意外な関係

 今回のレクリエーションは事実上中止という扱いになった。

 数日後に予定されていた他校との交流会も今年に関しては中止される予定だと言われた。

 ぼくたちはこのまま退院し、アレクサンダー先生に家まで送ってもらうことになる。


 担任含めた先生たちに受けた説明はこれで全部だ。

 ぼくたちは夕方頃には家に帰り着くことができた。事件の顛末については子供に教えることでもないと思われたのだろう。

 結局犯人が全員捕まったってことしか聞けなかった。


 やっぱり我が家……"自分の家"は落ち着く。

 リビングのソファに座り込むと帰ってきたって感じがする。


「ぐすっ……ひっくっ……うじゅ……」

「シャオちゃん、もうそろそろ元気だしなよ」


 帰るなりリビングの隅で三角座りをして泣きじゃくるシャオをフィリアが慰めている。


 表から出ると貴族の手のものが待ち伏せしているから裏口からこっそりという話になり、関係者用の出入り口の方に集まってシャオを待っていたのだ。

 それで職員のひとりが呼びに行ってくれたんだけど……見事にすれ違ってしまった。

 水浴びから戻ってきたところでぼくたちは病室から消えていたってわけだ。

 ひたすらタイミングが悪かった訳だけど、当人は置いていかれたと思ったらしい。


「シャオ、大丈夫かな」

「あれはフィリアに甘やかされたいだけだよ。ブラウー、お茶ほしい、香ばしいやつ」


 音からするに嘘泣きではないけど、わざと大袈裟に拗ねてフィリアに甘えてるだけだ。

 台所へ向かったブラウに頼んで、炒った穀物から煮出すお茶を入れて貰う。


「うぅぅぅぅぅ、わしはお姫さまなのじゃぞ!」

「スフィちゃんとアリスちゃんの前で言えるのは凄いと思うよ……」


 そうこうしているうちに、シャオが泣き甘えから癇癪に移った。

 メンタル的に持ち直してきたようだ。

 あの狐のメンタルは柔らかく見えて意外と強靭である。


「まぁスフィとアリスに比べたら、うちら3人は一般庶民みたいなものだにゃ」

「ふぐぐぐぐ」

「な、何も言い返せない……」


 けらけら笑うノーチェがテーブルの上の干したフルーツをかじりながら笑う。

 帰ってすぐにブラウが棚から出してきたおやつだ、抜かり無い。


「気分は庶民だけど?」

「スフィはお姫さまあこがれるなー」


 庶民でいたいぼく、お姫さまに憧れるスフィ。

 双子なのに意見が分かれてしまった。


「ぼくたちわかれよう」

「アリスはスフィと一緒にお姫さまするんだよ?」

「……なんで?」

「んー……おねえちゃんの言うことは絶対だから?」


 ナチュラルに暴君みたいな主張されたんだけど。


「拒否権を行使する」

「ないよ?」


 なんて純粋な眼しながら妹の人権を踏みにじってきやがるんだ……。


「じゃあ逃げる」

「だめ!」


 ソファから逃げようとした瞬間、あっさりと組み伏せられた。

 体重をかけられてるわけじゃないのに掴まれた部分がビクともしない!

 打撃なら対処できるのに、寝技に持ち込まれるとびっくりするくらい抵抗できない。


「ぬおお……ぶらう、ぶらうー!」


 ソファにうつ伏せになってバタバタしながらブラウニーを呼ぶ。

 早足でやってきたブラウがぼくの近くまでくる。

 そして持ってきたカップを口元に寄せて、中に入っているお茶を飲ませてくれた。

 猫舌のぼくがすぐに飲める丁度いい温度だ。


 ありがとう。そうじゃねぇ。


「スフィちゃん、そんなに強く押さえて大丈夫なの?」

「んゅ、スフィちから入れてないよ?」


 横から見ると背中に座られてるように見えるみたいで、フィリアの心配そうな声が聞こえた。

 スフィはぼくを跨るように膝立ちになり、背中に回されたぼくの腕を掴んでいるだけだ。

 これで全く動けなくなるんだからびっくりだよね。


「しらたま!」

「…………」


 ダメだ窓際の涼しいところで寝てる! 昼寝なんて必要じゃないくせに!


