問題は

 現状の騒動を簡単かつ迅速に解決する方法はある。


 こちらが泥をかぶって相手を立てることだ。

 実行すればもっとも穏便かつスムーズに話が解決する。

 "納得できない"っていう精神的かつ重要な問題に目を瞑れば……だけど。


「反対にゃ! 絶対イヤにゃ!」

「…………!!」

「スフィちゃん、アリスちゃん締まってる! 締まってるから!」


 なんて説明をした直後、スフィがぼくを潰す勢いで抱きしめてきた。

 慌てて止めてくれているのはフィリアだ。

 ちなみに気道と動脈は避けたから問題ない、骨はヒビくらいならそのうち治る。


「けほ……そうはいっても、打つ手がないんだよね。あのやくたたずのたぬきじじいめ」


 どうしてそんな案が出てくるのかと言えば、錬金術師ギルドの現役総代という最大の有効打があっさり弾かれてしまったのが原因だ。

 奇妙に緩い部分があるとはいえアルヴェリアも貴族社会、貴族階級に正面切って抗うのにも限度がある。


「アリスちゃん、まさかその暴言、ギルドマスターさんご本人様に言ってないよね……?」


 スフィを止めていたフィリアが恐る恐るといった様子で聞いてきた。


「ハリード錬師に伝言で頼んだから大丈夫」

「そ、そっか……じゃあうまくぼかしてくれてるよね……」


 うん、彼なら一言一句正確に伝えてくれるだろう。


「実際のところ弟子入りすれば守ってはくれるだろうけど、弟子になったらまず礼儀から叩き込まれるのが目に見えてるからいやなんだよね」

「えぇ……」


 老師たちがぼくの態度を面白がって見逃しているのは"自分の弟子じゃないから"だ。

 文句を言うべきお爺ちゃんはとっくにはじまりの海へ還っている。

 弟子になった瞬間にまず礼儀の指導が入るのは想像に難くない。

 敬うべき師に対する態度は正すべきというのは至極当然の理屈である。

 なのでヤダ。


「あとはあれだ……ぼくたちの両親が偶然見つかって、伯爵様に物言いをつけられる地位とかいうウルトラハイパーミラクルスペシャルくらいしか」

「おぬしが"ぼく、お城からお迎えがきてお姫様になるの~"みたいなことを言い始めるとはのう……ヘソから茶が湧くのじゃ」

「湧かすな、沸かせ」


 どういう構造になってるんだシャオのへそは。

 あとそんな気遣うような憐憫の表情を浮かべながら使う言葉じゃない。

 小馬鹿にして笑いながら言う言葉だ。


「しかしのう、どうしてこんなややこしいことになってしまったのじゃ」

「ほんと、どうしてだろうね」

「うぅぅー」


 唸るスフィをなだめながら、ぼくはため息をついた。

 どうしてかなんてぼくが聞きたい。

 ……簡単に解決するはずだったのになぁ。



「確かに厄介だな」

「…………」


 孤児と愉快な青い血たちでは船が海へ出れないことが判明し、ぼくは学院にて生粋の青い血を頼ることにした。

 常識人のルーク、それから最近顔を合わせるたびに胃のあたりを押さえているマレーンである。

