はい、事件です

「ウィルバート先生。うちのテーブルに料理がきてないんだけど」

「え?」

 スタッフが捕まらないので仕方なく奥の方にある教員用の席に向かい、ウィルバート先生に声をかける。

 テーブルの上には既に食べ終わりかけのメインディッシュが置かれていた。

「こういう時ってどうしたらいいの?」

「アリス君、本当か?」

「じゃなかったらここまで来てない」

 確認するなりアレクサンダー先生が口元を拭きながら立ち上がる。

「そこの君、青いポケットチーフの君だ、少しいいか」

「は、はい、如何しましたか?」

 胸ポケットに折った青いハンカチを差した青年が足を止めてこっちにくる。

 ……なるほど、"手の空いている誰か"じゃなくて特定個人を狙い撃ちすれば足を止めるのか。

「彼女たちのテーブルに料理が運ばれていないというのだが、どうなっている?」

「え? ええと……」

「あそこの端のテーブル」

「あの席ですか……?」

 フォレス先生からちょっと怖い気配がしてる。

 しかしスタッフさんには覚えがないみたいで、困惑した様子でぼくたちのテーブルに視線を向けた。

「た、ただちに確認して参ります」

「あぁ、頼む」

 強面のアレクサンダー先生の厳しい視線を受けて、スタッフは凄い早足でホールを出ていった。

 そのスタッフを見送って、先生ははぁとため息を吐いた。

「アリス君はつくづくトラブルに愛されているようだな」

「どうしてこんなことに……」

 トラブルよりも平穏に愛されたい。

「それにしてもだ、これは配膳のミスか?」

「今回の施設利用は急なお願いになってしまいましたからね。……先生たちの不手際でごめんなさいね、アリスさん。もう少し待ってあげてください」

「うん……」

 ウィクルリクス先生に優しく論されて、口からでかけた不服を飲み込む。

 起きる嫌なこと全部にキレていたら人との付き合いなんて出来ないのだ。

 とはいえ空腹はいかんともしがたい。

 忍耐強く待つこと数十分、先程のスタッフが申し訳無さそうな表情で戻ってきた。


「大変申し訳ございません、確認したところ料理がなくなっているようでして……」

「なくなっていた?」

「どういうことだ」

 意味のわからない発言に少しばかりイラっとしてしまったのは否めない。

「厨房を確認したのですが、配膳を担当するスタッフの姿がありませんでした。料理もありませんでしたので、てっきり配膳は終わっているものとばかり。他のスタッフも担当者を探していたようです、大変申し訳ございません」

