├あなたの友だち

「あ、スフィちゃん、ノーチェちゃん!」


 4階に上がったスフィたちに、階段の近くで待っていたシャオとフィリアが声をかけた。


「シャオ、フィリア?」

「おまえらどうしたにゃ?」

「なんか窓の外から音がするのじゃ」

「うん、それで怖くなっちゃって」


 シャオが着替えを済ませたあと、窓の外から物音がしたため怖くなったふたりは廊下でスフィたちを待っていたのだという。

 不安がるふたりに向かい、同行していたCクラスの他人である女性教師が自分の役目であると思い、出来るだけ穏やかな口調で説明をはじめる。


「施設に強盗が押し入ってきたみたいです。街中ですからすぐに鎮圧されると思います。フォレス先生とラゼオン先生が入り口を守っていますので、安心して部屋で待っていてください」

「ええ!?」

「なんじゃと? わしらは騒動からは逃れられんのか……」


 シャオは大きく肩を落とした。

 今のところ、レクリエーションでは必ず何らかの騒動が起きている。


「まぁアリスがいないぶん、精霊絡みではなさそうにゃ」

「くまさんの街でのやつがいちばんやばかったよね」

「…………」


 規模として一番危険度が高かったのは一体で国をも滅ぼしかねない厄災、魔王級の怪物が現れたミカロルの庭での一件だろう。

 あの時は空間を切り裂く術を持つアリスと、玩具の精霊神ミカロルことマイク・ロールの助力がなければ無事に帰ることは出来なかっただろう。


 この年にしてそこいらの騎士より修羅場を経験しているスフィたちは、もはや強盗程度では怯えない。

 そんな幼い少女たちに、Cクラスの担任は悲しみを感じずにはいられなかった。


「先生は他の子たちにも伝えてきますから、早めに部屋にもどってくださいね」

「はーい」


 廊下を歩きながら部屋をひとつずつ回り始めるCクラスの担任を見送った。

 しかし4人はすぐに物音がした部屋に戻る気にもなれず、なんとはなしに廊下で顔を見合わせる。


 ルークとローディアスも何故かそれに付き合う形にしたようだ。

 仮にも少女を置き去りにすることは出来なかったのかもしれない。


「今年は騒動が多すぎるな」

「本当に、すぐに鎮圧されるといいのだ……が」


 ローディアスの言葉に同意を示したルークは、キィと音を立てて開く扉に気付く。

 スフィたちの使っている部屋の扉がひとりでに開き、中から長い髪の女が顔を覗かせた。


「!?」

「ルークくん、どうしたの?」

「どうしたにゃ、変なものでも見たような」


 獲物を確認した女が扉から歩き出て、廊下の先に立ちはだかる。

 長い砂漠の民の布を肩にかけた群青色の長髪の女だった。

 おばけを見たような表情で固まる総勢6人を前に、女はニタァと口元を歪めた。


「ひー、ふー、みー……それに特別ボーナスが1匹、大当たりじゃない」


 女が指をさして数えているのは、明らかにスフィたち。

 相手の狙いが獣人の少女だということがわかり、全員の警戒スイッチが入る。


「敵にゃ!」

「次から次へと!」

「賊め、我が国で好き勝手はさせん!」


 反応は様々。

 冷静に戦う構えを取るスフィとノーチェ。

 女子をかばおうと一歩前に出るローディアスとルーク。

 それから抱き合って悲鳴をあげそうになっているフィリアとシャオ。


「ローディアス様、魔術はつかえるか!?」

「風の魔術は得意だ!」

「それよりあたしらの方が早いにゃ! スフィ!」

「せんてひっしょー! シャオ! シャルラート呼んで!」

「ぬ、ぬおん!」


 その返事は肯定でいいのかという謎の疑問を置き去りにして、男子組の脇を抜けてスフィとノーチェが飛び出した。

 何なら呼ばなくても勝手に出てくるどこかのフワフワとは違い、シャオは見せびらかすものではないという常識からシャルラートを呼ばないでいた。

