奪わないで
「第一回! ちきちきラウド貴族たいさくかいぎ~!」
――どんどんぱふぱふ。
「アリス、たぶんふざけてるばあいじゃないよ?」
フォレス先生に伝えるなり即座に空いている教室に集められたぼくたち。
なんか重苦しい空気になったのでふざけてみたら普通に怒られた。
「ブラウニーはどっから出したにゃ、それ」
小さい太鼓と、なんかパフパフ音が鳴るやつを持ったブラウニーにツッコミを入れるノーチェを横目に見ながら、ぼくは話をもとに戻した。
「フォレス先生、この場合ってどうなるの?」
「……フィリア嬢以外はアルヴェリアの国民という扱いにはなりません」
言葉だけを取ると凄く冷たい言葉に聞こえるけれど、事実は事実だ。
現状でアルヴェリアの国民として身元がハッキリしているのはフィリアだけ。
シャオはラオフェンの留学生、ぼくたちとノーチェは流民って扱いになる。
「正規の入国時に与えられる仮の居住権は、1年間を過ぎて問題がなければ延長か正規の居住権を得ます。正規の居住権を得てから5年間問題がなければ、審査を経て帰化もしくは永住が認められます」
たしか犯罪を起こさず、継続して仕事に従事していることが条件だったはずだ。
子供の場合は学業、もしくはどこかに見習い入りして修行をしていること。
「スフィたち、アルヴェリアの子じゃないの……?」
「いいえ! いえ、違います! 法的に認められるには手続きが必要になってしまうのです」
悲しそうなスフィの言葉にフォレス先生が慌てて立ち上がった。
問題はそこだ。
「ぼくたちって立場的にはどうなるの?」
「星竜様と同じになります」
「貴族とか王族じゃないの?」
「お望みになれば母君と同じ公爵の地位を使うことになると思いますが……申し訳ありません、文官ではありませんので詳しくは」
色々と複雑らしい。
「スフィたちお姫さまなのに、王族じゃないの?」
「ぼくたちが王族に入ったら王位継承権ぶっちぎっちゃう……でしょ?」
「……然様にございます」
そのくらいは流石のぼくでもわかる。
それなり以上の規模の宗教における主神の娘とか、場合によっては王権を授与する側だ。
王位を引っ掻き回されてはたまらないと思うのは自然だろう。
「次の王様に王冠被せる役ならいいけど、王冠を自分で被るのは認められないって感じじゃない?」
「……少し違います」
「?」
そう思っていたんだけど、フォレス先生の神妙な顔を見る限り違うらしい。
「アルヴェリアの建国王は、ゼルギア帝国の崩壊に際して、民を引き連れ東へ旅をしてきたゼルギア帝国最後の皇子です。皇子は星竜と出会いひとつの契約を結びました。竜の谷の前にある庭の管理を担う。その代わりに竜の加護を受ける庭に住ませてほしいと」
フォレス先生が言うのは建国神話のたぐいだった。
「語られている建国神話ですが、内容は事実です。我々は竜の庭に住まわせてもらう代わりに、些事から竜の谷を守る役目を担う。我が国の王はすなわち、星竜に仕える騎士であり従者なのです」
「……なのにスフィたち、さらわれちゃったの?」
「おねえちゃん、やめてあげて」
血の気の引く音が離れてるのにハッキリ聞こえてきたから。
許しはしたけど怒りが消えた訳じゃないらしい。
「ンン……こほん。聖王陛下が星竜に仕える騎士である以上、お嬢様がたは聖王陛下より上位のお立場となります。この国においてお二方より上位に位置するお方は星竜オウルノヴァ様だけです」
「つまり平民ってことね」
「いえ、そういうわけでは」
貴族でも王族でもないなら平民でいいじゃん、もはや庶民じゃん。
「問題は、売買契約書の存在でしょうな」
「ラウド王国では所有物って扱いになる。アルヴェリアの国民ならば絶対に認められないけど、残念ながらぼくたちはそうじゃない。おじいちゃんが亡くなって所有権が移ってしまった状態で村に居た実態がある以上、証明云々となると不利かもしれない」
所有権はぼくたちを保護したおじいちゃんにあった。
死ぬ前に旅に出そうとしたのは、所有権が遺産として移って勝手なことをされる前に逃がそうとしてくれていたんだろう。
