配下に恵まれない人

 なーにがおこっているのかなっと。

「外に出ていて良かったかもしれんな」

「武器回収出来たからね」

 基本的に武装のたぐいはフロントで預けることになっている。

 戦闘音に気付いて取って返した先生たちの手にはそれぞれの得物が握られていた。

 アレクサンダー先生は傷だらけの無骨なショートソード。

 ウィルバート先生はシンプルで綺麗なアーミングソード。

 ウィクルリクス先生は緑色の宝石がついた木製の短杖ワンド

「フロントの者達も何が起こったかわかっていないようだ」

「みなさんは私の後ろに居て下さい。必ず守ります」

 ウィクルリクス先生が小さな声で詠唱を行うと、緑色の光の玉がぼくたちの周囲に浮かんだ。

「これって?」

「衝撃に反応して防御壁を作る魔術です。何が起こっているかわかりませんから、ひとまず他の皆さんと合流しましょう」

「私が先導する、ウィルバート先生は殿を頼む」

「わかりました」

 アレクサンダー先生を前衛、ウィクルリクス先生が真ん中、ウィルバート先生が最後列を守る形で移動することになった。

「俺たち戦えるのに!」

「ぼくたちは防御に専念でいいでしょ、先生たちに任せよう」

「お、おう……?」

「さっきまでとは別人みたいだな」

 ウィグとロドが不思議そうな目で見てくるのは何でだ。

 お腹がすくと気が立ってくるのは当たり前だと思う。

「この時間なら既に宿泊棟に移動しているはずだが……」

 宿泊棟には1階の渡り廊下を通って行くことになるようだ。

 賑わっていた店はどこも閉店していて、すっかり灯りも落ちている。

 これ自体は時間的に当然といえば当然だ、日本みたいに24時間稼働する施設なんて存在しない。

 静まり返ったホールの中、遠くから微かに聞こえてくるのは叫び声と金属のぶつかる音。

「……なんか宿泊棟のほうから聞こえない?」

「いや、私の耳には……」

「たしかになんか聞こえるような聞こえないような」

 先生たちはわからないと言った様子で、同意してくれたのはブラッドだけだった。

 ここらへんは耳の良さの差か。

 ……まさかスフィ狙いの犯行とかじゃないよな?

 フォレス先生がいるけど、あの人は騎士としての実力はともかくとして、お忍び系の臨機応変な対応が苦手そうなんだよね。

 上手く理由をつけて側についていてくれるかちょっと不安。

 そういう意味ならハリード錬師のほうが安心できるんだけど、あの人は非常勤講師なんだよな……。

 残念ながら今回の参加者は各クラスの担任だけだ。


 あれ、そういえば。

「こんな時だけどさ」

「どうした?」

「食堂の席ってどうやって決まったの?」

 テーブルの配置は誰が決めたんだろうか。嫌がらせをしてくるような人間が口を挟む余地があったんだろうか。

「各クラスと体質、種族で分けたんだ。獣人や希少種族は食べられない食材もあるだろう? 全体の人数も多いからね、料理を間違って配膳しないようにひとつのテーブルにまとめてほしいと言われていたんだよ。まさかこんな事になるとは思わなかったが……」

「……なるほど」

「そ、そうだったんだ」

 ウィルバート先生の言葉で疑問が氷解した。

 たしかにその理由ならグループの分け方自体は不思議じゃない。

 大人数に同じ種類の料理を出すなら料理が入れ替わる危険性だってあるわけだし、ぼくも料理する人間として気持ちはわかる。


 食材への耐性に個体差はあるけど、危険な食べ物自体は共通だ。

 特にネギ類やにんにくは普人族用の食事には大体混じってくる獣人の天敵だし。

 このあたりは耐性があってもお腹を壊したり気分が悪くなることがある。

 ぶどうやワインも個体によっては不味いこともあるし、こちらも料理によく使われる。

 アレルギー持ちにせよ種族にせよ、分けた方がよりベターか

「うーん」

 厨房が代替料理とかを渋ったのはこのあたりも理由だったりする?

