食堂へ

 スタッフは迅速にやってきた。

「お怪我はございませんか!?」

「ぼくたちは大丈夫、その子は早くしないと死んじゃうから捕獲して」

 解けない雪で順調に体温を奪われていた緑色の子猿は既に虫の息だ。

 慌てたスタッフが子猿を小さい檻に放り込み、布で包んだ。

「捕獲へのご協力ありがとうございます」

「問題ない」

 捕獲したスタッフは特にマリークレアに対して念入りに頭を下げて立ち去っていった。

 残ったスタッフは他の客に対して説明したり、怪我をしてないかの確認を取っているようだ。


「……あれがジョセフィーヌちゃんだったの?」

「条件から考えてもまぁ、多分そう」

「愛玩用には向かない魔獣ですよ、人の多い施設に連れてくるなんて何を考えているんでしょうか」

 護衛の女性が憤った様子で息を吐いた。

 まぁ実際テロ行為に等しいし、ぼくとシラタマが居なければ怪我人が出ていたかも知れない。

「アリス、あれってどんな魔獣さんなの?」

「知らない」

 ぼくが知っているのは薬品や魔道具の素材と、旅の経路にいる魔獣の情報だ。

 大陸西部の中でもラウド王国より西側にいる魔獣なのだろう。

「ぼくは興味がないことにはとことん興味がない」

「しってる」

「知ってるにゃ」

「凄く知ってる」

「知ってるのじゃ」

 異口同音とはこのことだろうか。

「道中で遭遇しないし、薬や魔道具の材料にもならない魔獣はわからない」

「爪に毒があるんじゃないの?」

 サディが不思議そうに首を傾げる。

 そういえばこの子は将来は薬師志望だったっけ。

 順調に行けば錬金術師の後輩になるんだろうか。

 ……錬金術師、"犬吸い"のサディか。

「すべての毒が素材になるとは限らないし……少なくともポピュラーな使い方は出来ないやつだと思う」

 多様な使い方が出来るならもっと情報が広がっているはずだ。

「むしろお姉さんがよく知っていたなって」

「キャシーは西方の元冒険者ですのよ、お祖父様が気に入ってスカウトしたのですわ」

「恥ずかしながらアルヴェリアに辿り着いたところでパーティが解散しまして……途方にくれていたところをブルーローズの先代様に拾って頂いたのです」

「なんで解散したにゃ? 山越えるにせよ海渡るにせよ大変にゃのに、仲間じゃなかったにゃ?」

「大変な旅を一緒にして、なお絆が深まる仲間というのはとても貴重です。そう思えるならあなたは運がいいですね……」

 まぁ、長い旅の間に決裂するような何かがあったんだろう。

 突っ込んで聞いても仕方ない。

「ただ……解散したのが到着してからで良かったとは思っています。アルヴェリアは良い国ですから……食べ物が豊富でしかも美味しいです」

 しみじみという彼女に頷いて同意するのは、この場ではノーチェとフィリアとシャオだけだった。

「そろそろ日が落ちてきた」

 アルヴェリアの名物料理についての雑談がはじまって少しした頃、空が徐々に暗くなりはじめた。

 吹く風邪も肌寒くて、お湯の中に身体を沈み込ませる。

「あまり長湯もよくありませんわね、私はそろそろ戻りますわ」

「ぼくたちもあがろう」

「うん」

 マリークレアの一言をきっかけに、ぼくたちはお風呂を出ることにする。

 騒動の影響もあってか、お客さんたちもすっかりいなくなっていた。



 さっぱりしたところで館内に戻り、ぼくたちはそのまま休憩も兼ねてラウンジへ向かうことにした。

 濡れた水着は一旦不思議ポケットにしまいこんでいる。帰ったら洗おう。

「ここもたけーにゃ……」

「味は良いしソファは凄く快適なんだけどね」

 ここもまたお茶のお値段は1杯で大銅貨2枚。かさむ費用にノーチェがぼやく。

「みんなよくお茶に大銅貨2枚もだせるね……」

「それなりに稼いではいるから……高いけど」

 何故かついてきたサディが羨ましそうにぼくたちのお茶を見てくる。

 なお庶民なのはぼくたち双子以外ではノーチェ、サディだけである。

 人形魔術師のクリフォトも貴族ではないもののお嬢様である。

 因みにここでもセルフだが、基本は連れてきている従者に給仕をやらせるらしい。

 ブルジョワジー。

「他の庶民組はどうしてるんだろう」

「中庭や運動場に行っているのかもしれませんわ」

「そんなのもあるんだ」

 やっぱりここは日本のスパ施設以上の規模っぽいな。

「おいしそうなお菓子たくさんあったのに……ぜんぶたかいの」

「晩ごはんがもうすぐだし我慢しよう。屋台歩きの感覚でお金つかってたらあっという間にお小遣いがなくなる」

「うん……」

