ラオフェン側の事情

ラオフェンの指導者『ルオイェン』、通称として姫巫女とも呼ばれる。


 精霊信仰の強い国家であるラオフェンのトップである彼女も、ゼルギア大陸でも指折りの精霊術士だと聞いていた。


 生憎とぼくは精霊に関する感知能力がゼロなので何もわからないけど、精霊術が多い関係か館の中に精霊の気配がたくさんあるのだスフィが言った。


 応接室で出された茶菓子を摘みながらシャオが泣き止むのを待っているんだけど、今も窓の外や家具の隙間から精霊が覗いているらしい。


「やばい見た目のやつじゃなくて?」

「ううん、かわいい感じ。ワラビちゃんとかフカヒレちゃんみたいな」


 小声で聞いてみるとスフィからそんな返答が返ってきた。


 ぼくは召喚された幻体でしか見れないんだけど、こっちの弱めの精霊はデフォルメされたぬいぐるみのような見た目をしているらしい。


 クローゼットの中で黒い穴が顔みたいに3つある棒みたいな何かがビッタビッタしてるとか、前世みたいな奴はそうそういないようだ。


 あのアンノウンは未だに何だったのかわからない。


「さ、お友達を紹介してくれる?」

「うむ……うむ」


 そうこうしているうちにようやくシャオが落ち着いたようで、袖で目元を拭いながら鼻をすすった。


「ここで友だちじゃないって言ったらどうなるだろうにゃ」

「ノーチェ流石にそれはひどい――やろう」

「だめだよ、めっ」

「ふたりとも、怒るよ?」


 結構な時間待ちぼうけを食らわされていたため、ノーチェの提案する悪戯に乗っかろうとしたらスフィとフィリアに怒られた。


 スフィはぷんぷんといった感じだけど、フィリアが真顔でちょっと怖い。


「聞こえておるのじゃが!?」

「『ぬすみぎきつね』」

「わからん言語を使うにゃ」


 語呂が良くて日本語で言ったら案の定伝わらなかった。


「共通語でなんて言うかわかんない……盗み聞きする狐? ただの悪口じゃんこれ、良くない」

「確かに良くないにゃ」

「盗み聞きしておらんし! 面と向かって良くない悪口言われたんじゃけど!?」


 しっぽを膨らませてふごーっと鼻息荒く近寄って文句言うシャオは、さっきまで泣いていたとは思えない元気っぷりを見せた。


「くすっ」


 姫巫女が楽しそうに笑い声を漏らしたのが聞こえた。なんだか安心したような雰囲気もある。


「シャオ、紹介してくれないの?」

「出鼻をくじいたのはそっちじゃろうが! まったくもう!」


 気付かず抗議していくるシャオをなだめながら、紹介を促す。


 漫才をしていても仕方がないと気持ちを切り替えたのか、シャオが胸を張って少し緊張した様子で口を開いた。


「こほん、ねね様……こやつらがわしの……友だちじゃ!」

「…………」

「…………」

「それだけにゃ!?」

「いや紹介しろよ」

「シャオちゃん……?」

「……のじゃ?」


 それは紹介ではない。この仔が友だち出来なかったのって本当に差別だけが原因だったんだろうか、なんだか確信が持てなくなってきた。


 シャオのボケに姫巫女はとうとう横を向いて肩を震わせ、護衛役の狐人たちは呆れた雰囲気を隠せなくなってきた。


 シリアスできないな……いや、これで良かったのかもしれない。



 仕方なく個別で自分たちから名乗りをして、ようやく話が進められるようになった。


 いつかシャオから聞いたものと同じ、国を追い出された事情を話すと部屋の中の全員が明らかに動揺を見せた。


「まさかお母様が……」

「あり得ない、愛子様を国から出すなど!」


 反応から見るに、シャオのことは結構尊重されている気配がする。少なくとも姫巫女の周りの人たちには。


「はい」

「……どうぞ」


 聞きたいことがあると手を上げて見せると、少し驚きながらも姫巫女が喋っていいと許可を出した。


「実際、ラオフェンでの愛子の扱いってどうなの?」

「ッ……」


 言葉遣いがまずかったのか、姫巫女の斜め後ろについた狐人……案内してくれた人が一瞬剣呑な気配を発するものの、姫巫女が「良いのです」と小さく呟いて止めた。


「ラオフェンは精霊の恩恵を受け、精霊と共に歩んできた歴史を持つ国です。愛子、ましてや霊水様の御寵愛を受ける"精霊の巫女"は国家元首よりも上位として扱われることになります」

