シラタマの話

 リビングを出て部屋の中の気配を探ると、玄関から真っすぐ進んだ奥にある物置の中からすすり泣く声がした。普段は薪とかの資材を置いてある場所だ。

 追いかけてそっと扉を開けると、案の定スフィがいた。

「スフィ、風邪引くよ」

「…………。アリスじゃないから、へーきだもん」

「寒いでしょ」

 隅っこの方で膝を抱えているスフィの隣に座って寄り添う。

 今の時期、ここは冷える。

「…………フォレスせんせいは?」

「とりあえず保留しといた」

 言葉にするならこの表現が合っている気がする。

 耳を向けると、リビングの方でしばらく気配がうろうろしたあと、庭へと出ていったようだった。

 何も言わずに帰るとは思わないし、風で頭を冷やしているのだろう。

 ちなみに大人なのでブラウからはお客さん扱いされておらず完全放置である。

「スフィ、わけわかんなくなってね、いろいろ言っちゃった。悪い子だって、思われちゃうかな」

「スフィが悪い子なんておもわれるわけない」

 ひとりでずっと頑張ってきたスフィには文句を言う権利がある。

 あのくらいで拗ねて「やっぱりいらない」と言ってくるような"実家"なら、それこそぼくたちにとって無価値どころか有害だ。

 話を聞く限りだと、今はまだこっちのわがままが通るだろう。

 星竜祭が終わって落ち着いたあとはわからないけれど。

「……おとーさんとおかーさん、この国の神さまと、その奥さんなんだって」

「そうらしいね」

 ぼくの方もまだ情報を受け止めることが出来ていないのか、いまいち実感が湧かない。

「なんで、お迎えに来てくれなかったのかな。スフィたちのこと、いらないのかな」

「…………」

 スフィの疑問の答えをぼくは持っていない。だから嘘をつく。

「そんな事、ないと思うよ。事情があるみたいだったし」

「……そうかな」

「そうだよ」

「そうだと、いいね」

 親という存在にスフィが憧れているのはわかっている。

 スフィは、ぼくみたいに諦めているわけじゃないんだ。

 少しでも可能性があるのなら、スフィが家族を取り戻す可能性を捨てたくない。

「会えるのかな、おとーさんとおかーさん」

「フォレス先生は少し先になるけど、会えるって言ってたよ。色々問題があるから、会いにこれないし送ってもいけないらしいけど」

 そういう意味ではタイミングが悪かったというのは事実だろう。

 たしか星竜への謁見には聖王含めた元老院の議員たちと、複数の枢機卿の承諾を得る必要があったはずだ。

 精霊と距離感が近い体質を利用して何か情報が得られないかと、一応調べたことがある。

 他の人間にぼくたちの情報を知られたくないって考えるなら確かに無理だろうなと思う。

 調べた時の流れで、今の時期は聖王も枢機卿も他国のお偉いさんからの謁見申請がひっきりなしだと聞いた。

 たとえ錬金術師ギルドからの仲介があったとしても、今は無理だと諦めたのだった。


「少なくとも、ぼくよりフォレス先生の方が知ってると思う」

「そうだね……いきなりとびだして、フォレスせんせいに失礼なことしちゃった」

「もしも本当ならお姫さまなんだから、全然余裕でしょ」

 失礼でいうならぼくの方がよっぽどな物言いしたし。

 思いっきり上から命令口調で言いつけたけど、肝心のフォレス先生は上から言った方がなんかやりやすそうだった。

 そんなわけで、ぼくたちがお姫様だっていうのが事実なら、スフィの行動は許される範疇だ。

「……そっか、本当ならスフィもお姫さまなんだね……えへへ、夢がかなっちゃった」

「夢だったの?」

「うん、ナイショだったけどね」

 考えてみれば、スフィは一般的に女の子らしいって言われるようなものが好きだった。

 そう考えるとお姫さまに憧れるのも当然といえば当然だ。

 口にだしていなかった……いや、出せなかったのか。

