絡まりあって

「飛び出したと聞いて心配していたんですよ、エレオノーラ様!」

「ごめんなさい、シータ……私じっとしていられなくて」

 鎧を身に着けた騎士らしき女性と話すエレオノーラ。

 そして静かに暗い瞳でこちらを見る女騎士と、睨み返すノーチェたち。

 何故か剣呑な気配を纏っている警邏騎士たち。

 ……うーん空気が重い。

「あ、ミリーは無事?」

「大丈夫だけど、ごめん今は……!」

 気になって覗いてみたら、隠れたまま暴れ出しそうなリンクルを抱えて必死に宥めていたらしい。

 良い判断だと思う。

「なんで……お前がここに居るにゃ」

「お嬢様を迎えにきたのだ……お前たちの企みから守るためにな」

 距離があって身体の出す音まではわからない。

 シラタマとの再会の方が大事すぎて出会った当時の様子は忘れてしまっていたけど、今の目付きには目付きは覚えがあった。

 狂気が染み込んでしまったようなあの目はまるで……。

「この者たちはそこのゴロツキ共と繋がっている」

「はァ!?」

「何……?」

 女騎士の真剣な声に顔色を変えたのは、ローディアスと居た執事風の男性だった。

 ローディアスを庇うようにしながらぼくたちを見る。


 とはいえぼくたちは策略とは縁遠い獣人幼女。

 流石に困惑が8割、疑惑が2割ってところか。

 一方で女騎士の後ろに居る警邏騎士は鋭く睨んでくるだけだ。嫌な気配だなぁ。

「フィルマ家に仕える方と見受けるが……それは一体どういうことですかな」

 沈黙の中、代表して口を開いたのはマリークレアの護衛のおじさんだった。

「その者たちは以前、とある場所で魔獣に追われる私たちの隙をつき強盗を働こうとしたのだ。失敗してそのまま逃げおおせたようだが、今は保身のためか過去の所業を都合よく塗り替え、私に罪を擦り付けんとしている……。更には先日学園の視察に赴いた際、とある方から情報を頂いたのだ。ローディアス様に害をなさんとしている者とそいつが繋がっているとな」

