よそでやれ(半ギレ)

「おいおい、逃げ出してんじゃねぇか」

 食堂から出て階段を降りる途中、階段をあがってくる途中の妙なやつらと遭遇した。

 頭にターバンを巻いた西方系の顔立ちの男と、ぐるぐる巻きの布で顔を隠した小柄なおっさん。 

 あの布は西方北部にある砂漠の騎馬民族のものだった気がする……傭兵国家の人間か。

「すん……おい、魔獣が隠れてるぞ」

「ああ、お前ら気をつけろ!」

 ブラッドが鼻を鳴らすなり叫び、ウィグが応じる。

 たしかに匂いを嗅ぐと空間に獣臭さが混じっているな。

「半獣ってのは本当厄介だな……ま、今警邏を呼ばれたら困るんでな、大人しくしてるなら殺しはしねぇよ」

「獣は大人しく人に従っていればいい」

 ターバンの男がこれみよがしに曲刀を肩に乗せ、ぐるぐる巻きの男が不愉快そうな声色で吐き捨てる。

 ちらりと見えるタグは……Dランクの冒険者か。

「立派な犯罪行為、最低でも鉱山送りじゃないの?」

「バレちまえば、な?」

「雇われてここにきた、雇い主は施設の関係者、逃げ出す算段あり……ってこと?」

 仮にも冒険者が主体的にこんなテロを行うとは思えない。

 だけど金で何でもする連中はいる。そういうやつが手を貸すのは十分な勝算があるからだ。

 反応からみてもぼく狙いではなさそうだ。

「他の客はどうした?」

 ウィルバート先生が武器を構えながら聞くけれど、ちょっと腰が引けてる。

 ぼくの見立てだとタイマンでも互角か先生がちょっと不利って感じ?