「あの様子なら嘘ってかんじはしないから、なれるかもよ、お姫さま」

「そうかな、なれるかな?」

「たぶんね」

 親との関係がどうなるかはわからない。けれど立場的にお姫さまになることだけは間違いない。

 ア、なんだか鬱になってきた。

「スフィなら絶対かわいいお姫さまになれるよ」

「アリスもいっしょに?」

「…………」

「むぅぅぅぅ」

 目をそらしたぼくのほっぺたと、スフィがむにゅむにゅと両手で挟んでくる。

 冷えてしまったスフィの指先をそっと自分の手で包み込む。

「大丈夫だよ。スフィがぼくのことを守ってくれたみたいに、スフィの手の届かないことからはぼくが守るから」

 もうひとつだけ間違いないことがある。

 スフィの妹は、何があっても絶対にお姉ちゃんの味方だってことだ。

「――うん、ありがとね」

 ようやくいつもの調子に戻ってきたスフィがえへーと笑う。

 ほっと息を吐く。

「スフィ、ちょっとフォレス先生に謝ってくる」

「うん」

 立ち上がり、たたっと物置を出ていくスフィを追いかけようとする。

 だけど髪の毛を何かに引っ張られて、途中で足を止めた。

 頭の上にいるのはシラタマだけだ。

「……シラタマ?」

「チュピ……」

 こっちもこっちで、何か言いたいことがありそうだった。



 スフィとフォレス先生が話しているのを聞き流しながら、台所にある椅子に座る。

 シラタマが頭の上から飛んで、テーブルの上に降り立った。

 移動したのは流石に物置で長話はしたくないからだ、寒いし。

「シラタマ、どうしたの?」

「チュピピ」

 ごめんって感じの反応だ。

 確かに前々から何か知っていそうではあったけど、急にどうしたんだろうか。

「ピュルル」

「時間あるから、ゆっくりでいいよ」

「…………」

 言いにくそうなシラタマを待っている間に、ブラウが温かいお茶をくれた。

 ハリード錬師が戻ってくるまでもうちょっとかかるだろう。

「……チュルル」

「あぁ、やっぱり知ってたんだ」

 やはりというか、シラタマはぼくの出自について知っていたらしい。

「チュピピピ」

 こんなはずじゃなかった。

「チュルル」

 本当はもっとあとになるはずだった……と。まどろっこしいな。

「シラタマ」

「……」

「怒らないし、ぼくがシラタマを嫌いになることはないよ」

 あの白い鳥かごの中で、シラタマはずっとぼくを見ていてくれた。

 正体不明の怪物アンノウンらしい振る舞いを求められて、ただ上っ面だけアンノウンたちを友達と呼んでいたぼくと、本当に友達になりたがってくれていた。

 一度も向き合ったことがないぼくを信じて、この世界でもずっと待ってくれていた。

 こっちの世界にきて前世の記憶なんてものを思い出して。

 家族ができて、友達ができて、ようやく向き合う覚悟ができたんだ。

「今度こそ、ちゃんと友達になりたいから」

「…………ジュルル」

 申し訳無さそうな雰囲気を醸し出しながら、シラタマは教えてくれた。

 ニュアンスを翻訳することになるから正確とは限らないけど……。


 シラタマが言うには、かつてぼくと交流があったアンノウンたちにハリガネマンから計画の提案があったそうだ。

 その提案とは『あの子の家出計画』、ぼくが成人したくらいにいずれかの精霊が手引し、保護者からの家出を促す。

 旅の途中で合流していき、みんなでこの新世界を冒険する……なんて計画だったそうだ。

 子供っぽい計画だけど、精霊は基本的に人間族の子供に近い思考をしているので不思議ではない。

 問題は計画の提案者こそが、基本から外れた例外の典型みたいなやつだってことだ。


 ぼくがこっちの世界で転生した事を知らされ、再会を楽しみにしながら永久氷穴で眠りについていたシラタマ。

 そんなある日のこと、やってきたハリガネマンによって知らされたのは『あの子が誘拐されそうになった』という大事件。

