集まる糸

 以前から疑問には思っていた。

 夏の島キャンプでは魔獣を持ち込まれ、更には暗殺者まで潜り込んでいたのだ。

 ひとりの暗殺者が用意できる領域を遥かに超えている……と。


 確かにゲドラという暗殺者は優秀ではあった。

 立ち回り、戦闘力、事前準備。どれをとっても厄介極まりない。

 あいつが船でおかしな動きをしなかったらぼくも気付けなかったかもしれない。

 ただ……独力であの島に魔獣を連れ込んだり、護衛役として紛れ込めるとは思えない。

 仮にも貴族の子弟も含まれるキャンプ先である以上、護衛選びのチェックが緩い訳がないだろう。

 自分には関係ないと思っていた裏に居る人物が、絡まっていく糸の先にいる気がする。

「……魔獣を操る魔道具って、やつらはまだ持っていた? どんな道具だったかわかる?」

 考えをまとめて、目の前に座る衛兵に問いかける。

 男は真剣な表情でぼくを見つめて、重々しく口を開いた。

「あのね……君は器物損壊で補導されたんだからね? ちゃんとわかってる?」

「…………はい」

 氷柱の誤爆でちょっと店を壊してしまったのは反省してます。



 現在地は警邏騎士団詰め所の取調室。

 ぼくはチンピラとの戦いの流れ弾で店を壊してしまった器物損壊の罪で連行されていた。

「君はまだ幼いし、そもそもあのゴロツキたちが悪いのは理解しているんだ。だから罪に問われることはない。だけど町中での魔術攻撃はちゃんと考えてやらなきゃダメだ、もしも人に当たっていたら大変なことになっていたかもしれないんだよ?」

