悪夢を穿つ
倒れている子どもたちをフィリアとシャオに任せ、ぼくはスフィたちに案内されて中央ホールを目指していた。
最初の開始地点があそこなら、恐らくそこが世界の中心点に近いはずだ。
……それはいいんだけど。
「アリス! こっちこっち!」
「おぉ、ふつーについてきてるにゃ」
「ふたりとも、あし、速すぎ!」
結構全力で走っているのに、先導しながら走るふたりにまったく追いつけない。
強くなったつもりでいたのに現実を突きつけられた気分だ、なんか調子に乗っていたのが恥ずかしくなってきた。
「アァ、ア」
「こいつらまた出たにゃ!」
「あっちいけぇ!」
廊下の先からはピエロが苦し紛れにけしかけてきたゾンビがやってくる。
スフィが風で転ばして、ノーチェが接近しながら雷をまとった刀で切り捨てた。
身体の中心部分で真っ二つになり、崩れ落ちたゾンビの背格好はナイフ男と似ている。
そういえばあいつも命を絶っていたやつのひとりだったっけ。
何らかの契約によって死後も囚われているんだろう、これも呪いの一種だろうか。
「……悪党でも、同情くらいはしてやるよ」
氷の杖の先で心臓のあたりに突き立てる。
「ア゛リ……ガ」
数秒ほどでもがいていたゾンビの動きが止まった。やつの力で無理矢理動かされていたせいか、ぼくの攻撃でなら解放できるようだ。
「アリス、次のが来る前に先に進むにゃ!」
「うん」
血を振り払い、ノーチェの後を追いかける。
それからも何度か続いた妨害を退けて中央ホールへ飛び込む。
夢の中だからか随分と広いし天井も高い。
「到着にゃ!」
「でも、何もないね?」
「ぜぇ……ぜぇ……上だよ」
観客席に囲まれた円形の舞台を前に周囲を伺うスフィとノーチェに向かって上を指差してみせる。
釣られて顔を上に向けたふたりの顔が恐怖でひきつった。
「キャアア!」
「フギャアア!?」
「ぜぇ、ふぅ……こういう地形のときは天井に注意して」
天井にへばりつく、腫瘍まみれの肉の塊みたいになったピエロの顔を睨む。
「ゲヒャヒャヒャ、ヨクキタナァ!」
「そういうの良いから、もう」
手のひらに作り出した冷気の渦を投げつけながら、ワラビの力で拡散させる。
「アイスストーム」
「ゲゲゲ……ギッ」
数秒で凍り付いたピエロだったけど……氷の向こうで脈動が聞こえる、まだ生きてるな。
ここで待ち構えていた以上は当然戦力を集めている、観客席の暗がりからぞろぞろとゾンビたちが姿を現す。
ぼくの手でひとりずつ解放してる余裕はないな。
「ふたりとも剣の刃をこっちに、たぶんいけるはず」
「こう?」
「どうするにゃ」
「こうする」
さしだされた剣の刃をやや厚めに氷で覆って、錬成で可能な限り鋭く研いでいく。
「切れ味落ちるしバランスは悪いけど、ピエロ相手でも多少は効果があるはず」
「おぉー!」
「いけそうにゃ」
出来た氷の刃を軽く振り、調子を確かめながらふたりが頷く。
そうだ、スフィとノーチェは強い。
「スフィ、ノーチェ、周りのやつらはお願い」
「まかせてっ!」
「任せるにゃ!」
ふたりの剣が近づいてきたゾンビを切り払うのが、戦いの合図となった。
■
「ガガガガギギギ」
「とっとと倒れろ」
ブラウニーの力が入っているから多少は近接戦もいけるけど、ぼくの本領は遠距離攻撃だ。
距離を取った上に的もでかくなったなら、むしろこっちのほうが有利である。
放つ氷の礫が天井に張り付いたピエロだった肉塊を穿っていく、けれど有効打にはなっていないようだ。
部分部分は凍るけど、すぐに肉塊が増殖することでカバーされてしまう。
時間をかければ削りきれる可能性はあるとしても、それじゃあエルナの体が持たない。
「ダメージそのものはあるっぽいけど、核を狙わなきゃダメか」
ここはピエロの領域内だ、何かしら存在の核になっている物があるはず。
というか、さっきから違和感が拭いきれない。
罠を張って誘っていたのはわかる、今なら正面からぶち抜く自信があったから飛び込んだ。
それが蓋を開けてみればただのゾンビの群れ。
「フシャアッ!」
「てやー!」
中には加護らしき力を振るうゾンビもいるけど、スフィとノーチェは物ともせずに斬り伏せている。
というか前より明らかに強くなってる、近接戦闘に絞ると今の状態でも普通に負けるな。
ふたりが強いのを差し引いても罠と言うには粗末にすぎる。
「……それに」
ボコボコと音を立てて膨らんでいる天井の肉塊からは知性らしきものを感じない。
時折触手みたいなものを伸ばしてくるだけで、後はひたすら不快なうめき声をあげるだけだ。
こういう時に感知や探索系の力があれば本体になる核みたいなのを探せるのに。
ぼくは物理的に音が発生するもの以外はダメだ。
「うーん」
相手は悪意の塊だ、時間稼ぎを兼ねてぼくが嫌がることをするなら何を狙う。
何でわざわざあんな肉の塊を天井なんかに用意した?