「……その割には攫われたりサメに食われそうになったり、ラオフェンの暗部ってやつらに殺されそうになってたけどにゃ」

「なんだと!?」


 シャオが喋ったのは国を出るまでと『でも友だちが出来て一緒にここまできた、苦労した』程度なので、旅の途中の話はしていない。


 護衛の誰かが叫んだのは暗殺されかかったの部分だ。サメについてはぎょっとした程度で、原因に繋がるぼくとしては掘り下げられずに良かった。


「シャオ、それは本当ですか?」

「本当なのじゃ、格好からして黒の牙だったのじゃ」

「馬鹿な!」


 また響いた護衛の怒鳴り声にフィリアとシャオがびくりと身体を震わせる。


「補足しておくと、ハイドラの往来で襲ってきた上にぺらぺら喋るぽんこつだった」

「恐らく、お母様の私兵に近い者達ですね。黒の牙の中でも実力不足な者達を抱え込んだのかもしれません……そのようなことまで」


 姫巫女が頭を抱えているあたり、現在の姫巫女代理はかなりの横紙破りをしているようだ。


「夜梟の方々を通じて連絡が来た時は驚きましたが……素晴らしい判断でしたね、シャオ」

「うむ、わしも旅で学んだのじゃ!」


 言葉は濁しているけど、館の中にも姫巫女代行の手勢がいるんだろう。諜報部を通じて話を通すのはやりすぎかとも思っていたけど、そうでもないみたいだ。


 というかさらっと自分の手柄にしてるなこの狐、別に拘ってないからいいんだけども。


「事態は看過しかねるようです。すぐに対処しなければなりませんね」

「しかし姫巫女、今からラオフェンに戻っては星竜祭の開始に間に合いません」

「…………ムゥ」


 事態をどうにかするには姫巫女本人が国に帰るしかない、でもそれをすると星竜祭には間に合わない。


 今が9月前だから星竜祭まで3ヶ月くらい。


 飛竜船を使っても往復に1ヶ月半くらいかな。ハイドラからラオフェンまでは何日かかるかわからないけど、集団での移動なら往復で半月はかかるだろう。


 そこで内情を調査してから状況を解決し、再び別の姫巫女代理を立てて……無理だろうなぁ。


「戻れば、シャオの立場ってなんとかなる?」

「勿論、シャオはラオフェンでも最重要人物であるシャルラート様の愛子です。追放しただけに留まらず、命まで狙うなど赦されることではありません」


 姫巫女の言葉には他の護衛も頷いている。恐らくその言葉に間違いはないのだろう。


 帰れる場所を取り戻せるのならよかった。


「……そんな重要なら何でシャオを追い出したにゃ? 国での扱いも良くなかったって聞いたにゃ」

「それは……いえ、言い訳にしかなりませんね」

「姫巫女も好きこのんで妹君を閉じ込めていた訳では無いのだ」

「ラオフェンは特殊な国、シャオ様のお立場は非常に難しいのです」


 本人が目の前にいる上に、他も子どもばかりだから濁されて正解は教えてくれない。


 でも姫巫女の『本来なら自分より立場は上』という言葉を聞いてなんとなく思いつくものはあった。


「"家"には色々あるってことでしょ、シャオの姉が味方なことが確認できただけで良かった」


 獣毛型の獣人を純血と呼ぶ文化のある国で、薄毛型の娘を産んだ国のトップ。それだけで大体の事情を察することができる程度には、前世と今生でいろいろな物を見聞きしてきた。


 そんな差別対象の娘がよりによってトップである姫巫女よりも重要な存在になってしまった。


 間違っても褒められるものじゃない、家族としても国のトップとしても最低最悪の悪手を取ってしまうほど追い詰められていたのかもしれない。


 何せシャオは『その気になればいつでも姫巫女の席を奪える』のだ、薄々気付いてはいたけど姫巫女の言葉で確信に変わった。


 今までの地位も権力も価値観も指先ひとつで盤ごとひっくり返される恐怖はどれほどだろう。


 念のためシャオの守りも固めておいたほうがいいかもしれない。


「シャオ、シャルラートよべる?」

「ぬ? うむ」


 シャオが詠唱を始めると、室内の人たちが一瞬困惑した様子を見せた。


「シャルラート」


 詠唱が終わると同時に水が渦巻き、背びれが妙に刺々しくなっているシャルラートが姿を現す。


 精霊に対する感応力と呼べるものがないぼくでもわかるくらい機嫌が悪そうだ。


「ご機嫌麗しゅうございます、シャルラート様。シャオ、シャルラート様をこのように気軽に呼び出すのは……」


 姫巫女をはじめとするラオフェンの人たちがシャルラートに向かって一斉に膝をつき頭を下げた。


 こういうのを見るとほんとに信仰対象なんだなぁと思う。


「念のためずっと呼んで側についていてもらったほうがいいと思う、相手には精霊術士が多いでしょ?」

「……しっぽ同盟といれば精霊と敵対することにはまずならないとシャルラートが言っておるのじゃ」


 愛子だからって他の精霊の攻撃対象にならないわけじゃない。それはわかってるので念のための護衛にするべきだと進言したんだけど……外した?


 いや、無駄にはならないはず。


「それは一体、どういうことなのでしょうかシャルラート様」

「何故ならスフィも愛子なのじゃ、どの精霊のなのかまではわからぬが」

「んゅ?」

「なっ……!」


 完全に話を流し聞いていたスフィがお菓子をかじったまま首を傾げる。


 部屋の中の人たちが驚愕を顔に浮かべて固まった。ぼくからすると愛子はなんかたくさん居るイメージだけど、世間一般だとそうでもなかったのかもしれない。


「……と言えとシャルラートがのう、大丈夫じゃろうか?」

「うん、まぁ……たぶん」


 シャルラートが気を使ってくれたようだ。まぁぼくに関しては『愛子じゃない』以外にどう説明したらいいかわからないし、スフィしか適任がいないんだけど。


 因みにいつの間にか服の中に現れていたシラタマがこっそり教えてくれたけど、王立学院含めた今まで移動した範囲の中で見た愛子はスフィ、シャオ、ミリーの3人だけらしい。


 ……外周区は結構行き来してるし、貴族街は人口が少ない。


 3人だけの愛子が王立学院の同期って、もしかして惹かれ合う性質とかあるのかな。

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