夢の終わり

 崩れていく通路を走り抜けて拷問室にたどり着くと、見知ったメンバー全員が壁際に固まっているのが見えた。


 フィリアが前でシャオがその後ろ、更に背後には倒れている子どもたちの姿がある。


 反対側にはバラバラになったピエロが転がっていた。


「無事にゃ!?」

「ノーチェちゃん! スフィちゃん! アリスちゃん!」

「おぬしら! 無事じゃったのか!」


 シャオのすぐそばにはさっきより思い切り縮んだシャルラートが浮かんでいる。


 部屋に入り、ようやくひと息つく。


「やっぱりピエロ来てたか」

「う、うん、怖かった……」

「シャルラートが倒してくれたが、また復活してきたらやばかったのじゃ」


 ピエロも時間がなくて焦っていたのかこちら側もかなりの猛攻を受けていたみたいだ。


 速攻を選んだのは正解だったか、間に合って良かった。


「それでね、突然揺れ始めて!」

「ぐらぐらでびっくりだよねー」

「そうだけどそうじゃなくて!」


 フィリアとスフィのやりとりを横目に、床に打ち込んでおいた杭へと目を向ける。


 夢の世界の崩壊が始まってるならそろそろ出口が見えてもおかしくないんだけど。


「あ、見えた」


 杭の上に白く光るモヤみたいなのが出来始めた。


「あれなんだにゃ?」

「この世界に入った人間の"夢から覚める"ってイメージが形になってるんだと思う」

「つまり?」

「あそこが出口」


 簡潔に伝えると、スフィたちが両手をあげて喜びの声をあげた。


 ぼくが改めて何かするまでもなく光はどんどん広がっていき、人間が通れるサイズになった。


「じゃ、脱出しよう」

「……アリスは?」

「ちょっとやることがある」


 不安そうなスフィの声に、ぼくはピエロの残骸を睨みながら答えた。


 こういう奴等が素直にぼくたちを帰す訳がない、こいつらはしつこいんだ。


「やること?」

「どうしたにゃ?」

「あれ」


 案の定というべきか、ピエロの残骸がひとつに集まって立ち上がった。


「ひぃぃ!?」

「まだ生きておったのじゃあ! しゃ、シャルラート! シャルラート!」

「こいつ……!」

「ぐるるる」


 ピエロの復活にみんなは警戒モードに入ったり、パニックを起こしはじめる。


 それをハンドサインでなだめながら右手に氷の刀を作り出す。


 ぼくを睨みながら動こうとしたピエロの、繋ぎそこねた左腕が床に落ちて闇の中へ消えていった。


 どう見ても瀕死の崩壊しかけ、核がなくなっているから形状すら維持できないんだろう。


「僕は帰るんだ……テラに……あの、場所に」

「…………」

「――ああああぁぁぁ!」


 錆びたナイフを振りかざしピエロはこちらへ走ってくる。


 途中で脚が崩れて倒れてきたピエロを、手にする白氷の刀で切り捨てた。


「あ……あ……」


 ぼくも思い切り攻撃できるわけじゃない、だけどギリギリで形を保っているピエロにはこれで十分だ。


「……なんで、だろうなぁ」

「アリス大丈夫!? 崩れるよ! 急いで!」

「うん」


 倒れたまま闇に沈んでいくピエロのうわ言が聞こえる。


 それに背を向けて、スフィたちの居る光のところへ向かう。


「最初は……バルーンアートだったんだ。下手くそなのに、でもみんな喜んでくれて。子どもたちが、笑ってくれるのが好きだったんだ……だから……ピエロの仕事をしようって」


