見慣れた天井

 油断していた。

 1日調子がよくてつい動きすぎた結果、雑談の途中で気を抜いた瞬間に意識が持っていかれた。

 ポキアとプレッツには悪いことをしてしまった。


 治療院で目を覚ますとすっかり朝で、治療師から自分の状態について教えられた。

 興奮からくる疲労が原因で昏倒したのだろうということだった。

 いつも通りだ。


 更に治療師の話が終わった後、付き添ってくれていたフィリアから騒動が鎮圧されたことを聞いた。

 ちなみにスフィとノーチェも怪我をしてしまい治療院にきていた。

 軽い打ち身だからポーション湿布で一晩様子見になったそうで、今は朝の診察を受けに行っている。


 窓から侵入してきた鞭使いの女にやられたらしい。

 話を聞く限り中々の使い手だったみたいで、本当に軽傷で済んでよかったと思う。


「ガビー・ロールかぁ」


 フィリアが言うには危ないところを白いくまのぬいぐるみに助けて貰ったらしい。

 そのぬいぐるみは『ガビー・ロール』と名乗り、色々と教えてくれたのだそうだ。

 一応その名前は知っている、マイク・ロールの後継商品。

 ただし前世でも直接会ったことはない。

 動くぬいぐるみがアメリカ支部に何体か収容されているとは聞いていたけど、それの一体だろうか。

 スフィたちが言葉を理解できたって事はアメリカかイギリスの製品だとは思うけれど。


「ブラウ、知ってる?」


 話を聞きながら隣で着替えを準備してくれていたブラウニーに訪ねてみると、首を横にふられた。

 ブラウニーは生まれたばかりだけど、マイクと石像からある程度の知識を引き継いでいる。

 その中にも心当たりはないらしい。


「知らないか」

「怖い感じじゃなかったけど……」

「いくつか気になる部分はある」


 例えば楽園のくだりとか。


 こっちでは源獣信仰の教典『深淵文書』に似た記述があった。


 今の世界が生まれる前、この世界は大いなる獣の作り上げた楽園があった。

 かみと精霊が共に住まう楽園は平和で栄えていた。

 しかし、獣の楽園は最初の神の裏切りによって滅ぶこととなった。


 それこそが神とその模造品たる人間の抱える原罪。

 既に大いなる獣は死に絶えて世界は滅びに向かっているから、神と人間は最後の時まで贖罪を続けなければいけない。


 ……たしかそんな内容だ。

 終末カルトの聖書に書かれているものだからとスルーしていたけど、古そうな精霊が言うなら意外と歴史に基づいた話なのかもしれない。


 ぼくを"ピトスノカギ"だの"イトシゴ"だのと呼んできたのが"裏に居る元神獣"ってやつか。

 滅多なことじゃ手出しできないとハリガネマンは言っていたけど、逆に言えば手を出せる手段がないわけじゃないのだ。


「早めに星竜のところに逃げ込んだほうが安全かもしれない」

「それは……うん、ちょっとそう思う」


 ぼくの言葉にフィリアがうつむく。

 本気で元神獣が狙ってくるなら子供の手には余る、自由はなくなるかもしれないけど安全には変えられない。



 そんな感じで情報共有をしていると、診察を受けに行っていたスフィとノーチェが慌てて病室に飛び込んできた。


「アリスごめん!」

「しくじったにゃ!」

「ん?」


 バタンと病室の扉を閉めるなり、そんな不穏な言葉が飛び出す。

 え、なに、どういうことなの。


「外で身体をうごかしてるときにね、アリスの話をしてたら」

「ふとった貴族のおっさんがジョセフィーヌを殺したのは貴様らの仲間なのか! っていきなり言ってきたにゃ」


 ……まとめる。

 診察はすぐに終わって、ついでだから治療院の外で軽くストレッチしていたらしい。

 軽く雑談をしていた時に逃げ出した魔獣の話になった。

 すると、何故か生け垣の向こうで馬車に乗り込もうとしていた貴族らしきおっさんが反応した。


 どうやら逃げ出した魔獣の飼い主のようだった。

 えらい剣幕で詰め寄られ、誤魔化そうとしたが逆に疑いを深める形になってしまった……と。


「逃げなきゃ!」

「あのおっさんやべぇにゃ、あの女騎士の非じゃないにゃ!」

「そこまでなの」


 ええと、名前と顔が思い出せない。まぁいいや。

 あれはいわゆる"過酷な戦場で外れたタガが戻せなくなった人"だ、それ以上ってどういうこと。


「というか死んじゃったんだ、あの猿」


 見立てだとギリギリ後遺症なく助かる感じだったんだけど……可愛そうなことをした。

 一応完全な正当防衛になるわけだし、罪に問われないとは思っている。

 危険な魔獣を逃がす方が問題だ、怪我人が出たら罪に問われるのはあっち。


 スフィたちがわたわたしているのを眺めていると、程なくして病室のドアがノックされた。


「失礼します、大丈夫ですか?」

「どうぞ」


 扉を開けると、ぼくの担当らしい治療師が居た。


「外で揉めてる貴族の件? 長期入院は拒否する」

「……お貴族の件です。居合わせたアルヴェリア貴族の方が仲裁して下さって一度お戻りになられました。ただ、見た限り随分と厄介そうな御人でしたので、早めに転院されたほうがいいかもしれません」

「わかった、早めに退院する。ありがとう」


 この治療師は慌てて駆けていくスフィたちを見て、大丈夫だということを伝えに来てくれたらしい。

 錬金術師ギルド付属治療院の治療師は入院を勧めてくる以外はいい人ばかりだな。


「……お友達の方も問題なさそうでしたので、このまま退院して頂いて大丈夫です。学院の先生にお伝えしてくるのでお迎えを待っていてくださいね」

「はーい」

「あんがとにゃ」

「お世話になりました」

「どういたしまして」


 一旦大丈夫だとわかって落ち着いたスフィたち3人にお礼を言われながら、治療師は病室を出ていく。

 たぶん伝書用の魔獣を使って、今ごろは施設で生徒たちの面倒を見ている先生たちに連絡を入れるのだろう。

 ……先生たちも行く先々でこんな騒動に巻き込まれて可哀想に。


「あれ、そういえばシャオは?」

「裏庭で水浴びさせて貰ってるよ」

「昨日の夜から身体洗えてなかったからにゃ、アリスが起きるの待てなかったみたいにゃ」


 シャオもよく身体を洗いたがるなぁ。

 まぁ身綺麗にするのは良いことだ。

 というか、忘れがちだけど高貴な血筋だからキレイ好きなのは当たり前なのかもしれない。

 取り敢えずはシャオを待っている間に退院の準備を進めておこう。



 それから、30分もしないうちに顔色の悪いフォレス先生がやってきた。

 マレーンといいフォレス先生といい、スフィとぼくの実家関係の人間は顔を合わせるたびに顔色が悪くなっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る