織り成す禍福はいかに巡るか

「大人しく――」

「するわけにゃいだろ!」

「お兄さんたちのほうが"わるいひとたち"だもん!」

 警邏騎士団がとうとう剣を抜き近付いてくる。

 応戦するようにノーチェが翠色の雷を撒き散らし、スフィが吼える。

「アリス! 待て、警邏騎士と戦うのはまずいぞ!」

「こいつらこの区の警邏じゃない。担当さんたちとはよく挨拶する、気にしてたまに見に来てくれるから顔は覚えてる。そもそも警邏騎士かどうかも怪しい」

「我々は警邏騎士団所属の兵士だ!」

「じゃあ所属を言ってみろ」

「…………!」

 言えない時点で自分たちは真っ当なやり方をしてないって自白しているようなものだ。

 伯爵家が後ろ盾ならあとでなんとでもなるって算段なんだろうけど、浅はかな。

「か、カテジナ姉様、このやり方はあまりにも!」

「ここで何とかしなければ、この卑怯者達にフィルマ家は滅茶苦茶にされてしまいます!」

「自分の保身だろうが、話をすり替えるな」

「黙れ! また戯言を弄して罪を逃れるつもりか!」

 口角から泡を飛ばして叫ぶ女騎士を見てため息を噛み殺す。

 わざわざ音を聞かなくても焦りと恐怖が感じ取れた。

「これでもまだ、こいつを信じるの?」

「わ、わた、わたしは……そんな、でも」

「…………」

 お嬢様たちとローディアスがどう思っているかは表情を見ればわかる。

 どんどん孤立していく状況が、女騎士の狂気を加速させていくようだった。

「黙れと言っているだろう!」

「ブラウ、やめて……シラタマ、頼んでいい?」

「ジュルルル」

「……………………」

 モップで事故を起こそうとするブラウニーを止めて、代打のシラタマに出てもらう。

 いくらなんでも人死ひとじには不味い、言い逃れが利かなくなる。

「もういい、私が捕らえる!」

「シラタマと出会うきっかけをくれたことだけは感謝してるよ――おかげで大事なものを捨てずに済んだ」

「黙れ!」

 女騎士が剣を抜き放ち、距離を詰めてきた。

 容赦はないけど……正直速度は大したことないように見える。

 強者を見慣れているせいかなぁ。

「ジュリリリリリ!!」

「どけ、いかに精霊とてここは星竜の翼の下! 好き勝手できると思うな!」

 ジャンプして前に立ちはだかったシラタマの身体を、女騎士の剣が左右に両断する。

 斬られた身体がすぐ雪になって崩れた。

 やっぱりシラタマも接近戦は苦手分野だよなぁ、特に切断系の攻撃には弱い。

「シラタマちゃん!」

「いやあああ!」

 結構ショッキングな映像に悲鳴があがるものの、女騎士はひるまずに氷の椅子から立ち上がったぼくに向かって直進してくる。

「……シラタマ、知らない人が見るとやっぱ怖がるってこれ」

「ジュリリリリ!」

 女騎士が目前に迫った直後、氷の玉座が砕けて中からシラタマが飛び出す。

「があっ!?」

 勢いよく飛んでいった巨体が迫り、女騎士の顔面に飛び蹴りをぶちかました。

 不意打ちでもろに蹴りを食らった女騎士が派手に転倒する。

 シラタマは雪の精霊。雪を操る力を持った鳥じゃなくて、鳥の形をした雪だ。

 色々と条件はあるけれど、幻体アバターを破壊されても即座に再形成できるのが最大の強みである。

 ただ……僅かとはいえ消耗はするわけだし、防御軽視はどうかと思うけれど。

「カテジナ殿!」

「おい本気か、貴族相手だぞ!?」

 あからさまに焦りだす警邏騎士団の……もう衛兵でいいか。

「それがどうした」

 ぼくの大事なものに手を出すならただの敵だ。

 手を出す相手がどうのというなら、精霊に手を出そうとしてるお前たちの方が正気じゃない。

 もっともシラタマのやばい部分は街じゃ見せてないし、彼らから見るとより現実的な恐怖は貴族の方かも知れない。

 雪崩でサーフィンしながら魔獣押し流すのを見ていたなら反応も違うんだろうけど。

