パパ(建前)を選ぼう

「候補が決まりました」

「早いよ」


 我が家に候補のリストを持ったジルオがやってきたのは3日後だった。

 相手の動きもあるから時間がなかったとはいえ、いくら何でも早すぎる。


「元より適した人材は限られていましたので」


 フォレス先生ではなくジルオが情報系の担当になる感じだろうか。

 適材適所ってやつか。


 そんな訳でぼくたちは再びしっぽ同盟ハウスのリビングで集まって話をしていた。

 身内にも影響が出る話なのでノーチェたちも同席させている。

 言いたいことはありそうだけど、事情はわかっているためか護衛の間でもノーチェたちを受け入れる雰囲気ができつつある。

 今のうちに無理矢理でも「この子たちは大事な友達なんだな」という認識を刷り込んでいくのだ。


「1人目はヴァルガルド公爵、近衛騎士団の団長ですね」

「上すぎる」


 いきなり国を代表する騎士団のトップが出てきたんだけど。

 もうちょっと程よい貴族はいないの?


「2人目はハートランド伯爵、近衛騎士団4番隊の隊長です」

「……他には?」

「以上です」


 ふたりだけかい。

 というかどっちも近衛騎士団だし。


「まず時間がありませんし、御身のお立場を考えれば最低で伯爵以上の家格が必須です。更には"身勝手にも星竜の娘を我が子と詐称した"という汚名を被ることになります」

「こっちからお願いしてるのに?」

「姫様がたはまだ正式に星竜の姫として発表されてはおりません。それより先に"我が子"として発表すれば、後々になって物言いをつけられる可能性が高いのですよ。後ほど解消出来る問題とはいえ、今回は一時的とはいえ聖王陛下をも騙す形になりますから」

「貴族ならこういう戸籍ロンダリングとか普通にするんじゃないの?」

「それは普通の貴族子女の話ですから。おふたりは事情が違いすぎます」


 どうやら『神の娘を自分の娘と偽った』というのが思った以上に重い意味を持つらしい。

 そこに順番が逆になるという要素が組み合わさると、色々と厄介なことになるみたいだ。


「万が一んもお怒りに触れれば家そのもの進退に関わりますので……。最低限、陛下ならびにオウルノヴァ様を納得させられる家である必要があるのです」

「だから近衛のトップふたりなのかー」


 そういうことなら人選そのものは納得できる。

 たしかに立場の弱い貴族の手には余るだろう、はぁ厄介。


「はい!」


 隣に座っていたスフィが手をあげる。


「シルフィステラ様、いかがいたしましたか?」

「その近衛騎士団のひとって、どんなひとたちなの?」

「ヴァルガルド公爵はアルヴェリア近隣南部の領地を預けられている貴族です、アルヴェリアに3つある公爵家のひとつですね。質実剛健な方でアルヴェリアの武人かくあるべしといったお方です。ハートランド伯爵は海沿いにある、獣人自治領との間にある領地のひとつを預けられています。非常に女性人気のあるお方なので、知らぬ子がいても自然と受け入れられるでしょう」


 ヴァルガルド公爵に対しては敬意を感じるけど、ハートランド伯爵にはなんか棘がある。

 まぁ隠し子が居ても不思議じゃない系の人なんだろう、たぶん。


「うぅーん……」

「どっちがいいとかあるのかな」

「ヴァルガルド公爵家ならば"公爵姫"としての待遇となります。待遇としては王族の姫に近しいものとなるでしょう。あのお方や家族のイメージからして、放置することは無理です。ハートランド伯爵家ならば今の生活から大きく変わることはないでしょう、数ある隠し子のひとりということになりますから」


 やっぱりハートランド伯爵に若干の棘があるね。

 理由はここで聞いてるだけでもよくわかる。


「アリスはどっちがいいとおもう?」

「ぼくとしてはハートランド伯爵家1択なんだけど」

「なんで?」

「街での生活を考えると伯爵家の隠し子路線がいちばんいいのかなって。あくまで実家と良好な関係ができた場合に限定されるけど」


 公爵家の姫が街中で冒険者と一緒に市井で暮らす、流石に無理がある。

 でもまぁ浮いた噂だけで空飛べそうな男の隠し子のひとりなら、そんな不自然でもない。


「そうなの?」

「関係が良好なら、星竜様のところのほうが思う存分お姫さま出来ると思うよ」


 それこそ公爵姫の比じゃないだろう。


「でもにゃー、評判って大丈夫なのにゃ?」

「女性問題以外は実力があり面倒見もよく、快活な人物で部下からも慕われています。子どもにも放任主義ではありますが最低限の責任は果たしているようです。女性問題さえなければ近衛の上級幹部になっていてもおかしくない人ですよ、女性問題さえなければ」


 ジルオ、絶対その人のこと嫌いでしょ。


「……大丈夫にゃのか?」

「アリス、おねえちゃんね、ちょっとふくざつ」

「ぼくも不安になってきた」


 放任主義で地位も十分、子供が市井で暮らしていても不自然じゃないけど、いざとなれば後ろ盾に出来る程度には責任を持っている。

 条件だけなら隠れ蓑としては理想的なんだけど!


