ワイルドウルフ

 鼻血を出したピエロが、悔しげな顔をしてぼくを睨んでいる。


「クソガキてめぇ、どうやって……!」

「がんばった」

「クソが、計画がめちゃくちゃだぁ!」

「うるせぇ」


 氷の杖の先にツララを作り出してピエロへ向かって打ち出す。


「ギャアア!?」


 必死に身体をひねって逃げるピエロに一足飛びで近づいて、杖で胴体を打った。


「ぐへぁ!? いってぇぇ、アバラ折れたぁぁ!」

「もっと早く思い出すべきだった」


 アメリカのなんとかって州にある田舎町で起きた児童の連続殺人事件、その容疑者となったのは隣の町で活動していた道化師だった。


 郊外のサーカス跡地へ児童を誘拐し、拷問を加えた上で殺害。犯人は踏み込んだ警察に抵抗した末に現場で射殺された。


 それからその町で、恐ろしいピエロに追いかけられる夢を見ると子どもたちが訴え始め、犠牲者も出始めた。


 エリア型アンノウンであることが疑われ、調査の一環でたまたま渡米していたぼくにも協力要請が来て……ピエロってことで興行中のサーカスを訪れたところで変な空間に入り込んでしまい、そこでこいつと同じ顔をした化け物に追いかけ回されたんだ。


 最初にサーカスに入った時に全部思い出しておくべきだった。


「お互いすっかり見た目が変わった」

「ぐっ……てめぇはそのすかした生意気さは全然変わってねぇけどなぁ!」

「中身については、お互いそのままみたい」

「ぶへぇ!」


 よろけているピエロの顔面を、足裏で思い切り蹴り飛ばす。


「き、効いてるにゃ?」

「シャオ、そっちの娘たちシャルラートに治して貰って、このままだと死ぬ」

「ぬお!? そ、そうじゃ! シャルラート頼むのじゃ!」


 何故かいつもよりサイズが大きいシャルラートが瀕死のエルナの治療に入ったのを横目で確認してから、這いつくばって逃げようとしてるピエロの背中を体重を乗せて踏みつけた。


