ラオフェン大使館

 ハリガネマンの襲来という想定外の事態もありつつ。待ち合わせ場所に現れた男に案内され、ぼくたちは外周1区を北に向かって歩いていた。


「……ついていって大丈夫にゃ?」

「へいきでしょ、夜梟騎士団の人っぽいし」


 言葉以外で証は立てられていないけど、動く時に身体の出す音が似てる。


 このあたり実は癖がもろに出るポイントで、この人は少し前にみた夜梟騎士団の人たちと同じような音をさせてる。同じ訓練を受けたのだと思われる。


「にしても、どうして普通のおっちゃんなんだにゃ?」

みってい密偵さんだよね? ふつーのおじちゃんにみえる」

「普通のおっさんなのじゃ」

「あの人たぶん20歳くらいだよ」


 少し先を歩く男の人が小さくため息を漏らすのを聞いてフォローを入れるものの、ノーチェたちは首をかしげるだけだった。


「おっちゃんにゃ?」

「おじちゃん?」

「……そうだね」


 平均寿命は種族によってまちまちだけど、一桁年齢の女の子からすれば20代も立派なおじさんか。


 ぼくの同意に危うく振り返りそうになって留まった男は、今度はハッキリと溜息を漏らした。


「少し待て」


 気付けば大きな壁にある小さな門の前まできていた。門のすぐとなりには事務所みたいな小さな建物があって、灰色のアルヴェリア騎士服を着た人たちが駐屯している。


 灰色はたしか都市の治安維持を担当するっていう警邏騎士団の制服だっけ。


 先に行った男が騎士たちと話をすると、小さな門が開かれる。


「この先だ」

「……この門って?」

「騎士が出入りするための門だ……これを被れ。この先に獣人の子どもは居ない」


 門を潜る前に男が黒い布を渡してくる。丈のあるそれを頭からすっぽりかぶって目元だけ出せば、随分と夜の闇に紛れやすくなった。


「はぐれるなよ、騒動になれば取りやめだ」

「わかった」


 正しく潜入作戦って感じ、ちょっとワクワクしてきた。



 外周区から北にひとつブロックを進むと、そこは貴族街と呼ばれているエリアになる。


 その名の通り貴族が屋敷を構えて居住するためのエリアで、外周1区に対する1番街といった感じで対応する番号の街と呼ばれる。


 1番街と8番街は来賓にあたる他国の貴族が滞在するための館が多い場所だ。


 シャオのお姉さん……ラオフェン特使は1番街に居た。


 1番街には『風花館フルーシフ』というラオフェンの大使館があるみたいで、そこに滞在しているようだ。


 国交がある上に重要な国なら大使館があって当然なのはそうだけど、所在地が1番街なのは幸いだった。


 もし8番街にあったら街の端から端まで移動するはめになっていたし……。


 そんなことを考えながら、外周区とは比較にならないほど綺麗に整った街道を進むと、堀に囲まれた敷地の中にたくさんの花が植えられた館へたどり着いた。


 門番をしているのは十文字槍を手にもつ和装束に近い服を着た獣毛型の犬人だ。


「約束をしていた者です」

「待て」


 男が門前に立つ獣人に話しかける。


 話は通っているのか、門番のひとりが館へと戻っていく。ぼくたちに軽く視線を向けるものの誰何されることはなかった。


 館に戻った門番がさほど時間をかけずに戻ってくると、ぼくたちを内部へと招き入れてくれた。


 喋るなとは言われてないけど、なんか雰囲気がピリピリしていてしゃべりにくい。


 ラオフェン大使館は異国情緒が漂う趣きのある木造建築だった。


 使われている装飾の図柄は中華っぽいけど、ヨーロッパの雰囲気も入っている。中では和服っぽいお仕着せ姿の獣人が歩き回っていて、やっぱり全員が獣毛型だ。


 一方で服装は和服っぽい。ラオフェンは地球で言うところのアジア系文化なんだろうか。ちょっと行ってみたくなってきた。


 異国情緒溢れる館の中を観察しながら待っていると、奥の方から灰色毛皮の狐人が出てきた。髪型や姿形からして女性か。


「ッ」


 鋭い雰囲気の狐人を視界に入れると同時に、となりのシャオが緊張した様子を見せた。知ってる人なのかもってそりゃそうか。


「こちらへ、ルオイェン様がお待ちです」

「……はい、行くぞ」

「うん」


 不安がっているシャオと手をつないで先導する狐人の後を追いかける。向かう先は1階奥にある応接室みたいだ。


 念のため警戒は解かない。本当はぼくの錬金術が通じるかもチェックしたいけど、変なことをしてこじれるのはまずいので控えておく。


