去りゆく季節に衣は揺れる
シャオ周りの揉め事は飛び込んで見れば意外なほどあっさりと解決した。
姫巫女たちから聞こえてくる音に不自然なものもなかったし、信用はしていいと思う。
人柄がわかったと同時に、本国から追い払おうとしたり、アルヴェリアへ行こうとするのを命を狙ってまで止めた理由もよくわかった。
姫巫女のもとに辿り着ければシャオの安全は確保できたのだ。シャルラートの怒りっぷりを考えればきちんと対応しないと今後に響くだろう。
最初のバトルっぷりはどこへやら、最近のシャルラートはシラタマたちとも仲良くやっていたりする。その中でシラタマとラオフェンをどうやって滅ぼすかで盛り上がってるところを目撃したこともあった。
シャオが呼び出すシャルラートはそんなに強い印象はないけど、大本はかなり強力な精霊だ。
本体が存在する霊水洞はラオフェンにあるようで、都市を洪水で沈めるくらいはやろうと思えばできるらしい。
そんな精霊の怒りを国のトップが放置できるはずもないので、主犯は厳しい処罰を免れない。
何はともあれ、一段落といったところだろうか。
■
出自について客観的な評価を聞けば、シャオの自己評価がなんだかチグハグな理由もわかった気がする。
薄毛型の貴人というラオフェンで最も侮蔑と差別を向けられる立場と、国を上げて祀られる精霊の愛子という、ラオフェンのトップですら軽んじることが許されない立場。
尊い存在と言われながら、その実態は便利に使われる出来損ない扱い。自尊心満々に見えて中身はネガティブなんて愉快な感じになるのも頷ける。
「んじゃ、あたしらはそろそろ帰るにゃ。ラオフェンでも達者でにゃ」
「シャオ、げんきでね! ばいばい!」
「シャオちゃんよかったね、元気でね」
「また会えた日には杯を交わそう」
「えっ」
納得したところでシャオとの別れを惜しむ。長いようで短い付き合いだったけど、いろんなピンチを一緒に乗り越えてきたしっぽ同盟の仲間だ。
仲良く過ごせたと思う。友だちとの別れは寂しいなぁ。
「夕飯どうしよ」
「魚の食い納めにゃ!」
「帰りしなに買い込んで急速冷凍する予定だから暫くは食べれるよ」
「マジかにゃ」
「りんごあるかな?」
「あるといいね」
携帯型シラタマハウスの協力を得れば一瞬で凍らせることも不可能じゃない、404号室の冷凍室に入れればおいしさキープで保存ができる。
キャンプの時は買い物する余裕なかったからね、暫くは楽しみが持続する。
「なんでわしをおいて帰る気満々なんじゃおぬしら!?」
帰りの相談をはじめたぼくたちに、シャオが涙目で突っ込んできた。
いや、こっそり会いに来た時点でぼくたちは滞在出来ないし。せっかくお姉さんと会えたんだからシャオは大使館に残るんじゃないの?
そのためにシャルラートを出しっぱなしにする提案をしたんだけど。
「ええ……と、いいかしら」
上品に会話に割り入ってくる姫巫女の、毛並みの整った狐顔の中に困惑の色が見て取れた。
「事件に巻き込まれて行き場所がなくて頼ってきたものと思っていたのだけど……違うのかしら?」
「……あー」
どうやら正確に情報が伝わっていないようだ。
確かにぼくたちの立場は『外から入り込んだ誘拐組織に狙われた被害児童』だ、姉を追いかけてここまできたシャオの伝手を頼って大使館に飛び込んだって考える方が自然ではある。
「あたしらちゃんと家があるにゃ」
「生活拠点はある、生活基盤もある」
「わしら一緒に暮らしておるのじゃ、学校にも通っておる!」
「まぁ……」
ぼくたちの言葉を聞いた姫巫女は驚きを隠せない様子だった。
一桁年齢の女の子が短期間で大陸を南から北へ横断して、大都市で家まで借りてるなんて普通は想定しないよね。
「どこの学校かしら?」
「王立学院にゃ」
「……ええと、王立の学校はいくつかあったと思うのだけれど、名前はわかる?」
「王立学院なのじゃ」
不毛なやり取りの果てに姫巫女たちの頭上にはてなマークが浮かんだ。
アルヴェリアには義務教育はないけど、学校制度は普及している。その大半が王立と区立だ。 そんなわけで、王立の学校と言ってもアヴァロン内に何箇所か存在している。
そんな中で、ぼくたちの通う学院は『王立学院』が正式名称となる。
「アヴァロン王立学院のことだよ」
「アヴァロン王立学院って……まさか!?」
たぶんお互いに理解できてないのでノーチェたちの代わりに答える。
正式名称より通称である『アヴァロン王立学院』って言ったほうが一番伝わりやすい。他のところは王立なんとか学院って感じで区別されている。
「嘘でしょう……?」
「まさか」
「本当じゃぞ! 入学できたのじゃ!」
ざわつくラオフェン大使館の人たちに、シャオが自慢げに学生証を見せる。
