├ガビー・ロール
『ガビー・ロール』は『マイク・ロール』の人気を受けて製造された。
楽器の得意な白いクマの女の子で、マイクの仲間たちシリーズの2番目のぬいぐるみである。
彼女もまた地球では意思を持つ玩具としてパンドラ機関に収容されていた経歴を持つ。
『あーあー、失礼。定型メッセージがでてしまいました。調整が難しいですね』
ガビーは先程の機械的ながら流暢な言葉とは違い、いくつかのセリフをツギハギにしたようなイントネーションで喋り始める。
「何よこいつ、誰かの使役する魔獣?」
「あっ!」
女は無造作に鞭を振るった。
音速を超える切っ先が破裂音をさせてガビーと名乗るクマのぬいぐるみの頭部を打つ。
しかし、殴られたガビーは何事もなかったようにその場に立ち続けている。
「無傷!?」
『まずはこの無礼者をかたづけましょう――仕事ですよ』
驚く女を無視して、ガビーは淡々と告げながら動き出した。
口元に当てられた玩具のラッパが、ふたたび『パプー』と気の抜ける音を響かせる。
するとガビーの背後の空間が揺らめき、ふたつの影が飛び出した。
片方はドーベルマンという犬種をデフォルメしたようなぬいぐるみ。カーキ色の服を身に着け、腰のベルトには反りのあるサーベルを佩いている。
もう片方はガビーをもうひとり周り大きくしたような、片目に傷のあるシロクマのぬいぐるみ。こちらは白い色でファーのついたコートを身につけている。
ドーベルマンが駆け出しながら玩具のサーベルを抜き放ち、傷のシロクマはどこからともなく取り出した『SMIRNOFF』というラベルの瓶をラッパ飲みし始めた。
「どこのどいつが使役する魔獣かしらないけど、邪魔するっていうなら……!」
女が明らかに攻撃の構えを変える。手加減をやめて本気の一撃を叩き込むつもりだ。
カーキ色の服をまとったドーベルマンは振るわれる鞭を物ともせず、サーベルで鞭をいなしながら一気に懐まで距離を詰めていく。
「この! ぬいぐるみの癖に!」
「――!」
血しぶきが舞った。
鞭をすり抜けて、ドーベルマンが手に持つサーベルで女の胴を布ごと切り裂いたのだ。
玩具のような見た目と質感にも関わらず、本物と違わない切れ味があるようだった。
「あ……私の身体に、傷を……! よくも!」
深く斬られた女がよろけながら、服の中から血に濡れた石を取り出す。
緊急用の毒混じりの煙幕を張る魔道具だった。
させまいとドーベルマンが女の手を狙って腕を伸ばした矢先、バシュッと音がして女の手から血が飛び散った。
砕かれた石の破片が千切れた指と共に廊下に転がる。
「――え?」
呆けたような女の声が廊下に響く。
射線を辿った女の視線が、瓶を片手に持ったシロクマの姿を認める。
シロクマはもう片方の手にある玩具のクロスボウを女へと向けていた。
ぐいっと瓶の中身を呷り、クロスボウの照準をずらす。
気付いたときには白塗りのボルトが寸分違わず眉間に向かって放たれていた。
それが女が生涯で最後に見た光景となった。
■
時間にすればわずか10秒にも満たない攻防で決着はついた。
武器がないとはいえ自分たちが勝てなかった女を圧倒したぬいぐるみ達に、スフィたちは無意識に警戒を強めていた。
少女たちに見守られる中、瓶を片手にふらつくシロクマがドーベルマンに蹴られて後ろにすっ転んだ。
床に転がりながら武器を捨ててでも瓶だけは死守せんと抱え込み、いやいやと首をふるシロクマ。
その首根っこを掴んだドーベルマンは、ガビーの背後へ引きずっていくと、光の波紋を描いて何もない空間の中へと消えていく。
ガビーはそれを見送ってから、改めてスフィたちへと向き直る。
「あの……アリスのお友達の、くまさんの知り合いですか?」
少し休んだおかげか立てるようになったスフィが警戒した様子で声をかけた。
強い精霊であることは理解できる。しかしこの精霊が本当に自分たちの味方かどうかはわからない。
アリスのような振る舞いをすれば精霊の力が自分たちに向きかねないのだ。
『――はい、忌わしきモノの言語で表現するなら玩具の"精霊王"となるのでしょうか。表立って動きたくはなかったのですが、この地で子供の危険となれば手助けをしないわけにもいきませんでしたので』
「えっと、助けてくれてありがとーございます。でも、なんでここに?」
