├一方そのころ

 時間は少し遡る。

 アリスたちが教員に連れられて外へ食事に出た少し後、生徒たちは教員に連れられて宿泊棟に移動していた。

 アクアルーンの宿泊棟は5階建ての建築物で、今回は3階以降の部屋を王立学院一行が使うことになっている。

 スフィたちはといえば、自分たちに割り当てられた4階の一室でのんびりと過ごしていたのだった。


「なかなかに美味だったのじゃ」

「美味かったけど、量がちょっと少なかったにゃ」

「それはそうかもー」


 話題は食事の感想から、食後のちょっとしたやり取りまで。


「先生たちちょっとバタバタしてたよね、どうしたのかな」

「なんかトラブルでもあったにゃ?」

「あ、アリスが先生たちとでかけたからそのせいじゃないかなぁ?」


 食事の終わり頃、アリスが教員のテーブルに向かうのをスフィは目ざとく見付けていた。

 あえて突っ込むことはしなかったが、何かあったと予想するのは簡単だ。

 正直気になったスフィだが、そこはぐぐっと我慢した。

 自分にも自分の生活スタイルがあるように、妹にも自分の生活スタイルがある。

 分かれて行動するのが当たり前になったことでそれを理解してきた。


 これはきっと姉を頼らなくてもいい出来事なのだと、飛び出したいのを我慢した。

 視線だけはずっと妹の行動を追いかけていたが。


「そういえばDクラスのやつらをフォレス先生とあの影の薄い先生が先導していたにゃ」

「教頭先生だよ、ノーチェちゃん」


 突発的なトラブルに巻き込まれたのがクラス屈指の問題児が集まるグループだったのもあって、担任含めた3人全員が同行してしまったのだ。

 その代理として、教頭と何故かSクラスのフォレスが生徒たちの誘導を行っていた。

 何の問題も起きなかったあたり、流石エリート校の生徒である。


 かくして各児童は宿泊室に振り分けられたが、寝るにはまだまだ早い時間。

 生徒たちは慣れない場所での夜を思い思いに過ごしていた。


「アリスそろそろ戻ってきたかな」

「先生たちと何しにいったか次第だろうにゃ」

「そうじゃな……ぬ、水差しが空っぽなのじゃ」

「あ、私お水貰ってくるね」


 会話の最中、シャオが備え付けの水差しが空っぽになっていることに気づき、フィリアが動いた。


「ひとりで大丈夫にゃ?」

「大丈夫だよ、お手洗いも済ませてくるから少し遅くなるかも」

「あ、わしもそれなら一緒に行くのじゃ」

「ふたりともお願いねー」


 水差しを抱えたフィリアとシャオが部屋を出ると、独特の匂いがする広い廊下に出た。

 宿泊棟は王立学院と同じく古い建物をベースに作られた施設。

 温泉などのある娯楽棟が新造された部分で、宿泊棟が古い建築物を改装した部分だ。

 かつては城か、はたまた館だったのか、歴史と趣のある建物の廊下をフィリアたちは歩いていく。


「……なんだか出そうなのじゃ」

「シャオちゃん、やめてよ」


 柔らかい光を放つ錬金灯の照らす廊下は本来は外から光を取り入れる作りになっており、夜になるとどこか暗く不気味な雰囲気を醸し出していた。

 それもあって怖がるフィリアを見て、シャオの中にあるマウンティング癖がむくむくと大きくなっていく。


「くくく、ほうれ、あのちょうど光の入らぬ階段のあたりから」

「やめてってば、怒るよ!」


 にやぁっと笑いながら早足でフィリアを追い抜いたシャオが、柱の影になって見えにくい階段の手前で立ち止まる。


「恐ろしい魔物がぬるぅっと……」


 わざと悲鳴をあげようと口元をにやけさせながら階段を覗き込んだシャオは……。

 その影に倒れこんでいた、血まみれで絶命している魔獣と至近距離で目があうことになったのだった。


「のじゃああああああああああああああああ!?」

「ひやあああああああ!?」



「ひっく、ひっく……」

「シャオ、おまえ一体どういう"引き"してるにゃ」

「フィリア、シャオのことおねがいね」

「うん、行こうねシャオちゃん」

「うぅ……ぐすっ、ひっく」


 悲鳴に気付いて部屋から出てきた生徒たちがざわつく中、シャオはフィリアによって部屋に連れられていく。

 水を貰いに行くついでに何の用事を済ませるつもりだったのかを考えれば、極力触れないでいることが優しさだった。


「それにしてもなぜこんなところに魔獣が? 狼のようだが……刀傷が死因か?」


 少女の悲鳴に真っ先に駆け付けてきたのはルークともうひとり。


「サンドウルフのようだな、確か西方の砂漠地帯に住む魔獣で砂に潜る能力を持っているはずだ。砂漠の騎馬民族が使役するらしいが……。ひとまずみな部屋に戻れ、俺たちは先生に報告してくる、指示が出るまで鍵をかけているんだ、いいな?」


 Bクラスの男子、ローディアス・リーブラ。

 スフィたちを見て若干気まずそうにしながらも、現場を見て怯える生徒たちを落ち着かせていた。


「すんすん……ちょっとだけ血の匂いがするような、しないような?」

「階段に引きずったような後があるにゃ、つーか近くに来るまで気づかなかったにゃ」


 戦闘があったにしては不思議なことに下から音はしないし、まだ乾いていない血があるのにも関わらずスフィが嗅ぎ取れないほど匂いも弱い。


「……俺は3階に行って先生たちに伝えようと思う」

「あたしもいくにゃ、武器もないんだし危ないにゃ」

「もちろんスフィも!」


 ひとりで行こうとするローディアスをノーチェが止めた。

 流石に武器の持ち込みは許可されなかったため、手ぶらである。

 ローディアスに思うところはあれど、それを理由に見殺しにはしたくなかった。


「待ってくれ、俺ももちろん同行するよ」


 足手まといになるのではと葛藤しつつ、ルークも同行の意思を示す。


 5階はSクラス、4階はAクラスとBクラス。3階はCクラスとDクラス……そして教員たちがそれぞれ部屋を使っている。

 戦闘に長けた人材はSクラスとDクラスに多く分布しているため、4階で戦えるメンバーが意外と少ない。


 こうして出来上がった少しちぐはぐな4人組が、揃って異常の起きているひとつ下の階に向かうことになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る