり取りも多分、彼が大丈夫な人だってぼくたちに示すためにやっているんだろう。
団長とやらも説教するような言葉を使っているのにカインへの怒りは感じない。
それにしても……。
「なんか、みんなぼくたちが本物だって信じて疑わないね」
「うんうん」
他の人達もそうだけど、諜報部門の長なんてめちゃくちゃ情報精査に厳しそうな割に疑う様子もない。
思わずそんな言葉が出てしまう。
「……お顔を拝見するまでは、疑う気持ちもございました」
「念のための確認もあって、彼を友人として呼ぶ形で同席願ったんですよ」
ハートランド伯爵のネタバラシは、至極真っ当な理由だった。
動きがいまいち鈍いのも、上層部が慎重になっているからではなかろうか。
無理押しして万が一間違いでしたじゃキツイもんね。
「毛の色を抜きにしても、おふた方とも幼い頃のセレステラ様によく似ておられます」
「ご幼少からあの方に接してきた人間なら、見て勘付きかねないほどにね」
「……あぁー」
「それ、だいじょーぶなの?」
どうやらぼくたちは顔立ちとか雰囲気とかが銀狼のお姫様に似ているらしい。
見て勘付くって大丈夫なのかというスフィの疑問に、夜梟の長が頷いた。
「ご幼少のセレステラ様の絵姿はほとんどありません。残ったものも王家の宝物庫に残る一部以外はご結婚の際に星降の谷に移動しています。更には直接会ったことのある国外の要人は限りなく少ないですから」
「……なんで絵とかが残ってないの?」
説明を受けて、更に疑うようなスフィの視線。
それを受け止めたハートランド伯爵と夜梟の長が気まずそうに視線をそらした。
「……その、何と言いましょうか」
「
「ご幼少のセレステラ様は大変健康的で活発なお方でしたので、肖像画に描かれることを好んでおられなかったのですよ」
ぼくのフォローというかツッコミを受けて、ハートランド伯爵が苦笑しながら実情を教えてくれる。
まだ見ぬ母親(仮)の中身はどうやらスフィの方が近いらしい。
まだカメラなんてものはないし、肖像画を描くとなると数時間……下手すると半日近くは画家に付き合わないといけない。
じっとしているのが平気なぼくでもグロッキーになる。
「…………」
「こほん、ひとまずお伺いしている事情についてですが、こちらの方でも対処しておきますのでご安心を」
「あ、うん」
なんとも言えない空気になりかけたところで、ハートランド伯爵がキラキラした笑顔で話を進めた。
事前に十分に話を通してくれているおかげか、進行が早くて助かる。
「相手のことは我々の方でも調べがついています。当主でもないあの男に出来ることはもうないでしょう。それよりもおふた方は、町での身分がハートランド伯爵の子供という形になりますが……本当によろしいのですか?」
続く夜梟の長の言葉に、ハートランド伯爵が硬い微笑みのまま頬を引きつらせた。
どうやら彼に対する心象が良くないのはジルオだけではないらしい。
「他だと町で自由に過ごせなくなりそうだから、子供に何もしない伯爵様のところがいい」
「……さようでございますか」
「いえ……何もしないの意味合いにもよりますが、援助は受け取って頂きたいですね」
ぼくの素直な要望を受けて、器用に頬をピクピクさせながら伯爵様が反論する。
さすがに全く何もしないってこともないし、裏事情的にも援助しないわけにいかないらしい。
「そもそも他の子供たちも一切何もせず放置している訳じゃありませんよ?」
ぼくとしては放置してほしいんだけどなぁ。
とはいえ援助だけならむしろありがたいか。
「必要最低限な範囲がありがたい」
「スフィはアリスにあわせるよ」
スフィ的にはお姫様は本家の方で思う存分やれるので納得してもらっているから、揉める要素もない。
残念そうな夜梟の長をよそに、和やかな雰囲気の中で話し合いは終わった。
因みに援助の内容は伯爵のポケットマネーから現金でいくらか支援してもらう程度となった。
ギルドからの支援金で生活そのものは十分回っているけど、金はあるに越したことはないので正直助かる。
……数日後、想定より遥かに多い額が届けられたけど……たぶんここぞとばかりにねじ込んだんだろう。
他に資金を流し込む正当性がないとはいえ、無茶をするなぁ。
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