復学と相談と
雪の中、機嫌の良いシラタマに乗ってぼくは再び学院へと降り立つ。
スフィたちと分かれてからホランド先生に挨拶をして復帰手続きを行った。
ウィルバート先生にも挨拶をしたかったんだけど、今日はまだ来ていないらしいので諦めた。
奇異の視線に身を縮こまらせながら、相変わらずボロっちい旧館のDクラス教室へと辿り着いた。
「おはよう」
「あら、おはよう」
「おーーー、学校戻れたんだな! 良かったな!」
勢いよく扉を開くと、ゴンザとブラッドといういつもの面子が挨拶を返してくれた。
うむと頷きながら適当な場所に座る。
「おはようございます、派手な復帰ですわね」
「アリスちゃん、聞いたよ大変だったんだって?」
「あ、アリスちゃんその……」
「落ち着いて」
着席したとこころでマリークレア、人形使いのクリフォト、ミリーと続々と押しかけてきた。
いつの間にかぼくの方も交友関係が広がっているなぁ。
獣人組の女の子たちとはなんだか仲良くなれている感じがしないんだけども。
昨日のその後について軽く話しているうちに、足音が近付いてきた。
少し疲れた雰囲気のウィルバート先生が扉を開けて教室に入ってくる。
「おはようございます、先生」
「……ああ、みんなおはよう。アリス君も復学できて良かったよ。それじゃあ朝のミーティングをはじめようか」
ウィルバート先生の声掛けを受けて、久しぶりの朝のミーティングがはじまる。
「はい」
「珍しいね、アリス君」
はじまると同時に手を上げたぼくを見て、先生だけじゃなくクラスメイトまで驚いたような音を出す。
「別のクラスの家族から次のレクリエーションの話聞いたけど、ぼくの方には連絡来てないのはどういうこと?」
文句があるぞと言う気持ちを込めて言うと、ウィルバート先生が予想外のことを言われたような顔をした。
「……告知したのは一昨日で、マリークレア君とミリー君が休みの間に君たちの家に向かうつもりだと言うから伝言を頼んだんだけど」
「…………」
後ろに居るマリークレアとミリーの方を見ると、ミリーは明らかに「あ、やっべ」という顔で視線をそらした。
一方でマリークレアはふふっと不敵に微笑む。
「忘れてましたわ――派手にね」
「――なるほど」
表でろや。
■
仲間はずれにされたという誤解は無事に解け、その後は何事もなく授業を終えた。
次の用事はフォレス先生への直談判である。
本館にある職員事務室に行って面会を申し込むと、5分も経たないうちに面談室の利用申請を済ませたフォレス先生がやってきた。
一旦引き返そうと思ったのに早すぎである。
誰も居ない面談室に入り、フォレス先生に先んじて椅子に座る。
礼儀的にはフォレス先生を上位者として声掛けを待つべきなんだろうけど、なんかやりづらそうな気配を感じたので偉そうモードで行く。
「座って」
「ハッ」
案の定、少しホッとした様子のフォレス先生が対面に腰掛けた。
スフィだと間合いの取り合い、空気の読み合いになって面白い光景になりそうだ。
「聞きたいことがあるというお話でしたが」
「単刀直入に聞きたい。秋季レクリエーションってぼくたち参加できるの?」
文字通り正面から聞いてみると、予想外のことを言われたと言わんばかりの顔をされた。
しばらく間悩んだ様子で目を伏せたあと、フォレス先生は穏やかな表情で顔をあげる。
「例年通りの領地訪問であればお止めしなければなりませんでした。しかし幸いというべきか、先日の騒ぎの影響を受けて今年度は開催地を街の中に変更することになりました。参加して頂いても大丈夫でしょう」
「よかった」
正式に承認を得て安心する。
反対されつつ強行するのと、承諾を得て行くのとじゃ動きやすさが段違いだ。
「ただ、密かに護衛をつけることだけはご了承下さい」
「百歩譲ろう」
「ありがとうございます」
護衛がついてくるのは仕方ない、最低限必要なこととして目を瞑るしか無いだろう。
「それにしても、フォレス先生が戻ってくるまで随分と時間がかかったよね」
前回は自分たちの出生の話と、スフィとの話し合いで聞き損ねてたことが多かった。
この際だからと、ついでに話題を振ってみる。
