トラブルメーカーは誰だ

 杖をつきながら学院の外門を出ると、大通りから少し離れた場所にある商店街へ向かう。

 ここらへんは輸入した香辛料や珍しい乾物なんかを取り扱う店が多い。

 周辺は裕福な住人が多いからか、すれ違う人たちの格好も洗練されているように見える。

 自分の格好が気になったけれど、学院の制服のおかげで浮いてはいないようだ。

 通りすがる人達も特に気にしてくることはなかった。

 落ち着いて歩くには丁度いい、人の気配もまばらな静かな街並みだ。


「……薬になるやつは錬金術師ギルドのほうが質がいいかも」

 店先を冷やかしながら見て回るけれど、中々良い品物がない。

 珍しい香辛料もあるけど、物凄く高かったり使い方がわからなかったりするものばかり。

 中には獣人が苦手な匂いのものも混ざっているみたいで、少し気分が悪くなってきてしまった。

 まぁ、街並みは綺麗だから気分転換にはなったかな。

 強くなってきた風に肌寒さを感じて、そろそろ帰ろうとシラタマに声をかける。

「お嬢ちゃん、ちょっと付き合えや」

 その前に近くに居た人間が先に声をかけてきた。

 手入れされていないだろう髪、薄汚れた服装。腰に下げた短めの剣の柄を握り、威嚇するようにカチカチと鳴らしている。

 この街並みにまったく似つかわしくないチンピラだ。

 見た目からしてのチンピラが、とてもチンピラっぽいことを言ってくる。

 眼前にそびえるチンピラに答えあぐねていると、背後にも気配が移動してきた。

 ちらりと後ろを見るとそちらにもチンピラ。チンピラフェスティバルだ。

 ……参ったなぁ、別に油断していたわけじゃないんだけど。

「半獣の癖に学校通いかよ……生意気だなぁ、おい」

「ま、大人しくしてればもっといいとこに連れてってやるよ」

 正直、あまりにも気配が素人すぎてただの通行人だと思っていた。

 だって最近遭遇してるこの手のやつら、プロの中でも上の方のばっかりだったし。

 シャオを狙ってきたラオフェンのぽんこつ暗部も、一応はプロの範疇だったのかと妙な感懐を覚える。

 スフィが居たらこいつらの悪臭に気付いていたかもしれないけど、生憎とぼくは鼻が利かないので気付いてなかった。

「ついてこい、ガキ」

「うーん……」

 なんだか空気がひんやりしてきた。

 黙っているシラタマが静かに戦闘スイッチを入れたらしい。

 チンピラの数は全部で5人、前後を挟まれている。

 すぐ横の店の間に普通に逃げ道があけど……罠って感じもしない。ガバガバだ。

 別に逃げなくても全方位氷柱つららぶっぱで終わりそうな気もする。

 なんだかんだで今まで強敵ばっかりだったから、急にレベルが下がりすぎて判断に困る。

「ぼくになにか用事?」

 天然の幼女っぽくゆったりとした動作で首を傾げてみる。

「だからそう言ってんだろうが! 手間かけさせるんじゃねぇ! なめてやがんのか!」

「アァ!? なめてんじゃねぇぞガキ! ぶち殺すぞクソガキが!」

 どこからでもキレます。

 いやどこにキレてんの、沸点窒素並みか。

 

 この短時間で会話が通じない事がわかってしまった。これだと情報も期待できない。

 最初は早くも暴発したのかとも思ったけど、貴族が扱うにしてはチンピラがチンピラすぎる。

 視界に入るだけでチンピラ過多でゲシュタルト崩壊起こしそうなチンピラっぷりだし。

 ……あれ、チンピラってなんでチンピラっていうんだっけ?