 相手は対人戦に慣れてる気配がある。

「宿泊棟で大人しくしてもらってるよ、金があって羨ましいことだ。出来ることならそっちのガキどもを西に持って行きたいところなんだがなぁ」

「生徒たちに手出しはさせん……」

 頑張ってはいるけど流石にひとりじゃ厳しそうだ。

 仕方ないのでウィルバート先生よりも一歩前に出る。

「アリス君、何をしているんだ! 下がりなさい!」

「ダメです、戻って下さい!」

「アリスちゃん何してるの!? 危ないよ!」

 因みにぼくは料理を台無しにされたことを一切許していない。

 目の前の相手が元凶側のメンバーだっていうなら尚更だ。

「なんだ、降伏するか?」

「獣の本分を理解したか」

「――温泉にもさ、サメって出るんだよね」

「は? 何言って……」

「シャアアアアア!!」

「うおおおおおおおあああああ!?」

 ぼくの合図に合わせて、床に潜っていたフカヒレがターバン男の脚に噛み付き、そのまま階段下へと引きずっていった。

 引きずられる音と悲鳴が遠ざかっていく。

「なんだ!? 何のまじゅッ」

 引きずられていく男に目をやったもう1人のミイラ男の側頭部に、拳より少し大きい氷の塊がぶつけられた。

 戦闘中によそ見をするからそうなる。

「ナイスピッチ」

「チュピピ」

 なおウィルバート先生もウィクルリクス先生も、ブラッドたちですらついてこれていない。

 こういう時ノーチェたちやハリード錬師なら簡単な合図で合わせてくれるんだけど……ないものねだりをしても仕方ないか。

 幸いにもこの程度なら何とでもなりそうだ。

「ぐ、ぐおお……」

「シラタマ、狐わからせ棒」

 よろけつつ階段から転げ落ちないように踏ん張る男に向かって、階段上から飛び降りる。

 空中で手の中に作り出された氷の棒……持ち手より上が太くてトゲのある金砕棒と呼ばれるタイプの武器を振りかぶる。

「せいっ」

「ぬおお!!」

 避けられた。

 自分から階段を転がり落ちる形で男はぼくの攻撃を回避し、空振りした金砕棒は階段にぶつかってゴツンと音を立てる。

「うっ」

 武器の重さと衝撃で腕が痺れる……。

 これ面白がって作ったけど実際に使ったことはなかった。

 いきなりの実戦投入は無茶だったね。

「ぐううぅぅ……や、やれっ!」

 2階のフロアに体を打ちつけた男が叫ぶなり、階下に潜んでいた魔獣がこっちに向かって駆け上ってきた。

 砂色の毛並みの狼のような魔獣、サンドウルフか。

「もう完全にテロ組織じゃん……」

 こんな魔獣を連れ込めるとか絶対内部に協力者入り込んでるじゃん。外国のテロ組織が跋扈してるじゃん。

 夜梟騎士団ナイトオウルさぁ……。


 階段を駆け上がってくる狼たちに向かってシラタマが頭の上からぴょんと飛び降り、フルサイズに戻りつつ飛び蹴りを見舞う。

「ギャンッ!!」

「なっ!?」

「…………」

 問題なく撃退したわけだけど、シラタマが蹴りを入れる前に違う風切り音がした気がした。

「ば、馬鹿な、大きさが変わった!? なんだその魔獣は!」

「ヂュリリリ!」

 魔獣呼ばわりされたのが気に触ったのか、不機嫌そうな鳴き声をだしながらシラタマが翼を振るう。

「な、あああああアアアア!?」

 すぐさま生み出された大きな雪の塊がミイラ男に勢いよく叩きつけられた。

 雪にまみれた男は動かない。

 警戒しながら階段を降りる……一応気絶してるだけで生きてるな、咄嗟にかばった腕が変な方向に曲がってるけど。

「おいアリス、大丈夫か!?」

「勝手にいくなよ!」

 すぐに追いついてきたのはブラッドとウィグだった。少し遅れてウィルバート先生が降りてくる。

「大丈夫……それより他に魔獣が居るかもしれない」

 シラタマに蹴り飛ばされただけで動かなくなった狼を見ると、首元に黒い鉄串のようなものが刺さっている。

 正確に急所に突き刺さってる。

 引き抜いてみると先端に細い溝があった、毒用の暗器っぽい。

 匂いからして毒は塗られていなさそうだけど、助太刀……かな?。

「アリス、なんだそれ」

「さぁ? 取り敢えずここを出よう」

 みんなも心配だけど、ノーチェたちなら自分の身を守る事くらいはできるだろう。

 串をその場に放り捨て、服を直して先生を振り返る。

「先生、行こう」

「……いや、警備が動いていないのはおかしい」

 ウィルバート先生に移動しようと告げると、先生は険しい顔で階段を降りてきた。

 確かに未だに警備兵の動きが見えない。

 ……あぁ、門番もあっち側の可能性があるってことか。

「何とかして外に連絡を取りたいんだが」

「手はなくもないけど……フカヒレー! フカー! もどっておいでー!」

 人知れず外に出る方法、外に手紙を届ける方法。

 それをぼくは持っている。

 なので一番ベターな方法として地中を泳げるフカヒレを呼んだ。

 ぼくの側を離れるのを嫌がるフカヒレでも短時間のお使いなら平気だろうと思ったんだけど……戻ってこないなぁ。

「どこまで行ったんだろうあの子」

 あの男を引きずったままどこかへ行ってしまったようだ。

「……ワラビとブラウニーは壁抜け出来ないしなぁ」

 ブラウニーは壁抜けというか壁抜き工事だ、ぼくが錬成でやったほうが静かで速い。

「シラタマは」

「ヂュルルル」

 ぼくの安全が最優先だと拒否されてしまう。正論過ぎて言い返せない。


「あの子も魔獣使いなのか?」

「おっきい小鳥……可愛い……」

 何やら上から聞こえてくるけど、精霊や魔獣に詳しくないと魔獣に見えてしまうようだ。

 逆に魔獣使いですと言い張ったほうが便利かもしれない。

「いたたたた」

 そんな考えがシラタマに伝わったのか、大きな顔が近づいてきていつもぴょんと跳ね出る二束のくせっ毛を引っ張られる。

 わかった、やらないからやめて!

 少し痛いくらいだから滅茶苦茶手加減されてるんだろうけど痛いものは痛い。

 ほんとに遠慮がなくなってきたな。

「この際、多少強行突破でも外に出て人を呼んだほうがいいと思う」

「しかし……」

「それに、良くない状況」

「え?」

 2階のフロアで先生と問答している間にたくさんの足音が近づいてくる。

「誰かくる、たくさん」

「警備兵か?」

「わからない」

 2階フロアからは1階を見下ろせる。

 程なくして出入り口に繋がる扉が開き、武装した多数の人間がフロアに入ってきて1階に陣取る。

 ええと……10人はいる、全員が西方系の顔立ちだ。見覚えはないけど既視感のある顔立ちも複数を混じってる。

「なんでまだ客が居るんだ! レッゲとナックはどうした!?」

「……やられたんだろうな」

 20代後半くらいに見える男が声をあげると、その横に立つバンダナの男が曲刀を抜いたのが見えた。

 やばいな、背筋が粟立つ。

 こいつかなり強い。

「くそ……聞こえるか! 頼むから大人しくしていてくれ、邪魔さえしなければ危害は加えない!」

「……信用できねー」

「お前たちは何者だ、なぜこのようなことをする! 何が目的だ!」

 ウィルバート先生が深く息を吸いながら声を張って前に出た。

「我々の目的はここに居るハーニッツ伯爵の甥とその一味を討つことだ! この日のために1年以上をかけて準備してきた! 失った物も少なくない、我々は引き下がる事はできないんだ、これは正義のためなんだ! 邪魔をしないでくれ!」

「正義だと!? 貴様らアルヴェリアの民ではないだろう! 他国の、それも関係のない人間に危害を加えておいて正義を語るか!」

「正義のための犠牲だ、仕方ないことなんだ! あの悪逆非道の貴族を討たねば、死んでいったものたちが浮かばれない! この先も犠牲者が増え続けるだろう!」


 ……ええと。

「ハーニッツ伯爵の何とかって心当たりある人いる?」

「数日前からここにお泊りになられているラウド王国のお貴族様ですよ。毎年ここにペット連れで来るんです」

「滅茶苦茶ワガママだわすぐに貴族の権力振りかざすわで毎年みんなうんざりしてたんだ、昼過ぎにあった脱走騒動の猿の飼い主だよ」

 スタッフの人達の話でなんか思い出してきた。

 確かにいたな、ペットが逃げたのどうこう騒いでた貴族。

 なんか見覚えがある顔立ちだなぁと思ってたら何人かはラウド王国の人間だったか。

 取り敢えず言いたいことがひとつ出来た。

「よそでやれよ」

 まさか他国の貴族を狙う揉め事に巻き込まれるとか思わないじゃん。

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