そしてまた日常
「アリス、おとーさんとおかーさんね、ずっとスフィたちのこと探してくれてたんだって」
シラタマを抱きしめたままリビングへ戻ると、スフィが安心したように尻尾を振っていた。
すぐ後ろに居るフォレス先生はなんだかホッとしている様子だ。
何とか誤解は解けたってところだろうか、詳しくはわからないけどスフィが安心したならそれはよかった。
「言葉が足らず不安に思われたことと存じます。申し訳ございませんでした、姫聖下」
「その姫聖下っての、人前ではやめてね、フォレス先生」
「ハッ」
というか
外で聞かれたら色んな言い訳が利かなくなってしまう。
「アリスはお姫さま、イヤなの?」
「シャオ以外を跪かせたい訳じゃないでしょ?」
「うん……んゅ? シャオはいいの?」
「いいリアクションしてくれそうだし」
お姫さまになってしまえば今までと同じではいられない、ぼくだってそのくらいの常識はある。
スフィのためならお姫さま扱いは我慢するけれど、身分なんかのせいでノーチェたちとの間に壁が出来るのは我慢ならない。
「ただいにゃー、戻ったにゃー」
そんな話をしている最中、渦中の人物たちが帰還した。
わざわざ大きな声で知らせるあたり、ノーチェも気遣いの出来る猫だ。
「おかえりー!」
スフィの返事を受けて、わかりやすい足音が近付いてきてひょこりとノーチェが顔を出した。
「話は終わったにゃ?」
「うん!」
「何とかまとまった、詳しくは後で話す。……ノーチェはぼくが一番信用できる人だから」
「…………承知しました」
言葉の最後に小声で牽制すると、フォレス先生も理解してくれたみたいで引き下がった。
これで裏側にいる人物にも伝わることだろう、警戒しておく必要はあるだろうか。
「出来合いの物を買ってきてしまいましたが、大丈夫でしたか?」
かすかに警戒をはじめたところで、ノーチェに続くようにして荷物を抱えたハリード錬師、それからフィリアとシャオも帰宅した。
匂いからして串焼きや揚げ物を中心に屋台の食べ物を買ってきてくれたようだ。
今から準備すると時間がかかりそうだったから助かった。
「それでいい、ありがとう」
「どう致しまして、お話は……無事に終わったようですね」
「うん、おかげさまで」
「それは何よりです」
ハリード錬師はといえば、敢えて深く聞くつもりはないらしい。
相変わらず引き際も距離感もスマートな男である。
「さて、夜も更けてきましたが我々はどうしましょうか。雪も強くなってきていますから、帰るのであれば今しかタイミングがありませんが」
荷物をおいたところで、ハリード錬師は帰る姿勢を見せた。
それを制したのはフォレス先生だ。
「近くで襲撃があったばかりなのだ、彼女たちだけという訳にも行くまい」
「貴族の男の人を泊められるような家じゃないんだけど」
フォレス先生の立場上仕方ないとはいえ、泊まるみたいな話になってくると家の管理者として普通に困るんだけど。
得に404アパートは最後の逃げ道としてバレる訳にはいかないし、かといって使わないのは不便過ぎる。
どうするつもりかと睨んでいると、心外だと言わんばかりの顔をした。
「安心してほしい、もちろん家の中に留まるつもりはない」
「まさか庭でテント張るとか言い出さないよね」
「いや、近くの空き家を借りるつもりだ」
そう来たか、確かにこのあたりには何軒か空いている家がある。
すぐ隣ってわけにはいかないけど、何かあれば即座に駆け付けられる距離だ。
「俺の仲間が既に手配している」
「なるほど、あの方たちですか」
「あぁ、手練だ」
直感が強者と告げていたあの5人だ。フォレス先生の連れてきた辺り、近衛の関係者だろうか。
何人かが残って護衛兼監視として動き回っているのか。厄介な。
一方で特に疑っていない様子のハリード錬師はあっさりと引き下がってしまった。
「警護の方も大丈夫そうですし、私も失礼しましょう」
「うん……ハリード錬師も今日はありがとう」
「いいえ、結局何もしていませんから」
「来てくれただけで安心した」
「そうですか、何よりです。また何かあれば頼ってください」
微笑ましげにぼくたちを見てから、ハリード錬師は足早に玄関に向かう。
性急な動きに少し驚きながら、見送ろうと追いかけて……玄関のむこうから見えた外の光景に納得した。
いや吹雪いてるじゃん……!
