寄り集まって
スフィたちにがっちりと周囲をガードされながら帰宅したぼくは、そのまま自宅休養と相成った。
朝には学校に行くスフィたちを見送り、昼は共同研究の作業をして、夕方にはご飯を作ってみんなの帰りを待つ。
平和そのものの生活をとても気楽と感じるあたり、学院でまとわりつくギスギスした空気に意外なほどストレスを受けていたらしい。
「最近すっかり涼しくなってきたね」
「チュピピ」
季節もすっかり冬に近づいてきて、寒い風にシラタマたちの機嫌も良い。
暦の上では10月に入り、星竜祭も近付いてきた。
ブラウが庭の畑に水をやっているのをぼんやりと眺め、先ほど入れてもらったばかりの温かいお茶を啜る。
そんな訳でのんびり過ごせてはいるものの、肝心の研究は中々進んでない。
テーブルの上に転がっているのは試作品のハウマスキューブ。
作るのには大分慣れてきたけど、何個も作っているうちにわかった。
今のやり方だとこのサイズで頭打ちだ。
「おじいちゃんも、やっぱりそこで悩んでたみたいだしなぁ」
記憶の中の研究ノートでは、物理的に圧縮する形式を突き詰めていっても理想とする物には届かないとわかっていた。
試行錯誤している最中に死病にかかって、一度諦めてしまったのだ。
「難しい」
ハウマス式積層魔法陣は、複数の魔法陣を圧縮して組み合わせることで魔力を流すと連続して多数の術式が起動する仕組みになっている。
流す方向や速度を操作することで魔力の流れる魔法陣を変えて、発動する術式を細かく調整できるのだ。
しかし魔法陣が必要である以上、物理的な圧縮の限界が存在する。
あれこれ試してみたけれど、やっぱりこれ以上の圧縮は難しそうだった。
「なにかありそうな気はするんけど…………………………うーん…………わかんない!」
眺めていたキューブをぺいっと投げ捨て、ぼくは近くのソファに寝転がった。
正直にいうと……今頃スフィたちにも被害が行っていたらと思うと集中できない。
あと、家でみんなを待っている時間が寂しい。
ワラビだけはスフィについていって貰ってるけど、近くにはシラタマもブラウニーもフカヒレもいる。
孤独ではないはずなのに、理屈の付けられない寂しさを感じる。
「はぁー……」
ちょっとだけ前世の白い箱に籠もっていた時のことを思い出す。
昔は何とも思ってなかったのになぁ。
■
「ただいま―!」
「ん……」
ソファの上でごろごろしている間に眠ってしまっていたらしい。
元気の良いスフィの声で目が覚めた。
かけられてる毛布はブラウが持ってきてくれたのかな。
「……おかえり」
眠い目をこすってリビングに入ってきたスフィを見る。
カバンを背負ったままだからこっちに直行してきたのか。
外を見るとうっすら暗くなっている……あ、ごはんの用意してない。
「いい匂い、いつも晩御飯ありがとね」
「……今日はぼくはダウンしてた」
「んゅ、アリスおつかれ?」
「うん」
最初は外からくる匂いかと思って気付かなかったけど、確かにいい匂いは家の中からしてくる。
いつもはブラウとふたりで作ってるけど、こんな風にダウンしてしまった時はブラウがひとりでやってくれていた。
たぶん404アパートのキッチンで料理しているんだろう。
「そういえば最近、あいつらの様子はどう?」
「うんとね、昨日から全然こなくなった」
どうも噂はBクラスが中心になっているみたいで、休学した最初の数日はスフィたちに文句を言いに来ることもあったらしい。
とはいえスフィたちがいるのは上位であるAクラス、白けた反応を受けてすぐに治まったようだ。
「んんー……」
ソファで寝たせいで硬くなった身体をほぐす。
ゆっくりと筋肉を伸ばしていくと、特に肩まわりがミチミチいってる感じがする。
「腹減ったにゃー」
「もう少しかかるみたいだし、お風呂入ってきちゃったら?」
「わしも湯に入りたいのじゃ」
「最近寒いもんね」
部屋に荷物を置いてきた様子のノーチェたちも続々とリビングに集まってくる。
そのことに何故か安心感を覚える。
「誰が先に入るにゃ?」
「ぼくは後でいいから先にどうぞ」
「スフィもアリスと入るから、先いいよ」
「じゃ、あたしとフィリア、シャオのどっちかが先にゃ」
「なんでわしだけひとりなのじゃ!?」
「3人は狭いにゃ」
404アパートのお風呂は入ろうと思えば5人でも入れるけど、流石に湯船がぎゅうぎゅう詰めになる。
のびのび使えるのは2人までという結論が出ていた。
「あ、スフィもカバン置いてこなきゃ!」
「ぼくもキューブ片付けないと……」
テーブルの上に転がっているキューブと図面をかき集める。スフィが手伝ってくれたのでまとめて箱に入れるのは簡単だった。
「じゃあ3人で入ってもいいにゃ」
「うむ、一緒に入るのじゃ!」
どうやら話し合いの結果、ノーチェたちは3人で入ることにしたようだ。
「そういえばお湯って入ってるの?」
「たぶんブラウがやってくれてるんじゃない?」
いつものようにブラウが帰宅時間に合わせて準備してくれていると思う。
というか、全員404アパート側に用事ができたじゃん。
ぞろぞろと移動が始まった。
食事もあっちのリビングですることになりそうだ。
なんだかんだと、人は便利な場所に集まるのだ。
■
「いってらっしゃい」
「…………?」
翌日の朝方、眠い目をこすりながらリビングにいるスフィたちに声をかける。
間に合ったと思いながらぼんやり見ているぼくに対して、何故かスフィが首を傾げる。
「あ、今日は休みにゃ」
「……あー」
そっか、休みか。
じゃあ朝食はゆっくり食べれるね。
……休み?