『元々はこことあちらまでが玩具の領域だったのです。マイクが傷を負った際に保険として領域を切り離し、それからはこちらをわたしが預かっています』
思った以上に自分の疑問に答えてくれることにスフィは内心で驚いていた。
スフィの経験上、精霊にアリス関連の情報を聞いても出てこないことのほうが多い。
『本来なら自力で切り抜けてほしかったのですが、仕方ありません。傷を治してあげたいところですが、今はラフが玩具の街に行っているので無理ですね。霊水の愛し子がいるのであれば、そちらに頼ると良いでしょう』
「もしかして、ここにも玩具さんの街があるんですか?」
『いいえ、ここにあるのは切り分けられた"古いおもちゃ"の箱です。マイクがあの子のために預かった物をしまっておく場所ですよ』
無機質な音声なのに嫌そうだという感情だけはハッキリ伝わる。
なんとも言えない気持ちになってしまったスフィは、恐る恐る訪ねた。
「あの子って、アリスのことだよね? ……近くにいるよ、会わなくていいの?」
『ええ、わたしたちがここを動けば奴に察知されてしまいます。わたしの管理する預かりものも狙っていますから、今のあの子に接触する訳にはいきません』
「やつってだれ? 悪いひと?」
スフィの脳裏に蘇るのは、フォーリンゲンでアリスを狙おうとしていた怪物。
自分たちには意味不明のうわ言しか聞こえなかったが、アリスには別の声が重なって聞こえていたという。
それを伝えられていたスフィは、ガビーの言葉に薄っすらと感じていた妹を狙う『わるもの』の存在を感じ取った。
『かつて世界の創造主の力を奪い、創造主と同じ存在になろうとした神獣がいました。古き三柱が土塊から作り出した観測者にして奉仕者たる最初の
思っていたよりもスケールの大きな話にスフィ以外が困惑の表情を浮かべる。
「あのね、フォーリンゲンって街で神兵っていう人と会って、アリスが変な声で呼んでたって言ってたの。もしかしてもう見付かっちゃったんじゃ」
『それは奴が地上で活動するための端末でしょう。心配はいりませんよ、あなたたち姉妹は月狼の加護で隠されています。直視されない限り見付かることはありません、知っていてもすぐ忘れてしまうのです』
「そうなんだ、よかった……」
「その、わしもよろしいじゃろうか」
胸をなでおろすスフィから引き継いで、シャオがおそるおそる手を挙げる。
『手短に済む話なら』
「シャルラートは盟約がある故に話せぬと言っていたのじゃが、どうしてそこまで教えてくれるのじゃ?」
以前からアリスのことを不思議に思って聞こうとしたことはあったが、シャルラートは決して口を開いてくれなかった。
それに対してこのぬいぐるみ、ガビーは随分と教えてくれている。
「……わ、わしらは知りすぎた……とかになったりしないのじゃろうか?」
ある意味で精霊の怖さを知っているのがシャオである。
相手はシャルラートより格上だ、気が変わったで殺される危険性は無くなっていない。
『"あの子"が知ったことなら話せる……それだけです、心配はいりませんよ。箱守の竜のもとに帰り着いた以上は奴も本格的に動き出す。その時にまた出会うことになるでしょう』
言うだけ言ってガビーは踵を返した。
『長居するとそれだけ感知される危険が増します。それでは、御機嫌よう』
「あっ……」
返事も聞かず廊下の向こうに歩いていくガビーの姿が、金色の波紋を描いて消えていく。
「待っ」
「うおわああ!?」
「ひゃああ!」
待ってほしいと伸ばされたスフィの手が、突然目の前に現れた誰かの身体を掴んだ。
見慣れた顔が驚愕に染まっている。そこにいたのはルークだ。
想定外の状況に掴まれた方も掴んだ方も揃って悲鳴をあげるはめになった。
「なんだ、いきなり人が、死体が!?」
「スフィさんたち!? 大丈夫でしたか!」
「な、なんだ? 何が起こっている!?」
ローディアス、Cクラスの担任、それからフォレス。
困惑した声をあげる面々を前に、スフィたちは目をパチクリさせるしかない。
――自分たちだけが玩具の領域に入り込んでいたからだと気付いたのは、状況が落ち着いてからだった。
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