看取るまで残ったのは自業自得だけど……後悔はしていない。
「そういえばあのジルオって人、大丈夫なの?」
「彼は短慮をする人間ではありません。最終手段を確保するために行ったのでしょう」
一応は外国貴族の縁者である。
気楽にパキュンとはいかないようだ。
「どうしようスフィ」
「なあに?」
「回避に失敗したら死人がでるのに避けようって気持ちが起こらない」
「……うーん……うーん……んー……」
出来れば犠牲が出ないに越したことはないけれど、ぶっちゃけあの村には嫌な思い出しかない。
おっさんにたまねぎ食わせられて血尿出たり。
おっさんが偶然よそおって水浴びや着替えを覗きにきたり。
泥なげつけて暴言はいてくる子供がいたり。
女どもは顔を見る度にいじわるを言ってきたり。
そんな村一帯を治める領主の関係者とか……坊主難けりゃ寺まで憎いだ。
袈裟なんて布きれは越えていけ。
「とにかく情報を待つしかありませんが、正直なところ悠長なことを言っている場合ではないと判断します」
「?」
フォレス先生が話をやや強引に切り替える。
「ミカロルの館の事件以降、おふた方は平穏に過ごされているものとばかり思っていました。であれば危険を承知で星竜様のもとにお連れするより、今の暮らしを維持するほうが心穏やかでいられるのではないかと。……我々の完全な見当違いでした」
どうしよう否定できない。
確かに呪われてるんじゃないかってレベルで騒動続きだ。
「今、密かに戦力を掻き集めています。強行突破で"星隆の谷"へお連れするために」
「この街には思い入れがある、戻ってこれなくなるのは困る」
……ぼくにとって一番都合が悪い展開だ。
強行突破しようとしてぼくたちの正体が露見してしまった場合、もう2度と街に戻ってこれなくなる。
先生たちの反応を見ればそのくらいはわかってる。
さぞ大切にされるんだろう。
大事に大事にラッピングされて、危険が及ばないように扉のない箱に閉じ込められて。
ぼくたちはきっと、自由に外に出ることを許されなくなる。
みんなで作りあげた家も、仲良くなりつつあるクラスメイトも、しっぽ同盟のみんなや、シラタマたちと当たり前に街を歩ける日々も。
全部なくなってしまう。
「ぼくは今のみんなとの暮らしが気に入ってる。だから……」
「アリスッ!」
「…………ん?」
突然泣きそうな顔のスフィに抱きしめられた。
……いや違う、視界が滲んでる。
「あれ?」
勝手に涙がぽろぽろと流れ出てくる。
必死に感情を抑えようとしてもうまくいかない。
そうだ。
引きこもるのは好きだけど、閉じ込められるのは嫌いだ。
ずっと憧れてた、友達と一緒に街を歩いて買い物をしたり、遊んだり出来る日々を。
もうとっくに諦めてた。化け物には人間世界での居場所なんてないんだって。
スフィと、ノーチェと、フィリアと、シャオと会えて、全部叶った。
騒がしすぎてよく見えていなかったけれど、もう叶ってたんだ。
だから。
「……奪わないで」
「…………申し訳ありません。御身の安全には変えられませんが……もう少し方法を考えましょう」
フォレス先生が困惑した様子を見せながらも、迎えが来るまで待ってほしいと言い残して部屋を出ていった。
暫くして涙がようやく落ち着いてきた頃、ノーチェとシャオが人の頭をぐしゃぐしゃとかき回してきた。
「なに?」
「うんにゃ?」
「なに」
「なんでもないのじゃ」
だったら何でシャオまで抱きしめて頭を撫でてくるのか。
「末っ子は手が焼けるにゃ」
「今日はわしらがおねえちゃんじゃな」
「ダメ! アリスはスフィの妹なの!」
「なんなの」
人を挟んでわいわいやりはじめる3人に困惑しながら、すぐ近くで困ったように笑っているフィリアに視線を向ける。
「アリスちゃんが泣くの珍しいから、みんなキュンときちゃったみたい」
どういうことだよ。
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