「ぐぅぅ、あくまで精霊の威を借るつもりか! 言っておくがこの国でそれは通用せんぞ」

「星竜が何とかしてくれるって?」

 顔をおさえる女騎士の負け惜しみを笑い飛ばす。

 彼らが精霊を畏れない最大の理由は、こっちとしても最大の懸念点である星竜が背後にいるからだろう。

 想像を絶する力を持つ、神獣に名を連ねる神星竜オウルノヴァ。

 それを敵に回して勝てるなんて自惚れちゃいないけれど……。

 アルヴェリアの歴史から推測するに、竜が動く理由は"人間ではどうにもならない脅威からこの地を守るため"のはずだ。

 シラタマが近くの雪山から全部の雪を引っ張ってきて街を押し流そうとでもしない限り、直接的にぶつかる可能性は低いと見ていい。

 というかマイクとあの怪鳥との戦いにも出てこなかったんだ、こんな騎士と孤児の小競り合いなんかで星竜が出てくるとは思えない。

「で、その星竜は一介の騎士に顎で使われるような存在なの? それじゃ亜竜より下じゃん」

「なっ、ふ、不敬な!」

「不敬なのはおまえたちだろうが」

 誰かが焦ったように不敬だの無礼だの言いかけるのに被せる。

 多くの国で自然災害並の脅威として扱われてる精霊に対して、真っ向から対抗できる手段が星竜だ。

 絶対的な強者への信頼と信仰からくる甘え、それがこいつらの危機感を鈍らせた。

「その不遜な振る舞い、かならず改めさせてくれる!」

「……残念ながら時間切れだね、お互いに」

 可能なら錬金術師ギルドに逃げ込みたかったんだけど、高速で飛行する何かの音が近付いてくる。

 会話中に時間切れがきてしまった。

 さっさと片付けて逃げ込むべきだったのか、待っていて正解だったのかまだわからない。

「何を言っている」

「おい、あれ!」

 衛兵のひとりが空を指さした。5区側の方角だ。

 空の向こうに見えたひとつの豆粒がどんどん大きくなってくる。

「飛竜……!?」

 近付いてきてハッキリ見えた飛竜は、かなりの速度で上空を横切っていく。

 ちょうどぼくたちの真上を通過した瞬間、飛竜の上から影がふたつ飛び降りてきた。

「うそだろ、人が!」

「竜騎士か!?」

 影のうちひとりは見慣れたスーツとコートの伊達男、ハリード錬師。

 もうひとりは連絡が取れなくて困っていた渦中の人、フォレス先生。

 学院で見かけるのと違ってかなり高価そうな軽鎧とマントといった、騎士の正装っぽい格好だ。

 ていうかあの高さから普通に飛び降りてきたよこの人たち。


「なんだこれは……」

「一体どういう状況ですか?」


 派手に登場したふたりは、酷く困惑した様子で周囲を見回した。

 チンピラが転がる中、何故か衛兵とぼくたちが戦闘状態。

 周辺には大量の雪の精霊が女騎士たちに向けて殺気を放っている。

 わけがわからないよね、ぼくにもわからん。


「そこのチンピラをけしかけた罪で、他区の衛兵に逮捕されそうだから抵抗してた」

 先んじて状況を伝えると、女騎士がこっちを睨んできた。

「貴様っ! 我々はそんなことは」

「黙れ、エーレス。お前にはフィルマ伯爵の名の下に捕縛命令が出ている」

 反論しようとする女騎士に対して、フォレス先生が冷たく言い放った。

 これには女騎士だけじゃなく、周囲の人間も驚いた様子を見せる。

「ルビナス卿!? なにを馬鹿なことを!」

 どうやら知り合いだったらしいふたりの睨み合いに、ちょっとついていけなくて首を傾げる。

 取り敢えずハリード錬師がぼくたちを守れる位置まで近付いてきてくれた。

「思ったよりだいぶ速かった」

「色々と事情がありまして、竜騎士の助力を得られました。エーレス卿がこちらに来ているのは想定外でしたが」

「なんか策略があったみたい」

 女騎士の名前はエーレスというらしい、たぶん家名の方だろう。

「そのようですね。先日グランドマスターが直接動いたことで話はついていたんですが……悪あがきが過ぎますね。子供に剣を向けてまで己の罪から逃れようとするなど」