「お前、今は大して強くないだろ」

「……果たしてそうか……ギャアア!?」


 杖の先端を尖らせて、素早くピエロの腕を突き刺した。


 どうせ懐か袖口から暗器でも出そうとしたんだろう、読めてる。


 このままトドメを刺すのは簡単だけど、この世界がどうなるかがわからないのが怖いな。


「というかお前誰にゃ!? なんでそいつに攻撃効いてるにゃ!」

「うーん」


 背後から聞こえるノーチェの声に首を傾げる。


 攻撃が効いてる理由は、たぶんこの身体・・・・がカンテラで作り出した偽典神器だからだろう。


 こういったアンノウンは不死性を持っていることが多いけど、偽典神器で傷つけるとその不死性を失うことも多かった。


 基本的な原理としては同じだと思われる。


「取り敢えず、ぼくの攻撃は効くみたい。それからこいつは恐怖を糧にする。こっちだとピエロなんてあんまり怖がられないから、随分と貧相になってて一瞬わからなかった」

「クソガキがぁ!」

「途中で聞こえてきた言動も、この気色悪い部屋も、道中の子どもたちを生かしたままなのも。全部が怖がらせるため」


 種が割れても、こいつを怖がるなって方が無理な話だと思う。


 ゴリ押しでダメージを与え続ければ弱っていくけど、怖がれば回復して強くなっていく。


 クソゲーにも程がある。


 何か壁際を意識しながら企んでもぞもぞしてるし、やっぱり生かしておく方がリスク高いな。


「再会してすぐだけど、お別れだ」

「チクショオオオ!」


 杖の先端に氷の大鎌を形成し、ぐるんと回して遠心力を乗せてピエロの白く塗られた首を刈る。


 胴体から放り出された首が血を流しながら壁際へと転がっていった。


 案の定か。


「逃がす訳ねぇだろ」

「ゲエッ!」


 首が転がっていこうとする床の部分に向かって白い冷気の塊を投げつける、真っ白が氷が張った地面の横でピエロの生首が元気そうな叫び声をあげた。


 あのあたりに隠し通路でもあったのかな、ほんとこういう奴は油断ならない。


「あ、あいつ生きてるのじゃ!」

「ふええ……」


 背後からフィリアとシャオの悲鳴が聞こえる。


 ピエロは顔だけをこっちに向けると、血の涙を流しながらギリギリと歯ぎしりをしてみせた。


「やっぱり本体じゃなかった」

「クソガキ! いいかっ! お前の仲間の命はこの僕の手の中にあるんだ! それがわかってるなら……」

「つまり簡単には殺せない人質だってことだ、ひとりでも死んだらぼくが言う事なんて聞くと思うなよ」

「ギギギギギィ!!」

「すぐにお前の核も見つけ出してぶっ潰してやる、待ってろ」

「調子にのるんじゃねぇぞクソガッ」


 手のひらに溜めた絶対零度の冷気の渦を、手を振って生首へと直接叩きつける。


 真っ白に凍り付いたピエロの首がバキリと音を立てて自然に砕けた。


「やったにゃ?」

「逃げようとしたあたり、本体でなくともすぐに代わりは用意できないと思う」


 あんなのでも致命傷は人間に準じているのか、頭部が軸になっているみたいだった。


 とにかく、ダメージも小さくないはずだしこれで暫くは出てこないだろう。


 あとはスフィたちへの説明だけど……。


「アリス! なんでこっちにいるの!?」


 警戒する視線を向けるノーチェたちの中で、スフィだけはしっぽを振りながらこっちに走ってきた。


 ……今の状態だとスフィのほうがちょっと背が低い、なんか新鮮な視点だ。


「は? にゃ?」

「アリスちゃん!?」

「嘘なのじゃ!」

「……詳しく説明すると長くなるけど、カンテラとみんなの力を借りて無理矢理夢の世界に侵入してきた」


 起きた時にはかなりやばい状態になっていて、大分焦った。


 なんとか対処案を考えている最中にヤルムルート錬師からピエロの話を聞き、ようやく正体に思い至った。


 ヒントになったのはシャオの枕元でずっと心配そうにしていたシャルラートが、突然何かに吸い込まれるように消えたこと。


 魔力の流れを追える人が居たので聞いてみたら、シャオから出た魔力が空間の歪みに入っていく流れに乗って消えたという。


「この世界は現実世界……物質界に隣接する形で作られた異常空間、つまり未踏破領域みたいなもの。肉体をもったままだと入れないから、カンテラを使ってこの身体を作った」


 『偽典・八咫鏡』で空間の薄い部分を見つけ、ブラウニーの力を借りた。


「八咫鏡・傀儡。映し出した物を幻体アバターとしてコピーして乗り移ったみたいに操れる、自分以外だと上手くいかないけど」


 魔石に余裕があったので少し試したら、ぼくを映して作った幻体アバター以外は動かそうとした途端に弾けてしまった。


「それで、なんで男の子みたいになっちゃったの……?」

「こっち側にねじ込む時になんか、世界の影響を受けて混ざった?」


 どうやら幻体を夢の世界にねじこむ段階でぼくの自分に対するイメージと理想が混じり合って、前世と今生の間を取ったみたいな身体になってしまったようだ。


「なんか、色々変な感じにゃ」

「うん、うん」


 当たり前だけどノーチェたちは違和感を感じているようだ、まぁ普通にぼくだと認識してるスフィがちょっとおかしいだけな気もする。


「そういえば、氷とか使えるにゃ?」

「この身体を安定してこっち側に送り込むにあたって、シラタマたちの力を借りたからね」


 この幻体にはシラタマ、フカヒレ、ブラウニー、ワラビ、みんなの力も混ざってる。精霊の子たちはこっちにも幻体を送れるのでそこを基点に入り込んだのだ。


 そもそも、ぼくをまんまコピーしても夢の世界に入れるだけでまともに動けないからね。


「まぁ出力的にはほんのちょっとだけど」


 それでも冷気も力の流れも操れるし、それなりにパワーだってある。サメの力だけは変なふうに発揮されてるけど。


「今のぼくなら普通に戦える」


 武技や魔術は使えない、けれど精霊の力を扱えるのはそれを上回るメリットだと思う。


「そっかぁ……」

「不思議な気分だにゃ」


 せっかく助けに来たのに、なんでちょっとテンション下がるのか。


「合図は出したから、そろそろみんなを起こす準備がはじまってると思う。それまでにぼくはピエロを倒すから、みんなは生きてる子たちを……うん、ここに集めて」


 指示をしながら氷で作った杭を床に突き刺す、一応マーキングだ。


「起こせるにゃ?」

「呪いの大本さえ倒しているなら大きな音とかで普通に起きれるらしい、だからどっちにせよあいつにトドメは刺さないといけない」


 本体の場所はおおよそ目星がついている、あとは攻め込むだけ。


「アリス、あのピエロさん倒せるの?」

「魔石も十分使ったから余力はあるよ」

「そんなに魔石たくさんあったっけ……」


 魔石の出どころか、フィリアの疑問の答えは簡単だ。


「丁度マレーンが来たので協力を頼んだら快く応じてくれたのと、夜梟騎士団を煽り倒した」

「えぇ……」


 目の前にいてこのザマか、名前負け集団とか淡々と罵ってたら全員小刻みに震えながら魔石集めに快く協力してくれた。


 このままだとお前たちのせいでスフィたちが命を失うかもと言った所で、何故かマレーンが過呼吸を起こしかけてたのは謎だったけれど。


 今回は協力を得るために色々手札を開示してしまった、でもスフィたちの命には換えられない。


「むぅ、こやつも気を失っておるのじゃ」


 話をしている最中シャオの声が聞こえた。動けないエルナの横にリオーネを寝かせている。


 緊張の糸が切れたのか完全に気を失ってしまったみたいだ。


 ふたりとも出血も多いし傷も深い、特にエルナは多少傷を癒やしたところで既に致命傷だ。


 夢の世界だから現実より余裕があるとはいえ、悠長に構えていられるほどじゃないな。


「……取り敢えず細かい話はあとにしたい、だから」

「あたしとスフィはアリスについていくにゃ、フィリアとシャオは子ども集めを頼むにゃ!」

「おー!」

「わかったのじゃ!」

「え、えっと、任せて」


 ひとりで行くつもりだったんだけど、勝手に決められてしまった。


「ふん、やられっぱなしは性に合わないにゃ」

「あのね、ひとりはダメだよ」


 スフィがぼくの手を握って、真剣に見つめてくる。


 こうなると多分折れないんだよな、問答してる時間が惜しいし仕方ない。


「わかった」


 同行を受け入れたところで肩の力が少し抜けた。


 ……肩の力が抜けた?


 無意識に頭に浮かんだ言葉でようやく自分の状態を理解した。


「スフィ」

「うん?」

「無事でよかった、ノーチェも、みんなも」

「うん!」


 こんな世界に放り込まれて命の危険が迫って、それでもみんながいつも通りで居てくれて安心したんだ。

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