「ふかひれー!」

「シャアー!」


 ソファの下でぼくの真似をしてびちびちしはじめた。

 そっかぁ。


「スフィ」

「んゅ?」

「逃げないからどいて」

「はい」


 お願いしたら普通に拘束をやめてどいてくれた。

 なんで拘束されてたんだろう、ぼくは。



「じゃれあってるのはいいんだけどにゃ、あの貴族のおっさんどうするにゃ?」


 ぐったりとソファの背もたれに身体を預けたところで、口の中のフルーツを飲み込んだノーチェが真面目な顔をして話を振ってきた。


「普通なら突っぱねて終わり」


 逃げた凶暴なペットに襲われそうになって反撃したってだけだ。

 完全な管理不行き届き、法に照らし合わせれば裁かれるのはむしろあっちである。


 どうやら事件の標的でもあったらしいその人は、治療院で掠り傷の手当を受けてすぐ中央にある大使館へと向かったそうだ。

 駆け付けてきたフォレス先生からその程度は聞いている。

 裁判所がその貴族の無茶な訴えを受け付けることはないので心配はいらないとも。


 まぁよっぽど斜め上から来ない限りはフォレス先生たちがそれとなく防いでくれるだろう。バックには錬金術師ギルドもいる。



 そんな訳でさほど心配せずに過ごしているうちに、また登校日がやってきた。


「それじゃあまたお昼にね」

「またあとで」


 本館でスフィたちと分かれていつ見てもボロい旧館へ向かう。

 渡り廊下に出た途端、庭を掃いている男の人がぼくの方を振り返った。

 作業着を着ているから雇われている用務員なんだろうか……。


「おはようございます」

「おはよう」

「本日からここで働かせて頂くことになった用務員のジルオです。何か困ったことがあれば気軽に仰って下さいね」

「……うん、よろしく」


 ジルオと名乗った用務員はぼく以外にも同じ内容で話しかけている。

 この人も気配がものすごく静かなタイプだな。


 順調に回りを囲まれている気配を感じながら教室へ入る。


「おはようゴンザ」

「おはようアリスちゃん。今年のレクリエーションは中止ですって、最後にアクアルーンに行けたのはよかったけど……災難だわ」


 ため息混じりに言うゴンザに苦笑で返すしか出来ない。

 旅に出たときから災難には事欠かない。


 というかアヴァロンに辿り着いてからの遭遇率が明らかにおかしい。

 ぼくの周辺以外にもあちこちで騒動が起きている気がする。


 まるで何者かがこの街に災いを送り込んできているかのようだ。

 ただの杞憂だといいんだけど……。


 先生がくるまで雑談し、今日もまた聞いたり聞いていなかったりしながら授業が終わる。


 随分と雰囲気がマシになった食堂でスフィたちとだらだらと食事をして、放課後になれば揃って帰路につく。


 5人揃って校門を出て、身を寄せ合って寒風に耐えながら

 なんか校門の裏に誰かが隠れてる気配はするけれど、動く気配もないしたぶんあれだろう。護衛。


「ぬぅあ! アリスー! なんか外れちゃったのじゃ!」


 通学用の自転車を漕ぎ出そうとしたシャオが慌てた様子で叫んだ。

 以前作った物を改良したなんちゃってロードバイクの完成版である。

 なんだかんだとシャオも愛用してくれているのだ。


「ちょいまち……千切れてはいないね」


 シラタマから降りて自転車の様子を確認すると、普通にチェーンが外れただけのようだった。

 ここのパーツの量産が利かないから完全なワンオフ機だ。

 量産用の方は星竜祭の錬金術博覧会に出展する予定で準備が進んでいる。


 エナジードリンク、スライムカーボン、打ち上げ花火、自転車、ゴーレム義手……。

 今年はこの5種類に共同研究者として名前が乗ることになる。

 我ながら手広すぎる。


 そんな事を考えている間に修理が終わった。


「終わったよ」

「おぉ、すまぬのじゃ」


 暇な時に自分から掃除したりしてるし、大事にしてくれているのは知っている。

 そういった姿を見てると、不思議と修理を手間と思わなくなるんだよなぁ。


「じゃあそろそろ」

「いました! マキス様!」


 突然聞こえた叫び声に顔を向けると、普人の男がぼくたちを睨みながら叫んでいた。

 程なくして近くに停車していた馬車の中から、神経質そうな顔の男が降りてくる。

 ……あれ、思い出せないけど見覚えがあるような?


 格好からして貴族の私兵と……役人かな?