「貴様は錬金術師か! 言いがかりはやめよ、私は騎士道から外れる行いなどしない!」

「……フィルマ伯爵が遠征隊の生き残りから証言を得たそうですよ? あまり見苦しい真似は貴女の家だけでなく主家の名誉にまで傷をつけるのではありませんか?」

 女騎士の矛先がハリード錬師に向かった。

 予想していた通り、グランドマスターが動いて話の解決に向けて動いてくれていたらしい。それにしても動きが速い。

「何故貴様がそのようなことを!」

「学院における彼女の保護者代わりを任されているもので、事情は聞かされています」

「…………」

「内々の話し合いが上手く行かなかったようですが、短慮が過ぎますね。主家の令嬢を唆し、学院内でアリスさんの悪い噂をばら撒くように動いていたのも把握されていますよ? 錬金術師ギルドの子飼の者たちによる情報なので精度は高いはずです」

 あぁ、それで学院でのお嬢様があんな動きになったのか。

 ローディアスはお嬢様や女騎士の話を鵜呑みにしてしまったと。

 知らない獣人と良く知る真面目で正義感の強い騎士なら、あっちを信じるのも当然か。


「わけがわからん……錬金術師ギルドが何故その獣人を庇うのだ! ただの無礼な落ちこぼれではないか!?」

「上位クラスの優等生の中に混じった、成績下位クラスの落ちこぼれ。確かに貶めやすく見えるのでしょうね」

 口元だけで苦笑しながらこちらを見てくるハリード錬師に、やれやれという肩をすくめるジェスチャーで返す。

 落ちこぼれなのは素の実力だ。

 絶妙な難易度のテストがつまらなすぎて、一問解く間に意識があっちこっち行って3分の1くらいで時間切れになるんだもん……。

 時間内にクリアできていない時点で言い訳も何もない。

「ただ……話し合いの結果、伯爵は情報を正しく認識されたようです。それでも貴女に最後の機会を与えたいと願ったそうですよ。ですが、貴女は行動を起こした。貴女が居ない事に気づき、今朝早くグランドマスター宛に伝令が送られてきました、既に捕縛命令が出ているそうです。雪の精霊とグランドマスターからの連絡が同時に来た時は何事かと思いましたが、間に合ってよかった」

「チュピッ」

 鳴き声がして空を見上げると、羽ばたきながらふわふわと雪のように落ちてくる雪の精霊が見えた。胸元に小さい鞄が見えるのでお使いをお願いした子だろう。

「おつかれさま」

「チュリリ」

「キュピピ」

 伸ばした手のひらにぽふりと落ちてきた雪の精霊が満足げに羽を膨らませた。

 置き場所がないので一旦肩に乗ってもらおう。


「彼女が妙な真似をしないか、当主様も心配しておられたようですが……まさかこのような軽挙妄動に走るとは」

「最悪全員ぶっ飛ばして錬金術師ギルドに駆け込む予定だった」

「アリスさんも無茶なことを考えますね……戦力的には十分だったのかもしれませんが」

 ハリード錬師は未だに臨戦態勢を取っている雪の精霊たちをぐるりと見回す。

 それから呆れたように肩をすくめた。


「お前たちもお前たちだ、甘言に惑わされた代償は高くつくぞ」

 話が一段落したあたりで、今度はフォレス先生が衛兵たちを睨みつける。

「我々は……」

「言い訳は聞かん、警邏騎士団の団長殿に直接報告させて貰う」

 ピシャリと言い放ったフォレス先生に、衛兵たちは顔面蒼白になった。

 やっぱ権力って強いなぁ。

「ちょっと待ってください」

「カテジナ様に捕縛命令ってどういうことですか!?」

 衛兵たちが黙ったところで、ずっと困惑していた女騎士の仲間が声をあげた。

 ハリード錬師がぼくたちを庇うように前に出る。

「フィルマ伯爵がグランドマスターと面談し、騒動の原因を正確に把握されたのです。遠征隊の生き残りや御令嬢の証言から彼女に非がある事実を認め、正式な謝罪をもって手打ちにする予定だったと聞いています」

