双子の気持ち

 夜になると、ぼくたちは護衛の人たちに送って貰いながら家に帰った。


 フォレス先生を中心に、狭いリビングの中で5人の男女が跪いている。

 護衛はそれぞれ『ギルダス』、『ヴィータ』、『カイン』、『ジルオ』、『リチャード』と名乗った。


 最年長のギルダスと唯一の女性であるヴィータは、今は騎士団から離れて近隣諸国でぼくたちの捜索をしていたらしい。

 カインとジルオは現在は夜梟騎士団の所属で、リチャードは冒険者になって旅をしながら手がかりを探していた人。


 立場のある大人たちに跪かれるのはやはり慣れない。

 なんだか居心地が悪くて、馬車の中ではスフィとふたり肩を寄せ合っていた。

 なお、ノーチェたちは我先にと馬車から見える風景へ現実逃避していた。


 覚えていろ。



「正確には貴族ではないのですが……かなり問題がある厄介な人物のようです」


 家につくと、リビングに集合して調べ回っていたジルオの話を聞くことになった。

 大人組で話し合おうとしているのを阻止して、なんとか話に食い込んだのだ。

 ノーチェたちも仲間だからと強引に参加させたけど、借りてきた猫兎狐状態である。


「貴族じゃないの?」

「えぇ、ハーニッツ伯爵の甥にあたるようです。以前から来る度に他国の貴族と揉め事を起こしていたようで、中央警邏にもリストアップされていました」

「あの国は何故そんな問題児を野放しにしているんだ」

「国王派と教会派の争いのせいでしょうね。光神教会の影響から脱しようと画策している国のひとつですから」


 流石は夜梟というべきか、他国相手にはしっかり情報戦しているらしい。


「各国の積極的調査という名目で主力級があちこち飛び回ってますからねぇ、肝心要の情報以外は手にはいるんですよ」

「カイン」


 アクアルーンでも助けてくれたお兄さんの軽口を、ヴィータという女性騎士が咎める。


「それにしても……よく気付いたものです」

「前にね、村のおじさんと一緒に居た人なの。じろじろ見てきたから……たぶん。アリスは覚えてない?」

「……まったく」


 心当たりがあるから即座に否定できなかったけど、同一人物だと断定するには無理がある状況だ。

 そもそも何でわかったのかと思えば単純に顔を覚えられていたのか。


「あのマキスという男は紋章官のようです」

「紋章官って何にゃ?」

「貴族の紋章、顔と名前や衣装を覚えて判別する仕事だ。に転向したようだが」


 ノーチェの疑問にジルオは嫌な顔をせずに答える。

 あれだ、戦場とかで旗とかを見て「お味方です!」みたいなことを言う人だ。

 顔を覚えるのは専門家みたいなものなので、記憶力を疑うのは難しい。


 そんな会話をしている最中、ギルダスとフォレス先生がカインとリチャードを伴って席を外した。

 向こう側で子供の前では出来ない相談をするつもりのようだ。


「毒はまずそうだな」

「今の時期なら馬車の事故でも……」

「いっそ捕らえた犯人たちを……」


 ……廊下から大人の黒い話が聞こえてくるなぁ。

 早くも最終手段のカウントダウンがはじまっている。


「そもそも、そのおっさんの主張って法律的に合ってるにゃ?」

「……うーん」


 整理すると、まずラウド王国において獣人は動物と同等に扱われる。

 ぼくたちの所有権は最初に発見して保護したおじいちゃんにあった。


 おじいちゃんが死んだ時点で遺産の相続が発生し、ぼくたちの所有権も相続者に移る。

 この場合、死亡時点で"遺産として確認されていないもの"は含まれない。

 本来ならおじいちゃんが亡くなる前に荷物ごと村を出てしまえば、紛失物として遺産には数えられなかった。

 ぼくたちは亡くなって比較的すぐに村を出たから本来なら遺産にならないはずなんだけど……。

 売買契約が交わされたとすると、まだおじいちゃんが生きていた時期になる。


「実際空手形になっているとは思うんだけど」

「それを証明、撤回させるためにもやり取りをしないといけないのが問題ですね」


 最悪なのが契約が正当でぼくたちの立場があの貴族の持ち込んだペット扱いになってしまうこと。

 覆すには本来の身分を証明する必要が出てくる、つまり情報が広まってしまうだろう。


「ぶっちゃけ、ちゃぶ台ごと相手の顔面に叩きつけるのは簡単なんだよ」

「チャブダイ?」

「テーブル」


 そこは突っ込まないでほしい。


「何事もなかったように流すのが大変すぎる」

「ご希望は把握していますが……」


 予定通りに祭りの終わりにこっそりと星竜と面会し、話し合うのが聖王国にとってもぼくにとっても都合がいい結末だ。