 ふたりともAクラスとSクラスでぼくとは接点がないけれど、食堂に行くと大体捕まえられるのでありがたい限りだ。

 今日も今日とてごはんを一緒するついでに相談をさせて貰っている。


「俺の方でも少し調べてみたんだが、フィルマ家は最近かなり精力的に権力を増やそうと動いているようだな」

「……心当たりはあるわ、レッドスケイルの後釜を狙っている家は多いから」

「他家の後釜を狙おうなどと地味な話ですわ。貴族なら自ら打ち立てた派手な功績で昇ってこそですわ! そうですわよねミリー!」

「なんで私ここにいるの……? なんでアリスちゃんは真ん中で堂々と座ってるの? なんでびしょ濡れの貴族の子たちが凄い形相で睨んできてるの!?」


 ちなみに何故かマリークレアとミリーも居る。

 ふたりが居るのは本当に謎だ。話していたらミリーを引きずりながらマリークレアが当然の顔で相席してきた。

 マリークレアはぼくが絡んでくる貴族を落とし穴にバシャーンしていたのを察知したんだと思う。


「ちょっと食堂入る時に突っかかってきたから廊下の落とし穴に落としただけ、気にしないで」

「どういうこと!?」


 お湯は火傷したら危ないと禁止されたので普通の水だ。

 お湯を作る魔道具も返還させられてしまった。悲しい。


「そもそもなんで廊下に落とし穴があるの?」

「不思議だね」

「ほんとにね!?」


 修復に派遣された錬金術師が厳重に固めてしまって、再建には大分手間取った。

 牢獄にも使われてるっていう最新技術とか色々駆使したみたいで、随分とやりにくかった。おかげで全部の落とし穴を作り直すに数日かかってしまった。

 なんて苦労話をしたらウェンデル老師は爆笑してたな。

 どこかに笑えるポイントがあったらしい。


「いつまでも突っかかってくる貴族を落とし穴にぶちこみ続けるわけにいかないし。ぼく、このまま一方的にいじめられることになるのかなって」

「……? 一方的……?」

「一番怖いのは焦れた連中が強硬手段に出てくることですわ、嫌がらせなんていう地味なことする方たちならやりかねませんもの」


 マリークレアの言う通りだ。

 今は遠巻きに嫌味を言う程度の嫌がらせだけど、それも埒が明かないとみれば次の手に出るだろう。それが強硬手段じゃないとは言い切れない。

 ぼくにとって一番怖いのはスフィたちにまで被害が及ぶことである。


「けっきょく権力バトルでしかないし、ぼくには伯爵家に対抗する権力はないからね……。かといってこっちが折れるのはぼく以上にみんなが納得行かない」

「俺の家は力にはなれそうもないな……ザインバーグも今はそれどころではないだろう。レッドスケイルは……その……」

「気にしなくていいわ、レッドスケイルが中央から随分と離れているのは事実だもの。関わったところで足を引っ張る形になるでしょうね」

「我が家も流石にフィルマ家と事を構えるのは無理ですわね、ブルーローズが助ける義理もありませんわ。お友達として理不尽な制裁から守って欲しいというのならば話は別ですけども」