「そんな……カテジナお姉様、嘘ですよね? そちらの獣人の罠にはめられたと、そう仰ったじゃありませんか! どうして黙って居るのですか!」

「…………」

「迂闊に喋ると矛盾するくらいはわかっているらしい」

 やれやれとまた作ってもらった氷の椅子に腰掛ける。

「……私は! 我がエーレス家は!」

 こちらを睨みながら女騎士が立ち上がった。


「フィルマ伯爵に代々仕えてきたのだ! 全てはフィルマ家のためだった! あそこの……永久氷穴の恐ろしさをお前たちは知らないだろう!? 少し前まで談笑していた仲間が、気付けば凍り付いた骸になっているあの世界を! 僅かな暖や凍っていない食べ物を奪い合い、仲間同士が騙しあい殺しあう世界を! 仕方なかったんだ、お嬢様をなんとしても無事に帰すためだった! エレオノーラ様の病が治り、私の遠征の功績が認められオリビアの婚約も決まった! これからだった、これからだったというのに! あの時、あの時お前たちさえ死んでいれば……!」


「カテジナ……姉様?」

 逃げ場をなくした女騎士の吐露を聞いて、事実に気付いた様子のお嬢様の声が絶望に震えた。

「…………ノーチェたちには悪いけど、どうでもよかったんだよぼくは。シラタマともう一度会えたことの方が遥かに重要だったから。おまえの顔も忘れてたくらいだ」

 また出会うこともなければ女騎士をスルーしていたかもしれない。ぼくにとってこいつの重要性はシラタマの万分の一にも満たない。

「おまえがあの時のことを謝ってきたのなら、違う結末はいくらでもあった。少なくともぼくは許していたし、ノーチェたちをなだめてたよ」

 別に争う気はなかったんだ、謝罪の上でお願いされたならお互いにとって穏やかな着地点を考える事もできただろう。

 その未来を捨てたのはフィルマ家で、その発端はこいつの"嘘"だ。

 流れからして、ヒアリングされたこいつが堂々と嘘をついたんだろう。

 そこに信憑性があったから、それまでの信頼があったから周囲が騙された。

 絡まりあった糸が拗れに拗れて、この有様だ。

「あの時ぼくたちが生きていたから、あの時誰も死ななかったからまだ取り返しがついたんだ。今回の一件は忠義のためでもなければ、仕方がなかったことでもない。おまえが保身に走ってかき回したせいで滅茶苦茶になったんだ」

