特別編 不法侵入者

 クリスマス。

 首都圏ではイルミネーションが光り、冬によく聞く軽快な音楽が街中に響いている頃だろう。

 世間ではチキンや甘いケーキに舌鼓を打ち、親しい人達と過ごすらしい。

 街を歩けば本物とは似ても似つかない白いひげに赤い服のおじさんたちが、今も商売に精を出しているに違いない。


 もっともぼくたちの住むゼルギア大陸にはそんな風習はないので、特別に何かすることはなかった。

 だからこの日もいつも通りに404アパートでごはんを食べて、みんなとテーブルゲームでちょっと遊んで、寒さを凌ぐために暖房をつけた部屋で早めに布団にくるまっておやすみなさい。

 今日もまた普段と何も変わらない夜になる。


 はずだった。


「………………」

「…………」


 聞こえてくるシラタマの鳴き声で目を覚ますと枕元に不審者が居た。

 返り血で染まったような真っ赤な服に、真っ赤な帽子。

 顔は暗くなって見えず、拐った人間でも詰まっているのかと思うほど大きな白い袋を背負っている。


「…………」

「…………」


 こいつを不審者以外どう形容すればいいのだろうか。

 不服ながら小さな女の子が4人で寝ている部屋に許可なく入り込んだのだ。

 一体どうやって、どこから?


「シラタマ?」

「チュピ?」


 我が家の防犯機能はどうなっているのかと責任者に尋ねるものの、「ン?」みたいな反応だけで話にならない。

 害はないとかいう話じゃない、夜中にこんなのに侵入されたら単純に怖い。


「なんなのこいつ」

「チュルル」


 季節柄ってなんだよ。

 真冬の定番か何かなのか?

 ……そういえば毎年冬になると煙突から子供の家に侵入する不審者が出ると聞いたことがあった。

 まさかぼくたちが標的になるとは。

 シラタマの反応から見てこいつも精霊の類なのか。


 ぼくがシラタマとやりとりしている間にも、不審者は無言で佇んでいる。

 せめて何かリアクションをしてくれ。

 スフィたちが近くで寝ているから一応小声でやりとりしていたんだけど、流石に無理があったのかスフィがもぞもぞしはじめた。


「……んぅゅ……ありす……? どうしたの? おしっこ……しちゃった?」

「スフィ、不審者」

「ふしんしゃ」


 ぼくの言葉をそのままぼんやりと繰り返しながらスフィが身体を起こし、枕元の不審者に気付いた。


「――ひゃあああ!?」

「にゃんだ、敵にゃ!?」

「えっ! ぇ、ぁ? ……キャアア!?」

「ふぬぉわぁ!?」


 いい反応で飛び起きたノーチェと、それに釣られて起きたはいいものの不審者にパニックを起こして近くにあったものを蹴り飛ばしてしまったフィリア。

 そして蹴られた勢いで転がって襖にぶつかった可哀想なシャオ。

 うん、大パニック。



 騒動によってみんなすっかり目が覚めてしまった。

 現在はリビングに移動しみんなで話し合っている。


「サンタクロースねぇ」


 どうやらこの不審者はサンタクロースというらしい。

 毎年この時期、夜な夜な子供に得体のしれない何かを渡して回る冒涜的な精霊のようだ。

 たしか日本や欧米圏だと大人たちがある存在の真似をして子供相手にプレゼントを配る、大昔からの風習があったはず。

 そのモドキか。


 この部屋に不法侵入出来ている時点で相当な存在ということはわかる。危ない匂いは感じないけど……。

 出来れば帰ってほしい。


「良い子にしていた君たちにはプレゼントをあげよう」

「プレゼント?」


 なんで名前がわかったかというと、こいつはスフィたちには流暢に喋り始めたからだ。

 早めに帰ってほしい。


 悪い子にはお仕置きし、良い子にはプレゼントを配るのがこいつの役目だという。

 ぼく相手に黙っていたのは意味がわからない、やはり不審者でしかない。

 すぐに帰ってほしい。


「プレゼント!?」

「スフィとノーチェ、君たちはとくに良い子にしていたからね」


 ふたりが良い子という点については異論の余地はない。

 なのでプレゼントだけ置いて可及的速やかに帰ってほしい。

 不審者に容易く寝室に侵入されたという事実にぼくのプライドは傷付けられているのだ。


「良い子のみんなに私からのプレゼントだ」


 サンタクロースが手袋越しに指をぱちんと鳴らすと、部屋の雰囲気が一気に変わった。

 リビングが飾り付けられ、寝巻きだったぼくたちの服まで変化する。


「わ、アリスかわいい!」

「…………」


 スフィとノーチェ、フィリアは白いふわふわのついた赤基調のローブ。

 ぼくとシャオは茶色が基調のローブで……頭に角みたいな飾り?