 ブルーローズはマリークレアの家名だったっけか。

 どうしてもやばい時だけは友人として仲裁してもいいって言ってくれるのは凄く優しい。


 フィリアの実家は前当主暗殺の犯人確保からのゴタゴタの真っ最中。

 マジで今はそれどころじゃないだろう。

 シャオの実家は随分離れた都市国家だから本人が直接何かされてるならまだしも、ぼくにたいしての影響力は無いに等しい。

 そう考えると、劣等生のぼくを狙い撃ちしてきたのはなかなかやるなと思えてくる。


「そういえば、君のご両親はどうなんだ?」


 手詰まり感のある中で考え事をしていると、ルークが探るようにぼくを見た。


「まだ手がかりが掴めてない。見つけても親とどんな関係になるか、そもそも親がどんな地位かもわからないし」

「アルヴェリアに居る狼人ヴォルフェンとなると、星竜妃様の縁者である可能性が高いだろうな。貴族とまでは行かずとも全く無力ということはないと思うが……」

「………………」


 ルークもぼくたちのことを考えてくれていたみたいだ。本当にいいやつだと思う。

 親かぁ……。


 手がかりを持っているらしきフォレス先生は未だ中央から戻らない。

 知っている様子のマレーンは事情があるのか自分の口から喋るつもりはないらしい。

 何か知っているならいっそぶっちゃけてくれれば……なんて思いながら見たマレーンの顔色は青を通り越してもはや白い。

 ……やっぱ聞くのが怖いんだけど。


「…………ひとつ、提案があるわ」

「ん?」


 乾いた唇をぎゅっと引き結んで、マレーンが絞り出すように声を出した。


「一時的に学院を休学するというのは、どうかしら」

「うーん……それもいいかもしれない」


 逃げではあるけど……むしろ逃げが正解か。

 基本的に嫌味を言ってくるのは直接関係のないお坊ちゃまとお嬢様ばっかりなのだ、生活圏が違いすぎる。

 しかもどういう訳か狙いはぼくピンポイントだ。

 流石に学院の外まで追いかけてはこないだろう、距離を取るのもいいかもしれない。

 共同研究も今は現場でやることなんてほぼないし、大半は机の上で事足りる。

 懸念としてはスフィたちに攻撃が向かわないかだけど……今でもこっちに集中してくるあたり、上位クラスまで攻め込む気合までは無いと見える


「しかし大丈夫なのか? 随分と休みが多いのだろう、授業の出席日数は足りるのか?」

「卒業とかどうでもいいから」

「君の立場がますます謎になってきたんだが……」


 心の底から怪訝そうな表情を浮かべて、ルークがため息をついた。

 頑張ってる学生には悪いけど、ぼくもぼくの立ち位置がよくわかってない。

 実際に推薦者からは卒業とか成績とかまったく期待されてないみたいだし。

 結局のところ学院生活を楽しめ的な事しか言われてない。


「卑怯者らしい考えだな」

「…………」


 近くで聞き耳を立てていたらしい男子生徒のひとりが怒りを滲ませた声を出した。

 わざわざこっちにきて、ぼくたちの前に立つ。


「リーブラ様、先日から幼い少女に対して少々言葉がすぎるのでは」

「貴族である我々を! 施設の欠陥を利用して水に落とした相手だぞ! この程度のどこが過ぎた言葉だというのだ!」

「…………確かに」


 一応かばってくれようとしたルークが一瞬で負けた。もうちょっと頑張って。


「誰だっけ?」

「リーブラ子爵家のローディアスですわね。正義の味方気取りの地味な男ですわ」

「…………」


 隣のマリークレアに聞いてみるとつまらなそうに教えてくれた。

 というか言い方めっちゃきつくない? 何かあったの?


 それにしてもなんか聞き覚えがあるような無いような。

 もしかして前に落とし穴にゴーした相手だろうか。

 考えている間に胸のあたりを押さえながらマレーンが立ち上がる。ソファの後ろに控えていたお付きの人たちがわずかに反応した。


「か弱い少女が貴族の男に詰め寄られ、恐怖のあまり身を守る行動を取るのは自然な流れでしょう。複数人で年下の少女を追いかけ回し、罵る言葉を投げかけるのは貴族として品格のある行動とは言えないわ」

「これはマレーン様。辺境の守護に専念されておられるレッドスケイルの才媛のお言葉、大変胸に痛くございます。しかしこれは中央貴族の威信にも関わる事柄です、辺境伯ほどのお方がお心を砕く内容ではありません」

「……中央から随分と離れている我が家に踏み込まれたくはないでしょう。それでも、同じ国の貴族の子息として忠告しておくわ……"ここで"踏み止まりなさい、全てを失いたくないのであれば」

「それはレッドスケイルが動くという意味でしょうか? 獣人の孤児を守るために?」

「いいえ、我が家が動くことはないでしょう。事が子供同士の諍いで終わるうちに止まるべきだと忠告しているのよ」

「……私はその卑怯者に罪を償わせたいだけです、その忠告が必要になることはしておりません」


 この食堂には色んな貴族のお付きが集まっている。

 そんな大人たちが、マレーンとローディアスの言い合いをなんとも言えない表情で眺めていた。

 まぁ11歳位の子たちの言い争いと揉め事だし。

 基本的に暴力沙汰や相当不味い発言でもない限りは動かないのだろう。

 ぼくの落とし穴は浅いし水だしで危険性がないとしてギリギリセーフ扱いである。


 本当にそれでいいのかとは、やっているぼくでも思っている。

 流石に学院外でやったら即座にしょっぴかれるだろうけど。


「私は聞かされているのです。その者の悪辣な所業を、忠義に厚き騎士を貶めんとする卑劣な策略を! 貴族の子息をも騙すとは、錬金術師ギルド頼りの落ちこぼれの割に随分と悪知恵が働くようだが、必ずその化けの皮を剥ぎ取ってくれる!」