 こいつはただ、自分の立場に傷がつくのを恐れただけだ。

「――貴様ァァ!!」

 立ち上がった女騎士が剣を構えてぼくへ向かって突進してくる。

 精霊たちが剣呑な気配をまとわせながら翼を広げ、ブラウがモップを手に盾になろうと前に出る。

「アリス!!」

 慌ててこっちに来ようとするスフィに視線を送って大丈夫だと伝える。

 そうしている間にも、近付いてくる女騎士の前にフォレス先生が立ちはだかった。

 目にも止まらぬ速度で抜刀された剣が、女騎士の手から剣を弾き飛ばした。

 続けて放たれる蹴りが女騎士の胴体を打ち、吹き飛ばされた女騎士が地面を転がった。

「ぐあっ……」

「見苦しい……あまりにも見苦しいぞ、エーレス。アルヴェリアの騎士として貴様の所業は我慢ならん」

 ハリード錬師を頼ったつもりが普通にフォレス先生に助けられてしまった。 

「挑発しすぎですよ、アリスさん」

「むかついたから」

「気持ちはわかりますが、お気をつけください」

「善処する」

 結局、頼った方のハリード錬師にはたしなめられてしまった。

 まぁ最悪シラタマたちが守ってくれてたし……って他人頼りかい。

 なんか情けなくなってきたな。

「これ以上の狼藉は俺が許さん」

「ぐぅ……」

 フォレス先生に言われた女騎士の仲間や警邏騎士たちは、なんとも言えない表情で肩を落としていた。本当に騙されていただけだったのかな。

 お嬢様とローディアスはショックが大きいのか何も言えないでいる。

「フォレス先生、そいつはどうなるの?」

「保身のために主を謀り、無辜の児童に剣を向ける。アルヴェリア騎士としてあるまじき行為だ。軽い罰では済むことはない、つるぎの剥奪もあり得るだろう」

 剣の剥奪のの重大さがよくわからないけど、貴族側の陣営が息を飲んでいることから相当に重い罰を食らう見込みのようだ。

 だったらもう、それでいい。

「だってさ、みんな……思った通りの結末じゃなかったけど、これでいいかな?」

「……ま、いいにゃ。なんか……こういうのにゃんていうんだ?」

「うん……かわいそう? ちがう、あわれ?」

「哀れ、だにゃ。もうこれでいいにゃ」

「そう」

 フォレス先生に剣を突きつけられた女騎士は逃げ場なしと思ったのか、力なくうなだれている。

 まるで糸の切れた操り人形みたいだ。


 やっぱり、彼女は真面目で正義感があったんだろう。

 そうじゃなければ、ここまで人に信頼されない。

 ……パンドラ機関には対アンノウンを想定した回収と殲滅のための部隊が存在する。

 ここにやってきた時に見た彼女の目は、過酷な戦場から帰ってきた特殊部隊の人の目とよく似ていた。

 その人は自分の部隊を守るために民間人や他の部隊を生贄にしたことで心を病み、狂ってしまった。


 巨大な未踏破領域の探索帰りにしては人員が少なすぎた彼女たち。

 時期を同じくして永久氷穴の深部で巨大アイスワームと戦闘になっていた一団。

 彼女たちが探していた希少な花は、氷穴の深部に咲くと聞いている。

 あの女騎士を狂気に陥らせた、暴挙を冒してでも否定したかった罪は……一体どんなものだろうか。

 そんな興味も、ぼくはきっと明日には忘れてしまうだろう。


 永久氷穴から続く因縁の糸と一緒に、まるで断ち切られたように。



 暫くして警邏騎士団率いる数台の護送馬車とともになってやってきたのは、なんというか……全員が強い人特有の気配を放つ一団だった。

 格好こそまるで冒険者なものの、軍の精鋭と言われる方が納得いく。

「彼等は……」

「ルビナス卿もだが、あの方たちはもしや」

 ルークとマリークレアの護衛がやってきた強者5人を見て何やら驚いている。

 知ってる顔でもいたんだろうか?

