絡まっていく

「私……俺の本当の名前は、ミリアルドっていうんだ」

 女性名っぽい略しかただけど、ちゃんと名前を聞くと男の子らしい名前だ。

 ぼくの名前や愛称が完全な女性名だから少し羨ましい。

 アウルシェリスは満月に咲くとかいう同じ名前の珍しい花があったはずだ。

 略称のアリスは言わずもがな、ごっりごりの女の子ネームである。

「それで……俺の父親は、リーブラ家のご当主様なんだよ」

 リーブラ家……聞き覚えがあるような?

 うーん、気のせいかな。

「俺の母親は町のパン屋の娘で、ご当主様がお忍びで町を歩いていた時に出会ったらしい。良い家の人なのはわかってたけど、お貴族様だとは思わなかったって」

 こういうのはよくある話なんだそうだ。

 大抵は一晩の遊びで、子供が出来た場合は引き取るか分家に渡すかで話は解決する。

「俺も最初は父親は死んだとしか聞かされてなかったんだよ。周囲には母さんとその親族だけだったから」

 レアケースとしては、貴族の子である権利を放棄して母親側が育てる場合。

 彼の場合はそのレアケースだったようだ。

「というか、その手っていけるの?」

「生憎と詳しくはありませんが、正式に放棄するための契約法があったと思います」

 ハリード錬師にちょくちょく入れ知恵を頼みながら、邪魔しないように話を聞く。

「それで……数年前かな。俺が冒険者になろうとして町の近所を探検しにいったんだ。そこで魔獣に襲われて、無我夢中で逃げてたら……近くにある風の大精霊の聖地に迷い込んじゃってさ」