 アルヴェリアでは王立学院の建物が錬金術対策の最前線って聞いてるし、学院の建築物なら壊せるからここでも大丈夫だろう。


「武器をこちらに、そちらの子たちも」

「自分はここで待ちますので、お前たちも武器を」


 部屋の少し手前で立ち止まり、狐人が振り返った。


 布を深くかぶったままスフィとノーチェが視線で大丈夫かと問うてくるので、頷いて返す。


 いざとなれば地面に穴開けて脱出できるし、なんなら館もろともぶっ壊せるから大丈夫。


 こっちの同意が得られたのを察したのか、すぐ近くに居た従者らしき女性がすっと近づいて手を伸ばしてくる。


「お預かりします」

「なくすにゃよ」

「はい……ちゃんとかえしてね」


 因みに帯剣しているのはスフィとノーチェだけ。ふたりに関しては剣そのものが大きいので布の上からでもわかりやすかった。


 剣は従者に預けられ、フィリアとシャオはボディチェックだけされている。


「あなたもその杖を」

「これがないとまともに歩けない」


 ぼくが持ってるのはただの木の杖だ、移動の補助用であって武器じゃない。


 というか加護の関係でずっとふわふわ状態だし、船における櫂代わりの杖がないとマジで移動に困る。


「……わかりました、念のため調べさせてください」

「わかった」


 浮いているのが見られるとよくないと思い、大人しく杖を渡すと同時に加護を切る。身体にかかる重力に耐えきれず従者の目の前で膝から崩れ落ちてしまった。


 ……やっぱオフにすると身体が異様にだるいな。小さい頃から普通に動けていたのはこれで補助されていたからだったんだって思い知る。


「あっあっ、えっ」

「立てるにゃ?」

「アリス、だいじょうぶ?」


 スフィとノーチェに横から助け起こしてもらって立ち上がる。顔をあげると杖を手にした侍女の目が激しく泳いでいた。


 獣毛型の犬人だから顔色はわからないけど、耳としっぽが忙しなく動いてるので動揺しているようだ。


「げほっ……うん」

「……何もなければ、早く返してあげなさい」

「はッ……はい!」


 当然ただの木の杖なので仕込みはない。慌てて確認した犬人の侍女が杖を返してくれたのを受け取った。


「返してくれてありがと」

「い、いえ……」


 杖をしっかりと支えにしてから加護をオンにする。身体が一気に軽くなった。


 余裕が戻ったところで周囲を伺うと、そこはかとなく責めるような視線が犬人に集まってるのに気付いた。


 自分の仕事をしただけなのに可哀想に……。


「確認が終わりましたので、ご案内します」


 微妙な空気の中、身体調査が終わったのを確認した狐人はノックをしてから応接室の扉を開ける。


 部屋の中では輝くような金色の綺麗な毛皮を持つ、巫女装束みたいな服を着た狐人の女性が待っていた。


「ッ!」


 その女性を視界に入れた瞬間、シャオが部屋の中に向かって走り出す。


 そんなことをすれば警戒されるのは当然で、室内で控えていた護衛が反応して動きかける。


「待ちなさい」


 護衛の狐人たちが腰の短剣に手をかけるのを見て、シャオと護衛のどちらを妨害すべきかと一瞬迷った。


 答えを出す前に狐人の女性が護衛を止めてくれたので、揉め事にならずにすんだと胸をなでおろす。


 その間にシャオが女性に飛びつき、同時に被っていた布が外れて床に落ちる。


「――ねね様っ! ルオ姉様!」

「シャオ、よく無事で……話を聞いた時は本当に驚きました」


 狐人の女性がしっかりと抱きとめて、優しい声を出した。


 ……やっぱりシャオのお姉さんだったか。


 周囲の獣人たちはといえば、抱き合う姉妹を少し複雑そうに見ているようだった。


 悪意や害意を含んだ音はしない、シャオが来ることがわかっていたから味方だけを集めたのかな。


 その割には護衛が守ろうとしていたような……と思ったところで、布を被っていたからシャオがどれかわからなかったのが原因だったのかと気付いた。


 実際に中身がシャオであることを確認してからはすぐに警戒を解いている。


「あなた方も中へどうぞ」

「うん」

「邪魔するにゃ」

「おじゃましまーす」


 突っ立っていても仕方ないか。


 ぼくたちは狐人に促されるまま応接室へと入っていった。


 ひとまず敵って感じではなさそうでよかった、館を解体せずに済みそうだ。

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