「はい……」

 正論すぎて何も言い返せない。コントロールはちゃんと出来てるって言っても「じゃあなんで店の備品や建物が壊れてるんだ」って言い返されるだけだし。

 正当防衛自体は認められているから本当にただのお説教って感じだけど、正直めんどくさい。

「……聞いているかい?」

 ろくに聞いていないことがバレた。

 結局、連絡を受けたハリード錬師が迎えに来るまで説教は続いてしまった。

 ちょっとふらつきながら取調室を出て、見慣れた長身の彼に救い主を見る目を向ける。

「ハリード錬師……」

 微妙そうな表情で見返された。

「アリスさん、ひとまずはご無事で何よりです」

「たすかった」

「まさか錬金術師ギルドの方がお迎えにいらっしゃるとは……」

 ハリード錬師は教師ではなく錬金術師と名乗って迎えに来たらしい。

「この子は現在、錬金術師ギルドのグランドマスターの預かりですから。今日は引き取らせていただきます。何かあれば錬金術師ギルドの方へ連絡を」

「ッ!? 失礼しました、彼女が被害者であることは十分理解しておりますのでご安心ください。後日お話を伺わせていただくかもしれませんが……」

「錬金術師ギルドの方で応対させて頂きます。それでは、急いでいますので」

「はっ、お気をつけて」

 ぼくのときとは違い、あっという間に丸め込まれた衛兵が姿勢を正して敬礼をする。

 うーん権力の使い方の見本を見ている気分だ。

 素早く話を終えたハリード錬師が「失礼します」と言いながらぼくを抱き上げた。

 珍しく問答無用な回収方法に少し驚きながら、体力的に限界ではあったので息を吐きながら体重を預ける。

 ……力のある大人の男の人に抱えられるとなんか安心してしまう。安定感が違うせいかな。

「めいわく、かけた」

「構いません。ご無事で何よりでした」

「来てくれてたすかった」

 迎えに来る保護者としてホランド先生かハリード錬師かで悩んで、戦闘力がありそうなハリード錬師を選んだ。

 忙しかっただろうに、来てくれてよかった。

「構いませんよ、それより謝罪がひとつあります」

「ん?」

 ハリード錬師が謝ることなんて無いと思うんだけど、少し嫌な予感がしながら顔をあげる。

「学院を出る時にスフィさんと会いまして、事情を話してしまいました」

「……おおう」

 なるほど、謝罪案件になるくらいの状況なのか。

「心配してた?」

「……鳥にお前は飛べるのかと問いかけるのは、探求のともがらとして些かウィットに欠けるかと」

「飛べない鳥だっているじゃん……」

 留置所で一泊とかできないかな……無理か。

 自分の足で動けないぼくは、ハリード錬師に抱えられたまま学院へととんぼ返りを果たすのであった。



「アリス! だいじょうぶだった? 怪我はない!?」

「うん、肋骨が危うい以外はだいじょうぶ」

「う゛ぅぅぅ、アリスにこわいおもいさせて、ぜったいゆるさない!」

 学院へつくと、心配していたスフィに思い切り抱きしめられた。

 チンピラへの怒りを燃やすスフィのパワーによってぼくの肋骨が危うい。

「アリスちゃん、大丈夫だった?」

「平気、でも気付いたら囲まれてた時はびっくりした」

「アリスが気付かないとか、そんなやばいやつらだったにゃ!?」

「やべぇチンピラだった」

 やばいくらいに低レベル過ぎて脅威にカウントできなかったくらいだ。恐ろしい。

 ぼくは漫画に出てくるような超人じゃない、一般人までずっと警戒対象にしてたら神経が死ぬ。

 気を抜いていたってのもあって見事に囲まれてしまった。

「怪我はなさそうじゃが顔色が悪いのじゃ。休ませたほうがよかろう」

「あっ、うん……アリスごめんね」

「きにしないで、心配かけてごめん」

 そろそろ肋骨がやばいかなといったタイミングで、シャオがスフィを宥めてくれた。

 非常時にだけ見せるシャオのヒーラーモードだ。こういうときは普通に頼りになる。

 ……あれ、今非常時ってこと?

「シャルラート、アリスを癒やしてほしいのじゃ」

 スフィに付き添われたまま保健室のベッドの上に寝かされて、体の上をシャルラートが円を描くように泳ぎ始める。

 青い光の粒がぱらぱらと降り注いできて、程なくして疲労からくる気持ち悪さとめまいが和らいでいく。

 やっぱりいいなぁ、治癒能力。シャルラートは怪我の治療より体力の回復がメインだけど、それでも十分過ぎるくらい便利だ。


「さて……例の一件に巻き込まれたということだけは伝言で把握していますが、詳細をお聞きしてもよろしいですか?」

 一息ついたところで、保健室まで運んでくれたハリード錬師が切り出す。

 警戒を促す必要があると思ってミリー狙いの一件に巻き込まれたことは伝言で伝えたけど、そこまでだ。

 ……ここには味方しかいないし、話すならこのタイミングかな。

「実は……」

 シャルラートのおかげでだいぶ楽になったし、聞き出したチンピラたちの詳細を話す。

 スフィたちは普通に憤っていたけれど、ハリード錬師は心当たりがある様子だった。

「……夏にキャンプへ赴いた際に、島に魔獣が放たれたことは覚えていますか?」

「うん」

「推測通りなら、その時に使用された魔道具と同じものでしょう。特殊な薬草を使って魔獣の思考を鈍らせ、闇の魔術によって行動に干渉する魔道具です。魔獣の調教などに使われているものですね」

 想定されている魔道具は意外とポピュラーなものだったようだ。

 自由に操れるってほど便利なものではないけれど、誘導するくらいは出来るらしい。

 簡単な催眠をかけられる道具ってところかな。

「そんな便利な道具があるにゃ?」

「力の弱い魔獣にしか効果がありませんし、操れるといっても移動先やターゲットの誘導くらいしか出来ません。家畜用や愛玩用の魔獣の調教に使われるものです。おそらく改造したのでしょう」

 元がそうでも、知識や技術のある人間なら多少いじる事はできる。

 だとしたら同じ魔道具が使われた可能性が高いのか。暗躍してるのは同一人物の線が濃くなってきた。


「アリスちゃん、大丈夫!?」

 巻き込まれた立場でどう動くべきか考えていると、渦中の人物がスカートを翻して保健室に飛び込んできた。

 いくらぼくやハリード錬師がいるとはいえ、女子が集まる部屋にいきなり飛び込んでくるとは大した度胸である。

「ミリー、おっす」

 息を切らすクラスメイトのミリーに手を上げて挨拶すると、彼は動揺しつつもほっとした様子を見せた。

「はぁ、はぁ……私を、狙ってるやつらに襲われたって聞いて。無事? 怪我はない?」

「撃退したから平気」

 警戒のための伝言はちゃんと伝わっていたらしい。

 なんか心配そうに見てくるけど、ベッドに横になっているのは衛兵による長時間の説教が原因だ。

「ちょうどいいし、ミリーの事情を聞きたいんだけど……いい? 巻き込まれた以上は知っておきたい」

 ぼくの反応を見て安心した様子のミリーに声をかける。

 彼の表情に緊張が走ったけれど、巻き込まれてしまったぼくには聞く権利があると思う。

「私も事情は聞いていますし、ここにはあなたが男性であることに気付いている子しかいませんよ。獣人の鼻は普通の手段では誤魔化せません」

 個人の特定をしろと言われると困るけど、ぼくですら男だってすぐ気付けるくらいだし。

 普通の獣人の嗅覚を誤魔化すのは難しいのだろう。

 ベッド脇でミリーを軽く睨んでいるスフィを視線でなだめながら、ぼくも声をかける。

「出来れば話してほしい」

「……わかったよ」

 葛藤した末に、ミリーは観念したように頷いてみせた。

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