 その割には言葉が足りないような気がする、なんかまだ引っかかる。

 …………。

「ねぇ、ウィルバート先生とアレクサンダー先生って貴族だよね」

「え? あ、あぁ」

「何かあったのか?」

 ウィルバート先生は貴族家の出身って言っていたのを覚えてる。

 アレクサンダー先生は元紫炎騎士団の部隊長、男爵以上の家の出身だと思う。

 つまり完全な上流階級の人たちだ。

「今日のスタッフって正直どんな印象だった? 対応の良さとか、特に食事の時の」

「え? いや……」

「……まぁ、評判の割に随分と酷いものだとは思ったが」

「仮にも富裕層向けで有名な施設の、貴族を含む団体客を担当するスタッフが?」

 ぼくの言葉で、ふたりが顔を見合わせた。

 思えばトラブルが起きたのに責任者が出てこないのもおかしければ、代わりの食事を用意してこないのもおかしい。

 他の店にしたって、いくら時間外とはいえ施設管理者なら融通を利かせられるはずだ。

 空腹で気が立っていて考えが至っていなかったけれど、冷静に考えれば対応のすべてが不自然だった。

「言葉は悪いかもしれんが、所詮は庶民向けなのかと納得してしまっていた」

 アレクサンダー先生が困ったように言う。

 関わった面子のなかに"平民の富裕層"が居なかったせいか、標準対応と比較できていなかった。

 落ち着いて考えれば不自然なことでも、"所詮はこんなものか"と悪い意味で納得してしまったのだ。

「ごめん先生、ちょっと厨房に行きたい。たぶん3階だよね」

 裏で何かあったと考えるべきだろう、状況を確かめておきたい。

「あぁ、食堂の近くのはずだが……どうする?」

「安全が確保できていないので何とも言えませんが……」

「どうやら酔客の喧嘩のたぐいではなさそうだな。生徒たちを連れて動くべきではないかもしれん……ウィルバート先生とウィクルリクス先生は子どもたちを連れて館外へ出てほしい。私は宿泊棟を見てくるので、暫くして戻らなければそのまま警邏の詰め所へ」

「……わかりました、出来ればそのまま出たいところだけど」

「ぼくは確認に行く。気になったら止まらない」

「そんな気はしているよ……」

 はぁと息を吐いたウィルバート先生を伴い、ぼくたちは二手に分かれて行動することになった。



 片付けられた人の気配がない食堂を通り抜け、奥の扉から繋がる廊下を通って厨房を目指す。大食堂以外にも繋がっていて、この廊下を通して各部屋に給仕を行うようだ。

 身長に厨房に入ったところ……中には誰もいなかった。

 ただ灯りはついたままで、使用済みの調理器具も置かれたままだ。


「誰もいねぇじゃん」

 きょろきょろと厨房の中を見回したブラッドがつまらなそうに言う。

「……ありえない」

「何が?」

「調理器具がそのまま、ナイフも鍋もそのままにしとくと錆の原因になる」

 良い調理器具は多くが鉄製だ。

 食材を処理した時の塩分や水気が残ったまま放置するとそこから腐食する。

 何より片付けまで含めて料理である。

 高級施設で働くようなシェフが何もなく放置するとは思えない。


――!

――――!!


