憩いの一幕
水着の上から湯浴み着という格好は、普段とは違うけど意外と窮屈さは感じなかった。
スフィとシャオ3人揃い、仲良しこよしで案内板に従って辿り着いたのは岩盤浴室。
総合フロアの端の方にあり、使用している石の種類や温度によって何室かに分かれている。
説明書きによればサウナ並みの高温な部屋もあれば、睡眠や休息に向く低温の部屋もあるようだ。
ぼくたちは一番低温の部屋を選ぶことにした。
室内は穏やかな熱気が籠もっていて、一段高い平らな石の上に薄めのマットレスが並べて敷かれている。
「岩盤浴をご利用ですか?」
「はい! さんにんです!」
「おねがい」
スタッフさんに利用することを伝えてタオルなんかを準備してもらい、介助を受けながら石の上に寝転ぶ。
良いマットレスが使われているのか、石の硬さは感じない。
「……はぁー」
ぽかぽかとして気持ちいい。
予想していたよりも温度は低い、取り込んだばかりの日干し布団の暖かさがずっと持続している感じだろうか。
「こちらに敷かれているのはソルスタルスという石を削って作られた石板でして、全身疲労や筋肉痛などに効果があります」
現在の並びは入口側からシャオ、ぼく、スフィといった順番だ。
スタッフの女性が説明しながらシャオとスフィの横に仕切り板を置いて、3人だけのスペースを作ってくれた。
ついでに寝転がるぼくたちにタオルケットをかけていってくれる。
「ソルスタルス?」
「日光の強い地域の山岳で産出される石、溶岩が太陽光によって変異したものって考えられてる。熱すると治癒に近い効果を発揮するらしい」
怪我をした生物がよく太陽の下で寝転んでいたことからどこぞの地質学者が調べて判明した。この世界にも当たり前のようにこういう不思議な物質が存在している。
「怪我が治るのじゃ?」
「効力そのものはたいしたことないけどね、暫く横になっていると出血が止まる程度」
そんなわけで、こういった使い方には十分な効果がある。
自然物だと動物の血がこびりついているのが多いことから、一部ではブラッドストーンなんて呼ばれて不吉な石と恐れられていたとか。
「……もしかして王立学院の生徒さんですか? 詳しいんですね」
「得意分野なので」
感心したようなスタッフさんが感心したような声を出した。
「ご入用の物があれば遠慮せず仰ってくださいませ」
「うん」
暖かくて気持ちいい……道中の疲労もあって眠くなってきた。
「暖かいのじゃ~」
「んーー」
最近寒かったのもあって余計に暖かさがしみる。
「ジュルルル……」
「すねないでよ」
熱くてもついてくるって決めたのはシラタマでしょうに。
「しかし学院でのレクリエーションというのに。クラスのみなや先生と別行動でいいのかのう?」
「そういえばそうだよねー? 先生なにも言ってなかったけど大丈夫なのかな」
「ばたついてるんだと思うよ……マリークレアから回収したしおりの中身も雑だったし」
元々は学院に寄付している貴族の領地を訪問して、領主貴族がどんな仕事をしているかを勉強するのが目的だったようだ。
そのついでにその土地にある学校との交流会なんかをやっていたという。
しかし1回生が連続する騒動に巻き込まれたことで、保護者からも不安の声が出た。当たり前だ。
最終的に「とりあえず安全で豪華な温泉施設に放り込んで遊ばせておけば流せるだろ」みたいなノリになったのは推測できる。
実際、しおりには集合したら施設内で自由行動、夕食は合流して取って宿泊施設を利用。早朝に解散くらいのことしか書いていなかった。
どう考えてもじっくり時間をかけて練ったプランではない。
「まぁこんな温泉施設でトラブルなんてまず起こらないだろうし、今回は思い出作りに振り切ったんじゃね……ふああ」
主に平民の富裕層が利用する施設だ、中級貴族以上には庶民の遊びの体験。
平民には一時の贅沢な体験……随分と金がかかっているけど、その場しのぎにちょうどよかったのかもしれない。