「なんでわしとアリスだけ格好が違うのじゃ?」

「なんでだろう」


 別に着る衣装にこだわりがあるわけじゃないけど、選別に何か意図を感じる。

 それからポポポっと音がして空中から色とりどりの包装紙に包まれたプレゼントボックスが現れ、部屋の中に積み上がっていく。


「ほっほっほっ、これから良い子にしているんだよ」

「わぁぁ! ありがとう!」

「はやく帰れ」


 偽物め。


 プレゼントボックスに飛びついたスフィたちを見回すように顔を動かしてから、サンタクロースはカーテンを開け、ベランダのガラス戸を開けて外に出た。

 ……空中にトナカイつきのソリが停止してる。


「にゃ!? 気づかなかったにゃ」

「鹿さんだ!」

「角がアリスちゃんとシャオちゃんの頭の飾りとそっくりだね」

「……違法駐車」


 サンタクロースがこちらを振り返り、手を振ってからソリに乗り込む。


「来年も良い子にしているんだよ、メリークリスマス!」


 そしてシャンシャンと甲高い音を響かせながら、8頭立てのトナカイの牽くソリが夜空に向かって駆け上がっていく。

 

「おじいちゃんありがとー!」

「ありがとにゃー!」


 追いかけるようにベランダに出てスフィとノーチェが手を振り、フィリアもそれに続いて頭を下げる。

 夜空に消えていったソリは、ここにまで聞こえるシャンシャンという音を響かせていた。


「近所迷惑!」

「アリス? なんかあのおじいちゃんにあたりつよくない?」

「偽物だし」

「にゃ?」


 とはいえシラタマやブラウニーが侵入を許したってことはそこまで害がないのだろう。


 適当なプレゼントボックスの中身を開けてみる、ボールとかフリスビーといった玩具。

 温かそうなセーターとか帽子、マフラー。

 今着せられてるこれもプレゼント一種と考えれば悪くないチョイスだ。


「チュルル」

「わかってるよ」


 シラタマが乗っかったクリスマスボックスを開ければ中からお菓子が出てきた。

 シャオの好きな『乾餅けんぺい』という菓子に似ている。

 蒸した穀物を練った生地を乾燥させたもので、カリカリの食感で素朴な甘さのお菓子だ。

 ラオフェンの料理だけど一応アルヴェリアでも手に入るため、たまに買って食べていた。

 何でもおばあちゃんといっしょに食べた思い出の味らしい。


 まぁそういうお年寄り好みのものだから、シャオ以外は好んでは手を出さない。


 ひとつ摘んで『解析アナリシス』をかけると、内部に不自然な反応があった。

 ……何かの薬物っぽいな。


「どうしたのじゃ?」

「外れ箱もあるらしい」

「そうなのじゃ?」


 目ざとくこっちを見つけたシャオにバレないように、スカートをめくってポケットの中にお菓子を全部突っ込む。


「ぬ、なんじゃシャルラート……おぉ! 小さい軍議盤なのじゃ!」


 上手く気を引いてくれたシャルラートによくやったとサインを送り、他のもチェックを進める。

 いくつか紛れ込んでいた害意を、何とか全て処分することができた。


 いくつかあるお菓子はほぼ全てシャオ狙いと推測できるものだった。

 まぁこの程度なら害が及ぶ前に全部処理できるけど……。


「無害とはいえないんじゃない?」

「チュルル」

「……確かに差し引きでメリットは大きいけどさ」


 シラタマたちが見逃したのは、ぼくにとってはメリットになるからだそうだ。

 確かにこっちじゃ手に入れづらい洋服とか玩具とかたくさん貰ったし、ぼくを狙った害意はなかったけども。

 この子たちはどうにもぼく以外への被害は軽視する傾向がある。

 出会ったときと比べて大分仲良くなったように見えるけど、まだ完全に気を抜くのはダメか。


「そういえば偽物ってどういうことにゃ? あの爺ちゃんはにゃんだったんだ?」


 セーターを手に持ってサイズを確かめていたノーチェが思い出したようにぼくに聞いてくる。


「本物は丸々としてもっと膨らんでるし、ぼくはあいつの顔が見えなかった」


 何より、本物は悪い子を叱りはしてもお仕置きはしない。


 本来、事象や概念そのものである精霊たちには決まった形や能力はない。