 あとおかしい点といえば、閉ざされている食材保管庫から声が聞こえるんだよなぁ……。

 おもむろに近づいていって服の下でいつものカンテラを灯す。

「錬成」

 影を纏わせた手で頑丈そうな鍵に触れて、無理矢理変形させて壊した。

「鍵開いてるのか?」

「アリス君、勝手に開けては」

「おそらく非常事態」

 嗜めるウィルバート先生を無視して扉を開けはな……。

 開け……開け……。

「ぜぇぜぇ……。ブラッド、ウィグ、手伝って」

「おう! 任せろ!」

「わかった!」

 パワー担当の男児ふたりを呼び寄せ、代わりに開けてもらう。

 全身獣な獣毛タイプの獣人男児は、この年齢でも成人男性を軽々持ち上げられるようなパワーがあるのだ。羨ましい。

 ついに開かれた食料貯蔵庫の中を、厨房に灯る魔道具の光が照らし出す。

「ムゥゥ――!!」

 中身は積まれた食材の箱と……床に転がされている手足を縛られたスタッフたち。

 もちろん猿轡もつけられている。

「なっ、大丈夫か!?」

 慌てたウィルバート先生が助けに駆け寄った。

 制服を見た感じ食堂関係のスタッフかな。何人かは下着みたいな状態になっている。

 中に給仕していたスタッフがいるかはわからない、覚えてない。

「何があったんだ、喋れるか?」

「ゲホっ……調理が終わる頃、突然一部のスタッフが俺たちを……」

「主任が怪我をしてるんです! 助けて下さい!」

 言われた方に視線を向けると、頭から血を流している壮年の男の人が目に入った。

 意識は無いみたいだ。

「あの人達を止めようとしたらいきなり殴られて、意識が戻らないんです!」

「なんてことだ……」

「ちょっと見せて」

 足早に近づいて男性の様子を見る。

 呼吸はあるけど脈拍はやや弱い、出血は……止まってるな。

 瞳孔もわかりやすい所見はないし嘔吐もしてない。

 他に変な音もしていない。

「気絶してるだけだと思うけど、頭を殴られてるからあまり動かさない方がいい」

「え、えっと……この子は?」

 あ、ぱっと見で錬金術師じゃない上に子供だから信用されてない。

 ……このメンバーにそのあたりカバーできる人居ないじゃん。

「うちの生徒です、ひとまずその方を連れてここを出ましょう。安全なところに心当たりはありますか?」

「一緒に働いていたスタッフが突然あんなことしたので……」

「施設の中がどうなっているのかまったくわからないです」

「……これは手に余るな。動ける人は手伝ってください、一度外に出ましょう」

 ウィルバート先生の号令に合わせて、殴られた人以外の全員が立ち上がる。

 縛られていた時間が短かったからか普通に動ける人ばかりで助かった。

 特に料理人は力がある人が多くて、主任と呼ばれた男性を抱えてくれた。

 あまり頭を動かさないでほしいけど、そんなこと言ってられる状況でもないか。

 一気に大所帯になったなぁ。


「……? これって」

 貯蔵庫から出て厨房を出ようとした矢先、床に転がる白い破片を見つけた。

 陶器の皿の一部?

「あぁ……主任が殴られて少し争いになってな。その時に料理が落ちちまったんだ。その時に割れた皿の破片だろうな」

 近くのゴミ箱を覗くと、床にぶちまけられたと思わしき料理が捨てられている。

 なるほどね、団体客の料理が揃うのを待って制圧。

 スタッフそっくり入れ替わって配膳対応……その時に料理が落ちて足りなくなったのを誤魔化したのか。

 時間的にはぼくたちが食堂に入る少し前?

 代替が用意出来なかった、しなかったのも料理人を制圧していたから。

 他の店に融通を求めに行かなかったのは騒動が露見する可能性を減らすためか。

 パンは純粋に在庫切れだったのかな。

 何が目的かしらないが……手間のかかることを!!


「おのれ……」

 なんで町中でこんな事件に巻き込まれてるんだ。

 もう個人が何とかできる規模の行動じゃない。

 施設の制圧とか完全に組織立ったテロ行為だ。

「相手の目的は……」

 まさかまた影潜みの蛇関係だろうか。

 ……いや、だとしたらおかしい。


 光神教のやつらが獣人の誘拐や弾圧に動いた理由は予想がついている。

 何らかの方法であちらも竜の娘の誘拐に成功したことを知ったのだろう。

 奴らの背後には神を素材にしたアーティファクトを手配できる得体のしれないやつが居る。状況をある程度察知していてもおかしな話じゃない。

 しかし手元に回収するのには失敗した。

 なので元々あったのだろう差別感情に火をつけて獣人弾圧を開始、関係に亀裂を作って子供を誘拐しやすくした。

 幼い銀狼の少女を保護するとすれば獣人コミュニティだと目当てをつけて。

 他の獣人まで狙ったのも、対象をわかりにくくするカモフラージュだったのだろう。

 竜の娘の争奪戦になれば予想外の事態が起きかねない。

 おじいちゃんが迂闊に助けを呼べなかったのもそこが理由なんだろうし。


 そして影潜みの蛇が関わってるなら、ぼくが館外に出るのをスルーするなんてあり得ない。

 先生たちと食事に出た時、後を付けてきたのは館内でも会った軽そうなお兄さんだけだったのだ。彼は恐らくだけど"こっち側"だと思う。

 ぼくが狙われていないなら、スフィ狙いの可能性も低いと見ていいだろう。

 だとすると他にここまでするような目的があるはずで……。


 食堂を出た先のフロアの人の気配のなさに、料理人のひとりが顔をしかめた。

「マジで人がいやがらねぇな、こんな時に支配人は何してるんだ?」

「え? あれ? そういえば夕方頃……ええと、お猿さんの騒動の時から見てませんね」

「猿をハーニッツ様に返したあと、学院の先生方にご挨拶に伺うと言っていました」

「…………いや、来ていないな」

 料理人のひとりの呟きから続々と出てくるきな臭い情報に、何とも言えない気分になる。

「支配人ってどんな人?」

「支配人は冒険者だった人だよ。オーナーのお気に入りで強い人なんだ」

「オーナーが野盗に襲われたのを助けたそうで、その時に礼はいらないと宣言したのを気に入って警備主任として雇い入れたそうです。優秀な仕事ぶりであれよあれよと出世して支配人になったんです」

「流れてきた西方人だけど真面目な人でなぁ、ある貴族の横暴で奥さんを亡くしたそうで、娘さんを連れてこっちにきたんだそうだ」

「貴族には嫌な思い出があるだろうに、おくびにも出さない人だった」

 歩きながら会話は続く。

 でもなぜだろう、支配人の身に何かあったのではというきな臭さから方向がズレてきた。

「…………因みにオーナーって誰? 錬金術師なんだよね」

「あぁ、偉大なるドーマ一門の幹部でもある錬金術師様だよ」

「学院の生徒さんなら知ってるかしら、バルフロイ様って言うんだけど」

「うん、知ってる」

 出てきたのは流石のぼくでも覚えがある名前だった。

 ……あの配下に恵まれない人かよ!

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