スパ・アクアルーン

 レクリエーション当日。

 距離的に直接行くほうが早いということで現地集合を選んだぼくたちは、地図を頼りに外周6区アウターシックスにある『スパ・アクアルーン』へとやってきていた。

 道中は迷わずには済んだけど、時間には多少遅れてしまった。

「今更だけど、おまえら髪の毛の色は大丈夫なのにゃ?」

「染料を変えたから行ける」

「あー。昨日、風呂でごそごそやってたのはそれかにゃ」

「うむ」

 普段使っている染料はお手軽かつ安価で綺麗に染められるもの。

 ただし水に弱いという一長一短の特性があるため、今回は別の染料を使った。

 ちょっとお高いかわりに水やお湯でも落ちない強めのやつだ。

 ただし髪にも肌にもよくないし、塗るのも大変。

 染料を落とす時にも中和剤を使わないといけない。

 普段のやつも少し水がかかったくらいで即座に色が落ちる訳じゃないんだけど、お湯ということで念のためこっちを使うことにした。

 お湯はもっともポピュラーな溶剤である。


「ねぇねぇ、あれがアクアルーンだよね、おっきいね」

「だねぇ」

 まるで神殿のような佇まいのバカでかい建物には、『アクアルーン』と洒落た字体で書かれた看板がついている。

 ぱっと見の規模感だけなら王立学院にも負けていない。

「みんなもうついてるのかな?」

「時間的にはもう中にいるんじゃないかな」

 近くの時計を見ると、到着予定時間から約30分ほど過ぎていた。

 途中ですることになった寄り道が原因だけど、理由は武士の情けで言わないでおこう。

 ねぇ、朝ごはんの時にジュースを飲みすぎちゃったシャオ?

「どうしよう?」

「普通に行けばいいんじゃない?」

 今日は学院の生徒ですってことを示すために制服を着ているし、受付に頼んで確認してもらえばいいだろう。

 そう思いながらシラタマから降りて入り口に向かう。

 すると、先程からぼくたちを見ていた門番がすぐに応じてくれた。

「もしかして王立学院の生徒さんかな?」

「そうです、事情があって遅れてきました」

「あぁ、聞いているよ。確認するから少し待ってくれ」

 珍しく非常にスムーズに話が進み、数人居た門番のひとりが扉を開けて中に入っていく。

 それから数分もしない内に確認が取れたみたいで、ぼくたちは中へと案内された。


「うおお―!」

「これはこれで目新しい豪華さ」

 アクアルーンの内部はちょっとした宮殿を思わせる豪華な内装だった。

 派手すぎず地味すぎず、落ち着いた格のある華美さといった風情。

 こういうの何て言ったっけ、バロック様式ほど荘厳じゃないしロココ様式ほど綺羅びやかでもない。

 ルネッサンス様式だっけ……?