「連行しろ」

「ハッ!」

 フォレス先生の指示を受けた見慣れた顔の衛兵さんたちが、テキパキとチンピラたちを片付け、護送用の馬車に詰め込んでいく。

「お前たちも同行して貰うぞ」

「俺たちの縄張りで随分となめたマネしてくれたな?」

「…………」

 女騎士の息がかかった他の区の衛兵たちも、バツが悪そうにしながらも大人しく従っている。

 自分たちのやばさがようやくわかってきたようで、青ざめている者も居る。

 遅いって……。

「ルビナス、こいつは」

「フィルマ伯爵の子飼の騎士で、まだ貴族だ。裁定はフィルマ伯爵に任せることになる」

「チッ、わかった……」

 妙に殺気立った強者のひとりが暗い瞳の女騎士の腕を強引に持ち上げて、馬車へと乱暴に放り込んだ。

 そこには貴族女性への優しさとか思いやりなんて欠片もない。

 もはや完全な犯罪者扱いだ。

「犯罪者の収容が完了しました」

「ご苦労、彼女の護送の指揮は任せる」

「わかった、ここは頼む」

 テキパキと処理を済ませて、警邏騎士団と一団たちが去っていく。


「ふぅ」

 残ったのは暗い顔をした女騎士サイドの人間たちと、何とも言えない表情のこちらサイドの人間。

 それから神妙な顔のフォレス先生とハリード錬師。

「…………」

「…………」

 沈黙が続く中、辺りはすっかり暗くなり街の明かりが灯り始める。

「暗くなっちゃったね」

「アリス、ちょっと寒い」

「なんか嵐のようだったにゃ」

 空気を裂いて言うと、スフィとノーチェが乗ってくれた。

 空気が柔らかくなったところで、厳しい表情のローディアスがこっちに近付いてきた。

 警戒するスフィとノーチェに庇われながら、椅子から立ち上がりローディアスと見つめ合う。

 数秒、数十秒。何やら随分と悩んでから覚悟を決めたようにローディアスがぼくを見下ろす。

「……俺が間違っていたようだ。酷い言いがかりをつけてすまなかった」

 素直に謝ってくるとは予想外で、思わずこっちが固まってしまう。

 ……うーん。

「ぼくも、もっとちゃんと向き合って話してみるべきだった。落とし穴に落としてごめん」

 こういう手合は話なんて聞かないと決めつけず、ちゃんと話してみるべきだった。

 それからでも遅くはなかったのに、楽な方を選んだ。

「そこは本当に反省したまえ……。ただ、俺も申し開きを聞いたとて、疑わずにいれたかは怪しかった。両成敗で済ませてやろう、俺が広めてしまった君の噂はできる限り訂正しておく」

 呆れたような、困ったような。それでもどこかスッキリしたような苦笑を浮かべて、ローディアスは臣下を引き連れて立ち去っていく。

「あ、あの、ローディアス様」

「すまない、頭が混乱しているんだ。話は後日にしてくれたまえ……失礼する」

「…………」

 途中で話しかけてきたお嬢様に答えもせず、スタスタと通り過ぎていってしまった。

 結果的とはいえ利用されたことに思うところがあるようだ。そりゃそうか。

「君たちも家に戻りなさい」

「……わかり、ました」

 随分としょげた様子のお嬢様も、他の女騎士たちに付き添われて馬車に戻る。

 あっちの方も大丈夫そうだ。


「わたくしも寮に戻りますわ、ルークさんはどうしますの?」

「聞きたいことは山程あるが……寮の門限があるからな。あとで話は聞かせてくれ」

「わかったにゃ」

 マリークレアとルークも寮に戻ることにしたようだ。

 今から戻るとギリギリ、ゆっくりしてる時間はないか。

「落ち着いたらちゃんと話す、色々とありがと」

「気にするな、なんとか解決しそうでよかった」

「中々派手で気に入りましたわ、またお会いましょう……ミリーさんはさっきからそこで何していますの? 早く馬車に乗ってくださいまし」

「いや……ちょっと、はい」

 結局ミリーはローディアスからずっと隠れてたな……。いや大正解ではあるんだけども。


 友達が次々と馬車で帰宅していき、最後に残ったのは……ぼくたちとフォレス先生とハリード錬師。

 じっとぼくとスフィを見るフォレス先生が、酷く真面目な表情で近付いてきた。

「スフィ嬢、アリス嬢。君たちに話がある」

 一難去ってまた一難。いよいよ自分たちのことにも向き合うべき時が来た。

 名前を呼ばれたスフィがぎゅっと抱きしめてくる。


 紆余曲折を経て、随分こじれながらここまできた。

 ぼくたちの実家関係が、この先一体どうなることやら……。






【あとがき】―――――――――――――――――――――――――――――――――――

実家、実家、実家……うーん、憂鬱。


だってさ、今更本当の家がどうの、両親がどうのと言われても。


なんかめんどくさい匂いがぷんぷんしてるし。


鼻の弱いぼくが言うなんて相当だよ。


ねぇ、ねぇ、スフィ。もうずっとこのままで良くない? え、ダメ?




次章『竜玉は泥に塗れど玉のまま』


近日中に開始予定

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