「これは早めに出ないとまずそうですね、挨拶もそこそこですが失礼させて頂きましょう」
「大丈夫なの、これ」
「どうやらここの近辺だけが吹雪のようです、これ以上激しくなる前に圏内から出られれば問題ないかと……それでは、また学院で。今度は考古学の講義も受けに来てくださいね」
「うん、気をつけてね」
どうやら雪の精霊が大量に姿を現した影響で、ここら一帯が吹雪になっているらしい。
これぼくが悪いのかな、いや襲ってきたあいつらが悪いってことにしたい。そうしよう。
「ハリードの兄ちゃん、気をつけてにゃー」
「お世話になりました!」
ぼくが自己完結したところでノーチェたちも追いついて、みんなでハリード錬師を見送った。
「……俺もそろそろ出よう、くれぐれも戸締まりには気をつけるように。それから何かあれば出来るだけ大きな音を立ててくれ、必ず助けに向かう」
「わかった、フォレス先生も気をつけて」
続いてフォレス先生も同じように見送った。
大人ふたりが吹雪の向こう側に消えていくの確認してから、寒いので玄関を閉じる。
ようやく人心地ついた。
最後に確認しておかなきゃいけないことがある。
「シラタマ、この吹雪いつまで続くの?」
「チュピピ」
わかんないじゃないんだよ。
■
大人組が出たあと、ノーチェたちにはすぐに情報を共有することにした。
隠しておいてものちのち解除不能の爆弾に変わるだけだ。
「というわけで、ぼくとスフィの親が判明した」
「マジかにゃ」
「誰だったの?」
ブラウが程よく温めてくれた屋台料理を皿に並べて。
みんなで食卓を囲みながら、ちょっと勿体ぶりつつわかったことを話す。
「えっとね、お姫さまだったの」
「にゃ?」
色々あって疲れているのか、まるっと過程をすっ飛ばしたスフィの言葉を補足する。
「両親は神星竜とその妃だった」
「は?」
「のじゃ?」
フィリアとシャオの目が点になった。
「…………は? え?」
どうしよう、フィリアとシャオが現実についてこれてない。
「父親は神星竜オウルノヴァ、ぼくたちは星竜と銀狼の間の子供だったみたい。フォレス先生から聞いた確定情報」
「びっくりだよね」
「すげぇところが親だったにゃあ、お前ら」
ノーチェの調子はいつもと変わらない、そのことになんだかとても安心した。
それに比べてうちの兎と狐は……。
「たたたたったたたたいへんしつれれれ、今までの! ひらにごようしゃくだしゃ!」
「あばばばばばばばば!」
ふたり揃って食べ物を放り出して床に平伏してしまった、いわゆる土下座の体勢だ。
やっぱこのくらいのインパクトある情報なんだなぁ、これ。
「ふぃ、フィリア? シャオ? ど、どうしたの?」
「礼儀作法を習ってるとこうなるんだよ」
「人に礼儀がにゃいみたいに言うにゃよ」
「今のところ高貴な出自の人達全員こうなってるんだよね」
フォレス先生は元近衛ってことは間違いなく貴族だろう。
そこのふたりも言ってしまえば高貴な血筋である。
ある種の呪いに思えてきた。
「ノーチェちゃん! ダメだよ! アリスちゃ……様とスフィ様は! 星竜姫様なんだよ!?」
「あばばばばばばばばば」
「でもにゃあ、そうしなきゃいけない場面だってんならともかくにゃ。お姫さまだったからってすぐに態度を変えろって言われたら、あたしはイヤにゃ」
ノーチェの考えは礼儀的に言えばきっと間違っているのだろう。
でもぼくたちはその考え方でいてほしいと思っている。
「で、でも……そんなことは……あ……」
顔をあげたフィリアは泣きそうだったけど、たぶん悲しそうなスフィの顔を見てわかってくれたのだろう。
それ以上言うことはなく、恐る恐る身体を起こした。
「ねぇフィリア、やめて……スフィそういうのやだ」
「この先どうなるかわからないし、いつかそうしなきゃいけない場面も来るかも知れない。でも今は、その時が来るまでは友達のままで居て欲しい」
「うんうん」
「で、でも……」
「それに、フィリアが貴族のお嬢様だってわかったときもぼくたち態度一切変えなかったんだし、おあいこでしょ」
「……う、うぅ……全然違うけど……わかった」
ちょっとやりづらそうにしながらも、フィリアはようやく立ち上がってくれた。
「あば、あばばば、あばば」
「そんでシャオはどうしたにゃ」
一方でシャオは未だに平伏したままハングっている。そのうちピーガガとか言い出しそうだ。