 どこか芝居がかった仕草で言い切った少年はマントを翻して食堂の入り口に向かう。

 フィルマ家のお嬢様が余裕のある睨むような表情でこちらを見ていたが、彼に追従して去っていった。名前は忘れた。

 他にも居た彼の取り巻きらしき連中も食堂を出ていく。

 なんか言いたいだけ言って去っていった貴族集団を見送り、ぼくはフォークでテーブルの上の料理を食べ進めた。


「そういえばルーク、ラキースって名前に心当たりある?」

「え、この状況で聞くのか!? い、以前耳にした時に調べたから……一応心当たりはあるが……」

「そこまでしてくれたの?」


 硬くなった空気を解すために唐突に無茶振りをしたところ、意外にもちゃんと調べてくれていたことを知った。


「クラスメイトの妹で、友人の妹の親友で……俺も友人のつもりではある。大した力にもれないが、せめて落ち着くまで付き合うさ」

「……ありがとう」


 正直そろそろ見捨てられても無理ないかなと思っていたので、意外な好感度の高さに驚いた。


「恐らくラキース・フィールズ騎士爵のことだろう」

「騎士爵……?」


 情報が手に入ったのはいいものの、言っちゃなんだけど特別な意味を見出だせるような立場とは思えない。


「俺もそこは疑問があるんだが……」

「あら、ラキース・フィールズなら知ってますわよ」


 しかし、意外なところから情報が飛び出た。


「4年前に近衛騎士として抜擢されたというフィールズ家の麒麟児、若くして近衛騎士団の6番隊の隊長を任せられる俊英ですわね。近衛騎士団長にも目をかけられているという期待のホープだそうですわ」

「マリークレア、詳しいんだ」

「当然ですわ! ブルーローズ子爵家は聖王国に名だたる聖宮騎士団(ホーリーオーダー)の隊長を幾人も輩出している名門ですのよ」


 マリークレア、派手派手のイロモノお嬢様かと思いきや聖王国貴族の中でも上澄みに位置しているらしい。

 なんかちょっと意外だ。


「そしてレッドスケイルは近衛騎士団の2番隊隊長を努めていた家柄ですわ、マレーン様は心当たりがあるんじゃなくて?」

「……推測だけど、レッドスケイルが中央から完全に離れたことで空いた椅子に座ろうとしているのかもしれないわ」

「噂程度でしたけれど、やはり中央から離れているんですわね。やっぱり7年前の事故が原因ですの?」

「……えぇ、そうよ」


 マレーンは表情だけはそのままに何かを堪えるように拳を握りしめるような音をさせた。


「事故って?」

「7年前に馬車の事故で嫡男を亡くされてるんだ、同じ事故でご当主様も利き腕を失われたらしい。なんでも先代の剣聖閣下と腕を競ったほどの剣士であらせられたそうだが……」


 剣聖って確か七星騎士のひとりだったっけ。


「お兄さまのことは残念でしたわね……」

「いいえ……気にしないで」


 絞り出した言葉は悲しみを堪えているようにも見えたけど、一瞬だけ深く強い憎しみのようなものを感じた気がする。

 なんか、あんまり掘り下げないほうが良さそうだ。


「マレーン、その路線でいくと一般人との揉め事ってやばいの?」

「詳しくは言えないけれど、近衛との繋がりで言うならむしろ獣人の子どもとの揉め事というのが良くないわ。特に死なせかけたというのが最悪に近いわね」


 どういうわけか、近衛に近づこうとするなら獣人と敵対路線を取るのは非常にまずいらしい。


「……もしかしてぼくに関係ある話?」

「いや、もしかしても何もまさに君の話だろう?」

「なるほど」


 ルークにど正論で突っ込まれてしまった。

 いや聞きたかったのは過去の事件についてだけど……うーん。

 そりゃそうだ。っていうか揉め事のど真ん中にいるせいで余計にややこしくなってる。

 えーっとこの場合は……まぁいいや。

 フォレス先生も元は近衛だったって聞いてたからさー。

 ぼくたちの生まれと関係がある話かそれとなく確認したかったんだけど諦めよう。


「というかぼくたちを悪者に仕立て上げるのはセーフなの?」

「相手に詳細が伝わらなければ……といったところかしら。普通は近衛の団長につながるコネなんて持ってないもの」

「たしかに」


 実際にぼくだって持ってない。

 何よりも近衛騎士団の上の方まで巻き込むのは事が大きくなりすぎる。

 いくらなんでも手に負えないって。


「なかなかスッキリいかないね」

「大貴族を相手にするとなると、どうしても仕方ないことだろう」

「……そうね」


 はてさて、学院での嫌がらせは休学で回避できるとして、本丸はどうしたものやら。

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