ジョセフィーヌ
「あ、マリークレアとクリフォト」
「あらアリスさん、御機嫌よう」
「アリスちゃんだ、こんにちは」
シラタマを頭に乗せて寒風の中を歩いていると、大きな露天風呂に居る見慣れたふたり組みと遭遇した。
流石に寒空の下ということもあってか人は少ない。
「ようやくクラスメイトと遭遇した」
ちらほら同年代っぽい子供の姿は見ていたけど、遭遇できたクラスメイトはこのふたりが最初だ。
挨拶をしながらぼくもお風呂に浸かる。あったけぇ。
「ごはんの時まで会えないかと思ったよ。水着似合ってるね、可愛い」
クリフォトがぼくを見て思いもよらないことを言った。
「……アリガトウ」
「嫌そうですわね」
ソンナコトナイヨ。
「そういえば遅れてきたんでしたっけ、地味ですわね」
マリークレアがようやくぼくのことを理解してくれた。
それは良かったのだけど、マジでみんなどこにいるんだろうか。
「そういえば他の子たちは?」
「男子は知りませんわ、女子は内風呂だったり仮眠室だったり、先に宿泊用の部屋に行って休んでいるそうですわ。ミリーさんはスパに入る時に先生とどこかにいって、宿泊用の部屋にいってましたわ」
「お風呂の中を見てれば会えたかー」
ミリーは先生のおかげで更衣室突入を回避できたらしい。
「ら、
「別の理由もあると思いますわ」
「ん?」
「あぁー!」
別の理由という言葉に首をかしげていると、背後から声が聞こえた。
振り返るとそこには……。
「あぁまってアリスちゃん! 逃げないでぇ!」
「クリフォト、ルイくん元気?」
「へ!? う、うん、ロッカーの中でお留守番中だけど」
いつも一緒のぬいぐるみは元気かと、世間話を装いながらクリフォトの背中に隠れる。
大きな声を出したのはクラスメイトのサディだった。
彼女は入学初日に犬人のポキアお腹に顔を埋めて吸っていた子だ、クラスの獣人からそれとなく避けられ続けている。
「ち、ちがうの、変なことしないから!」
「…………」
「わぁ、すごい疑いの目線」
「本当だから!」
実を言うとぼくの一番の弱点は組み付きだったりする。
殴るとか蹴るとかならブラッド相手でも1回限定でいなす自信はあるけども、ゆっくり近付かれて掴まれたらそこで詰みだ。
距離を詰められて吸われたら抵抗できない。
「はぁぁ……獣人の子たちと仲良くなりたかっただけなのに、緊張しすぎて実家の犬にするみたいなことをしちゃったせいで……」
「自業自得ですわね」
世の中には種族男女問わず獣人の耳しっぽに強い執着を見せる人間がいる。
彼女もそのひとりなのだろう。
肩を落としながら少し離れたお湯の中で三角座りをはじめた。放置でよさそうだ。
「それにしても随分遅かったですわね、ノーチェさんとフィリアさんはお会いしましたが」
「到着してからずっとお風呂にいたの?」
「いいえ? 最初は館内の散策をしていましたの。まぁまぁ良く出来ている施設でしたわ」
ここは子爵の娘から見ても"まぁまぁ"レベルの施設のようだ。
ぼくからするとかなり豪華絢爛に見えるんだけどなぁ。
「アリスちゃんたちはどうしてたの?」
「ぼくは岩盤浴で寝てた」
「あぁ、おばあさまたちが家にも浴室に小さい部屋を作ってましたわ。貴族のお年寄りたちの間で数年前から流行っていましたわ」
「平民の間でも去年あたりから話題になってきてるよ、おじさんやおじいさんたちに人気だよね」
「…………」
やっぱり岩盤浴は若い世代には不人気らしい。
低温の岩盤で寝るのは暖かくてきもちいいんだけどね。
ぼくは気に入ったよ、ぼくは。
「ヂュルルル」
話している間にまたシラタマの機嫌が下降していってる。
お風呂の湯気だけでも不快なのか……あ、そうだ。
「ちょっとごめん。シラタマ、器作って?」
「チュルル」
両手で抱えるような形を作ると、真っ白な氷のボウルが出来上がっていく。
完成すると、歪ながら足もついている深めのパフェグラスみたいになった。
……この形状気に入ったんだな?
「ここに水を入れて冷やしておけば暑くないでしょ」
両手で抱えるサイズになった氷の器を縁に置き、両手でお湯をすくって中に注ぐ。
十分に貯まってから数十秒ほどで表面に薄い氷が張り始めた。
「チュルルルチチッ、ピピッ」
「うわっ、つめたっ」
そこにシラタマが飛び込んでパタパタと羽を動かす。
キンキンに冷えた水が飛んできて、顔にぶつかった衝撃で氷の粒になった。
過冷却じゃん。
「雪の精霊神様でしたわよね、こうしてみると可愛らしい小鳥にしか見えませんわ」
ぼくとシラタマのやり取りを黙ってみていたマリークレアがほうっと息を吐きながら呟いた。
確かに可愛い小鳥に見える。見た目だけは。
「こう見えて癇癪持ちだから気をつけつめたっ」
大量の煙を放つ白い雪が顔に向かって飛んできた。
落ちた雪がお湯に落ちると、ジュボッと音を立てて水がゴボゴボと音を立てる。
さては粉状のドライアイスだなこれ……!