 逃げ……こほん。身分を隠したまま市井に戻る余地を残せるのだから。



「……ねぇ、もし無理矢理戻ったら、スフィたち街に戻れなくなるの?」

「どの程度の無理を通すかによりますが、今まで通りの生活は無理でしょう。数年は星降の谷に滞在して頂き、情勢が落ち着き次第どうするかの話になると思います」

「そっかぁ……」


 話を聞いていたスフィが何かいいたげにぼくを見てくる。


「スフィは、街に戻らなくてアリスといっしょにお姫さまでいいと思う」

「さっきも言ったけど、ぼくは今の状態がいい」

「スフィはやだ。アリスも一緒にお姫さまするの」


 なんか妙にこだわってるな。


「スフィは今の生活、いやなの?」

「そうじゃないよ? 学校も楽しいし、家族がたくさんできたみたいで嬉しいよ。でも……」

「でも?」

「スフィはアリスと一緒がいい。一緒にお姫さまやるの!」

「……スフィ、ぼくは」

「イヤ! アリスは妹なんだから、おねえちゃんの言う事聞くの!」

「なんで」


 癇癪を起こしたように叫び声をあげるスフィに驚かされた。

 普段の冗談めかしたようなものじゃなく本気の叫びだったからだ。

 最近は時々妙に強引な気がしていたけど、今日は酷い。


「……アウルシェリス様がひとりだけで先に進んでいるように見えて。シルフィステラ様は寂しくなってしまわれたのですね」


 一瞬固まりかけた空気を溶かしたのはヴィータの言葉だった。


「僭越ながら、私のことを話させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「……うん」

「私にも妹が居まして、良く面倒を見ていました。我が家は代々文官の家系なのですが……算術も歴史学も私より妹の方が才能を持っていたのですよ。年を取るにつれて幼くして文官の道を嘱望されていく妹に、置いていかれた気分になって焦ったものです」


 ぼくたちを見てから、まるで言い聞かせるようにヴィータが話し始める。


「私が武の道を選んだのは、妹に負けたくなかったからです。幸いなことに武術の才能はあったようで、近衛騎士として認められるくらいにはなれました」

「ヴィータはアルヴェリアの女騎士で10指に入る腕前ですよ」

「上には上が居ますけどね」


 ジルオの補足に冗談めかして上品に笑いながら、ヴィータは静かにスフィを見やる。


「この家屋はアウルシェリス様が錬金術師ギルドへの伝手を使い手に入れた物と聞きました。幼くしても優れた錬金術師でいらっしゃることも。……御両親のもとにシルフィステラ様を置いて、アウルシェリス様がどこかへ行ってしまうのではないか。自分はもういらないのではないか、そうご不安になってしまったのではありませんか?」

「………………うん」


 隣で頷くスフィに視線を送る。


「私も同じことで悩みましたから、文官を務める我が家に文官の才を持たない私は不要なのではないかと。私もまだまだ子供でしたから、それしか頭になくなってしまい剣だけにのめりこみました。そうやって動く自分を見て、家族がどんな反応をするのか確かめようとしていたのかもしれません。そして優勝して自分の価値を示すのだと武術大会へ挑み、破れました。上には上が居たんです」


「そこでの戦績を認められ、近衛騎士になり家から離れることになりました。ようやく一人前になれた頃に色々ありまして……近衛騎士を一度離れることを決意しました。その時にようやく、我が家に顔を出したのです。10年ぶりに戻った私を家族は私を労ってくれました。……結局、不要だと思われている、そう思い込んで怖がっていたのは私だったんですよ。家族は最初から私の進む道を応援してくれていたのです、そんな簡単なことに気づくまで、私は10年近く不安と恐怖を抱え込んでいました」


 自分のやらかしを話しているような表情になりそうになって、ヴィータは上品に口元を隠した。


「自分の気持ちを押し付けて相手を試そうとしてはいけません。ちゃんと気持ちを言葉にしてぶつからなければ、本当の意味で確かめることはできませんよ」


 ヴィータが話を切り上げて、スフィと目を合わせる。

 ほほえみながらしっかりと頷いた彼女の反応を受けて、スフィが恐る恐るぼくを見た。


「……アリスはどんどん凄くなるから、スフィは嬉しかったの。でも、凄いことするたびにスフィが居なくても大丈夫になっていって。スフィじゃなくてもいいのかなって、もうスフィは必要ないのかな、そのうちいらなくなるのかなって。最近、その気持がどんどん大きくなってきて、わかんなくなっちゃったの。おとーさんとおかーさんがわかってから、アリスの気持ちがどんどん離れていってるきがして、よけいに」


