├騒乱の決着
アクアルーンの普段の宿泊客はそう多くない。
温泉施設の利用に加えて宿泊ともなるとかなりの金額がかかるため、近隣に別のホテルを取るのが基本になっているからだ。
敢えて宿泊棟に滞在するのは特別な理由がない限りは金持ちばかり。
砂漠の狐からすれば、復讐に駆られた正義気取りの馬鹿どもに罪を被せてまとまった金持ちを相手に略奪が出来る。
砂漠の狐はBランクの冒険者とも戦える団長を筆頭に、団員にはCランク相当の実力者を3人も抱えている強力な傭兵団だ。
平民の金持ちが連れ歩くような護衛程度なら問題なく制圧できる。
今回の仕事は割の良い仕事になる予定だった。
「……あ?」
2階に上がった頭目が見たのは、仲間だった者たちの無惨な姿。
見るからに重傷を負った砂漠の狐の団員たちと、絶命した無数の魔獣が倒れている。
死屍累々の中心には恐ろしい気配を漂わせた女が佇んでいた。
肩口で髪を切りそろえた金髪の女は、ちょうど掴んでいた賊のひとりを片手で壁に叩きつけて頭目へ向き直る。
「貴様が賊どもの頭目か」
「……てめぇ、何もんだ」
余裕ぶっていた頭目が一瞬で戦闘に意識を切り替え、曲刀の柄に手をかける。
団員たちは決して弱くはない、弱ければこんな稼業で今日まで生き残っていられるはずもない。
「貴様らのような虫けらに名乗る名などない」
『ヴィータ・グリーンブラス』
若くして近衛騎士として抜擢され、セレステラ妃の傍付きとして一時は星竜の領域『星降の谷』に入ることを許されていた騎士だ。
その地位の全ては自らの実力によって掴んできた女傑である。
裏工作は苦手だが、直接戦うならば賊まがいの傭兵ごとき相手にもならない。
たとえ武器が手元になくても。
「ちっ、引きが悪いな」
頭目が想定していたのは普通の金持ちが連れているような護衛、元Cランク冒険者程度だった。
「仕方ねぇ」
目の前の女はただものではない、無傷で勝てる相手ではないだろう。
頭目は倒れている部下を切り捨てる判断をした。
「分の悪い賭けは嫌いでね」
「何っ!?」
頭目が曲刀の柄……そこに仕込んでいた石を投げ放つ。
中に仕込んだ痺れる薬を混ぜた粉塵を発破の魔術で撒き散らす魔道具である。
廊下に広がる毒々しい色の粉塵にヴィータは口元を押さえて足を止める。
見るからに毒が混じっている色の粉を前にしては、警戒して距離を取るしかなかった。
まさか部下をあっさり見捨てるとは思わず完全に虚を突かれた形だ。
「しまった……」
向かってくるなら迎え撃つ自信はあったが、こういう手合は苦手とするところである。
「はああっ!」
窓を開け、身体強化した拳で粉塵を吹き飛ばしながらヴィータは頭目を追いかける。
聞こえてくる音からも階段を駆け上がっていったようだった。
■
砂漠の狐の3人の強者のひとりは、壁伝いに上階の子供を狙っていた。
頭目はまずその女と合流し、スタッフから集めていた情報で確認していた獣人を拐って逃げ出すつもりだった。
階段を駆け上がる頭目が、侵入を阻むように張られた結界に気付く。
抜き放った曲刀を両手で持ち、走りながら思い切り振りかぶる。
「『ブラストブレード』!」
「またかっ!?」
振られた剣が結界に衝突するなり黄土色の光を放ち、まるでガラスのように打ち破った。
熟練した戦士ならば結界破りの方法のひとつかふたつは持っている。
彼の使った『ブラストブレード』は障害物の破壊に特化した武技だった。
破られた結界の前で驚愕の声をあげた男を無視し、頭目は更に上階へと向かう。
学院の教師のようだが、相手をしている時間はない。
「待てぇっ!」
「チッ」
粉塵を回避した女の声が追いかけてくる。
なんとか女に追いつかれる前に4階に踏み込んだ頭目。
「なっ」
頭目の目に飛び込んできたのは、実力を信頼していた女の亡骸だった。
眉間から血を流し、身体には真新しい刀傷がある。
身軽さと器用さが売りの鞭使いの女は簡単にやられるような人間ではない。
「ヒスミ!」
思わず女の名前を呼んだ頭目に気づき、死体を検分していた館内着の男が振り返る。
いざとなれば見捨てる間柄と言っても情がないわけでもない。
らしくない怒りに突き動かされるままに、頭目は曲刀を構えて突進していく。
「『セイルブレード』!」
頭目は構えた剣を風を受ける帆の代わりに、地面すれすれを滑るように迫る。
対する館内着の男は、団員の誰かから奪っただろう砂漠の剣を手に無表情で見つめ返す。
「(――ああ、しくじった)」
冷静だったならもっと早く気づけただろう。
しかし武技は発動してしまっている。途中で止めれば敵の眼前で無防備になるだけだ。
結果はもはや変わらない。
「がはっ」
紙一重で避けながら、館内着の男はすれ違いざまに頭目の身体を斬りつける。
武技すら使わない、強化術『練気』を武器にまで纏わせる高等技術による一閃。
たったの一太刀で内臓まで断ち切られた、致命傷だ。
「ち、くしょ……」
流れ出る血液と共に意識まで遠くなり、頭目は廊下に倒れ伏す。
「すまないフォレス! そっちに賊を逃してしまった!」
「……今片付けた。それより別の賊がお嬢様の部屋に押し入ろうとしていたぞ」
「何だと!?」
薄れていく意識の中で聞こえてくる会話に、強者達が誰かの護衛であることを察する。
「(あぁ、ついてねぇ)」
自分たちが押し入るタイミングでそんな護衛を従えてるやつがいるなんて、ついてない。
悪名高き砂漠の狐の最後は、ひどくあっさりとしたものだった。
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