 神々の骸を使った強制転移は阻止したものの、どういうわけかハリガネマンは親元には帰さずにちょうど良さそうな普人の傍へぼくを転移させたのだという。

 しかも月狼の加護を乗せたことで、あらゆる探知や捜索の力から隠される形で。

 おかげで星竜にも他の精霊にも探し出すことが出来なくなってしまった。

 結果的に誘拐されたのと大差ない。

 パスをカットしてそのままスルーとかほんと何がしたかったんだか。

 星竜すら防げない強制転移を阻止した方法は、『素直じゃない』『ツンデレ』みたいな意味合いの反応がきたので横に置いておく。


「ヂュルルル」

 永久氷穴にやってきたぼくはといえば、見るからに弱っていて見るに堪えない状態。

 つらい思いや危険な思いをさせる計画に加担したつもりはないと、ハリガネマンへの怒りを募らせながら助けるタイミングを伺っていたらしい。


「……どうやって永久氷穴に到着したのを知ったの?」


 どうやら月狼の加護は神獣の名を冠していることから相当に強力なようだった。

 シラタマが教えてくれた限りでは、月狼以上の力を持つ神獣でもない限り、どんな力を使ってもぼくたちの位置を探る事はできないようだ。

 フォーリンゲンで出会ったような神の使徒、神兵みたいなのがあれから追いかけてこないのもそれが原因だそうだ。

 今は契約の繋がりを辿ることでなんとなく位置はわかる程度で、気配を探るなんてのは出来ないということだ。

 その理屈でいうと、契約する前のシラタマがぼくの位置を察知出来るのはおかしい。


「チュピピ」

「あぁ、なるほど」


 何か抜け穴があるのかと思ったら、ある意味ですごく単純な答えが返ってきた。

 眷属である雪の精霊に氷穴の境界線を見張ってもらっていたらしい。

 因みにうちにいる鳥たちではなく、兎やオコジョ形態の眷属もいてそっちを配置していたようだ。

 静音性に優れる精霊に隠れられると、さすがのぼくでも見つけられない。


「ジュルル……」

 どうして今になって話してくれたのかといえば、『ぼくが知らないことを教えられない』っていう縛りがあるからのようだ。

 今回はぼく自身が自分の出自と行方不明になったあらましを知ったので、それについては話せるようになったらしい。

 つまり、だ。

「……ぼくたち、星竜の子供で確定かぁ」

「チュピ」

 フォレス先生からの情報にシラタマがお墨付きを与えてしまった。

 こんな形で答え合わせが来るとは思ってなかったわ。

「話してくれてありがとね、シラタマ」

「チュピピ」

 計画に加担していなければ、すぐに親元に……安全な場所に帰してあげられたのにと気に病んでいたのか。

 あらましを知ったのは誘拐後ではあったけど、結果的に黙秘という方法で加担する事になってしまったと。

 別にシラタマが仕組んだ訳でもないだろうに。

 まだ申し訳無さそうにしてるシラタマを両手でそっとすくい上げて、頬ずりする。

 ひんやりつめたい。

「ジュルルル」

「暑かろう、今日はずっとぎゅっとする」

 胸元に抱きしめると、もぞもぞしていたシラタマが丸くなった。

 ぼくの体温は高いから、雪の精霊からすれば灼熱の刑だ。

 今日は我慢して抱きしめられるぬいぐるみになるといい。

「冒険は楽しかったよ」

 大変だった、苦しいこともあった、嫌なやつも多かった。

 だけどノーチェやフィリア、シャオと出会えた。他にもたくさんの出会いがあった。

 決して嫌なものばかりじゃなかった。失ったものより、きっと得たものの方が多い。

 だから気に病むことなんてないのだ。

「そのおかげでシラタマとも、ちゃんと友達になれた」

「ジュルル」

 いつかのような上っ面だけの言葉じゃない、今度は心の底から言える。

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