「そうだにゃ」

「はは……」

 めったにない富裕層体験になっただけでも良い経験になったと思いたい。

 とてもいい香りのお茶をちびちびと大事にすする。


 途中で「離せっ」「今はダメだって」という声が聞こえて視線を向けると、泣きそうな女の人を軽そうな男の人が抑えながら連れ出す光景が見えた。

 ……痴話喧嘩だろうか、どっちも気配に何となく覚えがあるんだけど。

「喧嘩にゃ?」

「さぁ?」

 聞こえた以上の会話がなかったのでわからない。

「さすがに腹が減ってきたのじゃ、夕餉はなんじゃろうか」

「アルヴェリア貴族料理のコースだそうですわ」

「貴族料理かぁ」

 ここで出る料理ならかなり力が入っているだろうし、楽しみだ。

「失礼いたします。王立学院の生徒の方たちでいらっしゃいますか?」

「そうですわ」

 突然スタッフが話しかけてきて、マリークレアが代表で応じてくれた。

「王立学院御一行様の御夕食の時間となります、食堂へご案内致します」

「よろしくてよ。皆様参りましょう」

 どうやら夕飯の時間が来たのでスタッフが食堂に案内してくれるらしい。

 こういう時、貴族のマリークレアが矢面にたってくれるのはマジで助かるなぁ。



「スフィたちはクラスの子と会えた?」

「うん、友達とも話せたよ」

「遭遇できないのはぼくだけか……」

 そんなこんなで辿り着いたのは3階にある大きな食堂。

 パーティにも使われる場所を王立学院が貸し切ったようで、円形のテーブルがたくさん並んでいる。

「席までご案内致します」

 どうやら席は決まっているようだ。

 名前を確認されて、スフィたち4人はそのまま壁に向かって奥の方の席へと向かう。

「アリス、またあとでね!」

「あとでにゃ」

「うん」

 マリークレアとクリフォト、サディも同じように奥の方に。

「別になってしまいましたわね、食後にまたお話しましょう」

「うい」

 最後に残ったぼくが案内されたのは、手前側の端も端だった。

「お! アリスもこっちか!」

「何となく察した」

 既に席に居たのは犬人男児のブラッドとウィグ、日焼けが治って白い肌に戻った猫人少年のロド。女児組は狸人のプレッツ、犬人のポキアとDクラスの獣人大集合だ。

 上位クラスには手を出せなかったのか、その分念入りに食堂の端の影に配置されている。

「裏路地のように香り豊かな作為を感じる」

「やっぱりそう思うよな……」

「裏路地が香り豊かって?」

「作為の方だよ!」

 少し見ない間にロドのツッコミスキルが磨かれている。

「やっぱり、獣人がこういう場所に居るのが気に食わないんだろうな……」

「そうかもね」

 この嫌がらせのどこにどんな意味があるんだか。

 まぁごはんがちゃんと出てくるなら文句はない。

 ため息混じりに席につき、気持ちを切り替える。

 テーブルの真ん中にはバゲットの詰まった籠と花が飾られている。

 焼けた小麦の良い香りがしてきて、おなかが空いてることを改めて自覚する。

「このパンもう食っちゃダメなのか?」

「腹減った! 食いたい!」

「ブラッドくん、ウィグくん、お行事悪いよ?」

「同じ王立学院の生徒として恥ずかしい……」

 年頃らしい言動の犬人コンビにロドが頭を抱えてしまった。

 まぁ実際配膳は遅い、他のテーブルには既に前菜が運ばれている。

 見た感じホタテのカルパッチョとカプレーゼ、何かの揚げ物とつやつやの……人参かな。

 こんなところで出すくらいだから質もいいだろうし、楽しみ。

「……なぁ、まだかー?」

「はらへったぁぁぁ」

「ふたりとも……」

「いや、でも遅すぎだろ」

 他のテーブルには既に1皿目の料理が出ていた。

 いくらなんでも明らかに遅すぎる。流石のぼくもおなかがすいてきた。

「言ったほうがよくない、これ」

「で、でも……大丈夫なのかな?」

「流石におかしい」

 弱気に言うプレッツだけど、こういう時はちゃんと伝えた方がいい。

 そう思いながら歩き回るスタッフに向かって指を鳴らす。

 鳴らす、なら……ない。

「チュルル?」

「あのー、ちょっとー、すたっふー」

 仕方なく両手で筒を作って増幅させながら声をかける。

 しかしぼくの声が小さいからか、それとも食堂内が子供の声で騒がしいせいか。

 あるいは忙しすぎてキャパオーバーなのか、スタッフがこちらに気付くことはなかった。

 ええと、これどうしよう。

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