縄のごとく

 話した後、せっかくだから少しゆっくりしていけばいいという話の流れになった。

 ルークとマリークレアがスフィとフィリアに案内されて庭を見に行ったところで、ミリーに気になっていることを聞いてみる。

「というか、ミリーは寮から出て大丈夫なの?」

「それはお……私も心配だったんだけど、その、リンクルが行けって」

「風の精霊だっけ……ちょうどいいや、呼べる?」

「え……」

 どうやら契約してる風の精霊に言われてやってきたらしい。

 今呼べるかどうか聞いてみると、予想外だったのかぎょっとされてしまった。

「その、私の精霊術の先生が気軽に精霊を呼び出してはいけないって」

「シャオー」

「常識じゃ、前に話したじゃろう?」

 シャルラートと半分こしたマフィンをかじっていたシャオが少しズレた返答をよこした。

「いや、手本」

「む、なるほどのう、そっちか」

 精霊術に関してはぼくよりシャオの方が説明しやすいだろう。

 ぼくの場合は呼ばなくても勝手に出てくるし、精霊術師の常識が通用しない。

「シャオちゃんって……水の大精霊様の? え、もしかしてずっと呼んでるの?」

「そうじゃ。シャルラートはむしろ喜んでおるぞ」

「まさか」

「精霊の対応は普通の人間と愛子で断崖絶壁の上と下くらい差がある。一般的な精霊術師の感覚が、愛子の場合は必ずしも正しい対応とは限らないってこと」

「そのようじゃな、わしも最初は戸惑っておった」

 めったに居ないらしい愛子に精霊への対応を教えられる術者なんて、たぶん殆どいないんだろうなぁ。

 何故かこの場に3人も集まってる訳だけど。

「あと、風の精霊に興味がある」

 どういうわけか、風の精霊は海の生き物っぽい姿をしているのが多いらしい。

 風の大精霊が海産物なのかそれとも別の姿なのか気になる。

「……うーん……呼ぶのはいいけどちょっと……その、気難しいから、気をつけてね?」

 なんかちょっと嫌な予感がする言葉を告げてから、ミリーは詠唱を始める。

「……汝の名は渦巻く風、翠緑を繋ぐ者、花運びの兎。我等が結びし縁と約定に従い、我が元へきたれ盟友……『リンクル』」

 ミリーの頭上で風が渦巻き、毛に緑色のグラデーションが入った兎が現れた。

 耳が羽のように大きく広がっていて、気配を探っているのかピクピクと動いている。

 エメラルドのように透き通ったつぶらな瞳がぼくを見つけた。

 ふわりと空を飛びながらこちらに近づいてきて――いつの間にか近くに来ていたワラビによって風で床へと叩き落とされた。

 シラタマじゃなくてワラビかぁ……。

「リンクル!?」

「なんか懐かしいのじゃ」

「シラタマたちとシャルラート、最近は普通に仲良しだもんね……」

 シラタマたちは最初は顔を合わせるたびに謎のバトルが勃発していたけど、今ではたまに一緒に遊んでいるところも見る。

 精霊バトルを見るのは久しぶりだ。

「何ノンキにしてるの!? 精霊同士の戦いなんて下手したら街が……」

「じゃれあいみたいなものだから平気……たぶん」

 本気で焦っている様子のミリーをなだめる。

 見慣れてしまったけれど、マスコットがじゃれあってるように見えて怪獣大決戦みたいなものだからね。仕方ないね。

「――! ――!!」

 その一方で床で倒れていた兎が立ち上がり、タンタンと後ろ足で床を蹴りつける。

 ワラビは我知らずといった様子でチリリンと風鈴を鳴らした。

「それで、その子がミリーの契約精霊なんだ」

「……う、うん。風の大精霊のリンクルだよ」

「前に攫われた時はどうして呼ばなかったにゃ? そいつ弱いにゃ?」

「――!?」

 ソファに寝そべって眺めていたノーチェが疑問を漏らすと、ギロリと擬音を出しそうな勢いで兎が反応した。

 何かしようとした瞬間、また風で押しつぶされてへなっと倒れた。

 シラタマはわかるんだけど、もしかしてワラビも結構強い精霊だったりするのかな。

 精霊に関する感知能力がないから力の高低が良くわからない。

「リンクル、お願いだから暴れないでよ……」

「――!!」

 凄い勢いでストンピングしている様子を見るに、大人しいタイプではないんだろう。

 迂闊に呼び出すと無差別攻撃しかねない感じかな。

「若いのう……とシャルラートが言っておるのじゃ」

「何となくわかった」

 どんなに強力でも制御の利かない味方は頼りにくい。

 気持ちは凄くよくわかる……。

「でも、普段から一緒に居てコミュニケーションを取らないと、ずっと信頼できないままだよ」

 ぼくも以前は薄っぺらい言葉で機嫌を取って、結局彼等と向き合うことをしなかった。

 だから信じることもできなかったし、いざという時に頼れなかった。

 あの時もシラタマたちを信じて頼れていたら、もっと違った結末に…………あの時?