 なので精霊が現世に出現する時には、その姿形に人間たちのイメージが反映される。

 前世で会ったことがある"本物"は、世間一般でイメージされる通りのふくよかで人に好かれそうな見た目の白いひげのおじさんだった。


『人を傷つけるいたずらをしてはいけないよ、少年』


 たいちょーのイタズラに付き合って、ある意味では悪さをしていたぼくを相手にしても優しく嗜めるだけ。

 もちろん寒さで赤らんだ顔だってちゃんと見えていた。

 顔だけが見えない精霊ってことはそこに固定値を持っていない、人によって見せる顔が違う奴だってことだ。


「……これ、ほんとに大丈夫にゃ?」


 ぼくの言葉を受けてプレゼントに不審な目を向ける。


「そこは確認したから大丈夫だとおもうよ」


 確認したけどプレゼントそのものはしっかりしたやつだから大丈夫だ。


 恐らくこういう時期に出てくる子供狙いの害獣みたいなものだったのだろう。

 しっかりしたプレゼントで油断させて、その中に悪意を忍び込ませるタイプだ。

 見分ける事ができるなら当たりプレゼントだけをゲットできる。


 だから侵入は見逃したのか……面倒なことを。

 空き箱を片付けているブラウニーを捕まえて、シラタマとまとめてこねくり回す。


「ヂュルルル!」


 抗議してもダメです。


「シャアー!」


 遊んでいるうちに「フカもー」と飛びついてくるフカヒレをキャッチして頭の上にサンタ帽を乗っける。

 とはいえ想定外の戦利品は手に入れたのは事実だ、この辺で勘弁してやろう。


「おなかすいたからなんか作ってくるけど」

「あ、スフィも食べる!」

「あたしも!」

「わしもじゃ!」


 すっかり目が覚めたみたいで、全員揃って手をあげた。


「私も手伝うね」

「うん」


 フィリアとブラウニーを伴って冷蔵庫を開ける。


「……あれ? なにこれ?」

「…………」


 冷蔵庫の中には大きな皿がふたつ。

 雪の精霊を模した大きなケーキと、魚介の切り身が盛り付けられた大皿。


「これも、プレゼント?」

「……あ」


 ふたつの皿の間に、日本語が書かれた1枚の紙が置かれていた。


『良い子にしていた少年たちへ、ニコラウスのおじさんより。メリークリスマス』


「このお魚から酸っぱい匂いがする、傷んじゃってるのかな」

「米酢、ビネガーの匂いだよ」


 ケーキをフィリアに頼んで、ぼくは大皿のチラシ寿司を引っ張り出す。小さめの瓶に入った醤油もある。

 チラシ寿司といっても様々な魚の大きな切身がたくさん乗った、豪華な海鮮丼に近いものだ。

 どちらも皿に日本にある有名店の店名ロゴが入っている。


 かつて出会った"本物"はニコラウスと名乗った。

 それがサンタクロースとして有名になってしまった自分の名前なのだと。


 こんな日にお寿司かよとも思わなくもないけれど、肉は簡単に手に入るけど新鮮な魚介はそうもいかない、実に良いチョイスだと思う。

 何より米と醤油に飢えているぼくにとっては何よりのご馳走だ。

 特に404アパートに備蓄されていた醤油のストックはなくなる寸前である。


「これ、食べて大丈夫なのかな」

「大丈夫だよ、たぶんこっちは"本物"からだから」


 本物はこれみよがしに子供の前に姿を見せたりしないのだ。


 匂いも『解析』の結果も問題なさそうだったし、少し味見しても大丈夫そうだった。

 何よりぼくは今猛烈にお寿司が食べたい。

 目の前にしてお預けなんてされたくない。


「わぁ! なにそれ、かわいい!」

「魚にゃ!」

「ぬぉー!」


 ケーキと見慣れない料理に盛り上がるスフィたち。

 偽物で微妙な気分になりかけたけど起きて良かった。


 あるいは、本物が来ていたから偽物も大げさなことは出来なかったのかもしれない。

 ぼくは何もない夜空を見上げて「ありがとう、メリークリスマス」とつぶやき、そっとカーテンを閉じたのだった。









【あとがき】―――――――

近況ノートに挿絵用に描いたやつ公開してます

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