暖かいけれどギリギリ汗をかくほどじゃない、そんな絶妙なぬくもりが眠気を誘う。
仰向けになって目を閉じると、すぐにでも寝てしまいそうだった。
■
「チュルルル」
「……寝てた?」
目を開けて胸元を見ると、シラタマが丸くなったまま首をかしげていた。
……寝汗のせいかじんわり汗ばんでいる。ついでになんか身体が軽い。
「おぉ、てあしがスムーズにうごく」
最近は寒さのためか寝起きで関節がギシギシきしむせいで、起きる時に「ぬおお」みたいな声が出ていた。
なのに今はスムーズに動ける、ここ数週間の中ではトップクラスに調子がいい。
「あれ、スフィとシャオは?」
「チュルルピピッ」
「おやつタイム?」
よくわからないけど……道中にあったお菓子の店にでもいってるんだろうか。
ていうか何時間寝てたんだぼく。
「最近疲れてるのかな……よいしょ」
よたよたと身体を起こし、タオルケットを畳んで入り口へ向かう。
ずっと寝ていてもいいけど流石にそういう訳にもいかない。
岩盤浴なんて人生通して初めての経験だったけど悪くなかった、いずれ自宅に作ることも検討しようかな。
「戻ります、ありがとうございました」
「はい、またのご利用をお待ちしております」
お礼を言いながらタオルケットを返し、身体を伸ばしながら外に出る。
……涼しい風が髪の毛を撫でて、ちょっと身体が震えた。
通路に出て周囲を見回すと、向かい側にあるオープンカフェでケーキのようなものを食べていたスフィとシャオがこっちに手を振ってきた。
「あ、アリスだ! 起きてるー?」
「……うん」
スフィからすると、ぼくはこの状態でも寝ている可能性があるんだろうか?
意識を失うことが多くて自分にちょっと自信がない。
「ぐっすり寝ておったから先におやつを食べていたのじゃ」
「シラタマちゃん、伝言つたえてくれた?」
「チュルル」
「………………うん」
そっか、先に出ておやつ食べてるねの伝言の結果が『おやつタイム』だったのか。
まぁいいか。
「久々に気持ち良く寝れた」
「あったかかったもんね」
「わしらも少し寝てしまっていたのじゃ、あれは良かったのじゃ」
岩盤浴の感想を聞きながら、ぼくもカウンターで飲み物を注文する。
えっとお金お金……あぁ、ポケットの中だ。
ここじゃ財布を出せない。
「アリス? どうしたの」
「財布だせない」
「じゃあスフィが出すね」
そう言ってスフィが湯浴み着……正確に言うなら館内着のポケットから財布を取り出し、飲み物代を払ってくれた。
お茶一杯に大銅貨2枚……たけぇ。
「ありがとう」
「どういたしまして、お席で待ってるね」
準備してもらうのを待ち、出来上がったカップ入りの花茶をトレイに乗せてスフィたちの席まで運ぶ。
「ちょっとドキドキした」
「超こうきゅーってかんじだよね。パンケーキのセットがね、大銅貨5枚だったの」
「うへぁ、たかい」
並の冒険者の食費の5日分だ。
流石というべきか、テナントレベルの店が高い。
念のためお小遣いを多くもってきておいて良かった。
「そうかのう?」
不思議そうな顔のシャオが、手元にあるクリームの乗ったパンケーキを見ながら首を傾げる。というか他にも空になった皿がある。
「まぁまぁの店だと思うのじゃ」
「…………シャオはなんでそんなにお小遣いに余裕あるの」
ぼくの権利料と錬金術師ギルドからの生活支援で日々の暮らしは問題なく、冒険者としての収入をあてることで個々人のお小遣いには余裕がある。
それでもこのレベルの店で豪遊出来るほどではない。
「
「いつの間に」
「前にお会いした時に金子は足りておるかと聞かれたのでのう、暮らしに支障はないが小遣いが足りぬとねだったのじゃ! 国を出た時に貰った金はだいぶ使ってしまったからのう」
「お嬢さまめ……」
ド庶民孤児のぼくたちが金額に慄きながら注文したのに……これだから高貴な血筋のお嬢様は。
あ、このお茶おいしい。
「スフィ、ここにいる間にお小遣いなくなっちゃうかも……」
