├一方そのころ2

 ノーチェ、スフィ、ルーク、ローディアスの4人は気配を探りながら慎重に階段を降りていく。

 足音が響くだけで何事もなく階段を降りきって、やがて3階の廊下へ出た。


「君たち、降りてきてはいけない!」


 スフィたちに向かって真っ先に声をかけてきたのは、普段は気怠げなAクラスの担任ラゼオンだった。


「先生?」

「どうしてここにいるにゃ」

「武装強盗が入り込んだみたいなんだ、人数が多いみたいで下の階で戦いが起こってる。部屋に戻っていなさい!」


 険しい眼で階段を睨みつけるラゼオン、視線の先には魔術による結界があった。

 下階への階段を塞ぐように張られた結界は強力なもので、それを知っているスフィとノーチェはすぐに音が聞こえないのはそのせいかと悟った。

 強い結界は音まで遮断してしまうことがあるのだ。


「上の階に魔獣の死体があったにゃ、でっかい狼だったにゃ」

「血が出てるのにね、あんまり匂いがしないの」

「何だって? しまったな、抜けられていたのか……実はね」


 ノーチェたちが降りてきた理由を聞いて、ラゼオンは失敗したという表情を浮かべた。


 ラゼオンは先程廊下に出た時に下の階で争いが起きていることに気づき、様子を伺っていた。

 盗賊だという叫び声が響いたすぐ後に何頭かの魔獣が階段を駆け登ってきたため、すぐに教員たちで撃退し、これ以上上がってこれないように結界を張っていたのだ。


「全て討ったと思っていたんだけど……悪かったね、怪我をした子はいないかい?」

「死んでたし、シャオがびびったくらいにゃ」


 幸いだったのは戦闘の時点で魔獣は瀕死であり、階段を上りきったところで力尽きたことだろう。

 手負いのまま暴れられていたら、戦闘力の乏しい4階の生徒から犠牲が出た可能性すらあった。


「どうしました?」

「何があった? なぜ君たちがここに」


 ラゼオンから事情を聞いている途中、他の教員たちが合流する。

 Cクラスの担任に、Sクラスの担任であるフォレス。

 フォレスは哨戒を兼ねて、生徒に説明して回っている最中だったようだ。


「フォレス先生」

「ここは教頭たちに任せてきた、私たちはこれから上の階にいくつもりだったんだが。君たちも送っていくから上の階に戻りなさい」

「実はね、上の階にね」

「大丈夫だ、道中で聞くから――」


 何とかしてスフィたちを部屋に戻そうとするフォレスが強引に話を切り上げようとした時、ラゼオンがぎょっとした様子で階段へ振り向いた。

 ガシャンと音がしてガラスのように結界が砕けて、ターバン姿の男達4人が駆け上がってくる。


「ハッハァ! てめぇら貴族のガキを捕まえろ! 高く売れるぜ!」

「結界が破られた!?」

「魔剣持ちがいる、下がれ!」


 怪しい紫色の長剣を持つリーダーらしき男の号令に従い、3人の男たちが剣を振りかざして走ってくる。

 タイミング的にも最悪だ。舌打ちしそうになるのを堪えながら、フォレスは握りこぶしを作りながら前に出た。

 武器もなければ防具もない、無手で武器持ちを相手しなければいけない。

 凶相を浮かべながら賊のひとりがフォレスに迫る。


「残念だったなぁ先生さんよぉ! あの世でガキどもを見守ってやんなぁ!」

「それには及ばん」


 フォレスは焦る様子もなく、自分に向かって振り下ろされる曲刀を右手のひらで弾いた。

 返す拳が賊の顎を打ち抜いて、左手が膝から崩れ落ちる賊の手から曲刀を奪い取る。

 踏み出しながら奪った曲刀も右手に持ち替え、すり抜けざまに残るふたりを切り捨てた。


「ガッ……」

「グハッ」


 瞬く間に賊3人を倒したフォレスが、残ったひとりの魔剣持ちを睨みつけた。


「て、てめぇ! よくも仲間を! おい! 狼どもを放て!」

「薄汚れた手には過ぎた代物だな、誰から奪った」

「知るかぁ!」


 階下に増援を呼ぶように叫びながら、残ったひとりが魔剣を振りかざしながら走り寄ってくる。


「死にやがれ、『ルーンブレイド』!」


 赤い光が混ざり、毒々しい色になった魔剣を賊が振るう。

 魔力をまとわせ威力を向上させる武技アーツだ。

 乱雑な太刀筋の剣をフォレスは曲刀で受けることはせず、すり抜けるように賊のわき腹を切りつけた。


「なんだ、こいつ……つええ……」


 急所を斬られた賊は出血で意識を失い、魔剣を手放し廊下に転がった。

 人が斬られる様子を見て怯えるでもなく、スフィは不思議そうに首をかしげる。


「やっぱり匂いがあんまりしない」

「こいつらは獣人の嗅覚を誤魔化す香り袋を持っている、そのせいだろう。それよりもここは危険だ、早く自分たちの部屋に戻りなさい」

「う、うん……アリスは大丈夫かな」

「……彼女たちは外に出ているから大丈夫のはずだ、むしろ安全かもしれない。とにかく今は君たちのことだ、急ぎなさい。私は階段を押さえているから、その子たちを頼む」

「わ、わかりました。さぁ、あなたたちも避難を」


 フォレスから頼まれたCクラスの担任が頷いて、スフィたちを先導して上の階へ向かっていった。

 今回ばかりは武器もないからか、当人たちも素直に従う。

 何があったのかという情報は得られたというのが大きい、そういう意味では4人共に冷静だった。

 