 最近また双子っぽさにこだわりだしたり、強引になったのはそれが原因か。


「ぼくにスフィが必要なのはずっと変わってないよ。スフィには傍に居てほしい……むしろ、スフィを助けられるように、守れるようになって嬉しかった。でもね、スフィと同じにはなれない。ドレスは苦手だし、可愛くしたいわけじゃない。……ぼくにお姫さまの暮らしが合ってるかもわからない。だから離れる余地を残しておきたかった。わかってほしい。嫌なのはスフィと一緒なことじゃなくて、"お姫さま"だから」


 スフィの気持ちはわかるけど、また箱の中に閉じ込められるのはどうしても嫌だった。

 気持ちが離れていった原因はどこまでもそこに起因している。

 嫌なのはスフィと一緒にいることじゃないと一生懸命に伝えると、何故かスフィがむすっとした顔になる。


「……アリスが一緒じゃないなら、お姫さまじゃなくてもいい」

「別々でもいいんだよ。スフィはスフィ、ぼくはぼくなんだから」

「スフィたち、双子なのに?」

「双子だから同じじゃなきゃいけないなんてルールはないでしょ。趣味も特技もばらばらだって、双子なことには変わりない。スフィはぼくのお姉ちゃんだよ」

「……そっか」


 顔を近づけて頬をかぷりと噛んできたスフィを抱きしめる。


「ごめんね、おねえちゃんわがままだった」

「ぼくの方がよっぽどワガママだから」


 お互い顔を見合わせて、くすりと笑う。


「……じゃあ、仲直りしよ」

「悪くなってないでしょ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 寒い部屋の中でお互いのぬくもりを感じながら、無事に話が終わったことにホッとする。

 出来るだけ負担をかけないように頑張っているつもりが、逆に追い詰めていたなんて思わなかった。


「ヴィータさん、ありがと」

「いいえ、差し出口を致しました。敬称は不要でございます」


 ちょっとスッキリした様子のスフィが目元の涙をぬぐい、部屋の中の空気が穏やかになる。早めに解消できて良かった。



 一息ついてお茶を飲む。話の脱線がいい休憩時間を作ってくれた。


「ふと思ったんだけどさ」

「にゃ?」

「あの問題児、貴族じゃないんだよね」

「正確には貴族の縁者ですね。貴族に準じて扱われますが、爵位は持っていないでしょう。どうやらあの男の母、現ハーニッツ伯爵の姉にあたる人物が権勢を握っているようです」


 件の人物は母親頼りで本人が直接権力を握っているわけでは無いらしい。

 アルヴェリアに来るのも叔父の遠征にくっついて、甘い汁を啜っているだけのようだ。

 だとすると……。


「今回以外にもアルヴェリアで何かしらの問題起こしてると思うんだけど。先にそこを突いて潰しちゃうとか出来ない?」

「仮にも貴族の家で育った人間です、不確定要素が多すぎるのではございませんか?」


 先に潰しちゃえ作戦はヴィータの疑問で瓦解した。


「……先程からお話を聞く限り、アウルシェリス様はこの地で恙無く暮らせるのが目的なんですよね?」

「うん」


 ずっと考え込んでいた様子のジルオが口を開く。


「その地位は絶対に平民でなくてはいけませんか?」

「そういうわけではないけど」


 自分でも平民にこだわってしまっていたけど、自由に街歩きできるならそれで十分だ。


「ずっと考えていたのですが、仮の戸籍を作ってしまうのはどうでしょうか。こちら側のそれなりに力のある貴族の落胤が見付かったとすれば、他国の所有権など吹いて飛びます」

「ああー!」


 相手の所有権の主張を打ち返すだけならば、別に星竜の子である必要はないのだ。

 フィリアと同じく、『行方不明だった貴族の落胤が見付かった』なら筋が通る。

 貴族対貴族の構図になれば、ただの"伯爵の甥"では太刀打ちできまい。


 何より本当の理由のカモフラージュにもなるし、地位を調整すれば後になって街で生活してもセーフになる。


 名案なのでは。


「いや、しかしジルオ! それは……」

「私も口に出すのは随分と悩みましたが、最も姫さま方のお心に沿える方法ではないかと」

「……く、あまりに不敬すぎて考え付きもしなかった」


 なにせ現役神様の子を自分の子だと許可を取らずに宣言する行為でもある。

 ありえないコトとして無意識に除外されてしまっていたようだ。


 ぼくも全く思いつかなかったわけだけど。


「幸い候補は何人か居ます、おふたりはそれで宜しいですか?」


「アリスはいいの?」

「可能性が少しでも残るなら」


 スフィと顔を見合わせてから、ジルオたちに頷いて見せる。


「かしこまりました」

「我々はこの家に待機しておりますので、何かありましたらすぐにでも」


 部屋を出ていく騎士たちを見送って、ようやく一息つけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る