竜玉は泥に塗れど玉のまま

ロストプリンセス

 フォレス先生のただならぬ気配を受けて、ハリード錬師はノーチェたちを連れて近くの店に夕飯の材料を買いに行った。

 気を使ってぼくたちだけにしてくれたのだ。

 おかげで家の中にはぼくとスフィ、それからフォレス先生だけになった。

 気まずい。


 3人だけのリビングにて、ソファに座って向かい合う。

 沈黙の時間がどのくらい流れたのか、ついにフォレス先生が口を開いた。

「アリス嬢、スフィ嬢……おふた方は別の"名"をお持ちではありませんか?」

 ある意味核心を突くような問いかけだ。それを知っているのはスフィとぼく以外ではノーチェたちしっぽ同盟の面々だけだ。

 思ったよりも直接的に来たな。

 隣のスフィが緊張のせいか手を握りしめてくる。

 大丈夫だと握り返しながら、一緒にフォレス先生を見る。

「なんで、知ってるの?」

 最初に口を開いたのはスフィだった。

「その"名"を、お聞かせ願いたく。とても重要なことなのです」

 スフィと額を突き合わせるようにして、後ろを向きながら小声で相談する。

「どうする?」

「あっちの持ってる情報と照合したいんだと思う」

「言ってもだいじょうぶなのかな、おじいちゃんはダメだって」

「教えないと、たぶん話が進まない。後はフォレス先生が信用できるかどうか」

 判断の難しい話だ。正直このあたりは微妙としか言えない。

 人柄を判断できるほど、ぼくたちはこの人のことを知らないのだ。

「おとーさんとおかーさんのこと、だよね」

「たぶんね……ぼくは……ごめん、スフィに任せる」

 ちょっと卑怯かもしれないと思ったけれど、ぼくは積極的になれない。

 スフィのことは姉として大好きだし、世界の誰より信頼してる。

 だけど、まだ見ぬ両親については……何とも言えない。

 マレーンの反応からすると王族に近しい人物なのは予想がついてるけど、どんな騒動に巻き込まれるかもわからない。

 ……あるいは、一度いなくなった子供をまた歓迎してくれるのかどうかも。


――お前なんか産むんじゃなかった! お前のせいで私の人生めちゃくちゃだ!

――死ね! 死ねよ! なんでまだ生きてるんだよ! この…………!


 ぼくはその……ちょっと"親"のイメージが悪すぎる。

 前世では諦めがついてたから、あまり気にしなかったんだけどな。

「……じゃあスフィが、言うね」

「うん」

 痛いくらいに手を握りながら、スフィは不安そうにフォレス先生へと向き直った。

「スフィの名前は、"シルフィステラ"っていいます。妹は"アウルシェリス"、です。おじいちゃんが森でわたしたちを見つけた時に、持ってたペンダントに彫ってありました」