「他に選択肢ってないの……? 例えば今の護衛の人の家とか」

「我々では家柄からしても姫聖下の受け皿となるのは難しいです。護衛の選定に身軽であることを求められていますので」


 今回に関しては祭りのピークの時期に中央を離れていても不自然ではない人物が選ばれているそうだ。

 独身だったり領地を持っていなかったり、

 単純な身元保証人ならまだしも、他国の貴族とやりあうには力不足なようだった。


「えーと、他に貴族は……」

「ルークくんのところとか、マレーンさんのところ?」


 思いつく限りの貴族の頭に思い描くけど、流石にクラスメイトはきついな。


「エルルーク・リンバルでしょうか。リンバル家に姫聖下をお守りする力はないと思います。ザインバーグもごたついていますから、下手をすると潰れますよ。それと……レッドスケイルは既に滅んでいます、当主の今までの功績と示した忠誠によって解体までの猶予が与えられているに過ぎません」


 最後の部分だけ殺気立ちながらジルオが言い切る。


「未だにあがいている厚顔無恥な残党を一掃するには良い手かもしれませんが……ふむ」

「わ、なしっ! 今のなし!」


 考え込むジルオの本気を感じ取ったのか、スフィが慌てて手を振って発言を取り消す。

 ……よくわかんないけど、レッドスケイルはよほど恨まれているらしい。


「ぼくはその女たらしの人に1票」

「スフィは公爵さま! だらしないひとはやっ!」


 綺麗に割れた、ふたりしかいないんだから当たり前か。

 

「ノーチェたちはどう思う?」

「あたしに聞かれても困るにゃ、フィリア!」

「え、え、え! しゃ、シャンちゃん!」

「ぬ、本当に子になるわけでもないのじゃろう? ならば動きやすい方を選べば良いのではないか?」


 意外なことに一番冷静な意見を出してきたのがシャオだった。

 まさかぼくと同意見とは。


「干渉を受けずに済む伯爵の方がいいとぼくは思う。心配はないんだよね?」

「ハートランド伯爵の悪癖は身内でも有名ですから、ひとりふたり増えたところで"またか"と思われる程度でしょう」


「そんなわけだから、今後を考えると伯爵の方がいいのかなって思う」

「うーん……」

「……たまぁ~~~~~にでいいならお姫さまごっこにも付き合うから」

「んゅ……わかった、それならいいよ」

「可能な限りさきのばしにしようって考えが声に出てるにゃ」


 うるさい。


「そんなわけで、その女たらしの人にする」

「……承知しました」


 若干残念そうではあるけど、ジルオが頷いて資料をカバンにしまいこんだ。


「承諾の旨を伝え、すぐに面会の準備をはじめます」

「意外とすぐだね」

「おとーさんにはすぐに会えないのにね……」


 こっちはすぐに対応できるのか、聖王あたりまで情報が伝わる速度とは大違いだ。


「聖王陛下、枢機卿長は諸外国の王族や首長との謁見を日に10件以上こなしておりますので……ねじ込むのも難しいのです。一方で落胤が見付かったという用事ならば緊急の面会として面目が立ちます。もちろん内情を探られますし、普通ならばかなりのスキャンダルとなります。ですがハートランド伯爵ならば痛くも痒くもないでしょう」


 そうか、国内だけじゃなく他国の目がありまくる中で"ご落胤が見付かった! 認知して!"をやられるのか。

 なんというか選別が大変だったって理由がなんとなくわかった気がする。

 だけどスキャンダルになるのか、そう考えると……。


「狼人の双子って、人によっては勘付くんじゃないの?」

「……噂が耳に入れば、ですね。そういう意味で非常にリスキーではあります。別々の家にとも考えたのですが」

「ッ!!」

「スフィ、いたい」


 ジルオの言葉に過敏に反応して、骨がきしむ力でスフィが抱きしめてくる。


「これ以上、姫聖下に心理的なご負担をおかけするわけにも参りません。次の夜梟の定期連絡で聖王陛下に事態をお伝えし、星竜祭で準備のために来臨されるオウルノヴァ様、セレステラ様と密かに面会する手はずを整える予定です。落ち着いて暮らせるようになるまで、もうしばしご辛抱下さい」


 現在は夜梟騎士団の団長が情報を取りまとめ、月末にまとめて報告する形を取っているらしい。

 よほどのことでもない限り、密な連絡なんてやってる余裕はないようだ。

 なお、よほどのことにしないように渋ったのはぼくなので責める気はない。


 それにしても。

 祭りが終わり、諸外国の連中が帰ってからゆっくりと面会をという話だったけど、少し予定を変えたようだ。


「上手く行けば、今回の戸籍の話を隠れ蓑にもう少しスムーズに話が進められるかもしれません。まずはハートランド伯爵に話を通し、準備が整い次第お迎えに上がります」

「わかった」


 話を切り上げて、ジルオが家を出ていくのを見送った。


 一見関係なさそうな事態を経て、少しずつだけど着実に状況が進んでいくのを感じる。

 大人組には申し訳ないけど自分たちが最優先だ、ぼくとスフィどっちもが望む形に落ち着いてくれたらいいなと思う。


「スフィ、くるしい」

「あ、ごめんね」

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