「ムゥ……」

「むちゃくちゃ言うね」

 彼女が追い詰められているのはわかるけど、いくらなんでも強引が過ぎる。

 ぼくたちがローディアスを襲撃させる理由がないし、ストーリーを作るにしたって何もかもが不自然過ぎる。

 アルヴェリアも王侯貴族の治める国とはいえ、そんな無茶が通るとは思わないんだけど。

「ぼくたちにはそれをする理由……が……ちっ」

 言っている最中に気づいてしまった。

 ぼくたちには存在しない理由は、後ろの子にはある。

 しかも動機のある子と結構親しげに付き合っている。

「アリス?」

「……本命はそっちか」

 ローディアスがいなくなれば、リーブラ家の次期当主はミリーだ。

 資格は既に十分過ぎるくらいにある。

 重要なのは外から見た理由だ、本人の思考は関係ない。

「ローディアス様は我々のためにお前たちを正そうと動いてくださっていた。それに腹を立てたお前はローディアス様を害する企みに加担した……」

「休学していれば、なんとかして話をつけようとぼくのところにやってくる。そこを狙って襲うようにこのサイケデリックなチンピラたちをけしかけたって?」

「サイケデ……? こほん、そうするように言われたのだろう? ローディアス様の排除を狙う者から」

「……なるほどね」

 ぼくが主犯ではないことにして、違和感を誤魔化した。

 作りたいストーリーはきっとこうだ。


 権力争いをする悪い大人に騙されて悪事に手を貸してしまった下賤な孤児。

 利用された愚かな子供を罪に問うのは心苦しい、だから巻き込まれた被害者であるフィルマ家が懇意にしているリーブラ家にも取りなしてやろう……と。

 ミリーは犯罪を問われてリーブラ家から正式に追放され、フィルマ家に弱みを作ったぼくたちはあちらの要求を大きく飲む形で公式に和解する事になる。

 思ったよりも大分頭を使ってきた、でもなぁ……。

「そんな無茶苦茶なことするわけにゃいだろ……バカじゃにゃいのか」

 ノーチェがつぶやく。色々感情が渦巻いた結果のような、複雑そうな声色で。

「そうやって誤魔化そうとしても無駄だ、お前たちの罪は白日の元に晒されるだろう」

 ゴロツキを押さえていた警邏騎士たちが、ぼくたちの方へやってくる。

「……なるほどね、連行したゴロツキたちから、都合よくぼくたちが関わってる証言が出てくるってわけ?」

「大人しくしなさい。君たちにも詳しい話を聞かせて貰わなければならない」

「もう話はついてるのかって聞いてるんだ、駄犬ども」

「……いいから、大人しくしなさい!」

 苛つきながらも無表情を装う警邏騎士は答えをはぐらかす。

 子供相手にこんなやり方をして、お前たちに迷いがない時点でおかしいんだよバカ。

「ふざけるにゃ、こっち来るにゃ!」

「う、うわっ!?」

 にわかに騒がしくなる。

 ルークとマリークレアを無視して、絶賛女装中のミリーにまで向かっていることからしてもこいつらはあっち側で確定だ。

 見覚えがない人ばっかりだし、本来はこの区画の担当じゃないのだろう。

「待ってくれ、その子たちはそのような卑怯な真似をする子では!」

「そうですわ、少なくともアリスさんはそんな地味な子ではありませんわ!」

「いやぼくは地味だと思うけど」

「まぁ、自覚がないのかしら!」

「あぁん?」

「この状況でよくそんな会話ができるな君たちは!?」

「……どうかお下がりください。話は後日伺わせて頂きます」

 ルークが庇ってくれようとしてるけど、既に流れは決まっているのか多数の警邏騎士たちは嗜めるようにぼくとルークたちを分断する。

 マリークレアはよくわからないけど庇ってはくれるようだ。

「別の土地であったという、貴族への強盗未遂についても話を聞かねばならない。本来なら厳しい罰があるが……幸いあちらは大事にする気はないと仰っている。だから大人しくしなさい」

「うーん……」

 どうしたもんかな。

 グランドマスターから「君なら大監獄でも抜け出せる」みたいなこと言われたので、並の監獄なら飛び込んで暫く遊んでみるのも面白そうだとは思う。

 けどなぁ、敵の思惑通りにもなりそうでそれは嫌だな……。


「だからっ! あたしらはそんなことしにゃい! するもんか!」

 ノーチェの悲痛な叫び声に、思考が現実へと引き戻された。

「観念しろ、嘘は通じん。自らの犯した罪からは逃れられんのだ」

「黙るにゃ、さっきから嘘ついて、人に罪なすりつけてんのはてめぇだろうが!」

「無礼な! カテジナお姉様はアルヴェリア騎士の鑑! そんなこと絶対にしないわ!」

 女騎士はお仲間らしき人たちからも信頼されているようで、お供の女騎士たちは剣呑な視線を向けてくる。

 警邏騎士たちも同じで、まるで犯罪者を見るような視線をぼくたちに向けてくる。

 ……少なくともぼくたちが強盗未遂をしたという部分は本気で信じているのかな。

「だからっ! したんだよ! 永久氷穴ってところで! そいつとお嬢様がアイスワームに追われてるのを助けてやったにゃ! 死んだ母ちゃんが、まっすぐ生きろって言ったから! 胸を張れるよう生き方しろって言ったから助けたんだ! にゃのにその女! アリスを人質にして、荷物を奪って! しかも雪原の、ワームが作ったっていうでっけー穴に放りこんで殺そうとしたにゃ!」

「嘘よ! カテジナお姉様がそんなことする訳ない! 絶対嘘だわ!」

「嘘じゃにゃい!! ドロボウはそっちの女にゃ! あたしらは悪いことなんて何もしてにゃい!!」

 容疑者の必死の叫びは、正義を信じる者達には空々しく聞こえるものだ。

 しかし何故かノーチェの言葉を聞いたマリークレアの護衛にまで疑いの目線を向けられるようになった。

 ……あれ?

 カテジナの口元が勝利を確信したように弧を描いていた。

 あ、やべ。

「ノーチェ、ダメ」

「ならば!」

 止めようとしたぼくの声は、より大きな女騎士の声がかきけした。

「ならば……どうしてお前たちは生きてここにいる? お前の言う通りならその大穴とやらは"フロストホール"ではないのか? 永久氷穴を知っている者ならば知識としてあるだろう、巨大なアイスワームの移動跡だ。遠征の折、この目で見たが並の装備では登り切る前にワームに食い殺されるだろう。まさしく天然の罠! 荷物を奪われそこに放り込まれた子供が、いったいどうやって助かったというのだ!」