「普段あんだけぼくにマウント取ってくるのに……」
結果的に負けた判定をくらいそうなのがよほど悔しかったんだろうか。
「あの、たぶん……だけど。それが原因だと思う」
まだ少しやりづらそうなフィリアの言葉でなんとなく原因を察した。
「今までのマウントが全部跳ね返ってきて壊れちゃった……ってコト?」
難儀な。
■
結局、シャオは数分ほどしたら再起動した。
「だ、大丈夫なのじゃ、アリスもスフィもそんな器の小さいおなごではないのじゃ、信じておるのじゃ」
「シャオだいじょーぶ? おかお真っ青だよ」
「大丈夫じゃよな、て、手足を少しずつ刻まれたり、腰から上下に縄で引き裂かれたり、ど、どど、ドラゴンの生き餌にされたりせぬよな……?」
「人を何だと思ってるんだ」
ただし、再起動するなり残酷刑見本市に怯えるようになってしまった。
いつも通りにマウントを取りに来るシャオでいて欲しい。
やっぱめんどくさいから普段よりはもう少しだけ大人しくなって欲しい。
「シャオ、ファラリスの雄牛って知ってる?」
「な、何なのじゃ?」
「楽しいアトラクション」
「どういうことなのじゃ」
一部の尖りすぎた趣味の人達だけが楽しいアトラクションである。
実際に用いられた記録は残っていないから眉唾物らしいが、夜な夜な獲物を求めて彷徨うファラリスの雄牛なら見たことがある。
いやどうでもいいかこの話。
「冗談は置いといて、まためんどくさいことになる予感がするのでいざという時は力を貸して欲しい」
「力を貸すのはいいけど、洒落になってないにゃ」
「で、でもご両親が見つかったんだよね? それじゃあお家に帰るだけなんじゃ……」
「……そういうわけにはいかなかった」
現在、この国は星竜祭という7年に一度の大きなお祭りで、周辺諸国から大量の貴賓が集まっているわけだ。
当然ながら間諜のたぐいも引き連れて。
表では社交会で、裏では間諜たちによって情報の探り合いが行われている。
合間を縫って星竜の元へ送り届けるというのが難しいのだ。
「行方不明だったぼくたちを探すために恐らく裏の人間が多く動いてるみたい。おかげで間諜対策がガバガバ。あんな怪しいサーカスの侵入と誘拐を許して、ろくに対策も取れないくらい」
「なんとなくわかったにゃ……」
フォレス先生は言葉を濁していたけど、夜梟の深刻な人手不足はこれが原因だろう。
主原因が信頼した精鋭の裏切りって話だし、騎士たちからしてもトラウマになってるんじゃなかろうか。
「え、じゃあどうするの?」
「さっきフォレス先生が言ってた通りにしばらくは日常生活を続行する」
「だ、大丈夫なの? その、護衛とかは……」
「護衛をごてごてつけると、そこに何かありますって言ってるようなもの。隠しごとをするならあくまで普段通りでいることが重要」
不安そうなフィリアに理屈を説明する。
一応前世では外に出たら暗殺者と暗殺者が目の前で殺し合いをはじめて、通りすがりに助けられたと思ったらそいつは誘拐狙いでしたなんて環境に居たのだ。
そのあたりのノウハウはよくわかっている。
「って、さっき言ってた護衛が近くに家借りてるっていうのは良いにゃ?」
「ぼく、
「チュピピ」
肩に乗ってるシラタマが自慢げに胸の羽毛を膨らませる。
なおだいぶ前に抱えている腕がつらくなってきたので肩に移ってもらった。
「動向の監視、護衛の名目には十分なる」
精霊神連れた子供だって判明したんで精鋭に監視させてるんですよーハハハが通るようになってしまった。
少々派手に目立ったのはマイナスだけど、護衛をつけるという意味ではジャストタイミングでの暴露になったのは笑うしか無い。
「というわけでしばらくは平常運転で大丈夫だと思う」
「それはいいんだけどにゃ……」
「何か気になることでもあるの?」
そのあたりのことを伝えたところ、ノーチェの返事の歯切れが悪くなってしまった。
何か抜けがあるだろうかと頭をひねる。でもすぐには思いつかない。
「いや、そろそろ学院で次のレクリエーションがあるにゃ。
「…………マジで?」
「マジにゃ」
慌ててスフィを見ると、あっと言う顔をした。知ってたの?
ぼく何も聞いてないんだが????
「ふむ、スフィとアリスは流石に欠席するのじゃ?」
「「ええええ!」」
ヤダ!
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