吹雪の夜に

 ホットスパ・アクアルーン。

 アヴァロン外周第6区アウターシックスにあるという大規模な娯楽施設。

 霊峰ロンデニオンから流れ込む湧き水を沸かし、火山地帯に湧き出す天然の湯泉を再現している。

 豊富な水を活用した湯殿だけでなく、サウナや岩盤浴なんかの設備も充実していて、貴族も訪れる名所である。

 以上、アヴァロン観光案内より抜粋。


「というか温泉施設での他校交流会とかどういう意図なの」

「本当はどっかの貴族の領地でやる予定だったのが急に変更になったらしいにゃ」

 ふたつが繋がらなくて疑問符がいっぱいだったが、ノーチェからの情報で理解した。

 玩具の街の一件からキャンプでの襲撃事件を受けて、学院側は予定を変えて街の中で完結させる方向に動いたらしい。

 タイミング的にぼくたちは関係ない。まったくもって関係ない。

「因みに決まったのは何日か前らしいにゃ」

「セーフ!」

「…………」

 大丈夫だと思ってたけどやっぱり完全にセーフだったのでフィリアは疑うような目で見るのをやめてください。

「スフィも行けないの!?」

「さ、さすがに無理じゃないかなぁ」

「いや外ならともかく街の中の温泉施設ならダメといわれることはないはず」

 外でのキャンプならタイミング的に絶対阻止されただろうが、外6区なら治安的にも安全といっていいはずだ。

 立地的にも中央6区セントラルシックスにも近い、いける。

「みんなでいけると良いのじゃがのう」

 まずは窓口になるであろうフォレス先生に直接聞いてみないといけない。

「雪が止んだら確かめないと……」

 こんなことで行動を制限されるなんてごめんだ、絶対に参加してやる。


「……外は凄い吹雪なのじゃ」

 リビングの庭側で、雨戸を開けて外を確認したシャオがげんなりした声を出す。

 大量の雪で大気が冷えたせいか風も強い、家がきしむ音がするくらいだ。

「なんか不思議な気分だにゃ」

 窓を閉めきっているから魔道具の灯りだけが部屋の中を照らしている。

 ノーチェの言う通りなんだか不思議な感覚だ。

 食事も終わり、疲労もあって少し眠くなってくる。

「……というか、なんで部屋の中そんなに寒くないのじゃ?」

「あれ、そういえば?」

「確かに変だにゃ」

 この家にも一応暖炉みたいなのはあるけど、まだ使われていない。

 ワラビが空気の流れを操って冷気を逃しているため、吹雪の中でも少しの厚着で我慢できる程度で収まっている。

 なお冷気の原因である雪の精霊たちは外に出ているので家の中の気候は穏やかだ。

「ワラビが冷気を外に逃がしてくれてる、それでもちょっと寒いけどね」

 ブラウニーが持ってきてくれた毛布にくるまりながら、ソファの上に寝転ぶ。

 寒さの影響を一切受けないブラウニーに食器なんかの片付けは任せてある。

「でも寒いから暖炉つけない?」

「薪ってあるにゃ?」

「奥の物置に積んであるよ」

 一応冬籠り用に購入しているので、備蓄は十分ある。

 ここで使ってもまぁ、あとで補充できるしいいか。

 物置は確実に寒いので誰が取りにいくかで少し揉めたあと、結局スフィたちは4人で身を寄せ合って向かうことにしたようだ。

 そろそろ『アリスばっかりサボってずるい!』と言われてもいい頃なんだけど、相変わらず自然に除外されている。

「別にそういう雑用を請け負ってもかまわないのだが?」

「行き倒れになってないかの心配になるから自分で行った方がマシにゃ」

「アリスはあったかくしていい子にしてて!」

 ぼくは相変わらず終身不名誉免除対象らしい。

「すーはー……よし、がんばるにゃ」

「お、おー!」

「もう寒いのじゃ……」


 連れ立って部屋を出る3人を見送り、ふうと息を吐いた。

 ……時間にすれば短かったけど、なんだか随分長く旅をしてきた気がする。

 村から逃げる形で近くの街に逃げ込み、そこでノーチェたちと出会い。

 化物イタチと命がけの戦いを切り抜けて、フォーリンゲンでは神の尖兵と遭遇した。