 生地の良いローブだけどデザインがシンプルすぎる。

 貴族というよりは役人って感じだ。


「あのひと……まえに村に来てた」

「ん?」


 スフィがぽつりと言った。

 村……村って言うと、ぼくたちの住んでいた名も無い村くらいしか心当たりがない。

 まさか。


「お前たちか、ペドロ様のペットを殺傷せしめた野蛮な……うん?」


 マキスという役人もぼくたちを見ながら途中でセリフを止め、考え込むような仕草を見せる。


「まさか南の村の錬金術師が飼っていた半獣か?」


 その言葉にあからさまに顔をしかめてしまう。

 まさかとは思うけど、ぼくたちの居た村の領主の縁者だろうか。


「金を払ったのに逃げられたと聞いた時はペドロ様になんと言ったものかと頭を抱えたが、これは幸運だ」


 猛烈に嫌な予感がする。いっそふっとばして逃げようかと腰のポシェットに手をやる。


「お前たち、その半獣を――」

「失礼します、何かありましたか?」

「うわ」


 唐突に会話に割って入るように校門から登場してきたのは、今朝あったばかりの用務員さんのジルオ。

 通りがかりましたといった雰囲気を醸し出しているけど、ずっと門の裏に気配を殺して立っていたのは気づいていた。


 ジルオは自然な動作でぼくたちを庇うように、役人の男との間に立った。


「下人が口を挟むな、ペドロ・ハーニッツ様はそこの半獣の正式な所有者である」

「何を馬鹿な……」

「領地には売買の契約書もある。支払いを済ませた後に逃げられたのだ、所有権はペドロ様にある!」

「…………」


 ジルオがぼくたちを振り返った、心なしか大分焦っているようにも見える。

 ラウド王国ではアルヴェリアと違って獣人が国民として認められていない。


 あの時、あの時点ではぼくたちの所有権はまだおじいちゃんにあったはずだ。

 ただ……クソ田舎の強欲な村人たちがお行儀よく手順を踏んだとは思えない。


 実はとっくに売買の手続きを済ませて、あとは死ぬのを待っていたとしたら……。

 既に亡くなっている人間で、きっと葬式も村人が済ませているだろう。

 順序の証明ほど難しいものはない。


「…………」

「……ぐすっ」


 不安から身を寄せてくるスフィを抱きしめ返す。

 ぼくたちをじっと見ていたジルオが僅かに目を細める。


「フギュッ」


 隣でぼくたちを庇うように大人組を睨みつけていたノーチェが、尻尾の毛を逆立てた。

 無理もない、こんなに冷たい気配を感じたのは前世を含めても久しぶりだ。


 何事もなかったかのようにジルオが役人を見る。

 さっきまでの気配は一瞬で霧散していた。


「彼女たちには保護者が居ます、そちらとも話を通さなければいけないでしょう。呼んで参りますのでお待ち頂けますか?」

「いいやダメだ、すぐに連れて行く! その半獣にはペドロ様のペットを殺害した容疑もある!」

「少なくともアルヴェリアにおいて獣人は普人と同じ人間として扱われます。それを無視した扱いは許されません」

「ぐ、ぬ……下人の分際で!」

「私めではご不満なようですので、地位を持つ保護者を呼んでくると申しているのです」


 一歩も引かないジルオに対して、役人風の男は一瞬学院の方を見て悔しそうに表情を歪めた。

 なるほど。王立学院に居る教師には貴族やその縁者も一定数含まれている。

 本物の貴族に出てこられると不利だから、校門の前で偶然を装って探していたのだろう。

 姑息な。


「その契約書も手元にはないのでしょう? これ以上駄々を捏ねられますと、こちらとしても責任者と警備兵を呼ばざるを得ませんが」

「チッ、一度持ち帰る! 行くぞ! ……ただで済むと思うなよ」


 役人風の男は不利だと思ったのか、私兵らしき男たちと馬車に戻ってしまった。

 去っていく馬車を眺めていたジルオが、完全に居なくなったのを確認してからぼくたちへと振り返る。


「……すぐ校舎に戻ってフォレス先生に伝えてください」


 短くそれだけ言って、ジルオが馬車の向かった方向を見た。

 やっぱりこっち側の護衛かな。


「ジルオは少々調べ物があって離れる、と」

「……わかった」


 この路線は正直想定していなかったなぁ。

 会話が終わるなり、ジルオは気配を消しながら馬車を追いかけていってしまう。

 

「にゃあ、アリス。あの兄ちゃんって何者にゃ?」 

「たぶんぼくたちの護衛」

「あ、そうだったんだ……ちょっと怖かった」


 無理もない。あの気配はぼくもゾワリとした。

 ……人が人を殺すことを決断した時の気配なんて、怖くて当然だ。


「そんじゃ、フォレス先生の所に戻ろうか」


 こっちはこっちで対策会議が必要だ。

 めんどくせーーーーー。

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