名刺サイズのカードで、入学して少ししてから貰ったもの。基本的に持ち歩くように言われているのでちゃんと持ってきていたみたいだ。
「シャオ、凄いじゃない!」
「…………凄い、ですね」
「ふふん!」
あからさまに笑顔を見せる姫巫女に対して、護衛の一部がすんごい複雑そうな顔をして慰められている。
姫巫女の側に仕えてる時点でエリートだろうし、もしかしたら高等部あたりの入学試験に挑んだことがあるのかもしれない。
高等部の入学試験は幼年部とは比較にもならないほど難しいって聞いたし。
「ではどうしましょう、大使館で匿うつもりではいたのですが」
「む、ぬ、
自分の所在地に悩んだシャオが姫巫女とぼくたちの間で視線を彷徨わせる。こればかりは流石に強要はできないし、両方選ぶのは難しい。
「姫巫女、提案をさせて頂いても」
「ええ、いいわパオメイ」
見かねたのか、最初に案内してくれた狐人の女性が発言許可を求めた。補佐役みたいなポジションなのかもしれない。
「残念ながら、すぐに問題を解決してシャオ様をラオフェンに戻すというのは現実的ではありません。まず時間が、更に人員も予算も足りません。騒動が起きたことが表沙汰になると今後の外交に差し支えます、他国に付け入る隙を与えかねません」
「……ムゥ」
補佐役の言葉に姫巫女の眉間にシワが寄った。
「……アリス、意味わかるにゃ?」
「フィリアとシャオもわかるとはおもう」
「のじゃ?」
「えっと、私は政治学とか帝王学はちょっと……」
シャオはわかってなさそうだけど、その返答がくるあたりフィリアは理解してるっぽい。
光神教会と違って星竜教会は食料品に関する恩恵だけ与えて基本口うるさくない。そんな星竜教会は大陸東方でかなりの影響力を持っており、アルヴェリアで行われる星竜祭には大陸東方の国の有力者が集まる。
中には大国の大臣や王族クラスも含まれるので、他国の重要情報を手に入れる絶好の機会なのだ。
姫巫女がかなり早い時期からアヴァロンに滞在しているのもそれが理由だろう。
そして他国の情報を手に入れるチャンスが多いということは、情報を奪われるリスクも大きいということでもある。
この時期にバタバタしていれば絶対に探りを入れられてしまうだろう。アルヴェリアというより、ラオフェン近隣の国の連中にだ。
「――というわけで、愛子追い出したってことがバレるとシャオが"保護"される可能性がある」
「い、嫌なのじゃ……姉様たちとも皆とも離れたくないのじゃ!」
「そういうレベルじゃない」
「保護されるだけにゃ?」
「保護されて亡命を希望したり、王族に惚れて結婚することになったりするんじゃない?」
「わしはそんなこと希望しないのじゃ! 王子様は見目の良い男子ならば興味あるのじゃが!」
「……シャオちゃん」
シャオがどう思うかじゃなくて、そういう流れを作られるということだ。
実際に聞く限りではシャルラートはシャオが国を出されたことそのものは気にしていない、閉じ込めていたことや虐待していたことを怒ってるくらいだ。
本人の意思を無視する方がよっぽどまずいのだけど、愛子の扱いをわかっている国なんて少ないだろうし。
「……そちらの子の言うとおりです。ですので星竜祭が終わるまでは現状維持を提案いたします。勿論護衛の手配など必要な対処はした上で、ですが」
小声で話していたけど聞かれていたようだ。補佐役のした提案はラオフェンの利益を考えると無難なものだった。
国を第一にする考え方って感じで、さっきからシャルラートが苛立っていることをシラタマが教えてくれた。
「もしシャオがぼくたちと行動するなら護衛はいらないと思う、下手に繋がりがあると辿られる」
ぼくとしては打ち合わせ以上のことはするべきじゃないと考えている。大使館から護衛なり支援なりを送られると、金や人の流れから所在地を辿られかねない。
ぽんこつ暗殺者なら対処できる自信があるけど、ガチならが来たらお互い無傷でとは行かない。人死が出るのは気が滅入るから回避したい案件でもある。
極論を言うなら帰還の時までは接触をしないほうがいいくらいだ。
こうして秘密裏に会うことにしたのは、本国でのシャオの立場と姫巫女がどんな考えを持っているのかがよくわからなかったから。
意思確認が無事に終わった時点で既に目的は達成できているのだ。
「しかし、ラオフェン側としては何もしない訳には」
「人や金の流れを完全に隠すことは出来ないでしょ、ましてや身内相手には。体面でいうなら半端な人間をよこされてもお互いに困るし」
パオメイという狐人に向かって率直に答えると、ピリピリとする殺気で返された。
隣でスフィとノーチェの毛が逆立ち、フィリアのピンと立っている耳がふにゃっと垂れて震えだした。
……ノーチェやスフィは挑発や圧の受け流し方をまだ知らないし、こういう時はまだぼくがやったほうが良さそうだ。