 裏目とは言うなかれ、武装強盗の襲来を想定しながらスパ施設に来る人間はまず居ない。


「あら、自分から来てくれるの?」


 手を伸ばす女に対し、加速して飛び出したのはスフィ。

 姿勢を低くしながら思い切り足を蹴り飛ばそうとする。

 しかし女は読んでいたのかスフィの足払いを難なく避けてみせた。

 続くノーチェはその隙を逃さず、女の顔めがけて飛び上がる。


「そういうのはイヤよ」

「遠慮すんにゃよ!」

「黒猫はあまり高くなぐぅっ!?」


 余裕の表情で蹴りを女は腕で防ぐ。

 ダメージになっていない様子だったが、ノーチェには迅雷の加護がある。

 衝突の瞬間に生み出された翠緑の雷が迸り女の身体をしびれさせた。


「たー!」

「アグッ!」


 雷撃の効果で痺れた女が体勢を崩したところで、スフィの蹴りが女の胴体を打つ。

 想定外の威力に苦悶の声をあげながら、女が後ろに大きく飛び退る。


「道を開けろ!」

「!」


 背後から聞こえたローディアスの声に、一瞬困惑しながらも左右に飛ぶ。

 投射攻撃を担当するアリスとシャオが居るからこその素早い反応だった。


「――『撃ち抜く突風エアブラスト』!」


 こぶし大に圧縮された風の塊が開けられた射線を通って女へと飛んでいく。

 女は避けようとして、がくんと力が抜けたように膝をつく。

 ノーチェの雷の影響がまだ残っていたのだ。

 バランスを崩した女の身体を風の塊が吹き飛ばした。


「がっ」


 廊下を転がって倒れ伏す女に、ローディアスは強く息を吐き出しながら警戒を解く。

 賊相手の実戦、的ではなく人間に向かって本気で術を放ったのは初めてだ。

 わずかに震える手を握りしめ、隠すように背中に隠した。


「まだにゃ! 気を抜くにゃ!」


 ノーチェの声が聞こえてハッと顔を前に向ける。

 倒したはずの女が髪を振り乱しながら身体を起こしていた。


「やってくれたわね、ガキども」

「直撃すれば鎧を着た兵士でも昏倒する威力だぞ……!?」

「さっきは土の塊でも蹴ったかと思ったにゃ」

「練気ってやつ! つよいひとが使えるやつ!」


 スフィの主張通り、女は練気レンキと呼ばれる身体強化術を使い身を守っていた。

 全身に魔力を満たして肉そのものを鎧にする強化魔術であり、使えるかどうかが凡人と強者を分けるとも言われている。


「少し痛い目を見てもらうわよ」


 腰に手をやった女が取り出したのは革製の鞭。

 放たれた先端は正確にノーチェを狙う。


「フシャッ!」

「ハアッ!」


 咄嗟に避けたノーチェが、バク転しながら距離を取る。


「距離取るにゃッ!」

「遅いわ……よ!」


 女の技術は巧みで、連続して放たれる鞭が空気の弾ける音をさせた。

 一方ノーチェたちもさしたるもの、フェイントを見切り自分を狙う一撃だけは的確に回避していく。


「うひゃあ!?」

「くっ!」 


 連携の足りないルークとローディアスは手を出しあぐねていた。


「おのれ……! 吹き荒ぶ風よ、我が手に――」

「させないわよっ!」

「あぶないっ!」


 焦れたローディアスが詠唱を始める。

 狙いが変わり、鞭がローディアスを捉えそうになるとスフィが庇って床に引き倒す。

 何とか避けたものの、勢いをつけすぎたスフィはローディアスを引きずるように廊下を転がるはめになった。


「うわっ!」

「いたた、危ないから離れて!」


 すぐに体勢を立て直したスフィが女に挑みかかろうとするが、振り回される鞭のせいで近づけなくなってしまう。


「お前ら! 下の階にフォレス先生がいるにゃ! あたしらで押さえるから呼んでくるにゃ!」

「この俺に、女子を盾にしろというのか!?」