「……その、ペンダントはお持ちですか?」

 フォレス先生から人間が緊張した時にする音がした。

 スフィに視線で促されて、ぼくは服の隙間から不思議ポケットに手を突っ込んだ。

 内部を探り、ふたり分のペンダントを引っ張り出す。

 見たことのない素材で作られた、不思議な色合いの白銀のペンダント。

 中心には青色の小さな宝石が埋め込まれている。

 古い文字で『あらん限りの祝福をシルフィステラへ』と『あらん限りの祝福をアウルシェリスへ』と、それぞれ書いてある。

 ぼくたちが拾われた時に持っていた、おじいちゃんに信頼出来る人以外に絶対に見せてはいけないと言われていたものだ。

「――!!」

 それを見た瞬間、椅子に座っていたフォレス先生が勢いよく動いた。

 咄嗟に袖の中に隠していた氷の短剣を取り出したところで、頭の上で警戒していたシラタマがぴょんと膝の上に飛び降りる。

 ぼくたちの警戒をよそに……気付くとフォレス先生は床に平伏していた。

 片膝をつくとかじゃない、両手と額を床につける文字通りの平伏だ。

「数々のご無礼、ご容赦頂きたく存じます。確認せねばならぬことだったのです」

「…………」

 どうしようかとスフィを見ると、しっぽの毛を逆立てて硬直してしまっている。

 代わりにぼくが聞くか。

「……それで、ぼくたちの名前がどうかしたの?」

「以前、あの不思議な街でお会いした際に、わずかですが髪の毛が白くなっている部分が見えました。今は髪の毛を砂色に染めておられるのでしょう?」

「う、うん、そーだよ」

 平伏したままのフォレス先生の答えに、やりづらそうにスフィが答えた。

 当時は確かにバタバタしていたし、多少塗料が削れていても仕方がなかったけど……あの時に何かを察したのか。

 それにしてもやりづらい。

 えーと、うーんと、こういうときは。

「面をあげい」

「ハッ!」

 ノリで言ったら通じちゃったよ。

 フォレス先生は声をかけるなり姿勢を正し、平伏ではなく片膝をつく体勢になった。


「ぼくたちは、まだ自分たちが何者かわかってない。知っていることを教えてほしい」

「失礼しました……。シルフィステラ様、アウルシェリス様。おふた方は我が国の主神であるオウノヴァ様と星竜妃セレステラ様の御息女にございます」

 想定外の言葉を受けて、ふたたびスフィと顔を見合わせる。

「え、えと」

「なにかの間違いじゃ?」

 万が一の可能性にかけて聞いてみると、真剣な顔で首を横に振られてしまった。

「銀の毛並みの双子の狼人ヴォルフェン、何よりもその名が刻まれた星竜の鱗の装飾を持つことが許された方は、竜姫たるシルフィステラ様とアウルシェリス様以外におりません。そのかんばせも、幼少のセレステラ様によく似ておられます」