「おい、聞いてんのか! なめやがって!」

「無視すんじゃねぇ! クソガキ!」

 語彙の乏しい怒鳴り声でハッと我に返る。

「チュピリ……」

 とうとうシラタマにも呆れたような声を出されてしまった。

「ふざけやがって……痛い目見せてやる!」

「あ、剣抜いた」

 とかやっている間に、焦れた目の前の男が剣を抜き放った。

 じゃあ正当防衛ってことでいいか。

「シラタマ、アイシクルバースト、ごー」

「チュピピ」

 合図に合わせてシラタマがチンピラに向かって氷柱つららを乱射しはじめる。

 武器で弾くことも避けることもなく、男たちは氷柱の餌食となった。

「うおおおああああ!?」

「ひいい! なんだこいつ魔術師なのかよ!?」

「詠唱もしてねぇぞ! 化け物だ!」

 氷柱の先は尖っていないため刺さらない。

 しかし勢いはあるため、ぶつかった男たちが悲鳴をあげて転がって悶えている。

 この場合、魔術じゃなくて精霊術を疑うべきなんだけど……区別がついていないようだ。

「ヂュリリリ!」

「シラタマ、ありがとう、もういいよ」

 化け物と言い放った男に集中砲火しているシラタマを宥めながら、道路に転がりスネを抱えて脂汗をかいている男の近くへ向かう。

 相手の手が届かないギリギリの位置で止まり、持っていた杖を突きつける。

「で、誰に雇われたお前ら。タイミング的に偶然じゃないだろ」

 外周5区はチンピラの生息域からは随分と離れている。

 ぼくの知識通りなら、チンピラは主に外周2区とか外周8区あたりの密航者崩れが集まる場所に生息しているはずだ。

 学生狙いに巣穴を出てきたところで、このあたりまで来る訳がない。

 というか警邏中の衛兵に捕まるだろう。なんで捕まってないんだこいつら。

「ぐ、おぉぉ、くそぉ……お前まさか、あのガキの護衛の魔術師か!?」

「ん……?」

 尋問の結果、出てきた言葉に首をかしげる。

 護衛……ぼくが護衛?

 屈強なぼくを見て勘違いした可能性が無きにしもあらずだけど、そもそも誰かの護衛と勘違いされるような言動をした記憶がない。

「護衛ってどういうこと? 誰狙いだおまえ」

「とぼけるんじゃねぇ! 前にあの女装のガキと話してただろうが! くそっ、拐って呼び出す材料にすれば楽な仕事だと思ったのによ……畜生、いてぇ、折れた……」

 これは、あれかな。

 …………まさかの別件?



 もう少し尋問を続けたところ、こいつらの狙いはミリーのようだった。

 腕利きの暗殺者の次はただのチンピラとか、前回から刺客のレベルの落ち方が凄い。

 前回ので予算が尽きたのだろうか。

「で、誰に頼まれたの」

「だから知らねぇよ! フードの男に金を渡されたんだ、あの女装のガキを拐って遠くに捨ててこいって!」

 何回聞いても主張は変わらないし、嘘をついている感じもない。

 これ以上痛めつけても大した情報は出てこないかな。

「ぼくを狙ったのは?」

「い、一番とろ臭くて間抜けそうなガキだと思ったからだ……! くそ、あのでかい鳥みたいな魔獣がいないタイミングを狙ったのに、本人も魔術師だったのかよ……」

「なるほどね」

 なんでぼくはチンピラに悪口を言われてるんだろう。

 生殺与奪の権を誰が握ってるか本当にわかっているのかこいつ。


 さて……こいつらの計画はぼくを捕まえてミリーを呼び出し、ふたりまとめて売っぱらうという雑すぎるもの。

 狼人の女児は高く売れるんだって言ってるあたり、外から来たチンピラだろう。

 アルヴェリアはそのあたり凄く厳しい。

 誘拐とかはまず間違いなく街を出る時にチェックされて捕まる。

 平時でも割と監査が厳しいらしいのに、前にあった誘拐サーカスの件もあって今は余計に厳重だ。

 こいつらの計画は何もかもが杜撰すぎる。

「……自然公園で魔獣をけしかけたのは、どうやった?」

「そ、そのフードの男に貰ったんだよ! 魔獣を操る魔道具を!」

 思ったよりぺらぺら喋るなぁ。

 カマをかけただけなんだけど、ビンゴだったみたいだ。

 一緒にいるのを見たっていうのは自然公園でミリーたちを助けた時のことらしい。

「それってどんな道具?」

「しらねぇ、使い捨ての、煙が出るやつだ……うぅ……いてぇ、いてぇよぉ」

 煙ねぇ……。

 魔獣を操るというより、興奮させるか忌避する作用の薬で誘導したって方がしっくり来る。こいつらが原理を理解している可能性は……低いだろうなぁ。

 考え事をしているうちに時間切れになってしまった。

 聞こえてくる足音の方へ顔を向ける。

 鎧の音がするから衛兵が駆けつけてきた、騒ぎが起こって体感十分足らずか。

 やっぱりこの街の衛兵は行動が迅速だ。

 こいつらのことは任せて大丈夫だろう。

 それよりも気になるのは、魔獣を誘導する危険な道具をチンピラに渡した相手だ。

 これに関しては完全に巻き込まれた形だけど、ちょっときな臭くなってきたな。

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