これからのために

 サーカス団『幻想の夜』は事実上全滅した。


 生き残ったのは幻惑使いの老人と鑑定能力持ちの女、それから一般団員が数人程度。


 やつらは影潜みの蛇の手先ではあったけど組織に忠誠を誓っている訳ではないみたいで、身柄の保護を条件にかなりの情報を吐いているらしい。


 彼らはもともと光神教の勢力圏内で被差別階級だったようだ。彼らの団長も子供時代に奴隷のような扱いを受けていたところ、夢に現れたピエロに唆されたのだとか。


 契約によってピエロの加護を手に入れた名無しの少年は『ジョイ』と名乗り、他の奴隷扱いの人間を集めて反旗を翻す。


 しかし教団暗部によって鎮圧されてしまい、能力を見込んだ暗部の連中に誘拐の実行犯として使われる日々を送ることになった。


 奴が夢に閉じ込めて拷問するのは子どもだけ、大人には命令を聞かなければ夢に現れて命を奪う契約をしていたようだ。


 一部の団員の加護みたいな力も、その一方的な契約によって得たもの。


 このあたりはまぁ、あいつの力の源泉が子どもたちからの恐怖というのが影響していると思われる。


 大人相手にはまどろっこしいことをせず手駒にしたのだろう。


 通常なら手が出せない夢の世界に潜んで裏から人を操る……厄介な相手だったと思う。



「身体がうごかねぇ」

「アリス、あさごはんたべれる?」

「無理」


 どたばた騒ぎが終わりを告げた朝。


 一眠りをしたあとグラム錬師とヤルムルート錬師から詳しい話を聞き、無事に事件が終息したことを知った。


 ようやくひと息ついたところなんだけど、起きてから身体が鉛のように重い。


 寝起きだからかと思えばどうも違うようだ。


「あーん」

「……あー」


 スフィがちぎったパンを口に運んでくれるのを噛みながら手足を動かそうと試みる。


 筋肉痛って訳じゃないけど、ものすごく運動した後みたいな感覚がある。


 ……もしかして幻体での運動とか負傷とかって本体にフィードバックされる?


 なんかコスト以外の想定してないデメリットが出てきたんだけど!


 くそう、ままならない。


「そうそう、預かっていた魔石はちゃんと夜梟騎士さんに渡しておいたワ」

「ありがとう」


 昨日カンテラにぶちこんだ時に余った魔石のことか。


 あの状況を何とかするために冒険者ギルドやら商店やらを回って魔石をかき集めてもらった。


 マレーンの資金提供と夜梟騎士を煽り倒した甲斐もあって、余るくらいに集まったので残りを返しておいてと頼んでいたのだ。


 格上を自由に使うなって突っ込まれそうだけど、引き受けてくれた中で一番信用できるのがヤルムルート錬師だった。


 幼いとはいえ女子が寝ているところに居座るのは……という理由でグラム錬師は離れていたので仕方ない。


 スフィにごはんを食べさせて貰いながら雑談をしていると、ちょうど腕が動くようになってきたあたりでドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


 声をかけると扉が開いて夜梟騎士の隊長が入ってきた。


「……事態は無事に終結した、感謝する」


 煽り倒したせいかものすごく複雑な感情が含まれていそうだけど、ひとまず敵意はなさそうだ。


 うーん、いけるかな?