 なんだかそれっぽい言葉を連ねられる。解析できなかったのは神獣の鱗だったからか。

 ……まだだ、まだ抵抗できるはずだ。

「でも、別の狼人がペンダントを拾っただけかもしれないし……」

「その鱗は神獣であるオウルノヴァ様から賜れた代物。星の光を宿す鱗は、許されぬ者が持てば夜の帳に溶け込むかのように黒く濁るのです」

「知らなかった……」

 そんな機能聞いてない。

 自分たち以外に触らせたこともないし、おじいちゃんも触ろうとしてなかった。

 今まで発覚してなかった衝撃の事実である。

「ぼくたち、森で見つかったらしいんだけど……そんな子供が何で森に落ちてた?」

 抵抗していていも仕方ないので話を進めた。

 一番気になるのは、ぼくたちは布に包まれて森に落ちていたってことだ。

 それもアルヴェリアから遠く離れたラウドの辺境の森に、身につけていたのは御包みとこのペンダントだけという状態で。

 何が起きてそんな状態になってしまったのか、前後の事情が想像もできない。

 フォレス先生の言う通りの出自なら、警護も相当に厳しいはずだろう。

「……お知りになりたいと思うのは必然でしょう。あくまで、私の知りうる範囲ではございますがお伝えします」

 フォレス先生は悩んだ様子ながら辛そうに当時のことを語り始めた。



 かつて起きた魔王の襲来による獣王国の崩壊。

 それに伴い、獣王の最後の姫が難民を率いてアルヴェリアに助けを求めてやってきた。

 時の聖王と獣王の仲は良好で、故郷を追われた獣人たちを聖王は快く迎え入れたという。

 その際に獣姫は先代聖王の第3妃となり、行き場をなくした獣王国の民は新しい居場所を得た。

 それから時間が流れて、落ち着いた頃に獣姫がひとりの女児を産んだ。

 現聖王の妹にして、のちの星竜妃となるセレステラの誕生だ。

 しかし獣王の姫は産後の肥立ちが悪く、セレステラが3歳の頃に身罷ってしまったらしい。

 悲劇を乗り越えてすくすく育ったセレステラは、ふとした時に星竜と交流を持つようになった。

 星竜との出会いは彼女に大きな変化を与え、庇護者とか弱い少女は時間をかけて愛を育んだ。

 そのうちお互いに夫婦つがいとなることを望むようになり、紆余曲折を経て結ばれる事になった。

 なにせアルヴェリア建国以来、初となる神星竜の妃の誕生だ。大騒ぎだ。

 ふたりの門出をそれはもう国を挙げて盛大に祝ったという。

 ……とはいえ、自国民ではなく難民扱いに近い獣人から出た星竜妃。

 それはもうあっちこっちと激しく揺れ動いたのだろうことは予想できる。


 セレステラ妃は結婚を機に王族籍から外れ、正式に星降の谷に居を移し平和に過ごしていた。

 更に時間が過ぎ、数えること今から9年ほど前。

 セレステラ妃が懐妊した。

 お伽噺にも出てくるけれど、竜と人の間に子供ができることはある。

 ただしそれは希少なケースだ。

 厳重かつ手厚い保護のもと、通常の獣人の妊娠期間を経て産まれてきたのは、狼人からしても竜からしても希少な双子の銀狼の女児だった。

 危険を避けるため、産まれてきたことすら隠しながら星降の谷で双子は育てられた。

 当然ながら竜の姫は厳重に、それはもう厳重に保護されていたという。

 双子が1歳の誕生日を間近に迎えたある日、内々での祝いのために星降の谷から聖王城へとやってきた。

 それが今から大体7年くらい前。

 厳戒態勢が敷かれる中、たった数日の滞在のために極小数の警備員は神経をすり減らしていたという。

 幸いなことに初日は平和に過ぎた、2日目も。

 きたる滞在3日目に、事は起きたのだという。


 セレステラ妃が久しぶりの帰城で開かれたパーティに参加している最中……。

「あろうことか、近衛の第2隊が裏切ったのです」

 警備にあたっていたのは信頼できる極少数の精鋭。

 その中で裏切ったのは、聖王からの信頼も厚いという近衛騎士団の第2部隊だった。

 第2隊の隊長の手引によって侵入してきた賊は光神教の連中。

 タイミングも悪く、星竜は竜の宝を狙ってきた神の化身とその兵を討伐するために出払っているところだった。

「賊の制圧そのものはすぐに終わりました。こちらも精鋭揃いでしたから」

 フォレス先生も当時の近衛として警備に参加していたらしい。

「瀕死のひとりが、姫聖下へと右手を向けたのです」

 第2隊も捕らえられており、戦いの片付けをしている最中のことだった。

 もちろん武装解除は済んでいて、何も持っていないのは確認していたという。

 オウルノヴァによる結界の守りもあった。

 更にはその場に居た高位の魔術師によって、防御結界が重ねがけされている。

 厳重過ぎるくらいの防御のはずだった。

「一番近かった私は即座にその男を斬り捨てようとしたのですが、戦いの中で病が発症していて……ほんの一瞬、出足が遅れてしまいました」

 それが致命的な失敗だったのだと、フォレス先生は項垂れた。

 痛みで動きが鈍ったのは瞬きの間。

 男を切り捨てる事はできた。

 しかし、そのときには既に男の右手は白い光を放っていた。

「姫聖下たちを光が包み込み、光が消えたときにはそこに姿はありませんでした。後に調べたところ、男は右腕の中に転移のアーティファクトを埋め込んでいたのです。オウルノヴァ様が仰るには、幾柱もの神を材料に作った使い捨てのものだったそうです」

 神星竜の結界すら貫通して転移させた道具は、複数の神を材料にして、使い捨て前提で作り上げた凄まじいアーティファクトだったようだ。

 神獣の力を上回るには、そのくらいしないといけなかったのか。

 今の時代、神々は冬の時代をもたらした魔王によって神界に追放されているらしい。

 どこでどう作ったのかは知らないけど、そこまでしてやることが誘拐っていうのが何ともきな臭い。

 しかも飛ばす位置も半端だし、どうなってるんだ……?



