├由々しき事態

 頭目が討たれてからさほど時間を置かず、賊は鎮圧された。

 傭兵団『砂漠の狐』は頭目含めた総員14名全員が捕縛。

 そのうち死者は10名、頭目と幹部3人も含まれている。

 

 施設側の被害は支配人と警備1名が重傷、他にも警備2名と宿泊客の護衛1名、宿泊中の生徒2名が軽傷。

 幸いにも死者が出なかったのは、傭兵団の目的が金目の物であったことと、宿泊客の中にいたアルヴェリアの騎士が賊の鎮圧に助力したためと思われる。


 今回の武装強盗の主犯と思われるのは外国籍と思われる21名。

 犯人も抵抗したために死者7名が出たが、残った犯人も全て捕縛されており、現在は取り調べが続いている。


 隠して今回の襲撃騒動は幕を閉じた。



「由々しき事態だ」


 騒動の翌日、アクアルーン内で貸し出されている小会議室にフォレス、ヴィータ、カインの3人の姿があった。

 騒動の影響を受けて現在施設は事実上閉鎖状態。


 ギプスが巻かれた片腕を吊り下げた支配人も、怪我をおして後片付けに奔走している。

 傭兵団の幹部と目される半巨人との戦闘には勝利したものの、重傷は免れなかった。

 これからが大変だと思うが、今のフォレスたちに他人を慮っている余裕はない。


「…………」

「いやぁ、参ったね」


 ヴィータはこの世の終わりのような顔でテーブルを見つめ、カインも冗談めかして言っているが顔色は悪い。


 騒動のさなか、怪我をした宿泊中の生徒2名はよりにもよってスフィとノーチェ。

 スフィはわき腹に、ノーチェは右腕にアザが出来る程度の打ち身。

 軽傷ではあるが、問題は最重要の護衛対象の含まれるグループが被害にあったことである。

 現在は双子姉妹、ノーチェ共に治療院に護送されて治療中だ。


「アウルシェリス様もお倒れになったそうだ」


 重々しくフォレスが言う。

 当然のようにアリスも倒れていた。

 無事に脱出したまではよかったが、暴れた分の疲労がアドレナリンが尽きた頃に吹き出たのだ。

 詰め所で同じクラスの女児と会話中に突然倒れ、軽いパニックとなった。

 調子に乗って暴れたのが原因の自業自得である。


「まさかここまで騒動を引き寄せるお方とは……」

「銀狼王の血筋ってやつかね、まさか積極的に前に出るとは」


 獣王国は"未来視の魔王"率いる魔物の軍勢に襲撃されて滅びた。

 その際には腹心を従えた銀狼王が殿として残り、国民たちが逃げる時間を稼ぎ、更には魔王と相打ちにまで持ち込んだという。


『誇りとは爪牙にて打倒した敵の数にあらず、守り育んだ民の数にあり』

 銀狼王家の標榜する矜持に殉じた最後だ。

 武の道に生きる者として尊敬の念はあるが、身体の弱い曾孫娘までその性質を発揮しなくてもいい。しないでほしい。


「……由々しき事態だ」


 フォレスがもう一度繰り返す。

 シルフィステラもアウルシェリスも本来ならばこの国にとっても至宝。

 髪の毛1本傷付けてはならず、蝶よ花よと育てられていなければならない。


 それがこのありさまだ。

 今回の一件は失態以外の何物でもなかった。


「平穏に過ごされているものと思い込んでいた」


 人生で命の危機に瀕する騒動に巻き込まれるなど、戦いを主軸とした仕事でもなければそうはない。

 スフィたちは冒険者と言ってもランク的に"命を懸けた"仕事を回されることはない。

 アヴァロン外周区で一般人に紛れて暮らす方が、魑魅魍魎が踊り狂う中央区よりもよほど安全だと思っていた。

 本人たちの希望と彼等の都合が合わさり、せめて祭りが終わるまでは……と。

 その認識は昨日の今日で完全に改められた。


「思えば、無理をしてでも陛下にお伝えするべきだったのだ」

「でもなぁ、どこにどいつが潜んでるかわからない。星竜様に伝わる前に他に情報が盗み取られたら街を巻き込んでの騒乱になる」

「姫聖下たちの為を思えば、そのくらいの犠牲は覚悟すべきだ」

「そうじゃなくて守りきれないって言ってんの。どこからどんな勢力が湧き出てくるかわからないじゃん」


 騒乱を起こしてでも姫を竜の元へ送り届けるべきではと考えるフォレスとヴィータ。

 それに反対するのはこの場ではカインひとりだけだ。


 近衛騎士の2番隊が裏切ったというのは今でも関係者にとってはトラウマだ。

 獣人たちとは上手くやっているが、貴族に限ってはそうではない。


 先代の聖王は旧友のために逃れてきた獣人たちに自治区を与えた。

 そのことに感謝している獣人たちは国民として馴染んではいるが、未だに彼らが忠誠を誓っているのは銀狼王。

 それだけならば問題はなかったのだろう。

 同じく星竜を神とする、竜の翼の下で暮らすもの。傘下の国と扱いは変わらない。


 しかし、決定的に違うことがひとつある。

 1000年に及ぶアルヴェリアの歴史上、初となる星竜の妃になったのは獣人だった。

 長年仕えてきた自分たち普人の貴族ではなく、突然やってきた獣人の子が選ばれた。

 表立って口にする貴族はほぼいない、だが不満は確かに存在している。


 7年前の事件は、溜まっていた不満が表出しただけに過ぎないと上層部は考えている。

 だからこそ、姫聖下の扱いも慎重にならざるを得ない。

 敵はどこに潜んでいるのかわからないのだ。


「せめて守れるだけの戦力を集めてからじゃないと、力技で突破もできないだろ」

「むぐ……」


 カインの言葉にヴィータが口ごもる。

 星竜の娘を欲しがる者は数知れない。

 なんとかして手に入れようとする国、守る側に回って恩を売ろうとする国。

 更には騒動にかこつけて敵国を潰そうとする者も出てるだろう。


 不幸なことに各国の個人戦力の強いところが現在中央区で火花をちらしているのだ。

 情報が漏れたら最後、アヴァロンを舞台に世界大戦が巻き起こるのは想像に難くない。


 最悪なのはその争いは姫君を中心に起こってしまうこと、最低限今すぐ動かせる最高戦力を全員集めるくらいしなければやってられない。


「とにかく、騎士団長にこの事態を伝えて一刻も早く対策を打たねばならん」

「そんじゃ俺がひとっ走り行ってきますよ、影の護衛ならジルオの方が向いてる」

「わかった、頼む」


――ドンドンドン!


 話が終わった直後、会議室の扉が叩かれる。

 思わず顔を見合わせた3人、フォレスが険しい表情で扉に声をかける。


「誰か」

「ラゼオンだよ、フォレス先生! 大変だ!」

「……今開ける」


 会議室で協力してくれた知人と話しているとは伝えてあった。

 突然やってきたラゼオンに、フォレスは嫌な予感がしながらドアを開ける。


「ラゼオン先生、何があったんだ?」

「今回の盗賊の狙っていた貴族が! 突然治療院に押しかけて自分のペットを殺した子供を出せって、今ちょっとした騒ぎになってるんだよ! すまないが教員は緊急招集だ!」


 フォレスの背後で、気づかれないようにヴィータとカインは顔を見合わせた。

 やはり竜の姫君は騒動を司る精霊に愛されているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る