撤退撤退

「いかな理由があるとてここは我が国でそのような狼藉を見過ごす訳にはいかない! 何よりもここには今、子供たちがいるのだぞ! 何も関係ない子供を巻き込むことが必要な犠牲とでも言うつもりか!?」

「奴は明日には中央の大使館へ戻ってしまう、確実に討つチャンスは今夜しかなかったんだ! 幼子を巻き込むことは本意ではない、やつを討ち次第すぐに立ち去る、見逃してくれ!」

「見逃すなど出来るわけがないだろう! どんな理由があろうと貴様らは犯罪者だ!」

「違う!」

「違わない!」

 議論を続けても平行線でしかない、この後に及んで警備兵が出てこないあたり制圧されたかもしくは……。


「問答してたって埒が明かねぇよ」

 不毛な論争の最中、黙っていたバンダナの男が口を開く。

 それだけで空気が変わった。

「無関係な人間を巻き込まない……なんて甘いんだよお前らは。目の前で何人か殺せば残った奴らも静かになる、そっちのほうが早いだろう」

 散歩に行ってくるとでも言わんばかりの軽さで言った男は、わずかに身体を屈めて飛び上がる。

「待てっ! 犠牲は最小限にと!」

 たったそれだけの動作で1階から2階まで一息で飛び上がった男は、器用にも落下防止の手すりに降り立つ。

 身体強化を使いこなしてる普人、これだけでも並の使い手じゃないことがわかる。


「なぁ、そうだろうお前たち」

「全員下がれえっ!!」

 男が曲刀を振るう直前、ウィルバート先生が剣を盾にしながら前に出た。

 両手で構えた長剣で攻撃を受け止めると、金属の衝突音が響く。

 ウィルバート先生の周囲を漂っていた緑色の光が破裂し、先生は大きく弾き飛ばされた。

「……魔術師がいるな?」

「――!」

「こっちはいい! 先生はそっちを守って」

 戦えない生徒とスタッフの近くに居たウィクルリクス先生が杖を構えて前に出ようとするのを止める。

 

「ジュルルル」

「おっと」

 シラタマがいきなり背中でぼくを押しながら後ろ向きに飛んだ。

 咄嗟にシラタマの羽毛をつかんでしがみつく。

 いきなり飛ばれるとは思わなかった……。


 身体をずらして前方を見ると、結構な勢いで飛ばされる大量の雪玉を切り払うバンダナ男の姿が見えた。

 飽和攻撃を受けつつも、男にはまだまだ余裕が見えた。

 乱れ飛ぶ雪に紛れるように地面スレスレから影が迫る。ブラッドだ。

「うおらぁ!!」

「威勢がいいなぁ、斬り甲斐がある!」

 不意打ちにも関わらず、バンダナ男は危なげ無くブラッドの剣を受け止めた。

 間髪入れずブラッドのわき腹に蹴りが入る。

「うぎゅぅっ……!」

 かなりの衝撃だったのか、ブラッドが苦悶の声をあげながら床を転がっていく。

「かってぇ……ただの獣人じゃねぇな」

 わき腹を押さえながら何とか体勢を立て直すブラッドを見て、男はこれみよがしに顔をしかめた。

「ブラッド!」

「くるなウィグ!」

 助けようとするウィグをブラッドが止めた。

 おかげで隙が出来た。一瞬の隙にシラタマが大きな白い氷柱を放つ。

「チィッ!」

 流石に雪玉と違って氷柱は切れないのか、舌打ちしながら男が飛んで避けた。

「ヂュルルルル!」

「なっ!?」

 手すりの部分を砕きながら飛んでいった氷柱、空中で破裂した。

 大量の細かい白氷の針がこちら側に向かって飛んでくる。

「ちょ」

 初めて見た技にちょっとびびる。ぼくも知らない技をいきなり実戦投入しないで。

 バンダナ男は身体を庇いながら手すりの影に隠れ、ブラッドたちは悲鳴を上げながらその場を飛び退いた。

 ウィクルリクス先生は最初の段階で張った結界で防いでいるのでセーフ。

 ぼくたちにぶつかりそうな氷は全部シラタマが受け止めて回収している。エコ仕様か。

 下の方から悲鳴が聞こえてくるので何人か巻き込まれたようだ。

「そっちもそっちでただの魔獣じゃねぇか、お前らが一番厄介みたいだな」

 攻撃は良かったけど、男のヘイトがこっちに向いてしまったのは失敗だ。

 