 まぁいいや、なんか豪華で綺麗だ。

 そんなことを考えていると、スーツのようなものをビシッと着込んだ男の人が受付を出てこちらに来た。

「確認させて頂きます。王立学院の生徒様ですね、お名前はスフィ様、ノーチェ様、フィリア様、シャオ様、アリス様……間違いございませんか?」

「はーい!」

「合ってるにゃ」

「かしこまりました、先生がたがお待ちです。こちらへどうぞ」

「いこ、アリス!」

「うん」

 名前の確認のあと、案内してくれる人についてスフィと手を繋いで長い廊下を歩いていく。

 ついでにパンフレットを一枚取りつつ進む。

 他のお客さんの姿は殆ど見受けられない。

 居るのはいかにも富裕層といった外見の人たちが数人。

 まぁどう考えても高級施設だしそんなに人はいないか。

 むしろ学校の行事で来るのがおかしい場所だ。貴族が通うだけはあるのかもしれない。

 内部を観察しつつ、途中から浮遊してスフィに引っ張ってもらっていると廊下の先に先生たちがいた。

「おぉ、スフィ君たち。待っていたよ」

「無事到着して何よりだ、アリス君」

「ウィルバート先生、遅れてごめん」

 待っていたのはウィルバート先生と……名前は忘れたけど確かAクラスの担任の先生か。

「ラゼオン先生おはよーございます」

「おはよーございますにゃ」

「はい、おはよう。みんなもう先に施設に入ってるよ。手続きは済ませておくから、奥の更衣室で早く着替えていっておいで」

「はーい! アリス行こう!」

「うん……それじゃ失礼」

「あぁ、気をつけて。ちゃんと他の子たちとも交流するんだよ」

 どうやらここまではロビー扱いだったらしい、広い。

 入館手続をしてくれる先生たちと分かれて細い道を進んだ先には、大きなロッカーが立ち並ぶ更衣室のような場所があった。

 ぱっと見はラウンジにも見えて、仕切り板とカーテンで囲われた着替えスペースのようなものがある。

 当然ながら女性更衣室だ、他にお客さんもいるし若干居心地が悪い。


 気持ちを切り替えつつ、空いている木製のロッカーを見つけて移動する。

「アリス、ひとりでお着替えできる?」

「できる」

 むしろ出来ないと思われてることが心外なんだけど。

 ロッカーと言っても木製の高級感があるクローゼットみたいな見た目だ。

 ひとつ選んで開けると、中には丈の長い湯浴み着みたいなのが入っていた。

 柄のあるワンピースドレスのような見た目で、パンフレットによると水場以外ではこれを着て過ごすのが推奨されるとか。

 肩にかけていたバッグをロッカーの中にかけて、中に入っている水着を取り出し……。

「……!? あの、スフィ。ぼくの水着」

「? あ、間違えてたから、入れ替えといたからね」

 にこっと笑うスフィの手に握られているのは――腰にふりふりのついた可愛らしい水着。

 バッグの中に入っていたのは、それと色違いの同デザイン。

 地味な半ズボンと半袖シャツみたいな水着にしたはずだったのに……!

 完全にしてやられた敗北感に打ちのめされながら、時間もないのでぼくは観念して着替えることにした。

 あんまり抵抗しすぎるのも負けた気分がするし、スフィはこういう時折れないし。

 仕方ない……。



 更衣室を出ると、豪華客船のロビーのような場所に繋がっていた。

 ここらへんは買い物出来るおみやげのようだ、意外とお客さんも多い。

 側仕えらしき人たちを従えてるあたり、やっぱり上流階級か。


「最初はどうする? お風呂?」

「岩盤浴が気になる」

 案内板の前に陣取り、パンフレットと見比べながら5人で頭を突き合わせて相談する。

「チュルルル」

「氷風呂はぼくが死んじゃう」

 頭の上から飛んでくるリクエストを拒否しつつ、パンフレットに目を落とす。

「てかそれいつ持ってきたにゃ?」

「フロントから出る時に持ってきた」

「抜け目ないのじゃ」

 どっちにせよ動き回るのなんて無理だし、サウナや岩盤浴もあるみたいだから最初はそっちでのんびりしたい。

「ジュルル」

「シラタマは一度カンテラに戻ってたら? たぶん暑いところばっかりだよ」

「ジュリリリリリ!」

「わかったから髪の毛引っ張らないで」

 確実に周囲の温度下げられるし、迷惑になるからサウナは行かないほうが良さそうだ。

「今日は別行動しないからね!」

「先生たちの懸念が早くも現実になってきたんだけど……」

 いつものメンバーすなわちいつメンで固まってるって思われたから、他の子たちとも絡むように言われたのに。

「じゃあ岩盤浴ホットストーンにつきあって」

「ほっとすとーんって何?」

「お湯で温めた岩の上に寝転んで身体を温めるやつ」

「シャー?」

「風じゃないよ」

 何に反応したのか『風なの?』と床から顔を出したフカヒレに戻るように指示する。

 温泉施設にサメが出るとか洒落にならないので今日は大人しくしてもらう。

 因みに風になるブームはこの子の中で未だに継続中である。

 嵐に乗って空を飛ぶのがよほど気に入ったみたいだ。


「あたしらでっかい風呂いってみたいにゃ」

「じゃあ別行動でいいんじゃない?」

「わしはホットストーンに興味あるのじゃ」

「スフィはアリスと一緒!」

「私はノーチェちゃんと行動するね」

 軽い相談の結果、今日一日はそれぞれ自由行動に決まった。

 興味がある場所とかがバラバラだから仕方ないし、何人かで固まっていれば大丈夫だろう。

「じゃあうちのクラスのやつらにあったらよろしく」

「おう、そっちもにゃー」

 こうして温泉施設での一日が幕を開けた。

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