 光を背にして手を伸ばすスフィの前までいって、足を止める。


「だけどさぁ……みんな僕のことが嫌いだった。僕はみんなが好きだったのに……。なんで、こうなったんだろうなぁ……」


 振り返ってピエロを見ると、崩壊する世界と同じように身体が崩れて闇に飲まれていくのが見えた。


 こいつの成り立ちは知らないけれど、キャプテンシャークの時と同じで人間だった頃の記憶も残っているんだろうか。


 普通の人間として産まれてくることができたのに、どうして化け物になってしまったんだろう。


 少しだけ悩んで前を向く。


 身勝手に嘆くピエロに投げかける言葉を、ぼくは持っていなかった。


「アリス!」

「うん、ごめん」


 焦れたスフィに手を掴まれて、ぼくは光の中へと進んでいく。


 何かを間違えれば、自分がそうなっていたかもしれない悪夢に背を向けて。



 眩しい、うるさい。


「起きたネ! 大丈夫だっタ!?」

「……うん」


 聞こえてくるドラを鳴らすような音とまぶた越しでもわかる明るさに目を覚ます。


 それと同時に異常な身体の重さに困惑するはめになった。まるで鉛の全身スーツを着込んでいるみたいに体中が重い、苦しい、痛い。


 寝てる間に何かがあったのかと自分の身体を確かめれば……うん、いつも通りのマイボディだった。


 顔をあげると扉の前で顔色が悪いマレーンと不服そうにしているお付きの騎士の姿もある。


 周辺には保護された子どもたちも寝ていて、みんな苦しそうな顔だ。


「…………」


 左隣にはスフィ、右にノーチェ……フィリアもシャオもいる。


 この配置は寝る前と変わらないまま。


「アリス錬師、どうだったノ?」

「ピエロ……原因となっている核は破壊出来た、他の子たちは脱出したところまでは確認した。けど、ぼくが起きるほうが早かったみたい」

「そう……大丈夫かしラ」


 話をしているうちに空間が歪み、そこから雪、水、土が吹き出してきた。


 吹き出してきたものは空中でシラタマ、フカヒレ、ブラウニーへと姿を変える。


「おかえり、ありがとう」

「キュピ」


 羽ばたいてきたシラタマを手のひらで受け止めようとして腕をあげそこねた。


 シラタマは肩に止まり、続いてフカヒレが胸に飛び込んでくる。倒れかけたのを背後に回り込んだブラウニーが支えてくれた。


 頭上で風鈴の音が聞こえたので、ワラビも戻ったようだ。


 八咫鏡・傀儡かいらいで作られた幻体アバターは、この4人が内部に溶け込むことで調整と維持をしてくれていた。


 だからみんな力を少しずつ使えたし、代わりにみんなを呼び出すことが出来なかったのだ。


 で、シラタマたちがこっちに戻ってきたってことは……。


「ん……んん?」

「スフィ、おはよう」


 隣で寝ていたスフィが目を覚まし、がばっと上体を起こして自分の身体を確かめる。


「もどって、これた?」

「現実……ちょっとおなか見せて」

「ひゃっ!」


 スフィのシャツの裾を捲って心臓の下の脇腹を見せてもらうと、痣は綺麗に消え去っていた。


 ちゃんと仕留めたから呪いも消失したようだ、他に異常がなさそうで安心した。


 殆ど間を置かずに、近くで寝ている子どもたちも目を覚まし始めたようだ。


「消えてる?」

「ぐ……うう……」

「うん、ちゃんと消えてる。もう大丈夫……って何事?」


 困惑する子どもたちの声に混じってうめき声が聞こえた。何事かと思えばマレーンのお付きらしき騎士が横腹を押さえて蹲っている。


 マレーンが腕を引くと、騎士の脇にめり込んでいた柄がゆっくり離れるのが見えた。


 いや、ほんとに何事だよ。


「ごめんなさい、ホッとした拍子に体勢を崩してしまったわ、大丈夫?」

「い、いえ……はい」


 よくわからない理由で青ざめていた顔色が大分マシになっているようだった。


「幼い子たちとはいえレディの寝起きを眺めるものではないわ、下がりなさい」

「……ハッ」


 その理論で言うなら寝顔は良いのかと一瞬考えたけど、魔石が必要という話を聞いて何も聞かずに力を貸してくれたのもマレーンだ。


 準備中もずっと鳩尾のあたりを擦ってたし、胃がキュルキュル鳴ってるのが聞こえてた。


 マナーも忘れるほど心配してくれていたのだと思うと、悪い人ではないのかもしれない。


「失礼するわ、お大事に」

「うん、色々ありがとう」

「ッ……」


 随分落ち着いた様子のマレーンの言葉に返事を返すと、お付きの騎士にすごく睨まれた。


 知っていることを聞こうにもタイミングを取るのは中々大変そうだ。


 部屋を去る背中を見送っていると、両頬に暖かい手が触れる。


 すっかり目が覚めた様子のスフィがぼくの頬を触って嬉しそうに笑っていた。


「……スフィ?」

「ううん、たすけにきてくれてね、ありがとう」

「どういたしまして」


 どこだろうと助けに行くのは当然だ、普段はみんなに頼りっぱなしのぼくが自分の専門分野で動かないようじゃどうしようもない。


「戻ったにゃ!?」

「のじゃあ! 戻って……おえっ」

「きゃあっ! シャオちゃんここで吐かないで!?」


 だんだん覚醒してきたのか、にわかに室内が騒がしくなっていく。


 シャオはたぶん魔力枯渇かな。


「姉ちゃん!」

「わたし……生きて、る?」

「生きてる、おれたち生きてる!」

「呪いの痣がない! やったあ!」


 涙を流して抱き合う子どもたちの叫び声が響き、もはやお祭り騒ぎだ。


 その中にはエルナの姿もあった。


 何とか生き残れたみたいで、泣きじゃくる妹のリオーネを抱きしめている。


 良かった。


「ってアリス、元に戻ってるにゃ?」

「ほんとだ」

「変身解けてるのじゃ」

「変身じゃなくて人形を操ってるようなもんだから、あれ」


 身体が変化したり何かを纏ったりとかしてるんじゃなくて、人形に意識を移してる。


「元のアリスも好きだけど、アリスとふつうに遊べるかとおもったのになぁ、ざんねん」

「一応現実でも作れはするけどね……とにかく今日はつかれた、ほんとに」


 今回は侵入者たちによって作られた領域内に無理矢理ねじ込む形になったけど、あの幻体は現実世界でも作れるのは確認した。


 大量の魔石が必要だし、シラタマたちが動けなくなるし、本体の意識がなくなるから無防備になるし欠点も多い。


 自由に動けるとか擬似的に男に戻れるとか個人的な利点は多いけど、コストが大きいので自由に使えるとまではいかない。


 コスト問題が何とかできれば気軽に使える可能性もあるものの、すぐには無理だ。


「とりあえずヤルムルート錬師」

「どうしたノ?」


 悪夢の呪いから解放された子どもたちを優しげに見守っていたヤルムルート錬師に声をかける。


「うるさい、まぶしい……」

「あぁ……止めてくるワ」


 鳴り続けるドラに、ガラスを加工したランプが放つギラギラした光。


 寝不足と疲労に苛まれるぼくには、ちょっとばかり刺激が強すぎる。

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