「まさか」
周囲を見渡す、わらわら集まってくるゾンビたちは出入り口の前に固まっている。
「フィリアたち狙い!」
ゼルギア大陸では神だの精霊だの魔物だのと呼ばれているけど、こいつらの本質はアンノウンで根っこは同じ。
今まで出会ってきた精霊や異常空間の例を見るに、アンノウンを形成する核は本体の中心部に存在しているという法則がある。
奴の正体はピエロを怖がる人間が見る悪夢そのもの、いわばこの世界こそがやつの本体に違いない。
なら核を移動させることは出来ないはず、じゃなければ核を持って逃げ回るだけで時間稼ぎは十分だ。
分断したところを狙って人質にするつもりか。
「フィリアたちが狙われてるかもしれない」
「あっちには、シャルラート……さんがいるよ!」
「あいつめちゃくちゃ強いにゃ!」
言われてみれば、見慣れているシャルラートよりもっと大きくて荘厳な感じだったような。
もしかしてぼくの使ってる幻体と同じ要領で本体の力を注ぎ込んだのかもしれない。
だとすれば使えるエネルギーにも上限があるはずだ、時間との勝負になる。
「スフィ、ノーチェ! 大技使って核を引きずり出す、あとよろしく」
「えっ!?」
「やるだけ! やってみるけどにゃ!」
氷は見せている、再生する分厚い肉で覆っているのはその対策だと見た。
実際凍結による攻撃はそこまで効果が出ていない、『天井に張り付いた再生する肉の塊』への有効打に乏しいのは残念ながら事実である。
「そういえばつい最近、ぼくに加護があることが判明した」
「ふぁっ!?」
スフィが驚いたように振り返る。
「といっても、貰いものの加護で普段は身体を軽くするのが精一杯」
月狼の加護、重力を操り自分を隠すという
加護は魔力を燃料とするらしいので、普通の状態のぼくならほぼ使い物にならない。
「でも、今なら使える」
だけど今の身体は言ってしまえば精霊の力の塊、加護の燃料としては魔力よりも純度も濃度もずっと高い。
しっぽにくくりつけたカンテラの中で燃え盛る蒼の炎から黒い影が溢れ出す。
たゆたう影が掲げた手のひらの上で円を描きながら集束していき、やがて黒い球体となった。
影そのものをエネルギーに、頭上で重力場へと変換していく。
黒球の周辺では空間が歪んで周りのものを飲み込み押しつぶす、擬似的なブラックホールだ。
「ふわぁ、吸い込まれる!?」
「身体が浮きそうにゃっ!」
夢の世界でも重力の方向は上から下だから、上方向に引っ張られる力は弱い。何とか吸い上げられずに済んでいる。
その代わりとばかりに天井に張り付いていた肉塊がメリメリと音を立てて引き剥がされていく。
「喰らいつくせ、
上空に持ち上げた黒球の重力を一気に強めると、ぼくたち3人の身体が浮きかけた。
「アアアアアアアアア! ジグ、ジョオオ!」
……これ以上はまずいなと思いかけた時、やっと肉塊が剥がれて黒球に飲み込まれる。
半分くらい肉塊が潰れたあたりで、天井に吊り下げられていたと思わしきものが落ちてきた。
鳥籠に詰め込まれた風船……?
「うっ……」
急激に襲ってきた脱力感に膝をつく、やっぱり力を使いすぎた。
このまま加護の重力場が消えると全員が肉塊に潰される。
「
集束していた重力を一気に解き放ちながら加護を解除する、中心部に向かって集まっていたものを逆に周辺へと弾き飛ばした。
うまい具合に鳥籠だけが上方向に弾かれてくれた。
っと……目眩とかはないけど、思ったよりも脱力が凄まじくて動けない。
意識はハッキリしてるのに手足に力が入らないのはなんだか新感覚。
「ふたりとも、あれ!」
「わかったにゃ!」
「おっけー!」
震える指で鳥籠を示すと、地面を踏みしめたふたりが飛び上がる。
「ッシャアッ! ボルトスラッシャー!」
「とー! 『ラウンドセイバー』!」
緑色の雷と円を描く白金の光が交差して、鳥籠を両断する。
かなり遠くから何かの絶叫が聞こえてきた。
「ナイス、ふたりとも……」
「アリス大丈夫!? ちかづかないで!」
すぐ近くまで迫ってきていたゾンビたちに向かって、着地したスフィが走りながら吠えた。
だけどゾンビたちはその場で動きを止めたまま次々と崩れ落ちていく。
「動かなくなったにゃ?」
「無事に核を壊せたから、ね」
「アリス、立てる?」
「うん」
スフィに手を貸してもらいながら、何とか身体を動かして立ち上がる。
もうちょっとかっこよく決めたかったのに、結局肩を借りることになってしまった。
「なんか結局いつも通りだにゃ」
「くそう……」
「ほんとだ、あははは」
スフィがぼくを抱えながら楽しそうに笑い声をだしたあたりで、唐突に地面が揺れ始める。
おわ、壁が舞台セットみたいに外れて倒れてきた!?
崩壊がはじまったのか。
「フギャー!? なんにゃ!」
「みんなのところへ戻ろう」
壁があった場所には漆黒の空間が広がっている、あそこに落ちたらどうなるか想像もつかない。
「おんぶする!?」
身体を構成する力をもう一度配分しなおしてっと……よし、動かすくらいはいける。
「……いや、走れそう。急ごう」
「おぉ……」
「なんかかんどー!」
何故か感心するふたりと共に、ぼくたちは崩れる悪夢の世界を再び戻っていった。
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