「愛子じゃなくても精霊と仲良くできるアリスちゃんが言うと、説得力が違うね」

「……あ、うん、まぁそんな感じ」

 ミリーが恐る恐るリンクルを抱き上げると、耳をパタパタ動かしていたのが暫くして大人しくなる。

 風の兎の機嫌は回復したみたいだ。

「少なくともここにいる間は大丈夫、この家は愛子だらけだから」

「あはは、スフィちゃんもシャオちゃんもだっけ……凄いパーティだよね」

 それにしても、『スフィが愛子として精霊をぼくの護衛につけてる』という言説は完全に根付いているようだ。

 本来なら精霊に最も近しい愛子ですらこれなんだから、固定観念って怖いと思う。

 まぁ肝心の精霊に聞いても「スフィは愛し子」「アリスはちがう」みたいな反応されるんだけど。

「せっかくだから、精霊と一緒に少しのんびりしたらいいと思う」

 もしかしたらそのためにここに来るように伝えたのかもしれないし。



 友達の訪問は、思った以上に楽しい時間だった。

「みんな心配してましたわ!」

「早く復帰できるといいんだけど」

 ブラウが作ってくれたお菓子を食べながら、マリークレアやミリーからクラスメイトの様子を聞く。

 休学しまくりだけど、なんだかんだでクラスメイトは心配してくれているらしい。ありがたいなと思う。

 そうやって話し込んでいるうちに、時間はどんどん過ぎていった。


 話に区切りがついたところで、気になることがあって少し離れることにした。

「ふーむ」

 屋根に登って耳をぴんと立てる。

 家の脇には馬車が横付けされていて、そこから僅かな人の気配がする。

 こっちはマリークレアの従者だと思う。

 問題は周辺をうろついている気配の方だ。

 このザ・素人な感じには覚えがある。この間のやつらの亜種だろうか。

 ぼく狙い……にしてはピンポイントがすぎる、ミリー狙いで追いかけてきた……馬車を?

 違和感があるけれど、いまいちそれが繋がらない。

「複数本の糸がこんがらがってるみたいだね」

「チュピピ」

 頭の上のシラタマに声をかけると、風邪をひくからそろそろ戻ろうと叱られた。

 日没も近いし、そろそろミリーたちも帰宅する時間だ。

 これで狙いがどっちかわかるかな。

「……学院の場所を知ってる雪の子に手紙の配達をお願いしたいんだけど」

「チュルルル」

 たまに何体かカバンの中に紛れ込んで学院にもついてきているのは知っている。

 頼み事をしたいと言うと、近くに居た雪の精霊の1体が横まで飛んできて首を傾げた。

「これを学院に居るハリード錬師に届けてほしい……わかる? ぼくと同じデザインのコートを羽織った目隠しで髪の長い、すらっとしたお兄さん」

「チピピ」

「お願い」

 不審な連中が家の周りを囲んでいること、場合によっては暴れることを書いた紙を畳んで、適当な皮を組み合わせて作った小さい鞄に入れて雪の精霊の首にかける。

「ジュルルル」

 鞄が邪魔になっていないか確かめてから、雪の精霊は一鳴きして薄灰色の空へと飛び立っていった。

 飛行速度は決して早くないから、到着は事が起こった後になってしまいそうだけど……。

「さてと」

 お使いにいってくれた精霊を見送り、重力制御をオンにして屋根から飛び降りる。

 当初はオンオフしか出来なかったこの力も、使っているうちに少しずつ加減ができるようになってきていた。

「うわっ……見ているとドキっとするな」

「あれ、アリスどこにいたの?」

「屋根」

 降りたところにちょうどルークとスフィがいた。

「最近さむくなってきたから、風邪引かないようにね」

「うん」

 会話しながら部屋に入ると、3人が帰り支度をしているところだった。

「アリスさん、わたくしたちはそろそろ失礼させていただきますわ!」

「突然押しかけてすまなかった、無事に復学できるよう祈っているよ」

「色々とごめんね、ありがとう」

「うん、気をつけて」

「また今度ゆっくり来るにゃ」

 各々が挨拶をしながら、3人が玄関を出るところまで見送る。

「……ん?」

 馬車に乗り込もうとしているところに、通りのむこうからもう一台馬車がやってきた。

 作りのしっかりとした馬車で紋章も入っている、平民用じゃなさそうだ。。

 お嬢様を迎える準備をしていたマリークレアの従者たちがわずかに警戒の様子を見せ、もう一台の馬車が少し離れた位置で停止した。

 降りてきたのは学生服を着た二人組。

 見覚えがある気がする……確かよく嫌味を言いに来るコンビだったような。

「あれは……ローディアス様とエレオノーラ様?」

 ルークの警戒するような声で名前を思い出す。

 そんなふたりが険しい顔でまっすぐこちらに近づいてきた。 

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