「あはは、本当に仲良いんだね」
「それはそうなんだけど」
再会した当初と比べてだいぶ遠慮がなくなってきてる。
それはいいとしても、さっきの冷気の結晶といい契約してるぼくじゃなかったら氷像になってるんだけど……。
お湯に口元近くまで身体を沈めて、冷えた身体を温める。
わずかな沈黙の間に周囲を見ると女性客しかいない。ここって男女共同だよね
「そういえば男の子たちがいない?」
「女性客が多い時は遠慮するものですわ」
「そういうことみたいで」
うーん、流石は上澄みの世界。
そういうマナーをぶっちぎる変態はそうそう現れないようだ。
だとすると男子組とは食事の時まで遭遇できないかもしれない。
「空を見ながら入るお風呂もいいね」
「確かに悪くはありませんわね」
仕方ないかと切り替えてお湯に体を預けた。
「キャアア!」
だけど、そう簡単に休ませてはくれないらしい。
「何事ですの!?」
「お嬢様、こちらに!」
悲鳴が聞こえた直後に、近くの女性がお湯をかきわけて近付いてきた。
完全に背景に徹していたけどマリークレアの護衛だったのか。
「キャアー! キャッ! キャッ!」
「……猿?」
続いて聞こえてきたのは水の動く音と、猿を思わせる甲高い鳴き声。
悲鳴が近付いてくると、小さな猿のような姿の魔獣が床を走ってくるのが見えた。
リスザルとかそういう系統だろうか。
毛色はエメラルドで、瞳は赤く光っている。
「キャッ! キャッ!」
牙を剥きながら叫び、道行く人を爪で引っ掻こうとしたり噛みつこうとしたり、どう見ても友好的な態度じゃない。
「グレムリン!? なぜこんなところに!」
「知ってる魔獣?」
「ゼルギア大陸の西部の一部地方に生息する魔獣です。小型ですが凶暴で、こんな場所に居るはずが……」
女性の護衛が困惑した様子で答えた。
「……首輪がついてる」
あの手の首輪は魔獣を制御するための魔道具である可能性が高い。
何らかの魔道具のエラーでペットにしていた魔獣が逃げたってところだろうか。
「爪には毒があります! みなさんは絶対に私より前に出ないで下さい!」
女性が覚悟を決めた様子で素手で構えて、マリークレア以下ぼくたちを庇うように前に出る。
毒があるんかい。
シラタマに武器に作ってもらうにしても、契約による恩恵で守られてるぼく以外じゃ手が凍傷になってしまう。
こんな場所で水着姿じゃカンテラも出せない。
しまったな、打つ手が。
「……いや普通にあったわ。いくよシラタマ、フロストノヴァ」
「ヂュルル」
右手に白い冷気の塊が出来上がる、それを近付いてきた猿に向かってぶん投げると、地面にぶつかった冷気が爆発した。
「ギャアアアアア!?」
吹き上がる雪に悲鳴ごと猿の姿が飲み込まれていった。
というか以前より威力が高い、冬が近付いているのと少し前の吹雪で少しパワーアップしてるな。
「ギャ、ギャ……」
雪に覆われた魔獣は小刻みに震えながらすっかり大人しくなってしまった。
「派手ですわ」
「ふわぁ、やっぱり精霊神様は凄いね」
「アリスちゃんとシラタマちゃん、こんなに強かったんだ」
「詠唱もなしにこれとは……精霊術の強さを改めて実感しますね」
「それより、誰かスタッフさんを呼んできて。捕獲しないと」
多分これがジョセフィーヌだよね?
死なせてはいないけど、あまり長時間放置すると死んでしまいそうだ。
「キャシー、行ってきなさい」
「ですがお嬢様のお側から離れる訳には」
「あ、じゃ、じゃあ私いってきます! すぐ戻りますからぁー!」
軽い問答を遮るように水から上がったサディが、足早に女湯エリアの方へ戻っていく。
歩き去って行ったサディと入れ替わるようにして、何故かスフィたちがやってきた。
「アリスだいじょうぶ!? フィリアがね、悲鳴が聞こえたって」
「ちょっと魔獣が出たので、シラタマと協力して鎮圧してた」
「ジュルルル」
白い器の中でシャーベット状態の水に浸かったシラタマがふんぞりかえる。
「やっぱりトラブルに巻き込まれたのじゃ」
「トラブルはもう終わったから……」
雪に埋もれた魔獣を見て、シャオが呆れたように言う。
しかしトラブルは鎮圧されたばかりなのだ、これは何事もなく無事に過ごせた判定になるんじゃなかろうか。
きっとそうに違いない。
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