虜囚
かくして食堂に逃げ込んでバリケードを作ったぼくたち。
ようやく一息ついた矢先、なんと不思議なことが起こった。
「ねーみんなー、ここに隠しつうろみつけたー」
「……アリスちゃん、なんか」
「びっくりするくらい棒読みだな」
ぼくのあまりにも自然すぎる発声にポキアとロドがバグってしまったようだ。
取り敢えず全員を呼んで、不思議なことに食堂の隅で見つかった隠し通路の前に集める。
「外に繋がってるみたい」
「いや何でこんな所に……って本当に繋がってるのか、どうなっているんだ? 何かの罠……にしては不自然すぎる」
「さっき微かに魔力が動いたような気がしたんですけど……一体どうして」
不思議なこともあるものだ。
なんか壁材が無駄に錬金術対策してあって苦労したけど、無事に外に繋げられた。
「ここから出てその人達を外に逃がして、ぼくは宿泊棟へ行って他の人達と合流したい」
「いや、出られるなら君たちも避難するんだ。我々には君たちを守る義務がある」
ウィルバート先生が真面目な教師ぶりを発揮してぼくの動きを制限してくる……!
とはいえ先生も仕事だ、仕方ない。
「宿泊棟へ行くのは危険だ、許可出来ない。一緒に避難するんだ」
「……わかった。先生が先導して」
「わかってくれて嬉しいよ、私が先に出て様子を見てくる」
「ウィルバート先生、たぶんアリスさんは隙を見て抜ける気ですよ」
「!?」
うまく行きそうだったのに、思わず口を挟んできたウィクルリクス先生を見る。
残念な生き物を見る目でぼくを見た後、森人の先生は憂い顔でため息をついた。
「ホランド先生からアリスさんは自身の安全を度外視する傾向があると言われているでしょう? 説得の時間が惜しいから従うふりをして抜け出そうとしているんですよ」
「……アリス君?」
「言いがかり」
毅然とした態度でウィクルリクス先生の言葉を否定し、堂々と仁王立ちをする。
「先生の誘導にはちゃんと従う、信じて」
「……ウィクルリクス先生、アリス君をお願いします」
「わかりました」
「エ」
ウィクルリクス先生がローブの長い袖口からぼとりと緑色の塊を落とす。
塊がばらけながら蔦を広げていく、まさか魔術生物?
魔術生物とは高位の魔術師が魔術を使って作り出す使い魔のようなものだ。
錬金術師が研究していた疑似生命を作り出す技術を応用したもので、生物という名前はついているがより性質としてはゴーレムに近い。
なんて興味を持って観察している間に、ぼくを囲んだ蔦が身体を縛り上げていた。
おのれエルフの魔術師……!
「縛るのは酷い」
「グーグ、揺らさないように丁重に運んで下さい」
「シラタマ助けて」
「チュピ……」
助けを求めた頼れる相棒は、アリスの安全が一番大事だと目をそらした。
うらぎりものめぇ。
「フカヒレ!」
「シャアー!」
嬉しそうに『カニなの』って報告してる場合じゃないんだよ、居ない間に何があったの!
「おのれ……」
「その反応ということはやっぱり抜け出す気だったんだね……はぁ」
魔術生物はウィクルリクス先生の魔力で満たされている、ぼくの錬成も通じない。
当然断ち切れる腕力もないし、味方のはずの精霊は裏切り者とサメだ。
一度縛られてしまえばもはや抵抗もできず、ぼくは哀れ虜囚となって運ばれてしまうのだった。
■
人員はそこまで居なかったらしい。
裏口に残っていた見張りをウィクルリクス先生が遠くから魔術で無力化し、無事に脱出できた。
その後は普通に近くの警邏騎士団詰め所へと駆け込み事態を知らせた後、ぼくたち子供組は毛布に包まって詰め所の一室で丸くなっていた。
「…………はぁ」
「チュルルルピピ」
風に当たって少し頭が冷えた。
旅の山場を越えて気が抜けたせいか、ちょっと子供っぽくなっていた気がする。
それ自体は悪いことではないんだけど……確かにあの状況で宿泊棟に突貫するのは無茶だった。
「チュピピ チュルルル」
「わかってるって」
無茶をしそうなら止めるのが当然だ。助かったってことにしておきたい。
とはいえ、手持ち無沙汰になると落ち着かない。
「俺たちだって戦えるのになー」
「なー」
「いや、馬鹿だろ。無理だってあいつ強かったじゃん」
「ちょっと痛かっただけだ! まだ戦える!」
すっかり終わった感覚になっているのか、男児組は呑気だ。
まぁ警邏騎士団が出ていった以上、ぼくたちに出来ることはなにもない。
究極的には寝ちゃえばいいのかもしれないけど、戦闘の興奮もあって寝付けない。
「みんな大丈夫かな」
「怪我してないといいけど……」
「だねぇ」
ぼくはポキアとプレッツの女児組に混ざっていて、なんとも居心地の悪い思いをしながら毛布の中で丸くなる。
男児エリアと女児エリアは仕切り板で分けられているから、余計に微妙な気持ちになる。
うぅ、スフィたちが居てくれたら……。
「アリスちゃんは……大丈夫?」
「雪の精霊様と一緒に飛び出した時はびっくりしたけど」
少しの沈黙のあと、恐る恐るといった様子でポキアたちが話しかけてきた。
実を言うとポキアたち獣人の女児組とはあまり接点がない。
遠慮なく話せる男児組と、遠慮なく話しかけて来るマリークレアたちとばかり仲良くなっている。気まずいのもその影響が大きい。
なんていうか、ふたりとも普通の女の子って感じで話題に困る。
でも、悪い子じゃない。
「……うん、ごはん無くなってイライラしてて、一発かまさないと気がすまなかった。心配してくれてありがとう」
「ううん、その、アリスちゃんもそういうところあるんだね」
「いつもクールな感じだから、ちょっと意外だった」
スフィたちとは全く違う感想に、外からはそう見えていたのかという気持ちになる。
最近だと何やっても「変な子」扱いで流されがちだからちょっと新鮮。
「自分でいうのもなんだけど結構感情的だし、ノリといきおいで動いてる」
「あ、それはちょっとわかるかも」
「ブラッドくんと話してる時とか、そんな感じだもんね」
それから、落ち着いたように笑うポキアたちとしばらく談笑した。
この状況でこんなにのんびりしていてもいいのかと思ったけど……子供の立場としてはそんなもんで良かったのかもしれない。
あとはスフィたちが無事に戻ってきてくれれば言う事なしだ。
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