「ッ!」

 世間の認識は彼女の言葉通りだ。

 よく考えなくても普通の子供がその状況から生還できるわけがない。

 実際、獣人の身体能力でも抜けることはできなかっただろう。

 無事に出ることが出来た理由の大半は、ぼくの抱える多数の秘密の中にある。

 以前はルークたちにもおおよそ不自然じゃない程度に省いて経緯を話はしたけど……流石に助かった方法について疑問くらいはありそうだった。

「そ、れは……」

「どうした、答えられないのか?」

 口ごもりながらこちらを見るノーチェ。スフィとフィリアも泣きそうな顔でぼくを見る。

 秘密がバレればどれだけ面倒なことになるのかは、何となくわかっているんだろう。

 錬金術に、異世界に通じる扉に、異次元空間に繋がるポケット。

 あげくの果てに愛子以上に精霊に好意を持たれる謎の体質。

 ……知られてしまえば、人の社会で生きづらくなることこの上ない。


「…………!」

 それがわかっているからか、ノーチェは泣きそうな顔で唇をぎゅっと結んだ。

 あの子がこんなに苦しそうにしている姿をはじめて見た。

 ……………………………………あぁ、そっか。

「……忘れてた」

 昔は信じてもらうより、おちょくる方が楽だったんだ。

 力をひけらかすより、隠す方が安全だったんだ。

 たいちょー直伝のすっとぼけをしていれば、嫌な奴等は勝手に怯えて自滅していく。

 表面上は友好的な顔しているやつだって、ぼくがこういう態度を取ると露骨に安心していた。

 信じてほしいと真摯に振る舞う怪物より、何を考えているかわからない意味不明な怪物の方が彼等は理解しやすかったんだろう。

 誰にどう思われようと、スフィやノーチェたちにだけ信じて貰えればいい。

 それ以外はいらないって、そう思っていた。

 ノーチェたちがどう思うかまで、ちゃんと考えてなかった。

「ノーチェ、ごめん」

「…………別にいいにゃ。お前……バレたくにゃいんだろ? 面倒そうだもんにゃ。それに、なんとかする手はあるんだよにゃ?」

 小声で言って、諦めたように拳を握るノーチェ。

 仲間を守るために信念を曲げて嘘つきのレッテルを受け入れようとしてくれているんだ。

 そうだったね。ノーチェは出会った時からそういう奴だった。

 悪態をつきながらもぼくたちを受け入れて、義理もないのに一緒に怪物と戦って、こんな旅にも付き合ってくれた。ノーチェは最初からずっと"いい奴"だった。

 必死にいいやつで居ようとしてた。

「あとでなんとかする手はある」

 脱獄だろうと裏工作だろうと、ぼくはそれでも構わない。

 ぼくの体質やシラタマたちについて公になってしまう方が後々面倒だ。

「でも……正面突破でいいや」

「にゃ?」

 裏からなんとかするやり方じゃ一時とはいえ冤罪を甘んじて受けることになる。

 理不尽な偏見の中で生きてきて、それでもまっすぐ生きようとしてる彼女の道に泥をかけることになる。

 友達を嘘つきにして平気なやつは、漢じゃないよな。

「永久氷穴から脱出できた理由なら、もう散々見せてるんだよ……シラタマ!」

「キュピピピピ!」

 ぼくの呼びかけに応えて、シラタマが目の前に堂々とフルサイズで顕現する。

 それから家に住まう雪の精霊たちが一斉に飛んできて、周辺に降り立つ。

「こ、これは……雪の精霊!? なぜここに」

「なんて数だ」

「可愛い……」

 驚いた様子の敵の面々が呆然と集った精霊たちを見上げている。

 塀と言う塀に降り立った雪の精霊の数は目算で軽く100を超えている。

 数が多いせいか、周辺の気温が一気に下がってちらちらと粉雪が降りはじめた。

「改めて紹介する。シラタマ……雪の精霊神にして永久氷穴の主。と、その眷属たち」

「キュピピピピピ」

「ジュルルルル」

「チピピッ」

 ふんぞり返るシラタマに合わせて、精霊たちが一斉に鳴き声をあげる。

 呆然としている女騎士たちに向かって、作ってもらった氷の杖を突きつけた。

「シラタマはぼくの相棒だ。雪の精霊神が味方なんだ、永久氷穴だろうが豪雪地帯だろうが、ぼくにとっては家の庭と変わらない」

 正確に言うなら"シラタマにとっては"だけど、わざわざ説明してなんてやらない。

「…………馬鹿な、精霊神の愛し子だとでもいうのか」

 静まり返った場に誰かの呆然とした言葉が響く。