 ミリーがぼくの上でキラキラしてるシャルラートに視線を向ける。

「立入禁止の場所に入ったし、魔獣は追ってきているし……もうダメだと思った。そしたら風の精霊が現れて助けてくれたんだ。そこで、俺は風の精霊の愛子になったんだ」

「……愛子ってそういう感じなの?」

 疑問が浮かんだ。

 愛子っていうのは生まれた時点で決まってるみたいなイメージがあったんだけど、話を聞く限り違うらしい。

「うむ、精霊に出会って気に入られて、そこで愛子となるのじゃ。わしのときもそうじゃったな」

「ふーん……?」

 シャオも同じような感じだったようだ。

 ……何か引っかかるけど、わからないし一旦置いておこう。

「それからリンクル……風の精霊が町までついてきちゃって、それで大騒ぎになって……」

 この世界において、愛子という存在は大きな価値がある。

 ましてや精霊の領域が領内にあるならば、その精霊の愛子というのは非常に価値が高い。

 ミリーが女の子なら話は簡単だった、領主一族への嫁入りコースだ。

 誰に嫁ぐか選ぶ権利はミリー側にあるという破格の条件で、限りなく平和的に解決していたかもしれない。

「……リーブラ家のご長男は、彼と年が近いんですよ」

 領内に聖地がある程度には信仰されている精霊に近しい土地の領主一族。

 そこに現れた、王立学院に入れる程度には優秀かつ健康な男児で、なおかつ女装しても違和感がない程度には見目が良い愛子。

「フィリア、どう思う?」

「う……の、ノーコメントで」

 うちのパーティ随一の青い血がノーコメントを発動してしまった。

「……なぜわしに聞かぬのじゃ?」

 現当主よりも当主に相応しいのに追い出されたご同類だからだよ。

 ……諸々事情があれど、精霊国家の重鎮ですら暴走するくらいに既得権益というのは重いのだ。

 おそらくミリーが本気で当主を望めば、拍子抜けするほどあっさり次期当主を奪い取れてしまうのだろう。

 既に跡取りが決まっていたリーブラ家の人間が暴走するのも理解は出来る。

「にゃあ、そのリーブラの長男ってもしかして、アリスに文句をつけてるやつにゃ?」

「……うん、そうだよ」

「――!?」

「なんでアリスがびっくりしてるの?」

 びっくりしたからだよ。

 ってことは嫌がらせしてきたやつの中にいたのか、リーブラ家の人間が。

「一体どいつ……?」

「え……アリスちゃん、本気で言ってる?」

「さいきんようやくクラスメイトの顔と名前全部覚えたって嬉しそうにしてたのにね……」

 ぼくの頭を撫でてくるスフィの手をそっと退けようとして力負けしながら、耳をぺたんと寝かせる。

「興味ないことを覚えるのは苦手」

「極端すぎるよ」

「とにかく、そいつがとうとう痺れを切らしたってことにゃ?」

 機嫌悪そうにしっぽを振りながらノーチェが腕を組む。

 しかし、ハリード錬師が首を横に振った。

「いえ、どちらかといえば……彼の母君だと思います。貴族の御令嬢だそうですので」

「息子が次の当主でほぼ決まってたのに、むかし権利を放棄した平民の女の子供がいきなりコースインしてきた挙げ句ぶっちぎりの独走状態かぁ」

「……俺は貴族になんてなりたくないのに。初めて会う偉そうな人達がさ、みんなして俺が当主に相応しいって言いだして。周りにも良くない連中がうろつきだして、安全のためにって聖都に来たんだ。この格好も、正体がバレないように変装するべきって言われて」

「なるほどね」

「あれ、でもすぐに暗殺者が送られたんだよにゃ?」

「女の子の格好、あんまり意味なかった?」

 スフィとノーチェの無邪気な突っ込みを受けて、ミリーはその場で膝をついてしまった。

「内部に手のものが潜り込んでいるのでしょう。容疑者は絞れていますが、決定的な証拠はありません」

「チンピラがぼくを襲ってきたのって偶然だと思う? フィルマ家の関与とか」

「……おそらく偶然ではないでしょうか。あなたを巻き込むことにメリットがありません。注目を浴びているあなたに危害が加えられれば、それこそフィルマ家が不利になるだけですから」

「だよね……」

 純粋に巻き込まれただけの立場であることを認識して、疲労感に息を吐く。

「恐らくこれ以上は無いと思うのですが、念のため身の回りには気をつけてください」

「アリスちゃん、巻き込んで本当にごめん……」

「気にすんな」

 落ち込んでいる様子のミリーに片手をあげて応える。

 彼も被害者だ、悪事を企んでいる方が悪い。

 今後気をつけるべきはミリーの方だろう。

「あちらも連携が取れていないのかもしれませんね」

「……ん?」

 話が落ち着いたところでハリード錬師が漏らした言葉が気になった。

「島の時に、ウィルバート先生がとある人物を連れてきたと言ったのを覚えていますか?」

「いや、ぜんぜん」

 うん、まったく覚えていない。

「その時に連れてきた人物がフィルマ家の関係者なんですよ。リーブラ家とフィルマ家は交流が密だったようで、愚かな真似を止めるために釘を差しにきたんです」

「その言い方だと、犯人わかってるみたいだけど」

「時期的にアリスさんにも心当たりがあるのでは?」

「…………」

 たしかウィルバート先生が騒動に生徒を巻き込んだ責任云々で外されていた時で……。

「えっと、臨時で教員として入ってきた……」

「はい、レヴァン先生ですね」

「それだ」

 そうだ、確かそんな名前のやつだ。顔は覚えてないけど。

「やっぱり……」

 ミリーもなんとなく察していたようだ。

「彼の裏にいるのがリーブラ家の奥方のようです」

「ハリード錬師、詳しいね」

「危険に繋がりかねない情報が入ってくる立場ですから多少は。キャンプの一件から彼の立場は弱くなってはいますので、もう関わることはないと思っていたのですが……」

 だからぼくには伝えなかったのだろう。当時はそれを伝えられても困ってただろうなぁ。

 実際関係ないといえば関係ないわけだし。

「まだ諦めずに裏で動いていたとは思いませんでした」

「ほんとにね」

「ああ、そうです」

 何とも言えない話だとため息をついていると、ハリード錬師が思い出したように言った。

「グランドマスターからの言伝を忘れるところでした。近日中にフィルマ伯爵と直接会って話してみるとのことです。あのお方も本腰を入れて動くようですので、騒動の方も休学している間に落ち着く可能性が高いかと思います」

「直々に動いてくれるの?」

「どうにも手紙だけでは済まない程度には行き違いがあるようです。貴族同士のやり取りな上にどちらもご多忙な方ですから実現まで時間はかかるかもしれませんが……」

「それでもありがたい」

 手紙は代筆が当然だから、直筆以外はすれ違いみたいなのが起こったりする。

 しかし世界規模のギルドのグランドマスターが直に会いに行くとなると、普通の手紙とは話のレベルが全然違ってくる。

 そこまでしてくれるとは思っていなかったので、ちょっと驚いた。

 色々あったけれど、これだけは朗報と言えそうだ。

 このまま休学してる間に解決したらいいなぁ。

 

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