やがて捻れて

「どういうつもりか、聞かせてもらいに来た」

 ずかずかと近付いてきた、なんとかって貴族の咆哮。

 それを受けてミリーが素早く馬車の陰に隠れた気配がする。逃げ足が速い。

 見つかるとこんがらがって話の軸がブレるから、隠れてくれるのが正解なんだけども……なんだかな。

「ごめん……!」

 ミリーが馬車の陰から小声だけど謝ってきたのでゆるそう。


「許可なく女子と距離を詰めるなど紳士にあるまじき行為ですわよ、ローディアスさん」

「まずは落ち着かれよ、一体何があったのですか」

 ルークとマリークレアが流れるように間に入ってくれたおかげで、推定ローディアスが眉間に皺を寄せながらも立ち止まった。

「何があったのかだと!?」

「その子は錬金術師ギルドの長だけでなく、お父様にまで嘘を吹き込んだのよ!」

「……?」

 どうしよう全く心当たりがない。

 首を傾げていると、女の子の方がますます眼尻を吊り上げた。

「昨夜、カテジナお姉様がお父様に呼び出されて、よりによってそこの平民に謝罪しろと言われたのです! カテジナお姉様は卑しい盗人からヴィクトーリアお姉様を守ろうとしただけなのに! その上オリビアとラキース様の婚約も白紙にすると! 可哀想にオリビアは一晩中泣いていたのよ!?」

「さっきから聞いてりゃ、言いがかりにゃ! 悪いのはあの女にゃ! 寒い中魔獣に追われてるから助けてやったのにゃ! なのに! 荷物を奪ったのも、アリスを殺そうとしたのも全部あいつにゃ! こっちは反撃もしてにゃい!」

「嘘よ!」

「お前らが嘘ニャ!」

 シャーと毛を逆立てているノーチェと女の子の言い合いが始まってしまった。

 水掛け論だよなぁ。

 どうしようかと横に居るスフィを見ると。

「――――ウ゛ゥ゛ゥゥ」

 あ、ダメだキレてる。

 それにしても、これまでかなり上からかましてきていたのに急に翻してきたな。

 グランドマスターが思ったより早く動いてくれたのかもしれない。

「嘘つき!」

「あなたたちの方が嘘つきだわ! 卑怯者!」

「卑怯なのはお前らにゃ!」

 うーむ、状況がますます混迷を極めてきたな。

「おいおい、なんだこりゃ、ガキ多すぎだろ……どうなってんだ?」

 甲高い罵り合いを止めたのは、この辺では見かけないチンピラ風の男の声。

 袖が肩の辺りで裂けたみたいになくなっているジャケットに、肩に入れ墨があって口元や耳に鈍色のピアス。

 髪の毛は油か何かで固めて逆立てて汚らしく、擦り切れて膝のあたりが破けている厚くて丈夫な生地のズボン。

 腰のベルトにはあまり手入れされてなさそうな古びた長剣と、これまた鈍色のチェーンがジャラジャラしている。

 そんな男を筆頭に、似たような風体の男たちがゾロゾロと現れた。

 いろんな道を塞ぐようにして……ミリー関係で雇われたチンピラってところか?


 そいつらは警戒するぼくたちをじろじろと見回したあと、何やら相談をはじめる。

「ローディアスってどいつだ?」

「えーっと……普人のガキだろ」

「何人かいんぞ? わかんねぇ、全員ヤッちまうか?」

「仕方ねぇ、ヤッちまうか!」

「それでいいべ!」

 よくねえよ。

 思わずそんなぼやきが口から出そうになるやりとりだ。

 頭が痛いを通り越して頭痛が痛くなってきそうだ。概念攻撃かな。

 どこでこんな逸材揃えたの、これで揃えるの逆に難しいでしょ。

 それにローディアスの名前を言ってるけど、思い切りターゲット間違えてないか?

 もしかして"手を出すな"って言われた相手を勘違いしてる?

 一応確認しておこうか。

「あの、ちょっとお聞きしたいのですが」

「アァ!? 何だてめぇ文句でもあんのか!」

「半獣のガキが生意気なんだよ、なめてんのか!」

「なめてんじゃねぇぞ半獣の分際でよォ!」

「ごめんぼくこいつら苦手」

「くぅん」

 なんかもう……相性が悪いわ。困った様子のスフィに抱きついて癒やしてもらう。


「坊ちゃま、お下がり下さい!」

「賊とあらば黙ってはおれません、お嬢様はお下がりを」

 ローディアスの馬車近くに居た黒いスーツを着込んだ執事っぽい男の人と、マリークレア側にいた軽鎧の壮年男性が剣を抜きながらぼくたちを庇うように構える。

「な、なに……なんですの!?」

「なんだ、この賊どもは! ちいっ、俺の後ろに!」

 同時にローディアスが剣を抜き、一緒に来ていた女の子ごとぼくたちをかばう仕草を見せた。

 ……ふむ?