 永久氷穴ではシラタマと出会って、海賊に誘拐されたりサメの幽霊船に乗り込んだり。

 アルヴェリアに無事辿り着いてからも騒動ばかり。

 思い返すと色々あった。ありすぎじゃないかってくらい色々あった。

 ほんと、我ながらがんばってきたなぁ……。

 ひとつの区切りを迎えて気が抜けたのかもしれない、凄く眠い。

 扉の向こうできゃいきゃい聞こえる声を枕に、目を閉じた。



 パチパチと爆ぜる音と、乾いた木が燃える匂い。

 目を開けると、リビングの端に設置された暖炉の前に4人が固まっていた。

「あ、起こしちゃった?」

「……ぼくねてた?」

「"あっちの部屋"に運ぼうにも鍵が出せなかったにゃ」

 誰より暖炉に近い場所で丸くなっていたノーチェが呆れた顔で振り返った。

 不思議ポケットは無限に近い数の収納が出来て便利なんだけど、こういう時に不便だ。

「……あれ、そもそも鍵ってブラウが持ってるんじゃないの?」

「薪を持ってきたらね、ブラウニーちゃんがポケットの中に入れてたよ」

 スフィに言われてポケットの中に手を突っ込み、鍵を意識する。

 頭に思い描いたものが入っていると、そこに空間がつながるのだ。

「あったわ」

 言う通りだった。

 ……たまに入れた覚えがない物が入ってるのって、もしかして精霊たちが勝手に入れたりしてるから?

「でも折角暖炉に火を入れたんだし、慌ててあっちに行く必要はなさそうだけど」

「それもそうだけどにゃ」

 どうせ404アパートの和室で雑魚寝することになるだろうし。

 そう思いながらソファの上で身体を伸ばす、少し寝たおかげかスッキリした。

「なんか腹減ったにゃ」

「さっき食べたじゃん」

「少なかったもん」

 ぼくが姿勢を直すとノーチェとスフィがそんなことを言い出した。

 確かに普段と比べると量は少なかった、足りなかったのと時間が経って精神的に落ち着いたのとでお腹が空いてきたのかもしれない。

「ブラウ、何かある?」

「…………」

 ソファの傍で待機していたブラウがこくりと頷いて、台所へ向かうと焼き菓子の入った深皿を持ってきた。

 手作りバターを使ったショートブレッドだ。

 まぁ晩ごはんは済んでるし、いいか。

「お菓子にゃ!」

「わーい!」

 大げさに喜びつつも暖炉の前からは動かない、そんな4人の前にブラウが深皿を置き、ぼくの傍へと戻ってきた。

「アリスは食べない?」

「おなかはすいてないから」

 そう答えて、再びソファに寝転ぶ。

「ブラウのお菓子はやっぱうまいにゃ」

「うんうん」

 元々子供の喜びそうなものを作るスキルは高かったけど、好みに合わせて作れるようになってきたようだ。

 条件付きとはいえアンノウンが人間とうまく馴染めている光景になんだか嬉しくなる。

「そういえば、アリスは明日は学院いくんだよね?」

「そのつもり」

 スフィに声をかけられて気持ちを切り替える。

 積極的に休学する理由もとりあえずなくなったし、自由でいられるうちに楽しそうなイベントには参加したい。

「レクリエーション、一緒に行けるといいね」

「うん」

「つーか温泉って何があるにゃ?」

「詳しくはそこの書棚のアヴァロン観光案内に書いてある」

「おまえって妙な本よく買うよにゃ」

「情報は大事だし」

「まぁしっぽ同盟うちで一番稼いでるのはアリスだからいいんだけどにゃ」

「面白い本もおおいよ」

 暖炉の火が消えるまで雑談をして、終わったら今日は寒いからとみんなで404アパートの和室へ行った。

 結局エアコンの快適さには敵わないのだ、

 ブラウに門番に頼んで、みんなが広げてくれた布団に身体を寝かせる。

 ついさっき仮眠したばかりなのに、目を閉じるだけであっという間に意識が眠りにの中に沈んでいく。

 覚えていないけれど、何か良い夢をみたような気がする。

 

 翌日の朝、すっかり雪が止んでいた。

 夜中続いた猛吹雪が嘘のような快晴の空だった。

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