「?」
「?」
スフィと顔を見合わせて鏡合わせで首を傾げ合う。
ようやく頭が動いてきた、休日か。
「ずっと家に居るから気付かなかった」
休学に入ってもう6日、早くも曜日という概念が頭から抜け落ちていた。
「アリス、勘違いしてたんだ」
「うん」
くすくすと笑うスフィ。見送りしたいから折角頑張って起きてきたのに……。
「じゃあ二度寝する」
「えー」
寝るために部屋に戻ろうとするぼくと、阻止しようとするスフィの争いがはじまる。
「ちゅぴぴぴぴ」
「ん?」
それを止めたのは、リビングに飛び込んできた1体の雪の精霊だった。
「チュルル」
「誰かきた?」
シラタマがニュアンスを翻訳してくれたところ、子供が近づいてきているそうだ。
この時間に家までくる子供なんて……。
「まって、今何時?」
「え、とっくにお昼過ぎてるよ」
「なるほどね?」
ぜんぜん見送りに間に合ってないじゃん。
「客でもきたにゃ?」
「珍しいね」
主な知り合いがいる場所とは区を跨いでいるため、結構な距離がある。
スフィたちくらい脚が速いならまだしも、子供が徒歩で来れる距離じゃない。
なんだろうと思っていると、程なくして門につけたノッカーが叩かれる音がした。
「わたくしが派手に来ましたわ!!」
聞こえてくる声で、取り敢えず誰がきたかはすぐわかった。
■
「いらっしゃい」
「お邪魔するよ」
やってきたのはルーク、マリークレア、ミリーの3人。
休学直前に相談したメンバーだった。
「いつもこんな遠くから通ってらっしゃいますの?」
「うん、みんなは馬車で?」
「ああ、マリークレア嬢の馬車に同乗させてもらったんだ」
どうやらマリークレアの家の馬車に乗って3人揃ってやってきたらしい。珍しい。
「あれからずっと心配で、いてもたってもいられなくて……そしたらルークくんが行くっていうから頼んで一緒に」
ミリーの方も例のチンピラの一件を気にしてるのか、気になって仕方ないみたいだ。
「先触れもなく押しかけてしまってすまなかった」
「別にいいにゃ」
「特に用事もなかったですから」
「うむ、ゆっくりしていくといいのじゃ」
ルークが急にきたことを謝罪して、ノーチェたちが快く受け入れる。
ぼくとしても別にいいけど、階段裏の404アパートがバレないように気をつけないとな。
と考えていたらブラウニーがそっと顔をのぞかせて、謎のジェスチャーをしはじめた。
……たぶんだけど、404アパートの方は大丈夫って伝えたいんだと思う。
ジェスチャーの動きはまったくわからないけども。
「ルークくんたちは急にどうしたの?」
「ああ、マレーン様から伝言を頼まれたんだ。緊急だと言っていたからな」
「伝言?」
「フォレス先生が学院に戻った……だそうだ。心当たりがあるのか?」
「……ずっと聞きたいことがあったんだけど、タイミングが悪くて会えなかった。そのことだと思う」
「そうか」
「とにかくありがとう」
話を聞いていたスフィがぎゅっと手を握りしめてくる。
戻ってくるのが遅いけど……ようやく両親関係の話が進みそうだ。
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