「その、星竜さまは、どうして探してくれなかったの?」

 疑問が多すぎて考え事をしていると、横からスフィの声が聞こえた。

 顔をあげると、涙目になっているスフィが目に入る。

「それには事情が……」

「なんで、なんで探してくれなかったの!? アリスだって、ずっと病気でくるしんでたんだよ、おじいちゃんだって! きてくれたら、おじいちゃんだって死ななかったかもしれないのに!! アリスだって、苦しい思いしなくてすんだかもしれないのに!!」

 こんなに感情を荒げるスフィは珍しい。

 流石のぼくでも、理屈じゃないことくらいはわかる。

「スフィ……」

「背中でアリスがどんどん冷たくなって、呼吸もよわくなって! 声をかけても起きなくて、ぐすっ、このまま、このまま死んじゃうんだって、もうスフィはひとりぼっちになっちゃうんだって! なのに! スフィたちのことはどうでもよかったの!?」

「いえ、そのような」

「もうやだ! わかんない!」

 フォレス先生の弁明も聞かず、スフィは走ってリビングを出てしまった。

 視線を天井付近にやると、ワラビがチリリンと小さな音を立てながらスフィを追ってくれた。

 さすが風鈴の精霊、空気が読める。

「シルフィステラ様!」

「たぶん、ちょっとパンクしちゃっただけ」

 途中で何を言っているのかと思ったけど、恐らく村を逃げ出したあの日のことだろう。

 意識のないぼくを背負って暗い森の中を逃げ回っていたんだ、たったひとりで。

 自覚はなかったけど、少しずつ死に向かっているぼくを守りながら。

 聞いた情報が多すぎて処理できないでいる間に、当時の感情がフラッシュバックして爆発してしまったんだ。

「大体事情はわかったけど、ぼくたちはこれからどうするの? 城に連れて行かれるの?」

 ひとまず肝心なことを聞く。その答えによってこれからの行動が変わってくる。

「心苦しいのですが今は外国からの客人も多く、情報を漏らさないためにも表立って動けない状態です。今回のこともギリギリでした。なにぶん第2隊のことがありますので……」

「現状維持ってこと?」

「いえ、可能であれば信頼のおける貴族の館にご滞在頂ければと考えています」

 さすがにこのままって訳にもいかないか。

 チンピラの襲撃もあったばかりだしなぁ。

「星竜祭が始まるまでは余人を介さずオウルノヴァ様にお話できる機会もありません。いましばらくのご辛抱を頂きたく……」

「……あとでスフィと相談して決める。今日のところは帰ってほしい」

「いえ、しかしこのままという訳には!」

 フォレス先生を静かに見やる。あっちの立場からすれば放置なんて論外だろう。

 可能ならこのまま秘密裏に連れ出したいくらいのことは考えているはずだ。

「ぼくたちは孤児として生きてきて、自分たちの力でこの街まで辿り着いた。この先どうするかを決める権利はぼくたちにこそある。ぼくたちを姫とやらと認めて頭を垂れたのが騙すための演技でないのならば、今は下がれ」

「ハッ!」

 短く強い返事をして、フォレス先生は片膝を突いたまま頭を垂れた。

 かなりきつい言い方になってしまったけれど、これでいい。

 今更出てきて危険だから館に閉じ込めよう……なんてふざけるなって話だ。

 ノーチェたちと無理矢理引き離されない保証はないし、そんなことしないと思えるような信頼もない。

「スフィと話してくる。今日はもう帰れ」

「しかし……いえ、仰せのままに。然るべき相手と相談して参ります」

 フォレス先生も今の状況で派手に抵抗されては困るのか、無理強いはしてこなかった。

 ソファから起き上がり、スフィを追いかけてリビングを出る。

 ……大体の事情はわかったけれど、これからどうなることやら。

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