「一体何が起こっている……?」

「とにかく結界を張り直そう、流石に魔剣持ちなんてそうそう居ないだろう。……はぁ、ほんと災難続きだよ今年は」


 疲れた様子を見せながらも魔術を発動させようと詠唱をはじめるラゼオン。

 しかし詠唱が終わる前に、階段下から多数の魔獣が駆け上がってくる。

 フォレスが下へ続く大階段の前に立ち曲刀を構えた。


「またきたぞ! 急げラゼオン!」


 そう言いながら、カウンター気味に走ってくる魔獣を切りつけようと曲刀を振るう。

 飛びかかってきた1頭の首元をカウンターで切り裂き、腕を狙って噛みつこうとする2頭目の顎を蹴りで砕き、3頭目は額を剣の柄で割って仕留める。


「――し、悪しきものたちの道を閉ざせ、"強き守護者の扉ハイガーディア"!」


 上がってきた魔獣を仕留めたところで詠唱が終わり、階段に再び結界が張られる。

 残った魔獣が結界に弾かれる姿を見て、ようやくふたりは一息つけたのであった。



 本館中央フロア、上下階へ移動するための大階段。


「ああもう、厄介な!」


 そこでは激しい戦いが行われていた。

 方やアリスから軽そうなと評された。長い髪を頭の後ろで一本にまとめた青年。

 方や砂漠の民の特徴を持つ、バンダナを額に巻いたニヤケ顔の男。


 2階フロアの真っ只中で行われる戦闘はバンダナ男の方が優勢であった。


「中々やるじゃねぇか、通りすがりさんよぉ!」

「こういうのは得意分野じゃないんだ……よっ!」


 長髪の男の名前は『カイン』、今回はヴィータと共にスフィとアリスの護衛として陰ながら同行していた騎士のひとりである。


「ひとりで置いていかれちまったなぁ」


 戦闘狂の気でもあるのか、バンダナ男は白氷によって堅く閉ざされた3階への階段を見ながらカインを煽る。


「あぁ、ありがたいことだ」


 しかしカインはといえば、内心では心底安心していた。

 彼の能力を考えれば、陰から援護することの方が向いている。


 あろうことか一番守らなければいけない人物が率先して前線に出た時は、何度も死線を潜り抜けたことがある彼をして胃に穴が空くかと思ったくらいだ。

 今のように脇目も振らず遁走してくれる事がどれだけ楽か。


「ダメだ、上の階へ上がれない……!」

「仕方ないっす、騎士団が来る前に何とかあいつを……!」


 氷を破ろうとしていた西方人たち、恐らくこの事件の主犯たちが肩で息をしながら手を止めた。

 仮にも雪の精霊神が作り上げた、解けない雪を押し固めて作られた白氷の壁だ。

 これを正面から打ち破る事が出来る人間はそうそう居ないだろう。

 おかげでカインとしても安心して目の前に厄介な敵へと集中する事ができた。


「とはいえ……!」


 バンダナ男は砂漠の民。

 足場の悪い場所と厳しい気候で培われた、いわゆる素肌剣術を得意としている。

 速さと柔軟さに長けた砂漠の剣術はカインからしてもやりづらい相手だ。


「なかなかの獲物だったがなぁ、名残惜しいがさっさと片付けるか」


 他の者たちの動きを見ながら、バンダナ男が距離を取りながら手すりに飛び乗る。