「なんでぼくたちまで庇うの?」

「ふんっ! それとこれとは話が別だ! この国の貴族として賊は見過ごせん」

 そういえば、かなり水の中に落としてるのに一度も暴力で返されたことがなかったな。

 少しだけ彼の評価を上方修正しておく。ただのバカぼんぼんってわけじゃなさそうだ。

 嘘でも演技でもなさそうだし、これは完全に別件……にしては思いっきりローディアスの名前でてたよなぁ。

 距離があって聞こえてなかったっぽいけど。

 ただ状況が相当にこんがらがってきていることだけはわかる。

「アリス、おねえちゃんのうしろにいて!」

「うん」

 とはいえ、こいつらも間が悪い。

 貴族の護衛がいるタイミングで、よりによってぼくたちの家の目の前で仕掛けてくるなんて。

 ……とはいえあまり調子に乗っていると変なフラグになりかねない。

 早めに手を打っておいて良かった。

「貴様ら、我々がブルーローズ家の護衛と知っての狼藉か!?」

「アァン!? 知らねぇよボケ!」

「ブルーだかローザだか知らねぇが、イキってんじゃねぇぞコラ!」

「なんと……!」

 マリークレアの護衛が貴族の威光が効かなくて動揺してる。

 というか貴族が何か知らない可能性もあるんじゃないの?

 こいつら夜にガラスに映った自分にガンつけられたとかいってマジ喧嘩してそうだよ。

「おい知ってるか、半獣って結構高く売れんだぜ」

「マジかよ、ガキはいいとこの奴等もいるっぽいし、こいつぁ大儲けできそうだぜ」

 聞こえてくる会話からしても、国内の人間じゃないだろう。

 アルヴェリアの人間はどれだけこっちを下に見てこようとも半獣って言葉は使わない。

 外周8区あたりから密航者でもかき集めてきたのかな。

「男の護衛は殺っちまえ!」

「うおおおお!」

 チンピラたちがろくな手入れもされていない武器を手に襲いかかってくる。

「なんと愚かな……!」

 迎え撃つように護衛らしき壮年男性が剣を抜き放つ。

 傷を丁寧に補修された痕跡がある刀身が光る。主と共に戦場を生き抜いてきた剣だと名乗りをあげているかのようだった。

 確かに武器なんてものは使い捨てだ、壊れてしまえば乗り換えるものだ。

 だけど使っている間は自分の命を預ける相棒である。

 腕のいいやつはそれがわかっているから、自分の得物を粗雑に扱ったりしない。

 手入れを怠って錆びた剣が折れた時、死ぬのは自分だからだ。

「地味な連中ですわね、トリオン……切り捨てなさい」

「ハッ! ルーンブレイド!」

「あ、待っ」

 止める間もなく壮年の男が剣を振るうと、青い光が三日月のような形で飛んでいく。

 悲鳴とともに血しぶきが飛び、光の刃を受けた男たちが倒れた。

「いでええええ!」

「斬られたっ、助けてくれぇ!」

「邪魔だてめぇら!」

「分前が増えたぜ!」

 しかし他の連中は怯まない。ここまで行くと"彼我の実力差"みたいな概念がなくなるらしい。

 ゴブリンとどっちが頭がいいんだろう。

 ……いやそうじゃなくて。

「家の前が血で汚れたんですけど」

「あの、アリスちゃん、今そんな場合じゃないよ!?」

 血液って綺麗にするの大変なんだよ、病気の感染源にもなるし。

 あいつらどんな病気持ってるかわかんないし!

「おのれ狼藉者ども! 坊ちゃまには指一本触れさせん!」

「ええい、お前たちの住んでいる場所の治安はどうなっているんだ!」

 ローディアスが文句を言うけど、残念ながら元凶は君の家である。

「ノーチェ、判断は任せる」

「にゃ?」

 どっちにせよ乱戦は始まってしまった。

 リーダーのノーチェに指示を仰ぐ。

「あー、巻き込まれたなら仕方にゃいよにゃ、戦闘開始にゃ!」

「おー!」

「う、うん!」

「うむ、目にもの見せてやるのじゃ!」

「シラタマ、氷で武器作ろ……」

「ジュルルル」

 かくしてシラタマ製の武器を手にノーチェたちも戦闘に加わり、ものの20分ほどでチンピラどもは片付いた。

 特に何か言う必要がないレベルでみんな圧倒してた。


「……こいつら何だったにゃ?」

「さぁ?」

 全員無傷で鎮圧が終わり、貴族の護衛組がテキパキと賊を拘束していっている。

 普通にただのチンピラだったし、この襲撃に何の意味があったのか理解できない。

 不気味に思いながら警戒していると、足音と気配が近付いてきた。

「エレオノーラ様! ご無事ですか!」

「シータ! カテジナ!」

 女性騎士を中心とした一団で、エレオノーラの知り合いだったらしい。

 彼女たちの後ろには制服から見て警邏騎士団も居るようだ。

 ふむ……と思いながらやり取りを眺めていると、スフィが小さく唸っているのに気づいた。

「スフィ?」

「ぐるるる……」

「なんであいつが居るにゃ……!」

 …………?

 んー、あー……もしかして。おっけーそういうことね。

「まぁあの子はフィルマ家のお嬢様なんだから、あいつが来ても不思議じゃない」

 そう、忘れもしない……あいつはあの女騎士だ。

 ぼくはスフィたちと同じく、無言でエレオノーラの手を握っている女騎士を見た。

「…………アリスちゃん、あのね? 念のため言っておくけど……あの子の手を握ってる人の隣に居る人、だからね?」

 フィリアに言われて、その隣に立つ女騎士を見た。

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