「極力節約して過ごそう……」
今頃ノーチェたちも同じ気持ちになっているはずだ。
まぁ施設の利用料とか食事代、宿泊費は学院持ちのようだし無駄遣いしなければ困ることはないだろう。
生徒への金のかけかたをみると、随分とたんまり寄付を集めているんだなと思う。
雑談しながらおやつを済ませて近くの時計で時間を確認すると、時刻は既に14時を示していた。
えーと、ついたのが11時頃、諸々を済ませて岩盤浴室に入ったのはたぶん11時半。
おやつタイムは30分くらいだったので、2時間近く寝てたのか。
「結局他の者たちは来なかったのじゃ」
「ぜんぜん会えないね」
「……たぶん岩盤浴興味ないんだと思う」
岩盤浴フロアの近くに居るのは年齢層の高い女性ばかりだ。
言ってしまえば岩の上に寝るだけのこの浴室は子供の興味を引かないのだろう。
スフィとシャオも既に興味を失くしている。
『お昼寝にはちょうどよかったね』くらいにしか思ってなさそうだ。
「次はお風呂の方いってみようよ」
「そうじゃな、ノーチェたちもおるじゃろうし」
ぼくを真ん中にして3人並んで手をつなぎ、しっぽを緩やかに揺らしながら通路を歩く。
正確にはぼくだけ浮かんでふたりに引っ張って貰っているわけだが。
「…………」
ふーむ。
「アリス、どしたの?」
「む?」
何となく見られている気がしたけれど……誰だ?
距離があるのか、じっとぼくたちを観察している人がいることしかわからない。
悪意や敵意はなさそうだし、つけられてる護衛だろうか。
「なんでもない」
スフィが気付いてないあたり、かなり腕の立つ人っぽい。
あとでそれとなくフォレス先生に確認しとこうかな、味方かどうかは気になるし。
「広い場所じゃなぁ、城みたいなのじゃ」
「学院と同じで、建国以前からある古い城を改築して使ってるんだって、貴族出身の錬金術師が許可を得て商売をはじめたらしい。パンフレットに書いてあった」
たしか現在のオーナーもドーマ一門の錬金術師だったはずだ、妙な縁を感じる。
アヴァロンも少しずつ拡張されてきた歴史のある古都、探せば元は古い建物っていうのがたくさんあるのだろう。
「また精霊の領域に迷い込んだりはせぬよな?」
「未踏破領域なんてそうほいほい発生しないよ」
確認されて名前が知られているのは大規模な物ばかりだけど、探せば認知されてない小規模の
だけど、流石にひとつの街に何個もあるとは思えない。
マイクの領域の『
アヴァロン近辺だけでも3箇所も大きな領域がある。これ以上は渋滞しすぎだ。
「アルヴェリアは大陸東部では未踏破領域が最も多い国なのじゃぞ。なによりアリスもいるのじゃ、まだ知られておらぬ未踏破領域に迷い込んだとしても不思議ではないのじゃ」
「人が未踏派領域を引き寄せてるみたいな言い方しないでくれる?」
「精霊は引き寄せておるのじゃ」
「あっちが勝手にちかづいてくるだけだし」
「じゃあ未踏破領域も勝手に近付いてくるのじゃ?」
「…………」
そうなんだよなぁ、あっちから勝手に近付いてくるんだよなぁ。
「たまには出た先で精霊のちょっかいもトラブルもなくのんびり過ごしたい」
「よしよし、今日はのんびりしようね」
スフィに撫でられるまま身を任せる。
どうせ引っ張ってもらわないと移動できないし、いいや。
「まぁ、さすがに今回ばかりはトラブルの起きようもないじゃろう」
撫でられながら、呑気に言うシャオの言葉に気が抜ける。
こんな短期間に何度もトラブルに巻き込まれるなんて冗談じゃない。
今日はレクリエーションにかこつけてのんびりと過ごすのだ。
そう決めて浮遊状態を解除し、自分の足で地面に立つ。
「キャアアアアアアアア!?」
向かう先から耳をつんざくような女性の悲鳴が聞こえてきたのは、ぼくの両足が地面についた瞬間だった。
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