 腰だめに曲刀を握る構えは突進系の武技を発動するためのものだ。

 

「(こういうのはフォレスやヴィータなんだよな、担当逆にしときゃよかった)」


 妹姫アリスは勘が鋭い。特に自分に向けられる視線には恐ろしいほど敏感だ。

 まるで四六時中監視されていたのか、あるいは暗殺者に狙われる生活でもしていたのかと疑うほどに。

 どう隠れようと紛れようと即座にカインを捕捉できていたくらいだ。

 気配を消すのが得意ではないヴィータたちが追えば気が散って心が休まらないだろう。

 

 カインはため息混じりにダガーを左手に持ち替え、ジャケットの内側へと右手を忍ばせる。愚痴っていても仕事は終わらない。


「まぁまぁ楽しかったぜ、『デザートムーン』!」


 手すりから凄まじい速度で飛び出したバンダナ男が、三日月を描くような剣閃を放つ。

 常人ならば反応できないほど速度の剣を、しかしカインは身をかがめながらあっさりと回避する。


「!?」


 空振りする形になった男は階段脇の通路を数メートルほど駆け抜けてからようやく止まる。

 回避したカインの動きは、先程までの戦闘で見せていたものとは比較にならない速さだった。


「手ぇ抜いてやがったか!?」


 避けてはいけない状況ではなくなった。もとより避けるだけなら難しくはなかったのだ。

 仕留められると力量差を勘違いしたバンダナ男が体勢を立て直す前に、カインはジャケットから1本の細い短剣を引き抜いた。


 芸術品のような細工が施された、刺突用で細長く、陶磁器のような質感をした短剣。


「――いななけ、ベレスラグナ」


 武技の反動からようやく立ち直りつつバンダナ男がカインを振り返りながら、飛んでくるであろう短剣を弾こうと剣を振った。

 短剣は光を放ちながら距離が進むほどに加速し、眩い光を増していく。


「ぐ……がああああ!?」


 振るわれた曲刀の軌道は正確に短剣を捉えていた。

 しかし細い短剣はその繊細な姿に見合わない威力で、いとも容易く曲刀の刀身を砕きながら男の胴体を貫く。

 肉を裂き骨を砕きバンダナ男の背中から飛び出た光は、更に加速しながら見えなくなるギリギリまでの距離に光の軌跡を残した。


 雇った傭兵団の主力だった男があっさりと絶命して倒れ伏す姿を見て、加勢しようと機会を伺っていた他の者たちは凍りつく。


「……まぁ事情はわからんでもないが。人様の国で暴れておいて、全員生きて帰れるとか思わないでくれよ?」


 光が消えると同時に手元に戻っていた短剣を手の中で弄びながら、カインはこちらを注視する他の男たちに圧を放った。


「こう見えても離れた敵を撃つのは得意でね、逃げても無駄だからそこんとこよろしく」


 投げてから距離が離れるほどに威力と速度が増す投げナイフのアーティファクト『ベレスラグナ』。

 国家が保有するアーティファクトのひとつを預けられている彼は、夜梟の"穿貫せんかん"と恐れられる名うての狙撃手である。

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