「事件の解決に協力した褒美とかないの?」

「………………」


 つっついてみると物凄い機嫌が悪くなった。


「こちらも求められた魔石を用意するために随分と金を使ったのだが?」

「それは必要経費と慰謝料分、そっちのミスの挽回をした形だし」


 不手際なのはそうだけど、ミスというのは少しばかり言いすぎたかもしれない。


 呪いの発動条件が『指骨製の杭で指定した範囲内で子どもに単語を聞かせる』……なんて想定できるほど情報共有できてなかったし。


 ただこっちも少しばかり焦らないといけない理由ができてしまった。


「はぁ……君の加勢で子どもたちの犠牲がなく済んだのは確かだ。何を求めている、それを聞いてからだ」

「ラオフェンからの来賓、大使に面会したいので仲介してほしい」

「……何?」


 夜梟騎士団なら来賓の警護にも関わっているはずだ。


「南部の都市国家のラオフェンか? 確かに獣毛種至上主義のきらいがあるが……今の時期なら面会くらいは普通に通るだろう」

「正面からじゃなく秘密裏に会いたい」

「目的はなんだ?」

「シャオ……あの子がラオフェンの姫巫女の妹。色々事情があって直に面会したい」

「のじゃ!?」


 端の方でおろおろしているところに突然話を向けられたシャオが耳としっぽを逆立てた。


 休みが終わる頃、事態が落ち着いたらフィリアのお兄さんに頼んで……と思っていた。


 だけどスフィたちが心配で派手にやりすぎた、近いうちにこの件は国に報告されて目をつけられるだろう。


 噂だけ広がってしまう前にシャオと姫巫女との面会を済ませておきたい。


 表からだと阻止しようとされる恐れがある。


「……なるほど」


 ラオフェンの出身でありながら獣毛種ではないシャオを見て、夜梟騎士の隊長はある程度の事情を察したようだ。


「血縁であるという証明ができる物、ラオフェン元首に妹であると伝わる物があるのならば無理な願いではないな」


 ぼくが無理難題を吹っ掛けるとでも思っていたのか、夜梟騎士の隊長の雰囲気が少し軟化した。


「シャオ、なにかある?」

「う、うむ……ねねさまから頂いた身元を証すものはあるのじゃ」


 シャオは自分の荷物入れから布に包まれた何かを取り出し、胸元に抱きしめておろおろしはじめる。


「渡して大丈夫、中身だけ教えて」

「見届け役はやるワ」


 錬金術師が2名、荷物を預けたというやり取りの証人としては十分だろう。


「うむ、薬入れなのじゃ」

「印籠だ」

「インロー……?」


 布の下から出てきたのは艶やかな漆塗りで藤色の紋章が入った印籠だった。


 釘も接着剤も使わずにきっちり噛み合う作りの木製、装飾も下品でない程度に華美で眺めるだけでため息が出るような名品だ。


「みごと」

「なんか珍しい反応だにゃ」

「うん」


 ちょっとそこらじゃお目にかかれない逸品に思わずテンションが上ってしまった。


 形状的には時代劇なんかで見たことあるものに近くて、機能は複数の層に分かれてそれぞれに薬……練り丸薬が入ってる。


 匂いからして腹痛止め、下痢止め、痛み止め、化膿止め、基本的な部分は押さえてるな。


 ヤルムルート錬師と一緒に物品を検めてから、布に包んで夜梟騎士の隊長に渡す。


「確かに十分な証となるだろう、預かっておく。繋ぎが取れた場合の連絡先はどうする?」

「錬金術師ギルドにプレイグドクター宛で出しておいてくれればいい」

「わかった」


 プレイグドクターの名前を出したことでバラしていいのかとスフィたちに驚かれたけど、実を言えば夜梟騎士の隊長には昨夜の段階でバレていた。


 微妙な仕草の癖が一緒だったそうだ、つまりぼくの未熟さが原因だ。


 まぁ無理に隠すよりもある程度は知られて居たほうが動きやすいのでいいんだけど。


 ぼくの持つアーティファクトの件も近いうちに探りを入れられるだろうし、シャオの件もフィリアのお兄さんの件も今のうちに対処してしまいたい。


 話が一段落したところで、忙しいのか夜梟騎士の隊長が部屋を出ていこうとする。


 途中で足を止めた。


「感謝しているのは本当だ、おかげで子どもたちの命を見捨てずに済んだ」

「……こっちこそ、魔石集めてくれてありがとう。家族を助けることができた」

「そうか……ではな」


 夜中に冒険者ギルドや商店を駆けずり回って叩き起こして、頭を下げて魔石をかき集めてくる。


 口でいうほど簡単なことじゃない。


 アーティファクトの能力や側に精霊が居るのを見せたとは言え、それで信じて走ってくれたのは事実だ。


 夜梟騎士の隊長は入ってきた時と違い、少しだけ足取り軽く部屋から出ていった。


「あの薬入れ、返してもらえるんじゃろうか」

「紛失したら錬金術師ギルドに言って突き上げてもらうから大丈夫」


 普通に返ってくるかシャオのお姉さんから返されるかはわからないけど、預けたものを紛失されたら流石に突っ込みを入れざるをえない。

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