 スタッフの述懐によると、事前にそれぞれ給仕を担当するテーブルが決められていたらしい。

 他のスタッフはただ無視していたわけじゃなく、ぼくたちのテーブルを担当するスタッフに呼んでいることを伝えるために探していたようだ。

 探してくるって一言あってもいいとは思うけど、今は突っ込むまい。

「本来であれば一言もなく持ち場を離れるということはないのですが……」

「それより、ぼくたちのごはんは?」

 到着してから口にしたのはお茶だけだ。そろそろ空腹が限界に近づいている。

 スタッフのサボりは一億光年譲って良いとして、ごはんが食べたい。

「その……本日分の食材は既に使用しておりまして、新しく作り直すことも……」

「ごはんないってこと?」

「申し訳ございません」

 大抵のことは流すけど、ごはんに関してだけは譲らないぞぼくは。

 前世ではゴミの中から食べられるものを虫どもと取り合ったり、野良犬と争奪戦したり大変だったんだ。

 食べ物の恨みは怖いぞ。


「彼女たちだけ食事なしという訳にもいかないだろう、他に何か無いのか?」

「追加用のパンくらいしか」

 パンか……妥協案に渋い顔にならざるを得ない。

「他の飲食店ってやってないの?」

「この時間は既に閉店しておりまして……」

 ぐぬぬ、腹立たしい。

「じゃあパンでいいからあのテーブルまで持ってきて……」

「わ、わかりました。ただちに」

 駄々を捏ねても無いものはない、そのくらいはぼくだってわかっている。

 待っている間にテーブルのパンでも分け合って齧ろうと思う。

「先生たちありがとう、ぼくはテーブルに戻ってる……」

「あ、あぁ」

 肩を落として戻る最中、デザートを楽しむ他の生徒たちの姿が目についた。

 同時に何かあったのかと探るような視線を受けながらテーブルに戻る。

「ただいま」

「あ、おかえりアリスちゃん……どうだった?」

「ダメだった」

「えぇ!?」

「取り敢えずパンでも食べて……」

 椅子によじのぼったぼくに、お腹を抑えながら成果を聞いてくる女児組。

 ひもじそうな彼女たちに残酷な事実を告げながらパンの入っている籠に手を伸ばす。

 しかし、さっきまでたくさんのパンが入っていたかごの中身は空っぽだった。

「…………」

「あー、えっとね……」

 下手人はもうわかっている。

「こいつら我慢しきれなくて全部食べちまった」

「…………」

 ぼくは静かに、ロドが指で示した先……。

 すなわち口元にパンくずをつけたブラッドとウィグをじっと見つめた。

「ひっ?!」

「……アリス? なんかすげぇ、こわいんだけど」

 キレそう。



「わ、わるかったって、でも普通のパンより、すっげーうまかったから」

「だまれ、しゃべんな」

「はい」

「ぶ、ブラッドくんが完全に負けてる……」

 言い訳を繰り返す駄犬を黙らせながら、テーブルの上に突っ伏して待つ。

 それからまた数分ほど待ち、周囲がデザートを食べ終わった頃スタッフがやってきた。

 ……手ぶらで。

「大変申し訳ございません、厨房に確認したところパンも全てなくなっていました……」

「…………」

 まさか街の豪華施設のど真ん中で兵糧攻めくらうことになるとは思わなかった。

 通常の利用料金は知らないが普通の金額ではないだろう。

 ここまでリカバリーなしだと口コミ星1でボロクソ書き込まれるレベルの所業である。

 ネットがなくて命拾いしたな。

「マジかよ……ブラッドとウィグ以外メシ抜きなのか……?」

 何が酷いって、既に他のテーブルは食事を終えて片付けがはじまっている点だ。

 せめてパンだけでも恵んでくださいという乞食行脚も出来ない。

「俺たちだってあれっぽっちで腹いっぱいになったわけじゃ」

「ころすぞ」

「ごめんなさい」

 空腹で気が立ってるんだから刺激しないでほしい。

 自分でもいつシラタマやフカヒレにゴーサインを出すかわからないんだぞ。

「他に食べ物ないの?」

「その、本当に申し訳ございません……」

「代替案とか他の店を当たって集めてくるとか」

「本当に申し訳ございません」

「……もういい」

 とうとうスタッフが本当に申し訳ないボットになってしまった。

 手をひらひらさせて追い払うと、とうとうため息を抑えきれなくなった。

「はぁぁぁ」

「でもどうするんだよ、これから」

「おなかすいたよぅ……」

「厨房まで狩りに行く?」

「獲物がいるのか?」

 食材が言葉通り全部なくなるとは思えない、最低でも朝食の一部の材料は残っているはずだ。

 計算が狂うから出したくないんだろう。気持ちはわかる。

「押し入り強盗」

「ダメだろ」

「ダメだよ」

 口をついて出た物騒な発想を真面目なロドとポキアに止められる。

「でも酷すぎだよね、私たちが獣人だからって……」

「どっちかというと純粋に施設スタッフのレベルがひくい。ひらたくいうと無能」

 AクラスとかCクラスに居る獣人に対しては何かされた形跡がない。

 対応したスタッフも獣人だからと蔑むような感じはなかった。

「貴族の居るテーブルの担当スタッフは明らかに質が違うしね」

 ちらりとマリークレアたちのテーブルにお茶を注ぎに行っているスタッフに目を向ける。

 動きの優雅さとか丁寧さが申し訳ないボットとはまるで違う。

 この食堂を貸し切っているのは学院だけど、客はそれだけじゃない。

 多少の不手際があったとしても仕方がないのだ。

「だから食料を強奪してくる」

「意味がわからないよ!?」

 立ち上がって食料庫に盗みに行こうとしたところ、ポキアによって簡単に引っ張り戻されてしまった。

「だって館内で食料を手に入れるとしたら押し入るくらいしか……」

 そうだ、館内の食料品を扱う店が閉店してしまっているなら、もはや忍び込む以外に手に入れる方法はない。

 だから並の鍵や壁なんて無視できるぼくが行って……。

 ……ん? 館内?

「視野狭窄」

「へ?」

 灯台下が暗すぎて怒りの余り灯台ごとデモリッションするところだった。

「外に食料探しに行けば良くない?」

「あ」

「なるほど!」

 館内が早めに店を閉じているなら、外に食料品を買い出しにいけばいいのだ。

 外周6区アウターシックスはたしか商業の街だったはず、仕事で遅くなった商人向けに暗くなってから営業する店もあるだろう。

「行くならあまり遅くなる前に外に繰り出したい」

「先生! 俺たち外に食べ物探しに行きたい!」

「あぁ、ちょっと待て!」

 ブラッドの大声が響き渡り、同じくアレクサンダー先生の大声の返事がきた。

 何事かと周囲の注目を集めてしまう、特にクラスメイトたちからの視線が強い。


 テーブルを掻き分けるように姿を現したのは、ウィルバート先生とアレクサンダー先生、ウィクルリクス先生のDクラスの担任たち。

 遠くではフォレス先生がこっちを見ているようだった。

 流石に大丈夫だから。

「子供だけで夜の街を歩かせる訳にはいかないからね。先生たちが同行しよう」

「よっしゃいこうぜ、なんかわくわくしてきた」

「…………」

 多少食べたせいか元気一杯のブラッドに、ウィグを除く同テーブルの面々の冷たい視線が突き刺さったのだった。



 かくして外着に着替えてスパを旅立ったぼくたちは、特にこれといった事件もなく外の料理屋に入り、先生たちに奢ってもらって肉料理を食べた。

 ポピュラーなハンバーグやパスタだったけど、空腹を耐えただけあって普段よりも美味しく感じる。

 そして満腹になったお腹を抱えてスパに帰り着いた。

 あとは割り当てられた宿泊用の部屋で一休みするだけなんだけども……。


「ねぇ、アレクサンダー先生」

「……あぁ」

 館内着に着替えるのも面倒くさくて、そのままロビーから館内に入ってすぐ。

 遠くから戦闘音らしきものが聞こえてきた。

「確実にトラブってるよね」

「絶対に我々の側から離れないように」

 スフィたちとクラスメイトたちに何事もなければいいんだけど、まぁじで何が起こっているのやら。

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