「戦わずに逃げなさい!」

 ウィルバート先生とウィクルリクス先生の声がかぶる。

「許してくれる相手と状況じゃない」

 逃げるだけなら簡単だけど、できることなら戦える味方が一定数居るうちに撃退を目指した方がいい。

 というか、ぼくの攻撃手段的に強力なやつほど壁を貫通するからどこに味方がいるかわからない状態じゃ使えないのだ。

 ひとりで逃げたら切れる手札が少なくなる。

「ヂュルルルル!」

「クッ!」

 降り注ぐ氷の針の中、追加で放たれる氷柱。

 バンダナ男は大きく転がってそれを避けながら、剣でいなして壁に隠れるように体勢を立て直す。

 戦場慣れした傭兵だろうか、投射系の攻撃に慣れてるなこいつ。

「ん?」

 何とも言えず膠着状態に陥っている時、店の影からひとりの男が姿を現した。

「はぁぁ……休暇中に勘弁してほしいんだけどさぁ」

 自然な動きで歩きながら、ぼくと男の間で足を止める。

 ここにきてからたびたび近くで見かけていた軽そうな男の人だ。

 彼も一度外に出たからか、一般的な冒険者っぽい服装に着替えている。

 口調は自然に聞こえるけど、昼間会った時と比べて抑揚が鈍いので建前かもしれない。

 居るのには気付いていたけど、こんな表立って動くとは思っていなかった。

「お前らほんと、人様の国でいい加減にしてくれよ?」

 あ、こっちは本音っぽい。

「誰だ、どこに隠れていた」

 推定こっちの助っ人の登場に余裕ぶっていたバンダナ男の気配が変わる。

「休暇中に巻き込まれただけの、通りすがりの冒険者だよ」

「ただの冒険者……ねえっ!」

 バンダナ男が腕を振るうと、袖口から短い鏃のようなものが飛び出てくる。

「――うおっ!」

 助っ人さんは動揺したように一瞬ビクンと身体を震わせると、慌てた様子で腰の鞘からダガーを引き抜いて鏃を叩き落とした。

「あぶねぇ……避けるとこだった」

 ぽつりと聞こえた声で、ぼくが後ろに居るせいで思うように動けないのだと気付く。

「ちっ、そこの先生さん動けるか? こいつらは俺が押さえるからさっさと逃げてくれ!」

 助っ人さんはダガーを片手にバンダナ男に斬りかかり、戦闘が始まった。

 敵もまた強者らしく助っ人さんの攻撃をうまく捌き、攻防としては一進一退に見える。

「ぐ、う……逃げると言っても……」

「こいつらは『砂漠の狐』っていう性質の悪い傭兵団だ、金次第で犯罪も行うゴミクズ共だよ。そんな奴らだから人数は多くない、出入口の少ない部屋にバリケードでも作っときゃ突破することはしねぇだろうさ。そっちの奴らの目的からしても自分から閉じこもるなら追わないはずだ」

「しかし……」

「教師ならまずは生徒の安全だけ考えな! さぁ急げ!」

「く、ウィクルリクス先生! 先導を頼みます! 私が殿をする、みんなはウィクルリクス先生についていくんだ!」

 何とか身体を起こしたウィルバート先生の声かけに応じて、ウィクルリクス先生が3階へ続く階段を駆け上る。

「皆さんこちらに! 食堂に籠ります!」

「お、おお!」

 他の生徒たちとスタッフの人達も続いて階段を上がっていった。

「お前ら好きにさせるんじゃねぇ、自由にさせて外に助けを呼ばれたりしたら団長にどやされるぞ!」

「あ、ま、待て!」

 1階に居た連中も階段も上がってくる音がする。

 途中で何かが倒れる音がして、悲鳴が上がった。

「うわぁぁ!?」

「なんだ!? ヒレ? サメ!?」

「サメだぁ!」

「なんでサメが地面を泳いでるんだよ!!」

 ちょうど階段が見えないけど、見事にパニックに陥ったようだ。

 誰かが階段落ちでもしたのか転がっていくのが見える。

「シャアアアア!」

「フカヒレ、どこ行ってたの」

 さっき敵側を引きずっていったフカヒレが戻ってきたようだ。

 取り敢えず戦力が増えて助かった。

「ブラッド、ウィグもはやく上がって!」

「アリスはどうするんだ!?」

「ぼくたちは最後、フカヒレきて!」

「シャー」

 ブラッドとウィグに続いてぼくたちも階段を上る。

 飛ぶとさっきの鏃を撃たれる恐れがあるのであくまで地上移動だ。

「ウィルバート先生急いで」

「アリス君たちも上に……」

「やることやってから行く。シラタマ、アイスウォール!」

「ヂュリリリ!」

 ウィルバート先生が近くまで来たところで巨大な白い氷壁が地面からせり上がっていき、やがて階段を覆い隠した。

 ここ暫く溜め込んでた冷気をかなり消費してしまったけど、これで簡単には上ってこれなくなったはずだ。

「なんと……しかし彼は」

「あの人ならたぶん大丈夫、先生行こう」

「……わかった」

 ぼくが近くに居ないほうが自由に動けるだろう。

 下手に近くにいたらあの人も逃げるに逃げられない。

 そんなわけで、ぼくたちは食堂へと取って返すことになってしまったのだった。

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