閑話 旅の途中に[書籍版準拠]

 本編長らくおまたせしてしまい、申し訳ないです

 BKブックスさんの5周年記念のSSとして書き下ろさせて頂いたお話です

 書籍版フォーリンゲン後の旅の途中の一幕となります


【前書きここまで】

 

 交易都市フォーリンゲンを旅立って数日。

 ぼくたち"しっぽ同盟"の旅は順調に進んで――いなかった。

「よわくて……ごめんね」

「まぁ長い旅になりそうだし、のんびり行くにゃ」

 今はすっかりコテージ代わりになっている404アパート。

 ゼルギア大陸にはふたつと同じものがないだろう日本風の部屋の中。

 リビングのソファに寝そべるぼくに向かって、ノーチェはベランダで機嫌良さそうに尻尾をうねらせながら言った。

「それにしても、今日は外が騒がしいにゃ。みんなお面つけて変な格好してるし、いつもの静かさが嘘みたいにゃ」

「お面……? お祭りでもやってるんじゃない?」

 下を眺めて警戒するように唸るノーチェ。

 気候的に日本は春先、確かに少し時期外れではあるけど……。

 日本でお面をつけた人が集まるなんて、何かのお祭りくらいしか思い浮かばない。

「おまつり?」

「あれにゃ、ふるまい料理とかでる奴にゃ?」

 ノーチェだけでなく何故かスフィまで食いついてきた。

 そういや一般的なお祭りは領主が祝いのときに領民に食事を振る舞うもの……だっけ。

「行ってみたいにゃ」

「外には出れないから……」

「えー……」

「えー!」

 404アパートは透明な壁越しに日本の景色を眺める事はできるけど、日本に行くことは出来ない。

 ゼルギア大陸と日本はすぐ近くに見えるけれど、距離は途方もなく遠い。

 残念ながら日本のお祭りに参加することはできないので諦めて貰うしかなかった。

「ごちそう食いたいにゃ」

「ごちそう食べたいなぁ」

「――じゃあもういっそ作るにゃ、アリス!」

「ぼくがか」

「うちらで一番色んな料理知ってるのはアリスにゃ」

 珍しくごねるスフィとノーチェ。

 前世のぼくは暇を持て余して結構料理をしていたし、知識だけならこの中で一番ある。

 問題は体力的にひとりじゃ作れないこと。

 だけどまぁ……。

「いいけど、手伝って」

「もちろん!」

「しょうがねぇにゃあ」

 みんなに手伝ってもらえばいい。

「フィリアも呼んできて、みんなで作ろう」

「「おー!」」

 スフィたちもやる気みたいだし、街で旅立つ前に買い込んだ物資にも余裕がある。

 たまにはこういうのもいいかな。



 404アパートには日本の数々の便利な家電が備え付けられている。

 ぼくたちはそれを活用して料理を作っていった。

「アリス、お肉あとどのくらい?」

「あと少しかな」

「アリスちゃん、スープも出来たよ」

「ありがとう」

 オーブンを使って肉の塊をローストしたり、腸詰めを根菜と煮込んでスープを作ったり。

 そこまで大したものではないけど、こっちでは十分な料理だ。

「いい匂いだねー」

「腹減ってきたにゃ」

 スフィもノーチェも期待で尻尾がそわそわしている。

 ……こういうの、作り甲斐があるっていうのかな。まぁぼくは指示出してるだけなんだけど。

「……お肉できた」

 頃合いを見計らってオーブンから豚肉の塊を出す。

 錬金術師ギルドで分けてもらった香草と塩を混ぜて作ったスパイスを大量に使って焼いた肉はとてもいい感じに出来上がった。

 ナイフを入れてみれば中はキレイなうすピンク色、いい焼き加減だ。

「スフィ、ノーチェてつだって。重くて持てない」

「はーい」

「任せるにゃ!」

 重くて持ち上げられないのでそっちはスフィたちに任せて、フライパンを使ってソースを仕上げる。

 ベースにするのは塩とワイン、それと森で採集した果物をすり下ろしたもの。

 何度も味見しながら味を調えて、ようやく食事の準備が整った。


 テーブルの上に並んだ食事を前に、スフィたちの目が輝いている。

「じゃあリーダー、乾杯の合図して」

 手に冷たい水が入ったコップを持ち、ノーチェに声をかける。

「任せるにゃ! こほん……しっぽ同盟の旅の成功を祈って、乾杯にゃ!」

「かんぱーい!」

「乾杯」

「乾杯!」

 合図に合わせてコップを掲げて、ぼくたちなりの小さな"お祭り"が始まった。

「わ、これすっごく美味しい!」

「こんな旨い肉はじめて食ったにゃ……」

「さすが錬金術師ギルド」

 香草も塩も上等なやつを分けてくれたみたいだ。

「アリスちゃん、調味料の使い方上手だよね」

「一応は錬金術師だからね」

 物を作ったりだけじゃなく、調合したり調整したりも得意分野だ。

――ドォォォーン

「なに? なに!?」

「フニャッ!?」

 そんな他愛のないおしゃべりしながら皆で食事をしていると、外で光がちらついた直後に爆発音のようなものが響いた。

 たぶんあれだ、花火だ。

「あああアリス、おねえちゃんがいるから、だいじょうぶだからね!」

「――お祝いのときにやる……こう、派手な魔術、みたいなやつ、だから、落ち着いて」

「敵じゃにゃいのか?」

「ちがう」

 武器を手に窓を見て尻尾を膨らませていたノーチェに向かって頷く。

 落ち着いたらテーブルの下にぼくを押し込もうとするスフィを止めて欲しい。

「だ、大丈夫なの?」

 因みにフィリアは速攻でテーブルの下に逃げ込んでいた。見事な逃げ足である。

「うぅぅぅ」

「うん……けほっ、ほら」

 少し落ち着いた様子のスフィの頭を撫でて宥めながらベランダに出る。

 知っているはずなのにどこか違う、不思議な空気を感じる日本の光景。

 建物の向こうの夜空にまた光の花が咲く。

「わぁ……」

「綺麗」

「おぉー、すげぇにゃ」

 春だから夜桜目当ての祭りかなと思っていたら花火まで上がるなんて。

 次々と打ち上がる花火の迫力に、スフィたちはぽかんと口を開けて釘付けになっていた。

 ……そういえば、モニタ越しじゃなく花火を見るのは初めてかもしれない。

「幸先がいいね」

「そうだにゃ」

「うんっ!」

「あはは」

 タイミング的にもバッチリで、まるでぼくたちの旅路を応援しているみたいだった。

「そうにゃ! あれ見ながら食うにゃ」

「賛成! お皿ベランダに持ってこよ」

「あ、待って私も」

 旅の途中でも、あるいは旅が終わっても。

 またみんなでこんな景色を見れたらいいな。

 そう思いながら、ぼくは花火を目に焼き付けるのだった。

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