 流石に想定外だったのか、女騎士は唖然としたまま動かなくなってしまった。

「ふふ、ふふふ、やっぱり派手ですわ!」

 この状況でもいつも通りなマリークレアは大物になれると思うよ。


「……お前イヤじゃなかったにゃ? その体質、バレてもいいにゃ?」

「なんとかなるよ。そんなことより、ノーチェを嘘つきにしたくないし」

「アリス……」

 心配そうなノーチェに軽く返す。

 愛し子を持つのは基本的には精霊、大精霊だとかなりのレアケースだという。

 精霊神の愛し子だなんて噂が広まったら流石に今まで通りとはいかないだろう。

 だけどまぁ、ここまできたら年貢の納め時でもある。

「今はそれより、連行されることのほうがまずい」 

 今の目的は連行阻止だ。

 状況から見て女騎士は相当追い詰められているようだった。

 こんなリスキーかつ無茶なやり方に手を出すくらいには後が無いと見える。

 やつの目は罪を重ねて逃れられなくなった人間のそれだ。


 連行されたら無理矢理でも罪を確定されて処罰されかねない。

 ぼくはいい、錬金術師ギルドが後ろにいる。スフィはぼくと姉妹だから影響を受ける。

 フィリアは実家が貴族だし、シャオも貴族扱いになるから無茶は出来ない。

 ……一番まずいのはノーチェだ。

 ぼくたちの中で唯一明確な後ろ盾がない、一時とはいえ捕まれば社会的なダメージが大きい。

 自分のことしか見えてなかったのは反省しなきゃ。

「……その雪の精霊が、本当に永久氷穴の主だという証拠はないだろう」

「マジでいってんの?」

「い、いえカテジナ殿、流石にこれは」

 女騎士の発言は苦し紛れにも程がある。

「どっこいしょ」

「キュルルルル」

 白い氷で作ってもらった椅子に腰掛けると、シラタマの指揮に応じて肩や手すり、背もたれのあたりに小さい雪の精霊たちが集まってきた。

「精霊を統率できるのならば、少なくとも大精霊か精霊王クラスなのでは」

 精霊は相性にもよるけど、自分より上位の精霊に対してはそこそこ従う傾向がある。

 人間は上から神獣、精霊神、精霊王、大精霊、精霊、小精霊、微精霊なんて精霊たちを階級分けしているけれど、当の精霊たちもその区分け自体を否定していない。

 そして自らの眷属を持つようになるのは大精霊以上だ。

 少しでも精霊の知識があるなら知っているはず。


「貴様らの言うことには信憑性がない、その者たちを拘束しろ!」

 なんともまぁ諦めの悪い。

 ただ永久氷穴の主がこっち側とは想像もしていなかったのか、先ほどまでの余裕は感じられない。

 警邏騎士団は精霊相手に手を出しあぐねているようだ。

 精霊と戦いなんてごめんだろうし、無理をするだけの正当性がないのは本人たちが一番理解しているんだろう。

「ノーチェは嘘なんてついてない――不当な拘束は断固拒否する。強行しようというなら覚悟してもらう」

 ぼくの言葉が聞こえていたのか、モップを手にブラウニーがのしのしと家から出てきた。

 ……あれ、ちょっと拗ねてる?

「ノーチェ、スフィも全力で抵抗していい、あとはぼくがなんとかする。フィリアとシャオは家のこともあるだろうからルークたちと下がってて」

 逃げ場のあるフィリアとシャオはルークたちに任せておくことにする。

「わかったにゃ」

「うん!」

 スフィとノーチェも覚悟を決めたように武器を構えた。

「うぅぅ、だめ、みんなを見捨てられない!」

「ふん、わしを仲間外れにして暴れようなどと、しゃらくさいのじゃ!」

 下がっているようにいったフィリアとシャオまで武器を手に前に出てしまった。

 ルークたちのところに居てくれた方が面倒がなくてよかったんだけど……まぁいいか。

 揃ったしっぽ同盟みんなで武器を構え、女騎士と警邏騎士団の緊張が高まる。

「あくまでも抵抗するつもりか?」

「そもそもこんな無茶が通ると思ってんの? お前らも」

「…………」

 警邏騎士団は答えない。

 わかっていても止められない事情があるってことか。

 つまり覚悟があるってことだろう、それなら同情はしない。

「――全てはフィルマ家のために、その者たちを捕らえよ!」

 女騎士の指示に従って、警邏騎士団の人間が武器に手をかけた。

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