「実は近衛騎士団の長に面会を申し込んでいたのです。しかし教職につくことで中央から離れて久しく、時期の問題もあって順番待ちで時間がかかってしまいました。暫くは実家の離れで待機していたのです。緊急で押し込む訳にもいきませんでしたから」
どうやらシステム的には優先度などに合わせて向こうから順次アポイントの連絡が届くらしい。そこですぐに応じられないと後回しにされてしまうため、泊まり掛けで待つことになってしまったようだ。
フォレス先生は数年にも渡って中央から離れていた元近衛騎士。
そんな状態で緊急度の高い案件を持ち込むとなると、どうしても色んな人物に探られてしまう。
なかなか大変なようだった。
「"お父君"にお伝えすることさえできれば、すぐさまお迎えに来られると思うのですが……今は密やかに聖王陛下や枢機卿長猊下のお耳に入れるのも難しく。力不足で申し訳もございません」
「それはいいよ」
そんなド派手なお出迎えなんてされた日には、2度と素顔でアヴァロンの街を歩けなくなりそうだ。
周囲との相談や心の準備をする時間が出来たと思えば、むしろすぐに連れて行かれず良かったまである。
「正直ちょっと気が重い」
「シルフィステラ聖下にもお伝えしましたが、お父君も母君もお二方のことを本当に案じておられました。知ってさえいれば何を置いても駆け付けたでしょう。見つけられないまま無為に時間を過ごした我々の言葉など軽く聞こえてしまうでしょうが、それだけは事実にございます」
「わかってるよ」
ぼくが気が重い理由はそこじゃないんだけど、外から見たらわからないのは仕方ない。
とはいえ説明するつもりも起きないので、適当に流しておく。
「そろそろ時間ですか。身の回りにはくれぐれもお気をつけください」
「大丈夫、それじゃありがと」
話していると時間はあっという間に過ぎてしまい、面談室から出て今度はまた職員室だ。
次はマリークレアが渡すを忘れたレクリエーションの参加申請書の提出である。
期限はまだ先だけど今のうちに出しておきたい。
それからお昼を食べたら錬金術関係の学部を回って頼まれた魔道具の調整をしたら共同研究の様子を見に行って、休んでる間に書いていた論文の考査を老師たちに……。
ん、あれ、ちょっとまって。
ぼくめちゃくちゃ忙しくない?
■
「アリス、だいじょうぶ?」
「ぷしゅー」
「ダメっぽいにゃ」
放課後、ラウンジでスフィたちと合流したぼくは力尽きて机に凭れ掛かっていた。
冶金学科では冶金錬金術師たちに絡まれ、物理学科では他の学科との抗争に巻き込まれ。
這々の体で逃げ出した研究室ではあのゴーレムクソバ……ウェンデル老師に論文を鼻で笑われた。
御札お化けことヴァーグ導師に貰ったのど飴を口に含んでカラコロ鳴らしながら、ぼくは盛大に溜息をついた。
疲れた、疲れたよ。
「もしかしてまたいじめられた?」
「ううん、今日はなかった」
言われて気付いたけれど、今日一日貴族組からの物言いみたいなのはなくなっていた。
意識してはいなかったけど、通りで過ごしやすいと思った。
まぁ嫌な視線そのものはちらほらあったけど。休学前と比べると雲泥だ。
「でも無事に温泉いけそうでよかったね」
「まーそれは良かったにゃ」
「心置きなくいけるように、色々準備しないと」
こっち側の騒動は完全に終結しているので、後は何事もなくスパを楽しむ準備だけだ。
魔道具の調整はまたしばらく大丈夫だろうし、研究もあとは先達任せ。
「水着とか夏に使ったのでもいいのじゃ?」
「えー、新しいのにしようよ」
「そもそもレンタルできるのでは」
「かわいいのがいい!」
「えぇ……」
因みに温泉施設といってもお風呂とは違って温水プールみたいなもの。
もちろん男女で分かれているけど、それでも水着と湯浴み着を着用することになる。
自分たちで持ち込むかレンタルするかで揉めたりしつつ。
何事もなく時間は進み……日付は10月の半ば。
とうとうレクリエーションの日がやってきた。
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