「匿うつもりで準備してたんなら、いま館の中にいるのは味方?」
「……ええ、何とか調整して先代様の息がかかっているものは一部を除き外しています」
あちらに与している人間を全部はずすと逆に怪しまれる、でも結構大胆に迎え入れたってことは館にいるのはこの人達からしても最低限の信用がおける人員ってことか。
「そっか、じゃあ安心。そういえばアヴァロンにもコウモリって居るのかな、見たことない」
「――街が綺麗に調えられているからか、見たことはありませんね。勿論館内にもおりませんのでご安心を」
ふうと息をつきながら窓の外を見て言うと、パオメイの殺気が一気に鋭くなった。
地球でいうところの卑怯なコウモリ。ゼルギア大陸でもコウモリは獣か鳥かどっちに分類されるのかの議論があったことから、『どっちにもいい顔をした結果、どちらからも嫌われてしまう』という寓話がある。
そこから転じて、コウモリとはどちら側にもいい顔をする卑怯者、裏切り者の比喩に使われる。生物としては普通に哺乳類なのに、かわいそう。
「にゃんでコウモリ」
「コウモリさん、街ではみてないね」
因みに『そいつらってスパイ?』って聞いたら『うちに裏切り者は居ない』と返された形になる。つまり自陣営の人間だってことだ。
こういう符丁みたいな会話はたいちょーたちがやっているのをよく見たので、結構やれる。
全員はずすと疑われるから潜り込んでるスパイを残したのだろう。何度もは使えないけど、短期的なら有効だ。
まぁ普通に身内相手にスパイを使っているあたり、内情というか権力争いが透けて見えるんだけど。相手が身内だからこそやりやすいっていうのもあるかもしれない。
「…………とはいえ、貴女の提案に利が大きいことは確かです」
「パオメイ」
暫くしてパオメイが殺気を抑えた。ぼくの意見に同意する言葉を聞いて、姫巫女が咎めるような声を出す。
「姫巫女、大きく物事を動かせば必ず痕跡が残ります。シャオ様やそちらの子たちを大使館に匿うのであれば別ですが、離れるのであれば気付かれる危険を増やすだけでしょう」
「それならば、信頼できる護衛をつけるのならば」
「ラオフェンならばともかくここは他国です。信頼できる護衛の数は限られますし、獣毛型の獣人はどうやっても目立ちます。生活基盤が既にあるのでしたらそちらに滞在して頂き、我々はシャオ様に目が向かぬよう情報を操作するのが最適かと」
パオメイの最後の言葉に、ナイスアイデアと手をたたきそうになった。
制御可能な情報網があるなら、そこを使って撹乱してくれるならありがたい。そのあたりはぼくたち側じゃ出来ないことだ。
「それにお話が本当であれば、学院のある外周区中央の近辺にお住みということでしょう。わずか数ヶ月でシーラングからアルヴェリアに渡り、アヴァロン王立学院に通いながら生活基盤を整える、我々であっても簡単にできることではありませんよ。獣毛型至上主義に固執しているであろう先代様の手駒ならば、考え付きもしないでしょう。……あのシャオ様がアヴァロン王立学院ですよ」
「確かに……私たちでも未だ半信半疑です。隠れ蓑としてはこれ以上はないと思いますが」
相手側は全身獣の獣毛型……すなわち純粋種至上主義。獣の部分が耳しっぽだけの薄毛型をデフォルトで見下している。
侮蔑の対象である子どもがそこまで躍進しているなんて思いつきもしないか。しかも今は祭りで人の出入りも激しいからそれも良い隠れ蓑だ。
「ふふん」
自慢げなシャオにノーチェたちが暖かい目を向ける。
姫巫女たちまでシャオを……こう、なんだ、残念扱いしているのはきっとぼくたちと同じ理由なんだろう。地頭は悪くないのにな。
爪をむき出しにして能を隠すシャオを置いて姫巫女とパオメイは話を詰めていく。
途中からはぼくからも口を出し、調整を経て最終的にはシャオはしっぽ同盟と暮らす現状維持で決定したのであった。
「……では、シャオ様は現在の住居で過ごされるということで」
「うん、撹乱はよろしく」
「お任せください」
慇懃に言うパオメイと話をまとめたところで、疲労から深く息を吐く。
「シャオ、必ず帰れるようにしますから。もう少しだけ我慢していてくださいね」
「
寂しそうにしているシャオを、姫巫女が抱きしめているのが見えた。
…………本当に事態が解決した時に、シャオは帰るのか残るのかどうするんだろう。浮かびかけたその疑問を飲み込んで、ぼくたちは案内役の男に連れられて、再び隠れるように大使館を出る。
まだ解決まではいかないけれど、ようやくやるべきことがひとつ済んだ。
達成感よりも強い寂寥感にスフィの手を握りしめると、夏が終わりに近づいている事を示すように、少し肌寒い風が布を揺らした。
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