「ローディアス様、武器のない我々では足手まといでしかない。悔しいのは俺も一緒です」

「く……すぐに戻る!」


 ルークの説得を受けて、ローディアスも悔しそうにしながら階段を駆け下りていく。

 ノーチェが牽制しているおかげで女に狙われることはなかったが、時間がないと察したのか攻撃が苛烈さを増した。


「シャオちゃん、シャルラートさんは!?」

「――霊水の管理しょ、管理者、我らの……我らが縁と結びし……」


 シャオは慌てたせいか少し噛み気味で遅れた詠唱の真っ最中、フィリアもまた加護を上手く出せないでいた。

 強固な光の盾を生み出す鉄壁の加護は、フィリアの「自分が盾になってでも守りたい」という気持ちがなければ発動できない。

 元々からして気弱なのがフィリアだ。気持ちの準備を切り替えるまでに時間がかかる。

 更には鞭の立てる破裂音が、また戦闘に意識が切り替わっていないフィリアたちを萎縮させてしまっていた。


 いくら身体能力に優れたスフィとノーチェでも、鞭を相手に素手で戦うのには限界があった。

 ましてや相手は獣人との戦いに慣れているようで、鞭が徐々にスフィたちの動きを狭めていく。


「あっ」


 女の狙いはスフィに絞られた。

 すぐ近くのあらぬ位置への打撃に反射的に身構える。

 優れた反応速度が結果的に足を止めてしまった、女の口元が歪み鞭が正確にスフィの胴体を捉える。


「あぐっ!」

「スフィ!」

「スフィちゃん!」


 咄嗟に防御した腕ごと軽いスフィが弾き飛ばされ廊下を転がっていく。

 それに反応してしまったノーチェを、連続で放たれた鞭が叩く。


「フギャッ!」


 常人ならば肉が裂ける一撃を右半身に受けて、ノーチェは悲鳴をあげながら倒れ込む。


「シャオちゃん急いで!」

「きたりゃ、来たれわの、我が……!」

「はい残念」


 焦りが募り、フィリアとシャオから落ち着いて行動する余裕がなくなっていく。

 心の準備をした上での戦闘ではないのだ、危険な状況なら恐怖が先立つのが普通である。

 フワフワしているのが居る時はマイペースさに危機感が削がれていたが、その意外な効用を思い知るはめになった。


「だめ、私が頑張らなきゃ……! はあー!」


 明確なピンチを目の当たりにしてようやくフィリアが覚悟を決められたのと、女が鞭を振るったのは同じタイミング。

 詠唱妨害のための鞭での一撃が、既のところで出現した光の盾に阻まれる。


「のじゃあ!? しまったのじゃ!」

「ひっ!」

「加護持ちばっかり! ますます高く売れそうね!」

「う、ぐ、お前ら逃げるにゃ!」


 しかし激しい衝突音に驚いたせいで、詠唱が途切れてしまった。

 その間に女は盾の横に回り込むようにしながら鞭を構える。


――プップッパー


「何?」


 シャオたちが打たれる寸前、気の抜けるようなラッパの音が廊下に響く。

 女の居る更に先、廊下の向こう側から聞こえてくる音に全員の意識が向かう。


 廊下に1体のぬいぐるみが立っていた。

 白い身体に青い瞳、首元には青いリボン、耳の所に百合の造花。

 手に持つ玩具のラッパを降ろし、シロクマのぬいぐるみは体の前で両手を揃える。


「くま、さん?」


 打たれた部分を押さえながら、スフィが身体を起こして呆然とつぶやいた。

 ぬいぐるみは以前自分たち姉妹を助けてくれた、アリスの大事なお友達のクマの玩具に似ていた。


『こんにちは、わたしはガビー・ロール。あなたのお友達になりたいの』


 まるでスフィのつぶやきに答えるかのように、シロクマのぬいぐるみは少女の声にも聞こえる不思議な声色――合成音声を使って喋りはじめた。

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